第十一話
「あっ」
つまづいた春明は道に倒れ込んだ。
起き上がりざま背後を振り返る。燃える村の真ん中では長く巨大な影が揺れ、それが横に倒れ込むたびに地響きとともに土煙が舞い上がる。
立とうとした春明の足に激痛がはしった。
「お困りですかお嬢さん」
顔を上げると、目の前に二人の人物が立っている。 夕陽を背にして表情の見えない相手に、春明は涙を浮かべか細く言った。
「足を…挫いてしまって」
「私共にお任せください!」
細いほうの男が即座に答える。もう一人は黙って村で蠢く長い影を見つめていた。
「なーんか」悟空は足元の炭と化した柱を蹴飛ばす。
「シケた村に来ちまったな」
辺りの家は焼け残りか崩れかけで、まともな形で残っているのはわずかなうえに人の気配が全くない。
「何かが暴れ回ったような跡ね」
なぎ倒された木々を眺め小鈴が言う。白竜の手綱をつかむ玄奘法師は困ったように
「今夜はこの村で宿を頼もうと思ったんですが…この様子じゃ無理なようですね」
日はとっくに沈み、崩れた家々が影をつくる通りを言葉少なに進む一行の耳に、賑やかな音色が聞こえてきた。見ると村の一角が明るくなっている。
「…何やってんだあいつら」
広場らしい場所で飲めや歌えやの大宴会をやっている村人たちを、物陰から眺めつつ悟空が呟く。小鈴がその頭の上で
「お祭りでもやってるみたい」
「村がぼろぼろだってのに呑気な奴らだな」
「これはこれは」突然背後で声がして一行は飛び上がった。振り向くと品の良さそうな中年の男が立っている。男は法師に手を合わせ
「旅のお坊さまがいらしているとは気づきませんで…失礼しました。私はこの村の村長で文と申します」
ニコニコと挨拶する村長に法師が
「何か、お目出度いことでもあったんですか?」
「いえ実は」村長は広場の真ん中にいる二人を指して
「あのお二人が村を救ってくれたそのお礼なんです」
その一人は春明にデレデレと酌をしてもらい、もう一人は次々に出される料理を瞬く間に平らげている。悟空はその二人をじっと見据えた。
「救ったといいますと?」
「ええそれが、大きな、とても大きなムカデが村を襲ってきまして」
「ムカデ!?」小鈴と法師がそろって身を引く。
「そりゃあもう大きなムカデなんですが、たまたまあのお二人が通りかかって退治してくださったんですよ。ほんともうこんな大きな」
両手を振ったいた村長はようやくはっとして
「こんな所にいらっしゃらないでどうか皆さんも宴会に…」
「いや」悟空が遮った。
「俺たちは疲れてんだ。それより宿の準備をしてくれ」
法師たちが不思議そうに悟空を見る。村長はニコニコと頷き
「そうですか、では一軒だけ無事な宿屋があるのでそちらのほうへ」
「ちょっと悟空」
「どうかしたんですか?」
部屋に通されるなり小鈴と法師が訊ねた。悟空は部屋の窓から外を見下ろしている。
「何見てるの」傍らから小鈴も覗き込む。すると、さっきの二人組が村人たちに付き添われ宿に入ってくるのが見えた。
「ああ、さっきの」
「あいつら人間じゃないぜ」
「えっ」玄奘法師は宿の明かりに照らされた二人をまじまじと見る。確かに大きいほうはピンと尖った耳が頭から生えていて鼻も大きく、人間離れした風貌をしている。しかし細いヘラヘラしたほうはヘラヘラした普通の男に見える。
「あんたまさか…」
小鈴はじっと二人を見下ろしている悟空を疑わし気に眺めた。
「はあ」
長椅子にもたれ悟浄はため息をつく。前の小卓には酒が用意されている。
「いい村だなあ」
天井を眺めながらしみじみと呟いた。
「それに…春明ちゃんかっわいいー!!」
一人はしゃいでいると部屋の扉が叩かれた。扉を開けた悟浄は思わずたじろぐ。
「春明ちゃん!」
そこには春明がにこやかに立っていた。
「すみませんお休みのところ…実は、うっかりお二人にお礼の品をお渡しするのを忘れて」
「お礼?」
面食らっている悟浄に春明は大きな玉を連ねた数珠を差し出した。
「緊拑蕩と言って、この村の宝なんです」
首に下げてためつすがめつしている相手に春明は微笑む。
「よかった、とてもよくお似合いですよ。…どうしました?」
うつむき肩を震わせていた悟浄が春明の両手をつかみ、勢い込んで言った。
「春明ちゃんっ俺この村大好きです!」
「ど、どうも…」
「ずっとここにいたい!」
「え、でもそれは…」
「だから」悟浄が真剣な顔で春明を見る。
「結婚してください」
春明の笑顔が凍り付いた。
「もちろん婿で構いません!」
「むこ!?」
「そして僕が次期村長に!」
「なる気ですか!?」
「二人で…」悟浄の顔が春明に迫る。
「あの、手を…」
「二人で、永遠の愛を誓いましょう春明ちゃ…!!」
「手を放しやがれこのナンパ野郎!!」
春明の蹴りが顎に入り、悟浄はそのまま床にひっくり返った。
「…思った以上に軽い奴だな」
間の抜けた顔で伸びている悟浄を見下ろす春明は、やがてニヤリと笑い
「とりあえずこれで…あと一人」
「はあ」
部屋で食卓につきながら八戒はため息をつく。目の前にはたくさんの料理が並んでいる。
「いい村なんだけどなあ」
モソモソと箸を運んでいると扉が叩かれた。
「…はい?」
「こんばんわー!今夜は旦那さんにちょっといいものを持って来ましたー!」
やけに明るく部屋に入ってきた春明を、八戒はまん丸な目でじっと見る。春明はというと相手が無反応なのでかってにその腰に銀色に輝く鎖を巻き付けた。
「あの…これ…」
「まあさすがお目が高い!その鎖は緊鎖餔と申しまして、かの傑王が持っていたという貴重な品なんですう」
「へえ」と興味がなさそうに八戒は肉団子を咀嚼している。
「…実はこの鎖、不思議な力がありましてねえっ」
苛立ちを押さえ食卓の皿をつかむと、春明は料理を八戒の口に押し込み始めた。
「どんなにっ食べてもっお腹がキツくっならないんですよっ」
「…ほんとだ」顔の形が変わるほど口いっぱいに料理を詰め込んでもごもごと呟く八戒に、春明は「ねー?」とほくそ笑む。
「でも不味いねこの料理」
突然はっきりと言われ、「は?」と春明は思わず聞き返した。八戒は大きな目で春明を見据え「食材への愛が感じられない」と言った。
「肉はボソボソで野菜はベタベタ。きっと高い温度で油通ししたんだ。あと仕上げにごま油を入れすぎて素材本来の味が失われちゃってる」
八戒はやはりもぐもぐと口を動かしながら
「これじゃあせっかく生まれてきた食材がかわいそうだよ」
「…んなこたあ俺の知ったこっちゃねえが…」春明の声が怒りで裏返る。
「文句があるならバクバクガツガツ食ってんじゃねえっ!!」
春明が食卓を蹴り飛ばし料理が床にひっくり返った。皿がカラカラと八戒の足元に転がり、春明は何かに気づいた。
八戒の動きが止まっていた。
悟浄は冷たい床の感触で目を覚ました。
「俺…たしか春明ちゃんに…」
起き上がりつつ記憶を手繰り寄せる悟浄の顔が、みるみる緩んだ。
「強いんだなあ春明ちゃんって…」
「いいよいいいよー」廊下を歩きながら一人悦に入る。
「俺の理想はかわいくて純粋で健気で強い子だからなー」
やがて八戒の部屋の前に来ると扉を開けた。
「おーい八戒」
悟浄は入りかけてとっさに身を隠した。部屋では八戒と春明が険しい顔で対峙している。
(何だ…この気まずい雰囲気…)
狼狽えながらも悟浄は扉の影から様子を窺う。
(それにこの散らかりよう…一体二人に何が!?)
「謝れ」
睨む八戒を春明はせせら笑い
「不味い料理を片付けてやっただろ」
八戒は傍らに立てかけてあった玖棘棍をつかんだ。
「お前…食べ物を粗末にした。食べ物に謝れ!」
(まずいっ)
悟浄が止めに入ろうとする。
「お前…人間じゃないな」
悟浄はピタリと動きを止める。春明はニヤリと笑い
「料理が駄目になって鼻が利くようになったか」
春明が服を脱ぎ捨てると、その下から金色の目をした少年が現れた。それと同時に悟浄の思考が停止する。
「謝れ」八戒がなおも睨んで言う。
「やだね」悟空が鼻を鳴らす。
(…てことは?)




