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お金とエゴの関係性

作者: 古賀ラファエル正一

 何度か投資家さんや社長さんのお話を聞くことがあるが、お互いに共通する面白い考察がある。

それは月収が1億以下の方の中にはなんとも人を見下すように話をする人が多いが自分より稼ぐ相手がいるといきなり大人しくなる、これは何も投資家や社長さんに限った話ではない、ホストクラブ内であろうがどこであろうが必ずこのような比例する事態が発生する。(全員ではない)

 だがこのエゴはある一定数以上の月収があると1億を超えたあたりかそれ以上になってくるといきなり腰が低くなり威厳のようなオーラを纏うことがある、実に面白いことだが別にお金があろうがなかろうがそのように教養を身に着け正しい判断や礼儀を身につける事は可能なのだがどうも難しいらしい。

 これはおそらくお金の魔力らしいものの働きなのかもしれない、私は知識さえあればそれで満足なのでいいのだがこのように冷静さを保てるのは彼らにとってとても不思議なのかもしれない、私が必死になることを望んでいるようなのだ、だが必死さは私の思考を常に鈍らせてきた事実とその結果さまざまな失敗を重ねたのも確かだ。そもそも必死に求めている事がぜんぜん違うのだ。お金があってもなくても思考力においては磨くことは可能なのだ。

 だがこのような事は何も日本だけではない、全人類に見られる傾向なのではないだろうか??

昔の書物からも見て取れることがそのまま現世界でも見られる、だが一つ気になるのは昔はお金などなかった、では何がお金の代わりだったのか、奴隷の数、貴重物や家畜の数、土地の広さや名声が現代ではお金になっただけの話。さてここにお互いに見られる共通項はなんなのだろうか、私は思った、それらを所持する人のエゴの強さとメンタルの強さ、知識量、工夫の仕方、他者にはない気づきや発展、柔軟さなのではないだろうか? そのような違いは圧倒的に見えるがたとえどんなに貧しい時期を迎えても変わることがないその人が身につけた強さなのだろう、だがそれもそのはず、圧倒的知識や自己目標の前ではどのようなものもちっぽけな事なのだ、この世を悟った者が言うように「自分の心が穏やかなものはどこに放り込まれようがその威厳を保つ」私が目指すべきはここである。

 そして、そのような思考にたどり着けたからと言って誇ることなく全ては成るようにして成るのだから、他者を見下すことなくまた畏まる事もなく同じ人として接する、ここは最終終着点ではないと自分磨きをやめずにさらなる己の思考の完成形にたどり着けるように精進してまいりたい気持ちのみが自分を高めると信じている。

 思い返してほしい悔しい思いは君を衝動的に駆り立てるが勝てた時には相手が自分にしてきたように相手を煽っているようではいつかの憎悪の対象に自分が成っただけだ、今思うに実に見苦しい。

 このことからも学べるのだ、ようは気づけるか気づけないかなのだと思う。

そしてタイトルを回収するとなるとお金とエゴは決して切り離せない関係にある事はもはや明らか以上なのだと。


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