第十七話
『ねえ…生まれ変わりって信じる?』
伯欽は震える手でそれを持つと高く掲げた。
「夜光杯…ゲットオオオオ!!」
「ハイハイ迷惑ですから喜ぶのもほどほどにしてくださいよ」
「ゲットオオオオ!!」
「黙れって。どんだけ嬉しいんですか」
追捕使隊の四人はいま、オアシス都市の土産物屋の前にいた。
「これがあの有名な玉を削って作った杯ですか。綺麗ですねえ」
柔らかく光る緑色の小さな杯をためつすがめつする恭大の横で恪洵もうっとり眺める。
「そうだ…古より賢人詩人たちがそこに月を浮かべ酒を楽しんだという夜光杯だ!ついに…ついに手に入れたぞ!」
「賢人詩人にいま変人が加わるんですね。まさかこの旅の目的がこれを手に入れることだったとか言うんじゃないですよね」
「そうだ…」恩享の言葉に伯欽は顔を上げ、奥で腰かけている老人に言った。
「ご主人、もし長安から来たらしい四人組に道を訊かれたら全く逆の方向を教えてやってください」
老人はニコニコして頷く。
「それたくさん買ってくれたらね」
玄奘法師一行は、広い黒河の流れを亀の背に乗って渡っていた。
「こりゃいいや、船より広くて楽ちんだぜ」
巨大な甲羅の上で胡坐をかきながら悟空が言う。白竜も足を折りすっかり寛いでいる。
「しっかしこの河にでかい亀がいるってよく知ってたな悟浄」
「へ?ああ、俺の知識を舐めんなよ」
「亀さん…歳いくつですか」
「八戒、駄目よ、無理よ。賞味期限過ぎてるから」
「それにしても…」玄奘法師は黒く激しい流れを怖々と眺め
「すごい河ですね…いつもこんなに荒々しいんですか?」
「へ?ああ、そう言われればやけに水の量が多い気も…」
と、亀がぐいと短い首を曲げて悟浄を見た。
「あのう…どこかでお会いしましたっけえ?」
「うわっ亀にまでナンパされちゃったよ、どんだけいい男なの俺」
「亀さん、こんなのよくある顔だから。ちゃんと前みて前」
「そうですかあ?」
亀は再び前を向く。無事に河を渡り終えた一行は亀に礼を言うと、また歩いて西を目指し始めた。
やがて、小さな村に行き当たった。
「何やってんだあいつら」
道端で兄妹らしい幼い少年と少女が、紐を結んだ鍋を穴から引き上げている。
「よせ!」
汲み上げた水を飲もうとした少女の手から悟浄が鍋を叩き落とす。
「何すんだよ!」
泣き出した少女を庇い少年が怒鳴る。玄奘法師が近寄り
「こんな所から出た水を飲んだりしたら病気になってしまいますよ」
少年ははっとして一行を見回す。やがて目に涙をため
「だって…もうずっと河が干上がって…みんな喉が渇いてて…それで…」
「おいおい泣いたら貴重な水分が失われるぞ」
悟浄は少年の頭を揺すると、月牙鎩を地面に突き立てた。たちまち澄んだ水が湧き出し、兄妹が歓声を上げて飛びついた。
「すげえや兄ちゃん!村の人たちにも飲ませてあげてよ!」
「いいけど…かわいい子いる?」
湧き水の傍らには桶や鍋を持った村人たちが列をつくっている。
「こんなうまい水を飲んだのは何十年ぶりだあ。ありがたやありがたや」
おばあさんたちが悟浄を取り囲み手を合わせる。悟浄は月牙鎩にもたれ
「俺も何十年か前にばあちゃんたちに会いたかったなあ。…この村って高齢化が問題になってたりする?」
そんな様子を法師たちは微笑まし気に眺めている。
「よかったですね悟浄」
「生まれて初めて人の役に立ったわね」
「女に囲まれてさぞ本望だろ」
「おいら…こんな嬉しそうな悟浄見たの初めて」
「あの皆さん!?いろいろ誤解がある気がするんですけど!?」
「あんのう、この度は村人を助けていただきましてえ…村長としてお礼申し上げますですう」
鶏ガラのようにやせた老人がフラフラと寄ってきた。手を貸し法師が訊ねる。
「河が涸れて長いんですか?」
「ええ…もう三か月くらいになりますです」
村長は涸れた河床に目を向け
「この河は祁連山脈に続いてるんでえ、滅多に涸れることはないんですがねえ」
悟空が供え物が山のように置かれた川端の祠に目を止めた。
「ありゃ何だじいさん」
「へえ、あれは総海竜王さまを祀った祠ですう。河が涸れたのは竜王様のお怒りに触れたせいでねえかと皆一生懸命お祈りしとるんですう」
「総海竜王というと…東西南北の竜王をまとめる大王ですね」
と、悟浄がつかつかと歩み寄り祠をぶち壊し始めた。
「ごご悟浄!?」
「あいやあ!何て罰当りなあっ!」
「おい悟浄!俺もまぜろ!」
「悪のりするんじゃないっ」
とたんに辺りに地響きが鳴り出した。地響きはどんどん大きくなる。
「ひいいわしは何も知らんですう!くわばらくわばら」村長は手をさすり座り込む。
次の瞬間、地面が裂け巨大な水柱が立ったかと思うと、なかから青い竜が姿を現した。
「ひいいっ竜王さまだあっ!!」
村人が一斉に逃げ出す。竜王がギロリと下に目を向け、法師一行に目を止めた。
「どこの不届き者かと思えば…よく見た面がある」
一行は互いの顔を見回した。
「相変わらずふやけた顔だ」
「そっちこそ祠を壊されたぐらいで出てくるなんて相変わらずのナルシストっぷりだな」
全員が悟浄を向く。
「お、お知り合いですか悟浄」
「幸い全く似てませんが俺の親父です」
「えええっ!?」
一行は悟浄と竜王を見比べる。
「ほんとに…似てませんね」
「こちらとて今更親父呼ばわりされる筋合いはないわ」
竜王は長い髭を波打たせ
「そのバカ息子とはもう何百年も前に縁を切っている。我が一族の面汚しめが」
悟浄は月牙鎩を突き立て
「俺だってあんたの髭面なんか見たくないんだよ!ただあんたらの職務怠慢でこの村の人が困ってるから一言文句言うために呼び出しただけだ!」
竜王は辺りを見回す。
「ここは東海竜王の管轄だ」
「じゃあ敖広のおっさんに言って河をもとに戻させろよ!この河の水が黒河のほうにいっちまってるってことだろ」
「敖広はいま休職中だ」
「どうしたんだよ」
「長安の何とかという人物に斬られたのだ」
「どうせまた酔っぱらって誰かに絡んだんだろ」
また地響きが激しくなりだした。
「貴様…負傷した叔父を哀れとは思わんのか」
「思わねえよ。ただの酒癖の悪いおっさんたちだろ」
「言わせておけばあっ!!」
水柱が高く吹き上がり悟浄に襲いかかる。
「貴様は昔からそうだ!我が一族を軽んじ竜王という役目を軽んじる!この出来の悪い放蕩息子があ!!」
叩きつける水柱を悟浄は月牙鎩で切り刻む。
「人に拝まれるだけで何もしないあんたらのどこが偉いって言うんだよ!尊敬してほしけりゃ人の一人でも救ってみろってんだ!」
辺りに滝のように水が降り注ぐ。
「えらいはた迷惑な親子喧嘩だな」
「これだけ水があれば村の人、しばらくは困らないね」
「そうねえ、根本的な解決にはならないけどねえ」
村人たちが入れ物を持ってそこらじゅうを走り回り、白竜が口を開け降り注ぐ水を飲んでいる。
「でも…何だか安心しました」
玄奘法師はずぶ濡れになりながら悟浄と竜王を見つめる。
「悟浄にも…ちゃんと父君がいたんですね」
悟空がけっと小さく吐き捨てた。
「お前のバカさ加減は何百年経っても直らないようだなこの親不孝者があ!!」
「そおっすねえ!!やっぱ親が親だからっすかねえっ!!」
「どこまでも生意気な小僧めがあ!!」
水飛沫が激しさを増してきたので、村人も一行も二人を残し離れた場所へと避難して行った。




