029_罪と罰とうらみ、残り71回。
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二足歩行、モフモフ灰色毛並み、犬獣耳、というかまんま犬頭で、メガネ白衣の変Tシャツ、今日の達筆っぽい名言文句は、”復讐は快楽を産む!”です。
「このうらみはらさずおくものか、が呪文に聞こえるコボルトハカセです」
「夏の終わりに怪談話も良いものですかね?」
「馬の首ってお話、知っています?」
「怖過ぎて、内容を覚えていない、我、脳みそちっさなワンコですw」
「いや、犬じゃないや、コボルトです!」
「自我が入力された情報の反応でしかないのであるならば、」
「そこに罪は存在するのであろうか?とか何とか、これも古来からのテーマですね」
「俺が悪いんじゃない、社会が悪いんだ、は、実は真理の一面をついている、」
「んじゃないかとか何とか、まあ、無責任に思える発言ではありますがw」
「環境が行動を誘発される、これはまあ間違いないわけでございまして」
「で、犯罪、法を犯す、はっちゃける?行動を起こす、要因となるわけです」
「確かに、情状酌量の余地はあるけれども、思いとどまる機会はあった、」
「とか、よく聞く台詞ではありますが、それでもその人格では止まらなかったわけで、」
「結果から遡ればどうとでも言えますか、その瞬間では、衝動が収まらなかった、」
「わけですね、つまり、起こってしまった時点で、それは回避不可能な話をしているわけです」
「私はそれは止められると思った、しかし、当事者は違った」
「ただそれだけのお話であるわけでありまして、」
「それを罪として糾弾することができるのかどうか?という視点が生まれそうではありますw」
「貴方は私ではなく、そこに至る歴史も環境も状況も違くて、」
「どうして、理解できるのであろう?、とかw」
「どうにも止まらない、思うことが自由にならない、」
「意思決定が、環境に左右される、むしろ入力情報によってしかされない、」
「そうであるならば、これは、その犯人の人格が罪に問われるべきものであるのか?」
「むしろ被害者ではないのか?そのような行為に至る情報に晒されていた、」
「哀れな、脳、じゃないのか?とかとか、まあ、そんなよくある議論ではあります」
「この辺り、法曹界ではどのように折り合いをつけているのでしょかね?」
「まあ、現実主義というか、行動主義というか、行いだけを見て判断する、」
「んじゃねーかな、とは予想できるわけですが、心理学はともかく、哲学とかまで、」
「踏み込むと、まあ、分野が違うよなー、としか言えないわけでしてw」
「不可分だと、言えたりもするんじゃないかなー、とか」
「そこを論点にして裁判が進むとすると、どこで折り合いをつけるのかなぁーとか」
「とどのつまり、感情を納得させるシステムとして動かさないといけない、」
「だから、まあ、一切合切無視、とまではいかないけれども、」
「ある程度で切り捨てていっているのだろうなぁ、とは思うのよね」
「どうしようもなく止まらなく、犯罪に走る人がいる一方で」
「それを憎く思い、罰を与えたくてたまらない感情が止まらない人もいるわけで」
「この辺り、お互い、思考を制御できていないというか、」
「自分で決められていないのであるわけで、まあ、なので」
「どこかで落とし所を決めて、妥協している、のであろうかなとか」
「その妥協するという発想もまた、環境による他動的な思考である、などと考え始めますと」
「いやまあ、罪と罰とはなんなのであろうかなとか、悩みの種になったりするわけですねw」
「うん時間だね、でわまたなぁー”しししししし”」




