第二十九話
幸い、所々崩れ落ちた天井から射し込む月のお陰で、暗闇でも目が利いた。
ひんやりとした城のなかを三人は慎重に歩いてゆく。
「男三人で肝試しなんてぞっとしないねえ」
悟浄は首を竦めて辺りを窺う。
「おい…何腰紐つかんでんだよ。放せよ」
八戒がブルブル鼻を震わせ
「おいら…こういうの苦手」
「おいお前ら引っ付くなようっとうしい!」
もみ合う三人の耳に悲鳴が聞こえた。その方向へ砂に埋まった通路を駆けてゆき、角を曲がった瞬間
「うわああああっ!!」
「うわあああってやっぱりお前らかよ!」
悟空を見た董介と手下たちが腰を抜かす。
「な、何で昼間の凶悪小僧が」
「誰が凶悪小僧だコラ。悲鳴が聞こえたからわざわざ助けに来てやったんだろうが」
董介ははっとして背後を振り返った。ズルズルと重い物を引きずる音と金属が擦れ合う奇妙な音を響かせ、暗い通路の向こうから何かが近づいてくる。月光が壁に巨大な影を映した。
「きき来たあっ!」
盗賊たちが悟空の背後に隠れる。影がゆっくりと二つに割れ、真っ黒な生物が白い目でこちらを見た。
蛇とも龍ともつかない顔の先から赤い舌がベロリと伸びる。黒い塊は太く長い体を引きずり近づいてくる。
「さっそく城の主のお出ましか」
楽しげに耳に指を突っ込んだ悟空の頭を悟浄が押さえつけた。
「悟浄…先にお前を始末してやろうか」
「ここは俺に任せなさい。ああいう生モノは切り刻むに限るんだよ」
そう言って悟浄は前に立つと近づいてくる主に向かって月牙鎩を振り下ろした。飛び出たいくつもの刃が主の黒い体を切り刻んだ。
「やった!」
盗賊たちが歓声を上げる。刻まれた主の体はしばらくピクピクと痙攣していたが、やがて互いを引き寄せるようにして繋がり始めた。
「よし」鎌首を持ち上げた主を見て悟浄が頷き
「逃げるぞ」先頭をきって駆け出した。
「うおい悟浄!何が任せろだよてめえ!」
「テヘッ☆生モノじゃなかったみたい」
主は真っ赤な口を広げ壁に体をぶつけるようにして追ってくる。
「何だか怒っちゃったみたい…」
「あんたら助けに来たんじゃないのかよ!!」
一方、城の外では玄奘法師が不安げになかの様子を窺っていた。
「大丈夫でしょうか…」
三人がなかに入ってからも一向に悲鳴が止まない。
「やはり私もなかに…」
「駄目です」小鈴がきっぱりと言った。
「玄奘さまがこんな所に入ったら何が起こらなくたって出られなくなっちゃいます。進んで迷子になるようなものです」
白竜につつかれ小鈴ははっと口を塞いだ。玄奘法師が暗い顔でうつむいている。
「おいあんたら大丈夫か!?」
董介と手下たちが戸惑った表情で突然苦しみだした三人を見下ろす。
「こ…こんなときに…」悟空が涙目で呻く。
「か…確実に俺だぢを殺すタイミングを狙っでるどじか思えないっ」悟浄が首を押さえながら絞り出すように訴える。
「ほんと何しに来たんだあんたら…ひっ」
主が再び角から姿を現した。白い目が一同を見据える。そのとき、八戒が玖棘棍を手に立ち上がった。
「今度は…おいらがやる」
「おい大丈夫かよブタさん!そんな瓢箪みたいになっちまった体で…」
「おいらブタじゃないもん!」
八戒が主の前に玖棘棍を叩きつけた。足元の通路が崩れ、主は暗い下層へと落ちていった。
「やったぜブタさん!」
盗賊たちが崩れた穴を覗き込み歓声を上げる。
「おいらブタじゃないもん」
元に戻った腹を撫でる八戒の後ろで悟空と悟浄も起き上がる。
「よかった…終わった…」
「ひいっ」盗賊たちが穴から飛び退いた。
黒い爪が床をつかんだかと思うと主が大声で唸りながら顔を出した。一同は再び駆け出す。
「手があるなんて聞いてねえぞ!」
「そうか、ありゃやっぱり蛇じゃなくて龍か」
「龍っていうよりトカゲかも」
「ああもう使えねえ!!助けに来てもらって何だけどあんたら全然使えねえ!!」
「玄奘さますみません、私ったらつい本当のことを…」
うつむいた法師に小鈴が懸命に謝る。法師がふと顔を上げた。
「大丈夫じゃないですか」
「え?」
「小鈴が一緒にいてくれれば」
そう言って微笑む法師に小鈴は危うく地面に落ちそうになるのをなんとか持ちこたえ、その手を取った。
「そうですよね!!私と玄奘さまならどんな困難も危険も愛の力で乗り越えられますよね!!」
小鈴に引きずられるようにして城のなかに入ってゆく法師を、白竜は尻尾を振って見送った。
「おい」通路に積もった砂の上を走りながら悟空が言った。
「何か…どんどん下の方に向かってねえか」
「そう言われれば…」
月に光から遠ざかり辺りは暗く、通路を埋める砂は深くなっている。悟空は顔をしかめる。
「どうやらこいつは…」
走る一同の前に突然広い空間が現れた。疲れきった盗賊たちはその光景に全員座り込んだ。
暗闇のなか無数に積み重なったものが白く浮かんでいる。それは夥しい数の人骨だった。
「なるほどな。ここが終焉の大広間ってことか」
悟空は背後を振り返る。入り口で覗き込むようにして主がなかを見ている。
「城に盗みに入った連中は皆ここに追い詰めて飢え死にさせるって寸法か。お前らがされたみたいに」
主が答えるようにチロチロと舌を出す。
「だが生憎」悟空が如意棒を取り出す。
「俺たちはここで飢え死にするわけにはいかねえんだ。先に飢え死にしちまいそうな奴を外に待たせてるんでな」
牙をむいて襲ってきた主の口に、悟空は如意棒を突き立てた。
「大丈夫ですか玄奘さま」
くしゃみをした玄奘法師を小鈴が気遣う。二人は所々月光の射し込む通路を恐る恐る進んでいた。
通路のあちこちが崩れ落ち穴が開いている。法師は辺りに耳を澄ました。
「悲鳴が…止みましたね」
「危ない玄奘さま!」
小鈴が止める間もなく砂に足を取られた玄奘法師は穴へと滑り落ちた。
「玄奘さま!玄奘さま!」
小鈴の声に目を開けると、落ちた穴は遥か上空に見えた。
「よかった…大丈夫ですか?お怪我は…」
「ええ…」ゆっくりと体を起こしながら法師は答える。かなりの高さを落ちたものの、幸い下に積もっていた砂によって衝撃が和らげられたらしい。
小鈴が泣き出したので法師は慌てた。
「ごめんなさい玄奘さま…私がっお城に入るのをちゃんと止めなかったせいで…」
「そそんな、もとはと言えば私が…」
ふと手に何かが触れ、法師は砂の上に目を向けた。
「玄奘さま…?」
慎重に砂を掘っていた玄奘法師は、やがて三つの頭蓋骨を掘り出した。
「ここから…出られなくなった人たちですか?」
「小鈴、これを見てください」
恐る恐る訊ねた小鈴に法師は更に掘り当てたものを示した。そこには瑪瑙や玉で飾られた細身の冠と、それより一回り小さい小振りの冠が埋まっている。
「ひょっとしたら…」法師は闇のなかに白く映る三つの骨を見つめ
「この遺体は…王自ら手にかけたという王妃と子供たちのものかもしれません」
「…だとしたら…子供たちはまだ小さかったんですね。かわいそうに…」
二人はそっと亡骸に手を合わせた。すると玄奘法師が腰のあたりをゴソゴソと探り出した。
不思議そうに見ている小鈴に、法師は瓢箪の水筒を取り出し微笑んだ。
「昼間の村でいっぱいにしておいてよかったです」
「ちっ」
着地した瞬間砂に足を取られ悟空は舌打ちする。
「頭…あの小僧だいぶへばってきてますぜ」
主は如意棒に何度叩きのめされても起き上がり襲ってくる。董介が八戒に向かって
「おい、あんたならここの壁を壊せるだろ。そこから逃げれば…」
「駄目だよ」玖棘棍を抱え八戒が言う。
「ここはお城のずっと下みたいだもの。へたにどこかを壊したら上の部分が崩れてきて皆生き埋めになっちゃうよ」
「そ、そうか…結構考えてるんだなブタさん」
「おいらブタじゃないもん」
「ようし分かった」それまで黙って悟空の戦いを見ていた悟浄が立ち上がった。
「おい悟空、兄貴、ちょっとそのでかい耳を貸せ」
「ああ!?」
悟浄が悟空に短く耳打ちする。
「…うまくいくのかよそんなんで」
「バラバラにやってたから駄目だったんだよ。但し息を合わせないと危ないからな」
チラチラと赤い舌を揺らし主が近づいてくる。最初に悟空が動いた。悟空に気を取られ横を向いた主に月牙歳の刃が飛ぶ。切り刻まれた黒い体をすかさず八戒が玖棘棍で叩き潰してゆく。頭だけになった主は
ぐるりと向きを変え八戒に食らいついた。すんでのところで悟空がそれを薙ぎ飛ばす。
「いい加減往生しろよ王様!」
悟空は主の眉間めがけ如意棒を振り下ろした。主は衝撃に大きく口を開け、そのまま横たわった。
「今度こそやった!」それまで隅で小さく固まっていた盗賊たちが恐る恐る近寄ってくる。
と、主の頭がピクリと動き盗賊たちが「ひっ」と飛び退き、三人は身構えた。
しかし、再び動き出した主は一同には目もくれず頭だけでズルズルと広間を出てゆく。
「何だ!?どうしたんだ!?」
「…ついてってみるか」
「おいら、お詫びにご馳走してくれるんだと思う」
「大トカゲのご馳走って、あんま想像したくないな」
「これは…」
玄奘法師と小鈴は目の前の光景に戸惑っていた。砂に埋もれた三つの骨が、淡く金色に輝いている。
「わわ私は何か余計なことをしてしまったんでしょうか」
水をかけてやった瓢箪を握りしめ法師が狼狽える。その肩にしがみつきながら小鈴も
「お、落ち着きましょう玄奘さま、これはたぶん何らかの化学反応ですよ!たぶん」
―水…
―水…ありがとう…
二人ははっとして骨を見る。骨は暖かな光を放ち、喜んでいるようにも見える。
背後でズルズルと音がして振り向いた二人は声を上げるのも忘れて飛び退いた。
黒い巨大なトカゲが頭だけで部屋へと入ってくる。声も出せずに震えている二人に誰かが呼びかけた。
「お師匠さま!何でこんなとこにいるんだよ」
大トカゲの後ろから悟空たちと盗賊たちが現れた。
「悟空…」二人は涙が出るほどほっとする。そんな一行をよそに主は光を帯びている三つの骨に近づく。
するとその黒い体が徐々に崩れ始め、やがて人の形へと変わってゆく。
『おお…』
人の姿へと戻った王が震えながら三つの骨に触れると、とたんに骨が生命を得たように微笑む女性と子供たちが現れた。王は涙を流しながら三人に頬を寄せる。
やがて輝きは次第に失われてゆき、王の体も砂のように崩れ去り、後には寄り添う四つの骨だけが残った。
月は死んだように白くなり、東の地平が明るくなっている。
夜明けとともに向きを変えた風によって、黒龍城は再び砂のなかへと沈もうとしていた。
「王が守ろうとしていたのは…財宝ではなく、王妃や子供たちの亡骸だったのかもしれませんね」
消えゆく城を見つめながら玄奘法師は呟いた。砂の上に座り込んでいた董介がはっとする。
「ひょっとして…あの大トカゲの体の部分が全部財宝だったんじゃ…」
「そういえば、おいら変な音がするなあと思った」
「どうりで切っても切っても効かないわけだ」
「おおい待ってくれ!埋まるな!お前ら何やってんだ掘るぞ!お宝が埋まっちまう!」
「マジっすか頭!」
董介と手下たちは慌てて城にかかる砂を払いのける。しかし風と砂は容赦なく黒龍城を覆い隠してゆく。
「おいお前ら!もっと気合い入れて掘れー!!」
「長生きするぜあいつら」
悟空が大欠伸をする。
「じゃあ私たちも行きますか」
白竜の頭に乗った小鈴が言った。
「て小鈴ちゃん!?俺たち一晩中走り回ってたんですけど!?」
「おいらお腹ペコペコ…」
「駄目よ。涼しいうちに少しでも先に進むのよ」
「鬼だな。鬼軍曹だな」
「さあはりきって行くわよー!」
一行は朝日を背に再び西へ向かって歩き出す。ほとんどが砂の下に沈んんだ黒龍城の傍らでは、同じように疲れを知らない盗賊たちの声が響いていた。
「お宝ー!俺たちのお宝ー!」
「埋まらないでー!!」
岩陰から陽炎にかすむ地平に目を凝らしていた手下が、傍らの董介に呼びかけた。
「頭…どうやら鴨が来たようですぜ」
董介がゆっくりと身を起こした。
「だいたい伯欽さまは無計画すぎるんですよ!」
恩享が暑さにイライラしながら怒鳴る。
「それが上司に対する口の聞き方か!だいたいお前はちょっと口うるさすぎるぞ!」
暑さにイライラしながら伯欽が言い返す。言い合う二人の後を恭大と恪洵がフラフラしながらついてくる。と、四人の前に顔を隠した男たちが立ち塞がった。
「大人しくしてりゃ手荒なことはしねえ。黙って金目の物を出しな」
くぐもった声で言う先頭の男に、伯欽と恩享が狂犬のような目を向ける。
「だいたい上司面したかったら上司らしいことしてくださいよ!人使いの荒さばかり人並み以上でこっちはやってられませんよ!」
「どんなときでも上司を信じてついてくるのが部下だろ!上に立つ者の苦労がお前に分かるか!私が胃薬を手放せないのを知らないだろ!」
「それは伯欽さまが行く先々で変な料理に手を出すからでしょ!この前だってあれ、あれ何でしたっけ!?」
一心不乱に西へ進む四人の後に、蹴散らされた盗賊たちが砂に埋まっていた。
「頭…俺たち盗賊に向いてないんんじゃ…」
董介が砂から顔を出し「バカヤロ」と手下の頭を殴った。
「何でそれを早く言わねえんだ」




