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異説西遊記  作者: 圓堂
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第十六話



  欄干から吊るされた悟浄と八戒を、巨大な蜘蛛と蠍と蛇が池からじっと見つめる。

「待て!待てよ賢々!まだ御飯の時間じゃないからね!」

 屋敷から顔を出して劼挐が言った。三匹は大人しくじっと吊るされた二人を見る。

「よく躾の行き届いてることで…」悟浄が引きつった笑みを向ける。

「悟浄…あの蠍…油で揚げたら何人前くらいになるかな」

「そうだな…とりあえずいまは食う心配より食われる心配をしたほうがいいと思うぞ」

「悟浄…八戒…。お願いです、二人を放してやってください!二人は成り行きで私の弟子になっただけなんです」

 三毒姉妹を振り返り玄奘法師が訴える。美女が肩をすくめ

「だからって私たちが見逃してあげる理由にはならないわ」

 法師はなおも言う。

「本当に二人は無関係なんです!二人とも好きで私なんかについてきたわけじゃないんです。現に悟空は私に愛想をつかしていなくなってしまったし…悟浄と八戒だっていますぐにでも私の弟子なんか辞めたいと思っているに決まってるんですよ…」

「ぐぐぐるじいっおじじょーざまっごのじょーぎょーで!?」

「ヒッヒッブフー!ヒッヒッブフー!」

 ミシリと不気味な音が響く。美女が法師の喉元に鉄扇を突きつけた。

「あの二人のことはどうでもいいのよ。料理されるのはあなたのほうなのよ玄奘法師」

 玄奘法師は後退りながらちらりと食卓の小鈴を見た。

「お願いです…」

「お願いの多いお坊さまだこと」

「小鈴に…蓮の葉の煎じ汁を飲ませてあげてください」

 美女が訝しげに法師を見る。

「あなた…まさかこの娘のために分かっててここに…」

「まずいわ姉さん」劼挐が外を見ながら言った。

「黙ってなさいカツ。答えなさい玄奘法師」

 またミシリと不気味な音が響く。

「カツお姉ちゃん…この音ってまさか…」

「ええ…きっとあの豚さんの重さに欄干が耐えられなくなっているんだわ」

「悟浄…」目の前の巨大な三匹を眺めながらボソリと八戒が言う。

「おいら…感じる」

「俺も感じる…一秒でも早く食らいつきたいって気持ちがビンビン伝わってくる」

「さっきお師匠さまが愚痴を言ったとき…おいらたちと同じように苦しんでる人が近くにいるのを感じた」

 二人は顔を見合わせる。

「バカな男ね」美女は鉄扇の鋭い羽根を開いた。

「こんな小娘のために進んで危地に飛び込むなんて」

 壁際に追い詰められた法師は不意に微笑んだ。

「大切な人を助けるためなら当たり前ですよ」

 美女がはっとして身を引いたとき、悲鳴を上げて欄干が折れた。

「悟浄!八戒!」

 池に落ちてきた二人にすかさず三匹が飛びかかる。三つの巨大な口が二人に食らいつこうとした瞬間、一陣の風が通り抜けた。恐る恐る目を開けた悟浄と八戒は、自分たちを両肩に担いでいる人物を見て叫んだ。

「あーにーきー!!」

 悟空は思わずバランスを崩す。

「信じてたぜ兄貴ー!愛してるー!」

「おいら、おいらちゃんと悟空が帰ってきたときのために桃とっておいたよ!」

「分かったから暴れんなよお前ら」

 二人を抱えたまま悟空はひょいと觔斗雲から飛び降りると屋敷の廻廊に下り立った。

「悟空…」法師が呟く。

「まだ仲間がいたとはね」美女は顔を険しくして悟空に向き直る。

「三人に増えたなら平等に分けられるわね。カツ、タエ、さっさと片付けるわよ」

「賢々!」「娟々!」劼挐と妥媛が叫ぶ。

「寿々!御飯の時間よ!この三人を食べておしまい!」

 三匹が一斉に屋敷に押し寄せる。悟空が悟浄と八戒を振り返る。

「どうすんだそのぐるぐる巻き」

「月牙鎩さえあれば…」

「ああ、そこに落ちてるじゃねえか。こうやって振りゃいいんだろ」

「ああ危ねえええっ!!」

 悟空が振り下ろした月牙鎩から鋭い刃が辺りに飛び交い一同はとっさに身を伏せた。 三毒姉妹が顔を上げると、すでに弟子三人は武器を手にペットたちの頭に乗っていた。

「こんのバカ猿!!刃物は振り回しちゃいけませんて教わんなかったのか!!」

「何だよわざわざ助けに来てやったのに。だいたいお前の武器が扱いにくいのが悪いんだろ」

 寿々の上で悟空がムスッと言い返す。娟々の上の八戒が涙ぐみ

「おいら…小間肉にされるかと思った」

「助けに来た奴に殺されかけるなんてシャレになんねえぞチビ!チビ猿!寿命が縮んだわ!」

「けっ上等だ!お前らなんて油潡子にでも東坡肉にでもされりゃあよかったんだ!」

「おいらブタじゃないもん!」

 三人を乗せた三匹が一斉に互いに襲いかかった。

「いけ賢々!」大蠍が鋭い尻尾を寿々に振り上げる。

「やっちまえ大蜘蛛!」寿々が糸を吐き大蛇をからめ捕ろうとする。

「頭から飲み込んじゃっていいよ娟々!」大蛇が牙をむいて賢々の頭に食らいつく。

「どうしたのあの子たち、何であいつらの言うことを聞いてるの?」

 欄干に駆け寄り叫ぶ妥媛に劼挐が言った。

「違う…言うことを聞いてるんじゃない。あの子たちはそれぞれの上に乗っている三人を襲ってるのよ」

「まさか…あの連中わざと…」

 美女がはっとして振り返ると、玄奘法師が小鈴に湯呑みで煎じ汁を飲ませていた。

「これであなたの目的は果たされたでしょ」

 美女は再び鉄扇を開いた。

「今度はこちらの目的を果たさせてもらうわ」

 小鈴を抱えながら法師は後退る。そのとき、池で互いを襲い合っていた三匹の体にそれぞれの牙と尻尾が食い込んだ。三匹は一瞬動きを止めると、激しい水飛沫を上げ池のなかに倒れ込んだ。

「娟々!」

「賢々!」

 駆け寄ろうとした妥媛と劼挐の前に三人が立ち塞がった。悟空がニヤリと笑う。

「で?お前らはペットより強いのか?」

 二人がぐっと詰まる。

「待ちなさい」美女が法師に鉄扇を向けて言った。

「二人に手を出したら承知しないわよ。あなたたちのお師匠さまがどうなってもいいのかしら」

 今度は悟空たちがぐっと詰まった。と、玄奘法師が一歩前へ出ると鉄扇を持つ美女の手首をつかんだ。

「何を…」狼狽える美女を法師はまっすぐ見据える。

「あなたは妹さんたちを大切に思える優しい人だ。あと、どこから出た噂か知りませんが私と不老不死とは何の関係もない。全くのでたらめです」

「それに」法師は美女に微笑み

「そんなことをしたら、かえってあなたの美しさが損なわれてしまいますよ」

 鉄扇を取り落としよろめいた美女を妹たちが慌てて支えた。

「驚いた…」悟浄が唸る。

「お師匠さまはたらしだ…たぶん無自覚の」

「お前は違うのかよ」

「俺は自覚あるたらしだ」

「それって偉いの?」

「あ、あの」玄奘法師は美女に近寄り

「蓮の葉を分けて頂いたのに…大切なペットを傷つけてしまって」

「いえ…」美女は赤い顔と潤んだ目で法師を見上げる。

「飼い主として当然解毒法は心得ていますので…どうかお気遣いなく」

「そうですか」法師はほっとして

「ああそういえば、まだお名前を伺っていませんでしたね」

 美女は夢見心地で答えた。

「千蓉と申します…どうか、チヨと呼んでください…玄奘さま」

「チヨさん」法師がまた微笑み、千蓉は妹たちの腕のなかに倒れ込んだ。



「いやあ面白い見世物だった」

 一行は再び西の回廊へ戻るため平原をテクテク進んでいた。八戒に白竜の手綱を任せ、手のなかの小鈴を見つめていた法師が「あ」と声を上げる。

「小鈴、大丈夫ですか」

 手のなかで小鈴がうっすらと目を開ける。そして、覗き込んでいる顔のなかに悟空を見つけた。

 悟空は目をそらしながもボソリと言った。

「わ…悪かったな」

 小鈴は小さく微笑む。

「戻ってきてくれたから…許してあげるわ」

「けど」小鈴の小さい手が悟空の胸倉をつかんだ。

「それとこれとは話が別よ。私を袋に閉じ込めてあんた玄奘さまに何かしたんじゃないでしょうね」

「ぐるっぐるじいっ」

「ああ小鈴、すっかり元気になったみたいですね」

「て元気になりすぎじゃないですかねお師匠さま!?」

「殺されちゃう…ほんとのこと言ったらおいらたち殺されちゃう…」

 白竜がぶるるっと鼻を鳴らす。

「いいんですよ小鈴」悟空を締め上げている小鈴に玄奘法師は言った。

「こうして戻ってきてくれたんですから」

「…ま、玄奘さまがそう仰るんなら」

 小鈴もようやく手を放し、悟空に微笑んだ。

「お帰り、悟空」

 他の三人も悟空に笑いかける。悟空はそっぽを向くと鼻をこすりながら

「仕方ねえから…付き合ってやるか」

 そう言うと八戒から手綱を取り上げ怒鳴った。

「さあ、さっさと先に進むぜお師匠さま!」

 四人は顔を見合わせ笑いをこらえる。手綱を引く悟空の顔を白竜がベロりとなめ、悟空の大声が平原に響き渡った。



 

 

 


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