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異説西遊記  作者: 圓堂
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第十五話



  水簾洞は長安の南、秦岭山脈の奥深くにあった。

 そこではたくさんの子猿たちが高い滝の上から飛び込んでは何かの練習をしている。

 滝壺の側に座って子猿たちの様子をぼんやり眺めていた悟空に、芭琉長老がゆっくり近づいてきた。

「どうした」長老は杖を抱え込みながら悟空の横に座る。

「ようやく岩山のなかから出られたというのに…浮かない顔をしとるの」

「別に」悟空はそっぽを向く。長老が目を覆う白い毛の下からその横顔を探っていると、子猿が寄ってきて悟空に言った。

「大聖さま!どうか前宙十回ひねり飛び込みを教えてください!皆どうしてもできないんです」

「よっしまかせろ」

 肩を回しながら悟空は滝壺のなかに入ってゆく。その姿を芭琉長老はトントン杖で肩を叩きながら見つめていた。



「見失っちまいましたね」

 河西回廊を外れ、オアシスに導いてくれるはずの青い蝶を追っていた玄奘一行は平原の真ん中で途方に暮れていた。蝶が消えていった地平線から玄奘法師は手の中に視線を移す。そこには赤い顔をした小鈴がぐったりしている。小鈴の高い熱が手の平を通して伝わってくる。

「これはいけないヨー」

 突然側で声がして法師はぎょっと身を引いた。そこには黄金の丸い体が浮いていた。

「黄金…さん」

「そうだヨ。あんたに貴重な金蔓を奪われた哀れな黄金ヨ」

「何ですかこの鏡餅みたいなおっさん」

「おいしそう…」

「お前に言われたくないヨ!」

「ああの黄金さん、小鈴の症状は…良くないんですか」

 黄金はその小さな鼻を鳴らす。

「精だって病気にくらいなるヨ。人間と同じヨ。早いとこ熱を下げてやらないとやばいヨ」 

 法師が訊ねる。

「黄金さん、この辺りに水が湧いているところ…できれば蓮の花が咲いている場所はありませんか」

 黄金の頭の中で鐘が一斉に鳴り響いた。

「…ないこともないヨ。案内したげるヨ」

 玄奘法師が顔を輝かせた。

「ありがとうございます!」

 黄金の導きで一行は平原を進んでゆく。途中、ふと黄金が振り返った。

「そういえば、孫悟空はどうしたヨ」

 一行は互いに顔を見合わせる。

「そのーあれだ、法事で実家に帰ってるんだ」

「ふーん」

 悟浄の言葉に黄金は疑わし気に一行を見回したが、後は何も訊かず先導を務めた。やがて、周囲を小高い山に囲まれた窪地に青々とした水が湛えられている場所に出た。水の上には無数の蓮の花が浮かんでいる。

「よかった…。どなたか住んでいるみたいですね」

 池の上に建つ屋敷を見て法師が言った。

「そ、そうヨ。とっても美しい娘たちがいるヨ」

「マジでかおっさん」悟浄が意気込む。

 岸と屋敷をつなぐ橋のたもとで八戒がピクリと足を止めた。

「どうした八戒」

「なんか…イヤな臭いがする」

 その大きな鼻をヒクヒクさせ八戒が眉をひそめる。黄金は慌てて

「きっと、この家の末娘ヨ!その娘が作る下手な料理の臭いヨ!」

 皿の割れるような音が屋敷のなかから響いてきた。一行は気を取り直すと橋を渡り、屋敷の扉を叩いた。なかから「はい」とか細い声が返事をした。玄奘法師は扉に向かい

「突然申し訳ありません。私は旅の僧で玄奘と申します。連れの者が熱に苦しんでおりまして…できれば蓮の葉を何枚か分けて頂きたいのですが」

「まあ、それはお困りでしょう」

 扉が開き、なかに三人の女が立っていた。真ん中に立つ女が艶やかに微笑む。

「熱毒には蓮の葉がよく効くと申しますものね。どうぞ何枚でも。ああせっかくですから、葉を煎じている間どうかなかでお寛ぎになってください」

「でも…」ためらう法師の背中を悟浄がドンと押して

「いやあうれしいなあ。もう身も心もカラカラだったんですよ俺たち!なあ八戒?」

 八戒はまだ顔をしかめて鼻をヒクヒクさせている。そういうわけで玄奘一行は表に白竜を残し屋敷へと入っていった。白竜の背にちょこんと座り黄金は閉じた扉を眺める。

「私ウソ言ってないヨ。ちゃんと蓮のある場所に連れてきてやったヨ」

 ブルルッと白竜が身震いして黄金が飛び上がる。ふよふよと上から青い池を見下ろし

「これで玄奘法師も一巻の終わりヨ。私から金の成る木を奪った罰ヨ」

 そこで黄金ははっとした。

「玄奘法師がいないということは…孫悟空がお供をする必要がなくなるということヨ。また孫悟空を使って商売ができれば…重労働の水売りとおさらばできるヨ!」

 黄金は細い目を輝かせると東の空へと飛び去った。その様子を橋の上から見ていた白竜は、扉に向かって落ち着かな気にいなないた。


「姉さん…あの大福餅が逃げたみたいだわ」

「言ったでしょ。あんな雑魚は放っておきなさい」

「娟々の餌にしようと思ったのにー」

「しっ」三姉妹はにこやかに振り向き、いそいそと客人にお茶とお菓子を運んだ。

「煎じ詰めるまでもう少しかかりそうです」

「それまでどうか寛いでいてください」

「これ、私に作った蓮の実餡入り包子でーす」

「お手数おかけします」玄奘法師は小さく頭を下げ、食卓の上に寝かされた小鈴を見つめる。

「いやあ、こんな所でこんな美人姉妹にお会いできるなんて感激だなあ」

 ヘラヘラ笑う悟浄の隣で八戒が包子を凝視している。三姉妹は再び台所に引っ込んだ。

「姉さん、あのぼおっとしたのが本当に玄奘法師なの?」

「あの大福餅も知っていたんだからそうなんじゃないの?」

「あの豚さんかわいーっペットにしていい?」

「あんたどういう趣味してんのよ」三姉妹はにこやかに客の前に戻った。

「あともう少しですわ」

「これ、私の作った蓮の実餡入りの月餅でーす」

「あ、ほんとお構いなくう」

 ガタリと八戒が席を立った。その大きな目で食卓の料理を見据えている。

「…バレたかしら姉さん」

「まさか…眠り薬に匂いなんてないわよ」

「あのう、どうかしましたー?」

 おずおずと訊ねる妥媛をきっと八戒が睨んだ。

「お前…料理を舐めてるな」

 一同の間に衝撃がはしった。

「包子の皮はしぼんでるし月餅の皮はガチガチで色も悪い…それぞれ生地の練りが足りなかったのと生地に糖水とかん水を使わなかったのが原因だ。これじゃ生まれてきた食材がかわいそうだよ」

「八戒、失礼ですよ。せっかくのおもてなしに」

「すんませんこいつ、料理のことになると人が変わるっていうか単に不味い物に厳しいっていうか」

 法師と悟浄が取り繕おうとしたが、妥媛が肩を震わせ泣き出した。

「それでもっいっしょうけんめいっつくったのにーっ!」

 妥媛の泣き声に池の水がざわめき出した。

「…まずいわ姉さん」

「ああもうまどろっこしいのはやめよ!正攻法でいくわよ」

 美女はそう言うと袂から鉄扇を取り出し三人に向かって薙ぎ払った。見る間に白い糸が三人を縛り上げる。

「す、すいません!俺こういう趣味ないです!」

「お…おいら苦しい…」

「これはいったい…」

 もがきながら法師が美女を見る。美女はニコリと笑い

「ごめんなさいお坊さま?あなたには死んでもらうわね。この私の永遠の命と美しさのために」

「何を…」

 バンと池へ続く扉が開く。

「お弟子さんたちには用がないから、私たちのかわいいペットの餌になってもらいましょ」

 池の水がゴボゴボと泡立ち、水面に巨大な影が浮かび上がってきた。現れたのはそれぞれ大岩ほどの大きさもある蜘蛛、蠍、蛇だった。

「うわあ…ほんとかわいい…」

「…食費がかかりそうだよね」

「あああのっどういうことですか?永遠の命とか私には何のことか」

 美女は玄奘法師に近づきその顎を持ち上げた。

「私たち妖魔のあいだじゃとっくに噂になってるんですよ玄奘法師?あなたの肉を食らえば不老不死を得られるってね」

「そんな…」

 美女は笑いながら離れる。

「他の妖魔どもに先を越されなくてよかったわ。不老不死は私たち…三毒姉妹にこそふさわしい」

「どうやって料理するの姉さん」劼挐が訊ねる。妥媛が大蛇に向かって怒鳴る。

「娟々!この豚さんを頭から飲み込んじゃって!」

 玄奘法師は困惑しながら、食卓の上に横たわる小鈴を不安げに見た。


 

 水簾洞の薄暗い洞穴で悟空は横たわっていた。傍らでは子猿たちがシクシクと泣いている。

「ごめんなさい大聖さま…俺たちが、後方十回転海老反り飛び込みのお手本を見せてほしいなんて言ったから…」

「大聖さまに…五百年のブランクがあるの忘れて…本当にごめんなさい」

 目を赤くして泣きじゃくる子猿たちを芭琉長老が慰める。

「ほれほれ、枕もとでメソメソされたらまるでお通夜だろうが。いまはそっと静かにしてやるのが一番だ」

 子猿たちはそう言われてゾロゾロと洞穴を出てゆく。あとに残った長老はかわりに悟空の枕元に座り、濡れた布をのせたその顔を覗き込んだ。

「どうした。調子が出んのは何も長いこと閉じ込められていたせいばかりでもないだろう」

 悟空は布の下で黙り込んでいる。芭琉長老はその頭に杖を振り下ろした。

「うあだっ!!何すんだよ怪我人に!!」

「何が怪我人だ。お前の石頭が滝壺に落ちたくらいでどうにかなるか」

 悟空はぶつぶつ言いながら頭をさする。

「なあ悟空…思ったんだが、お前が気になってるのはその頭の金環のことじゃないのか」

 はっとして悟空が緊箍児から手を放す。

「その金環からは何やら強い力を感じる。何かと繋がっている力をな。お前はその繋がりを断ち切れないままここに戻って来たんじゃないのか」

 やはり悟空は黙ってそっぽを向いている。

「えええいうっとうしい!」

「うあだっ!!何回もボカボカ叩くなよ!!」

「いいか悟空」長老が白い毛の下から悟空の目を見据える。

「お前はいつでも何かあればここに逃げ帰ってこられると思っているようだが甘えるな。そうやってウジウジ迷っている奴が側にいるとウゼエんだ。子猿たちの教育にも悪い」

 悟空の金色の目が長老を見返す。

「何か引っかかっていることがあるんなら腹くくって最後までやり通してこい。それがどんな結果になろうともな」

 暗がりに光る長老の目から悟空は顔をそらし

「じっちゃん…俺…」

「そうヨ、いまこそこの黄金と新たな事業を起こすときヨ孫悟空」

 ぎょっとして顔を上げると黄金がふよふよと浮いている。長老が杖で突きながら

「何だこの浮かぶ肉まんは」

「失礼だヨヒヒ爺」

「黄金…お前どうしてここに…」

「それだヨ。あの邪魔っけな玄奘法師をちっちゃい小娘が熱出したのをいいことにがめつい三毒姉妹に引き渡せたもんだからこうやってまた孫悟空との事業提携を申し込みにわざわざやってきてやったんだヨ」

「はあ?」

 首を傾げる長老の横で悟空が立ち上がった。




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