表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

引っ越しのあいさつ

作者: 瀬口利幸

僕が、アパートの部屋でくつろいでいると、不意にインターホンが鳴った。

玄関のドアを開けると、見知らぬおじさんが、紙袋を手に立っていた。

おじさん「隣に引っ越して来たので、あいさつに伺いました」

僕   「あっ、そうなんですか。わざわざどうも・・・」

おじさん「これ、つまらない物ですけど・・・」

おじさんは、僕に紙袋を差し出した。

僕   「ありがとうございます」

僕は、紙袋を受け取りながら、ふと疑問を感じた。

僕   「隣の部屋の人、引っ越すなんて言ってたかなあ・・・」

僕の口から洩れた疑問に、おじさんが答えた。

おじさん「あっ、隣って言っても、隣の部屋じゃなくて、隣の県です」

僕   「えっ ! ? ・・・隣の県 ? 」

おじさん「ええ・・・この県の、隣の県に引っ越して来たんで、この県の人全員に 

     あいさつして回ってるんですよ」

僕   「この県の人全員に ! ! ! 」

おじさん「ええ、引っ越したら、隣に住んでる人にあいさつするのが当然でしょ」

僕   「そりゃそうですけど・・・隣って、隣の県じゃなくて、隣の部屋に住ん 

     でる人にあいさつするんですよ、普通」

おじさん「えー ! ! ! 隣の県じゃなくて、隣の部屋 ! ! ! 」

僕   「ええ」

おじさん「総理大臣が代わったからですか ?」

僕   「いや、ずっと昔からですけど・・・」

おじさん「知ってたんなら、早く教えてくださいよ、水くさいなあ」

僕   「今日が初対面なんで・・・」

おじさん「40年もかかったんですよ」

僕   「そりゃまあ、かかるでしょうね・・・」

おじさん「隣の部屋だけでよかったのか・・・あーあ・・・僕の人生って、なん

     だったんでしょうねえ・・・」

僕   「こんな所でたそがれられても・・・」

おじさん「なんだか、あいさつばっかりしてたような気がするなあ・・・」

僕   「実際にしてましたからねえ・・・」

おじさん「僕の人生、これで正解だったんですかねえ・・・」

僕   「完全に不正解ですけど・・・」

おじさん「最近、あいさつのし過ぎで首が痛いんですけど、労災下りますか

     ね・・・」

僕   「下りないですよ」

僕は、おじさんの相手をしている事に疲れてきたので、貰った紙袋を返して帰ってもらうことにした。

僕   「あの、これ、お返しします」

しかし、おじさんは、僕が差し出した紙袋を受け取ろうとはしなかった。

おじさん「あっ、それは差し上げます」

僕   「えっ・・・でも・・・」

おじさん「実は、あなたには内緒にしてたんですけど・・・まあ、内緒っていう

     か、なかなか言い出せなかったんですけど・・・僕、今度、仕事の都合

     で引っ越す事になって、そのあいさつの意味もあるんで、この数分間お

     世話になったお礼として受け取ってください・・・すいませんね、引っ

     越して来たあいさつと、引っ越して行くあいさつが一緒になっちゃっ

     て・・・」

僕   「いいえ・・・」

おじさん「せっかく、あなたとこうして仲良くなれたのに、これで最後なんて名残

     り惜しいんですけど・・・引越しのあいさつ回りで忙しいんで、今日の

     ところは、この辺で・・・」

そう言って、おじさんは帰って行った。

僕   「引っ越しのあいさつ回りって、どっちのあいさつ回りなんだろ

     う・・・」

そんな事を考えながら、僕はドアを閉めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ