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思ったほど上手くいかない婚約破棄シリーズ

こんなはずじゃなかった ~半平民の男爵令嬢が見事に王太子をゲット! このまま国のトップの下で贅沢三昧出来るんだ!! そう思っていた~

作者: 昼型熊

9作目です。

よくある婚約破棄のその後のお話です。

王太子を攻略した男爵令嬢。

彼女の思い描いた生活は、果たして成されたのかというお話です。


誤字報告ありがとうございます。

お陰で助かります。


皆様のお陰で、2023.10.01の日間ヒューマンドラマ〔文芸〕ランキング一位になる事が出来ました。

本当にありがとうございます。

 キャニーは母と二人暮らしだった。

父親は居ない。

亡くなった訳ではない。

ただ、会えないのだ。


 母との生活はそう悪い物では無かった。

苦労はあったが、生活は出来たし、何より母は情け深い人だった。

娘を大切に育ててくれた。


 ただ一点、父親の事が気がかりだった。

母に聞いてもはぐらかされた。

亡くなってはいないようだが、それならなぜ自分達の元に居ないのか? それが疑問だった。


 その疑問は母が亡くなる時に解けた。

自分の父親はさる貴族の子息で、当時母と恋人関係だったが、無理矢理引き裂かれたと言うのだ。

別れさせられた後、母は妊娠している事を知り、ひっそりとキャニーを産んだ。

それからは母子二人の生活だった。

手切れ金として渡された金が無ければ、早々に路頭に迷っていただろう。

キャニーがある程度育ち、母親が働きに出れるようになるまでは、その金と子息からの贈り物、奇麗だと褒められた髪を売るなどして凌いでいた。


 娘の欲目から見ても、可愛らしい母は再婚しなかった。

望めばそれなりの金持ちの後妻だって可能だったろうに。

それはつまり、母はその男爵子息を未だに愛していたからだった。


 母が亡くなり、天涯孤独となったキャニーは一人で生きる事になった。

何とか働き場を見つけ、僅かな稼ぎで細々と生きて来たキャニーに転機が訪れる。


 キャニーの働き場、そこは酒場であった。

幸いな事にごく普通の酒場だ。

キャニーはそこでウェイトレスとして働いていた。


 その日、キャニーは母の形見である髪留めを挿していた。

父親が母に贈った品である。

最初に贈られたプレゼント故、母は最期までそれを手放さなかった。


 キャニーはある男に声を掛けられる。

注文かと思いその男に近づいた時、髪留めの事を聞かれた。

素直に母の形見だと伝えた。


 それからは急転直下だった。

キャニーに声を掛けた男は男爵家に仕える男で、母の同僚でもあった。

そして、父親である現男爵はキャニー達母娘を探していたとの事だった。


 もっと早く見つけてくれれば母は……という思いはあったが、キャニーはそのまま男爵の元へ連れられた。

今まで一度も会った事のない父との出会いに、胸を躍らせるキャニー。

そして遂に、親子の対面となったが……。


 残念ながらキャニーが思い描いた様な良い物では無かった。

父である男爵は、俗物だった。

正直、何故母はこんな男を愛してたのか疑問に思う。


 その理由は至って簡単、当時の男爵はキャニーの母に対して、格好良い所しか見せてなかっただけの話だ。

紳士ぶって気取っていた、そんな姿に純粋な少女が騙された……それだけの事である。


 キャニーを引き取った理由は碌でもない物だった。

近年になって、財政的に厳しい状況になった男爵家の為に、キャニーを金持ちの商人もしくは、裕福な貴族へと嫁がせるのが目的だからだ。

男爵は風の噂でキャニーの存在を知っていたのだ。

知っていながら今まで放置していた。


 キャニーの落胆は酷い物であった。

母に言い寄る男は多く居た。

大概は碌でもない男ばかりだが、それでも比較的真面な男もいた。

だけど、この男を一途に愛し、決して首を縦に振らなかった。

その結果が病死だ。


 何て救われない話なのだろう。

だからキャニーは決意した。

何が何でも幸せになってみせると。

当然ながら男爵家の為に犠牲になるつもりは無い。

全てを自分が幸せになる為の踏み台とし、生き抜いてやると決心した。


 それからは男爵家にて、貴族としてのマナーや勉強などを学んだ。

金持ちに売るにしてもそれなりに教養は必要だし、貴族学校への入学は義務だからだ。

だから必死で学び、それ等を習得した。

そして学園へ入学をした時、学んだそれらを用い、自分を幸せにしてくれる男を手に入れてやると意気込んだ。


 キャニーは愕然とした。

自分と他の貴族女子のレベルの違いに。

キャニーが学んだ礼儀作法は、本当に最低限のレベルの物であった。

高位の貴族令嬢はまだしも、同格であるはずのその他の男爵令嬢すら、キャニーの作法よりも洗練されていた。


 これはキャニー自身の能力と言うよりは、男爵家の教育レベルの低さが原因だった。

賃金の問題と、最低限出来れば良いという事から、講師の質も程度が低かったという訳だ。


 怒りと羞恥で頭がおかしくなりそうだった。

ただでさえ、庶子という事で見下される立場である上に、礼儀作法も真面に出来ないのでは、話にならない。

悩むキャニーは、周りのお高く留まる令嬢に心の中で悪態を吐いた。


 その時、キャニーに天啓が下りる。

貴族令嬢は程度の差はあれ、皆お高く留まって鼻持ちならない者ばかりだ。

だったらいっその事、自分の半平民と言う立場を生かしたやり方で攻めるべきなのではと思った。

酒場での愛想を振りまいた接客は好評だった。

子供だったからという事もあるが、男はそう言うのに弱い。

なので、キャニーは中途半端な礼儀作法を捨て、取り繕わない、自然体の天真爛漫なスタイルへと切り替えた。


 これが貴族令息に大いにウケた。

いける……キャニーは手応えを感じていた。

結局男は賢しい女よりも、自分より少し劣った女を好むのだ。

キャニーはそう確信し、その様に振舞った。


 そうして男達から持て囃され、女達から嫌悪の眼差しを向けるようになったある時、キャニーは大物を釣り上げた。

なんとこの国の王太子だと言う。

出会った切っ掛けは、キャニーの普段の行動を窘めた令嬢達との間に、王太子が割り込んだ事だ。


 まさかの大物の登場に驚いたキャニーだが、直ぐに切り替え、令嬢達を擁護する。

あくまで貴族らしからぬ振舞いをした自分が悪いので、彼女達に非はありませんと、いけしゃあしゃあと訴えた。

相手の所為では無く、自分が悪いと言う殊勝な態度に王太子は感銘を受けた様で、以後、何かと世話を焼いてくれるようになった。


 キャニーは笑いが止まらなかった。

まさか国のトップに立つ人物のお目に留まるなんて! と。

そこらの金持ちや貴族なんて問題に成らない、最高のカードを手に入れたと、有頂天になった。


 それから度々嫌がらせを受ける様になるも、その都度王太子が助けてくれるし、持ち物を盗まれたり壊されたりしても、王太子がより良い物を贈ってくれる。

この国最上級の男が、自分に尽くしてくれるのだ。

まさにこの時が、キャニーの絶頂期であったと言えたのかもしれない。


 そんな日々が遂に終わりを迎えるようになる。

サーメル王太子が、あろうことか婚約者であるマーヌ公爵令嬢に婚約破棄を叩き付けた。

理由はキャニーに対する迫害……いじめだそうだ。


 これにはキャニーも心底驚いた。

前々からこの二人の仲が良く無い事は知っていたが、まさか婚約破棄宣言をするとは思わなかったからだ。

キャニーとしては、このまま王太子の愛人なり愛妾として、離宮で贅沢三昧の日々を送る算段であった。

自分如きが公爵令嬢に代わって王妃になるなんて考えは、微塵も無かった。

それは将来の国王と王妃に任せて、自分は左団扇で暮らすつもりだった。


 だからこそ、キャニーは日々受けているいじめについて、特定の誰かがやったなどとは言わなかった。

いじめをする令嬢に公爵令嬢の取り巻きの姿を確認していたが、それも黙っていた。

あくまで至らぬ自分が原因で、他の誰かが悪いというような言動はしなかった。

そうやって健気な被害者になる事で、王太子の関心を引きつつ、余計な波風を立てない様にしていたのだが……。


 公爵令嬢憎しの王太子は、深読みして全ての責任は公爵令嬢にあると判断した。

そして独自に証拠を集め、この婚約破棄を起こしてしまった。


 眩暈を起こしつつも、キャニーはこの状況をどうするか考えていた。

尤も、余計な事は言わずに静観するしかないのだが。

そんな時、王太子は更に爆弾発言をする。

なんと自分を婚約者に据えると言うのだ。

はっきり言って無茶苦茶な話だ。


 キャニー自身はそんな重荷を背負える程の器ではない。

多少小賢しいだけの小娘に過ぎないし、そんな地位に就く気も無い。

そう理解していた。

どうにもならない状況にキャニーは思考停止する。

その時、一人の男が出て来た。


 隣国の第二王子が出て来て、王太子の挙げた公爵令嬢のいじめの証拠を次々に論破し、逆に王太子が断罪されるという事が起きた。

王太子は連行され、キャニーもまた関係者という事で連れられた。

完全に終わったと、キャニーは絶望した。


 別にキャニーは何かをした訳では無い。

学園内でちょっと礼儀作法がなっていない程度だ。

いじめの被害者である事も間違っていないので、罪に問われるような事はしていない。

キャニーもそう努めた。

だが、事が大事過ぎた。


 王太子による公の場での婚約破棄宣言、その後に隣国の第二王子の介入と、王太子の廃嫡。

その一因はキャニーにある。

本人は何もしてないからお咎め無し、などという希望的観測は持てない。

最悪、一連の事件の責任を、無理矢理被せられる恐れがある。

由緒正しい貴族では無く、男爵家の、しかも庶子であるからだ。

王家が黒と言えば、例え純白でも黒に染められる儚い立場だ。

どうしようもなく、詰んだ。




 ザーマ王国の王城、王の間にて国王が元王太子を見下ろしている。

元王太子の顔色は蒼白で、今にも倒れそうなほど憔悴している。

そんな元息子に対し、国王は質問を投げかける。


「……して、此度は何故、あのような愚かな事をしたのだ?」


 日頃の、何処か甘さがあった父としての言葉では無く、この国の王としての、愚か者に対する冷たい声色だった。


「そ……それは……」


 言葉に詰まる元王太子。

今回の婚約破棄は、大事なキャニーを虐めていた公爵令嬢を断罪する為に仕組んだ物だった。

だが、本当の所は昔から気に入らなかった公爵令嬢を叩きのめしたいと言う意趣返しこそが本心であった。

勿論、キャニーを自分の妃にしたいという事もあるが、結局はキャニーの件を出汁にしただけだった。


 そんな本心は国王に見透かされていた。


「自身より優秀な彼女の鼻を明かしたい。そんな理由で貴様はあのような愚行を仕出かしたのだろう?」


 国王の言葉に二の句が継げない。


「愚かな……。貴様がそんなんだから、彼女を将来の王妃に選んだのだがな」


 それはつまり、お前に政は無理だから彼女に期待していたという話である。


「彼女との婚約は、我ら王家と公爵家の政略によって結ばれた物。決して違えてはならぬ約束を、貴様の下らん心情によってご破算にされた。我らの怒りと失望……貴様に理解できるか?」


 口から吐き出される言葉以上の怒気が放たれる。

王太子は平伏するしかなかった。

が、その怒りも急速に萎んでいく。


「……貴様の愚かさを見抜けなかったのは、我らの落ち度よ……」


 怒りを通り越して、最早呆れしか無いと言った口調だ。


「自らの矮小さを認めず、自分よりも優秀な婚約者を妬み、陥れようとするなどとはな……」


 余りの馬鹿馬鹿しさに嘆息する。


「しかも、男爵家の庶子を婚約者だと……何かしら偉大な功績を上げたのなら兎も角、唯の庶子を王家に迎え入れようとは、王家の血はそんなに安い物では無いのだがなあ……」


 本当にどうしたら良いんだ? と言いたげな呆れと失望、やるせなさが言葉に含まれている。

王の言葉に、元王太子は何も言えなかった。


「どう思う? 歴史上類を見ない愚か者よ」


 王の辛辣な言葉にも何も言えなかった。 

自らの目で確かめ、自信を持って挙げた公爵令嬢の罪の証拠は、まるで出鱈目の代物だった。

断罪するつもりが逆に断罪されるという、正に王国の歴史を見ても恐らくいないであろう稀代の愚者となった元王太子の自尊心は粉々になり、最早砂粒程度もない。 


「ふん、答えられんか……それも良かろう」


 本来は何かしら言うべきだろうが、今更何を言っても聞くに値しない戯言以下の言葉だ。

沈黙を選んだのは正解だろうと王は思った。


「さて、貴様の処遇だが先日言った通り廃嫡する。その後は北の塔に収容される」


北の塔……それは罪を犯した王族が幽閉される専用の牢獄だ。

そこに収容された者は暫くすると『病死』する。

元王太子は項垂れた。

彼がした事は、王家の顔に泥どころか汚物を塗り付ける様な行為だ。

断頭台でも絞首刑にもならなかったのは、国王達の精一杯の温情だろう。

元王太子はそれを素直に受け入れる事にした。

抵抗する気力も、自尊心も全て無くなった故にだ。

ただ一点、心残りがあるとすれば……。


「最後に、一つお教えください……」


「なんだ?」


「キャニー男爵令嬢は如何なる処分を受けるのでしょうか?」


 自分の所為で振り回される事になった愛しい男爵令嬢。

彼女に非は一切無い。

全ては自分が勝手に暴走して起きた出来事。

そう思った元王太子だが……。


「……ああ、彼女は既にその存在を抹消された」


 衝撃の事実に、思わず声を上げた。


「な、何故ですか!? 彼女には一切の非はありませんでした!」


「そうだな。学園での礼儀作法には難があったが、成績もそこまで悪くなく、いじめの被害者であったのも事実だ」


「では、何故彼女が処刑されなければならないのですか!!」


「それを貴様が聞くか? この様な状況になった、その原因の一端でもあるのだぞ?」


 キャニー自身に非は無くとも、その存在が故に婚約破棄が起こった。


「だ、だからと言って、何も……」


「彼女はな、傾国の魔女だったのだよ」


「え?!」


「元王太子を誑かし、狂わせた、恐ろしい魔女だ」


「そ……そんな訳が……」


「そうだな。実際に交流していた貴様にとってはそうでは無いだろう。だが、世間ではそう思われないし、思わせない」


 その言葉にハッとする元王太子。


「情報操作……」


 ニヤリと笑う国王。


「恐るべき魔女によって貴様は狂わされた。そういう事だった」


 愕然とする元王太子から目を離し、国王は近衛騎士に命令する。


「北の塔へと移送しろ」


 元王太子は近衛騎士に連れられ、王城を後にした。


「ふぅ……」


 王の間の玉座にて、国王は溜息を吐く。


「全く……我ながら甘いな」


 そう、独り言ちた。




 キャニー男爵令嬢は取り調べの為、王城の地下室に軟禁されていた。

そこに、国王が直々に参った。

自分の息子を、あのような愚行に走らせた原因となる少女を一目見ようと思ったからだ。

一体どんな悪女かと思ったのだが……。


 キャニーは取り調べで全てを正直に話した。

国家の転覆とか、王妃に成り代わるなんて大それた考えは持っていない。

ただ、王太子の愛妾となって左団扇な暮らしが出来れば良かったと、取り繕わずに全て話した。


 玉の輿を狙ったら、意図せず大玉を得てしまっただけだったというのだ。

実際に調べてみても、キャニーは公爵令嬢を貶める様な発言も、自作自演によるいじめの演出もしていない。

強いて言うなら男に媚びるのが上手い、ただそれだけであった。


 国王は悩んだ。

本当に非が無いのだ。

結局は逆上せ上がった愚かな息子がやらかしただけの話である。

キャニーが本物の悪女であれば、少しは体裁が保てるのだが……本当に息子が馬鹿だっただけと言うオチである。


 だが、王家の面子を少しでも守る為には、泥の一部でも彼女に被って貰わなければならない。

しかし、実際に非が無い女性にそれをする事には抵抗がある。

どうにも非情に成り切れない所が、国王の欠点である。

ある意味でこの親にしてこの子ありという訳だ。


 その時、キャニーは恐る恐る元王太子の処遇を聞いた。

国王の答えは元王太子の処刑である。

最低限の温情で北の塔にて毒杯を賜るという事になると伝えた。


 国王の答えにキャニーは顔を蒼くした。

そして一転、これまでの主張を翻し、自分が王太子を唆したのだと主張しだした。


 これには国王も調査官も目を丸くした。

態々自分から有罪になる様な事を言うのだから無理も無い。

しかも、これは貴族籍の剥奪と言うような裁きではなく、極刑物の供述だ。


 キャニーは必死に自分が王太子に公爵令嬢の罪をでっち上げ、彼が婚約破棄を決意するように唆したと供述する。

黙っていれば、貴族籍の剥奪と学園からの退学で済む程度の処分で終わるはずなのに。


 結局の所、キャニーは母親似だった。

自分に良くしてくれる、元王太子の事が好きになっていた。

だから、全ての泥を被る。


「全ては私が画策した事です! だから……あの方にお慈悲を! お願いします!!」


 キャニーの悲痛な叫びに国王は全てを察した。

あのような愚かな息子を、此処まで想ってくれる者が居たという事実に、父親として感じ入る物があった。

故に、彼女の願いを聞き届けた。


 元王太子を誑かした傾国の魔女として、その存在を抹消したのだった。




 元王太子は茫然自失だった。

彼の愛した少女が、忌まわしき魔女として処刑された。

そんなはずは無かったのに。


 理由は分かる。

仮にも王太子だった者が、婚約破棄を起こし、男爵令嬢の庶子を新たな婚約者にするなど正気の沙汰ではない。

つまり……あの婚約破棄には何者かの思惑があった。

その黒幕がキャニーだったという訳だ。


 言葉巧みに元王太子に取り入り、騙し欺き、更には御禁制の麻薬まで用い、彼を狂わせた。

その結果がアレだ。

元王太子もまた、被害者であったという……そう言う筋書きだった。


 全く以て事実無根だった。

あの愚行は元王太子の意志によって引き起こされた代物だ。

断じてそこにキャニーの介入は無い。

だが、そうやって全ての泥をキャニーに被せる事で、王家は一応の面目を保つ事が出来た。

元王太子も、北の塔に送られるのは病気の療養という名目だった。


 何れは毒杯を賜る事にはなるだろう。

世間の目が向かなくなった頃、治療の甲斐なく、病死する。

そういうシナリオの筈だ。

それまでは、この牢獄で生かされるだろう。


 衝動的に首を掻き切りたくなるが、それは出来ない。

これ以上王家に迷惑は掛けられない。

自分に出来る事は、その日が来るまで大人しくしている事だけだった。


「こんなはずじゃなかった」


 あの時、嫌いな公爵令嬢を屈服させ、自分は愛する女性と結ばれるんだと本気で思っていた。

だが、結果は御覧の有様だ。

自分は廃嫡され、公爵令嬢は格上の隣国の王子の元に嫁ぎ、愛した女性は忌まわしい魔女として処刑された。


 全ては自分の愚かさが原因だ。

だから、自分に出来る事は、死に逃げるのではなく、己の愚かさを悔い、犠牲になった少女の為に祈る事だけだ。

終わりが来るその日まで……。











「あんまり思い詰めるのは良く無いですよ?」


「……え?!」


 夢か幻か、そこに居たのは……。











 稀代の悪女、キャニー元男爵令嬢はその存在を抹消された。

以後、この恐るべき魔女は、貴族間に禁忌の存在として語り継がれる。


 それはそれとして、ある日北の塔にて、元王太子のお世話係として、何処からかメイドが雇われたそうだ。

将来の夢は、お金持ちの下で左団扇な暮らしだったそうだが、今はメイドとして忙しい毎日を送っている。

何せ北の塔にお世話係は、自分一人しかいないのだから。


「こんなはずじゃなかった」


 そう思いながらも、それなりに楽しい日々を送っている。

数年後、新しく即位した女王陛下に跡継ぎが生まれ、恩赦が出たそうだ。

その日、北の塔から二人の男女が出て行った。

彼等が何処に行ったのかは、ごく一部の者しか分からない。

ありがとうございました。

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また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 国王が甘すぎる だからあんなぼんくら王子に育ったのか [一言] めでたしめでたしなんだろうけど 2人が市井で暮らしていける気がしない
[良い点] もう一方と対になっていて面白かったです。こちらの主人公は、貴族社会では赤点だけれども、自分を前に出して切り開いていったという感じですね。 ちょっと王子がダメンズすぎて、表舞台からは消えるこ…
[一言] あら、これって真実の愛では? キャ二ーちゃん良い子だねぇ、というかお人好し過ぎ。 国王様も情の有る方で良かったです。
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