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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
83/107

伊達VS水咲

「あの、本当に悪い子ではないので」


 繰り返し頭を下げる真下さん。頭についているメイドカチューシャが落ちそうなくらいの下げっぷり。


「まぁまぁ一式そんなに謝るなよ」

「それは君が言うセリフではないのでは?」


 加賀さんを一瞥して、俺は小さくため息を吐いた。どうやらこれからは彼女とも一緒にやっていく必要があるようだった。

 真下さんは俺に路上ライブを強要されたなんて事実はないとしっかり説明して、誤解を解いてくれたので大丈夫だとは思うが。


「初彩ちゃん、その話誰から聞いたの?」

「いや、水咲の広報部でそんなニュアンスの話をしてたし……」

「それでロクに調べずに三石様を襲いにきたの?」

「う、うん」

「ダメじゃない。初彩ちゃんのやった事はせっかくお仕事が貰えたのに、現場で暴れてクライアントを困らせるのと一緒だからね」


 片手を腰に当て、人差し指をたてながら言い聞かせるように真下さんが加賀さんを叱る姿は完全に高校生のお姉さんが中学入りたての妹を怒っているようにしか見えない。


「わ、悪かったよ。反省してる、つか一式なんでそこまで怒るんだよ?いつもそんなに怒らないのに」

「えうっ?ク、クビになったら困るでしょ」


 加賀さんの返しに何故かしどろもどろになる真下さん。


「やっぱ納得いかない。なんであたしら二人も派遣されたのかもよくわからないし、別に重要人物ってわけでもないんだし」


 その通りでございます。俺なんて紹介されるならモブA、B、Cのどれかだろう。ギャルゲなら恐らく立ち絵すら用意されてない類だと思う。


「初彩ちゃん、三石様はいい人だから、きっと一緒にいればわかると思うよ」


 そう言ってにっこりとほほ笑む真下さん、マジ天使。

 加賀さんはふて腐れながらも了承したようで、唇を尖らせながら頷く。


「初彩ちゃん、今日お仕事じゃないの?三石様との顔合わせってもっと先だったと思うんだけど?」

「いやぁ仕事の休み中にその話聞いちゃって飛び出してき……、怒るなよ一式!」


 仏の真下さんが一瞬阿修羅に見えた。


「ちゃんとお仕事に戻ってね」

「はい……」


 加賀さんはしょぼんと肩を落とす。彼女も別段困らせたくやっているわけではなく、本当に真下さんのことが心配だったのだろう。


「ごめんね、ありがとう初彩ちゃん」

「うん、ありがとう加賀さん」

「なんでテメーが礼を言うんだ」


 ギロッと睨まれたが、俺が困り笑顔を作っていると、加賀さんは後頭部をかきながら


「なんかお前見てると調子狂う。とりあえず今のところは様子見するけど、一式になんかあったらすぐ飛んでいくからな」


 びしっと指さされる俺。なんだろう、メイドって主があり従がある存在だと思うんだけど、どっちが主かわからない。少なくとも俺が主ではないよね。

 唐突に加賀さんのポケットから携帯の着信音が聞こえる。


「なんだ?」


 加賀さんが携帯のディスプレイを見て、うわ~と顔を歪ませる。


「うげっ、やばい、藤乃だ……」

「仕事抜け出してくるから、藤乃さんの耳に入っちゃった」


 どうやら藤乃さんは二人のお目付け役的なポジションにいるようだった。


「気づかなかったことにしよう」


 加賀さんは嫌な汗をかきながらポケットに携帯を戻す。それでいいのか水咲のメイドよ。


「じゃああたし戻るから、変なことすんなよ三石悠介」


 よっぽど藤乃さんが怖いのだろうか、小さい体ながら高性能なモーターがついているようで、凄いスピードを出して走り去っていった加賀さん。


「なかなか個性的な子だね」

「よく言われます。三石様の呼び方も改めさせます」


 恥ずかしげに俯く真下さん。


「別に呼び捨てでも構わないけどフルネームは呼びにくいと思うよ」


 苦笑いしながら、帰ろっかと顔を見合わせ、自宅に戻ることにした。


 地元の駅前についてすぐだった。真下さんと二人で歩いていると、何やら騒音が。

 周囲にいた通りすがりのリーマンや学生達も騒音の元である一台のスポーツカーに目がいく。


「うわぁ、凄い音。レーシングカーみたい」


 そんなぼんやりした感想を呟いていると、目の前を超派手なスポーツカーが爆音のブレーキ音をたてながらドリフトをして目の前を滑ってくる。


「あぶなっ!」


 真下さんをかばうように前に出る。はかったかのように丁度目の前で 停車するスポーツカー。

 あれ、この目つきが悪くて近未来チックな車、どっかで見た事あるような……。

 タイヤからは白煙が上り、ゴムの焦げた臭いがする。

 そして車の扉が開くと、中から車よりカッコイイ女性が下りてきた。

 すらりとした長い脚に、でるところはたわわに実り、シルク布のような美しく光沢のある長い髪を揺らし、切れ長で意思の強そうな瞳は吸い込まれるよう美しい碧色をしている。

 肩だしのニットワンピースに、太めの革製ベルトを腰に巻いていてバックルには金のライオンが掘られている。まるで変身ヒーローのベルトのようだ。

 一見すると何もはいていないかのように見えるほど裾が短く見えるが、黒いストッキングに包まれた脚はどこまでも長い。

 その普通でいても目立つ女性は、周りにいた人々をくぎ付けにするのに十分な容姿をもっていたが、本人は全くそんなことを気にした様子もなく俺を見据える。


「玲愛姉さん」

「ただいま、悠。遅くなって悪かった」


 気の強そうな顔を崩し、白い吐息とともにニッとほほ笑む姿は大人の女性だけが放つことができる、色気をもっていた。




 俺と真下さんは乗れと言われて、助手席に乗り込むことに。

 そして車はキュルルっと一瞬タイヤをスリップさせ、駅前を凄いスピードで駆け抜けていく。

 ちゃんと法定速度守ってるんですよね?と聞きたくなった。


「すまない悠、あのメールを読んだのが送られてきてから一週間以上経った後だった。私の携帯が壊れてたらしい。読んでからすぐに戻ったんだが、空港で感染症がどうとかで入国拒否されて帰れなかった」

「た、大変でしたね」

「ほんっとに、ただの風邪を感染症と言われて足止めされてたからな。金でなんとかしようと思ったがさすが日本、買収には応じないな」

「それ普通に違法なのでは?」

「やっと帰国して、父さんに話を聞いたが勝手に断行した事を認めた。でも今回なかなか折れなくて、揉めてるうちに母さんまで一時帰宅してきて伊達家は火の海だった」


 あぁ何故か俺の頭の中で極○の妻のBGMが再生されていた。


「あとお前には言っておかなければならいんだが、貴明さんが許嫁破棄に了承していただろう?」


 俺が一番気になっていたところだ。オヤジがいつのまにか伊達家との許嫁解消に了承していたこと、あれだけ許嫁になれたことを喜んでいたのに、なんで?って気持ちが強かった。


「貴明さんは父さんに騙されてたんだ」

「騙される?」

「あぁ、お前三股してるだろ?」


 そこまであけすけに言われるとなんと言っていいのやら。


「前々から私は伊達の誰と子を成しても構わないと言っている。この事実は火恋や雷火も知っているから現状私達にとってはなんの問題もない。しかしこの価値観はあくまで伊達だけの話だ。普通で考えれば同一家庭の姉妹と交際するなんてことは世間一般倫理的には許されるものではない。父さんはそのことを貴明さんに告げた、悠が伊達姉妹全員と関係をもとうとしている、どういうことなんだと。貴明さんは当然一般倫理の持ち主だから、謝罪する、おまけに立場的には伊達の方が上の関係にある。だからその後すぐに持ち出された許嫁解消の話は飲まざるをえなかったんだ」

「剣心さん的には正しいのかもしれないです、剣心さんも一般倫理の持ち主ですから。何ウチの娘全員と付き合うとか寝ぼけたこと言ってるんだって怒ると思いますし、どう見ても了承してるようには見えませんでしたから」


 俺が普通のことを言うと、玲愛さんはふんっと鼻をならす。


「伊達は普通の家庭ではないと言ったのは父さんだ。あの人自ら一般を否定しておいて、いざとなると通常倫理を押し付けるなんて許されないさ。私も火恋も雷火も自らが願ってお前と一緒になることを選んだ。私は自分で選んだことは必ず実現して手に入れるタイプだ」


 でしょうね、そんな感じがしますよ。


「私が今一番恐れているのは、お前が通常倫理を持ち出すことだ。父さんなんて封殺してやるが、お前がやっぱり三人と付き合うなんてよくないからやめますと言ってしまうと、私にはどうすることもできない」

「……」

「しかも契約書まで書いてるだろ。伊達は三石悠介を許嫁に戻しませんってやつ、それを水咲が握っている」

「見ました。これがある限り君は伊達には戻れないって言われました」

「水咲と全面戦争して取り返す準備はしているが、私としてもそれは避けたい。水咲とのコネクションを潰すことは他の分家に付け入る隙を与える上、伊達も水咲にもデメリットが大きい。分家間ではお前を許嫁にすることに対して反対する人間が多くて、活性化する可能性が高い」


 俺一人のせいで酷いことになってるんだと現実を聞いてしょぼんと肩を落とす。


「そんな顔をするな、お前は私が全力で守る」


 玲愛姉さんは正面を見据えたまま、ギアに置いていた手を俺の手に重ねる。


「ありがとうございます」

「で、そのメイドは誰だ?」


 ようやく触れられる真下さんの存在。


「この人は真下さん。水咲から俺の専属としてきて、ちょっと前から一緒のマンションで住んでる」

「真下一式と言います」


 狭い車内でぺこりと頭を下げる真下さん。


「一緒のマンションってどういうこと?」


 あっなんか声のトーン下がった。超怖い。


「いや、別に一緒の部屋で住んでるわけじゃないから。俺の部屋の下の部屋を借りてるってだけだから」

「ほぅ」


 なんか玲愛姉さん超怖くなったので話題をかえる。


「あの、火恋先輩と雷火ちゃん家出してきてますけど、家に戻すんですか?」

「いや、別に構わないと思っているが、水咲の長女の部屋を間借りしているのだろう?それはよくない。だからあのマンションはウチで買い取った」

「はっ?」


 今サラッととんでもないことを聞いたような気が……。


「妹達には別の部屋を既に与えてある、帰ったら別室になってるだろう。と言ってもどうせお前の部屋に隣接する部屋のどれかだと思うけどな」


 てことは今隣が雹で上が加賀さん下が真下さんだから、空いてる隣に火恋先輩と雷火ちゃんが二人で入るということだろう。


「でも住んでた人はどうなったんですか?」

「皆笑顔で引っ越していったよ」

「いくら積んだんですか……」

「水咲が三室借りてるだろ?あそこだけは退く気がなかったから放置したけどな」


 そりゃまぁ雹達はどかないだろうな……。


「あと私の部屋も入れる予定だから」

「玲愛さんも入居するんですか?」

「私のポケットマネーで購入したんだ、私の部屋がないとかありえないだろ」

「そりゃまぁ、でも俺の部屋の両隣と上下の部屋多分うまってますよ」

「はっ?」


 キキーッと赤信号を前に急ブレーキを踏む玲愛姉さん。


「水咲が上下と隣で、多分火恋先輩と雷火ちゃんが空いてる方の隣に入ると思うので……」


 オメーの部屋ねーから状態になっている。


「悠。部屋ならいくらでもある、引っ越せ」

「えぇっ!?」

「私が入れないだろぉ!」


 急に駄々っ子のようにごね始め、ハンドルをばしばしと叩き、青信号にかわった瞬間アクセルを強く踏む玲愛姉さん。

 俺と真下さんの体は重力に従ってシートに背中を押し付けた。


「なんでオーナーが妥協しなきゃいけないんだ。私は我慢するのが嫌いだ」


 この人も若干遊人さんに似てるところあるなと思ってしまった。


「じゃあお前の部屋に住む」

「それはそれで大きな問題になるので」

「あれもダメ、これもダメってお前優しくないな。あのマンションぶっ壊して駐車場にするぞ」


 なんて恐ろしい脅迫なのだろうか。


「あの……」


 おずおずと声を上げる真下さん。


「自分が三石様の下の部屋で、もう一人加賀というものが三石様の専属でついているのですが彼女の部屋が真上の部屋となっています。自分も彼女も仕事で帰れない日も多いので、二部屋借りるのは水咲の方にも迷惑になると思っていたので、どちらかの部屋を渡しましょうか?」

「えっ、君いいやつだな」


 運転しながら普通に驚いている玲愛姉さん。


「自分と初彩ちゃんが一緒の部屋でいればいいだけなので」


 上か下の部屋か……。あの部屋俺の部屋と直通になってるから、できればあの穴塞いでほしいんだけど。


「気に入った。君の部屋壁壊して広げるから二部屋分使うといい」


 目当ての部屋が手に入ってご機嫌な玲愛姉さん。どうやら真下さんの部屋が拡張されるようだ。


「いえ、自分にはあれくらいで十分ですので」

「あまり気にするな。どうせ私の部屋も広げるし妹の部屋も広げる。どうせそれを見た水咲長女がごねるところまで予想している」


 みんな部屋広がるのか、いいなぁ。てか雹ごねるかなぁ、無言の圧力をかけてきそうな気はするけど、主に俺に。


「じゃあ俺の部屋も……」

「お前の部屋は全員の部屋と隣接してるから無理」


 デスヨネー。


「俺からも一つ聞きたいんですが、これどこに向かってるんですか?」

「伊達家に決まってるだろ?」


 何を当たり前のことをと言う玲愛姉さんだったが、俺はいまいち何をしにいくかつかめていなかった。


「全員で話し合いだ」


 そんな俺の表情を察したのか玲愛姉さんが付け加える。




 久しぶりにやってきた伊達邸、純和風のお屋敷は今日もししおどしがカコーンと良い音を響かせている。

 ここに来るのは随分久しぶりな気がする、許嫁解消を言い渡されて泣きながら帰って、その後水咲でデバックしにいって、途中居土先輩がでてきたりしたんだよなぁと短い回想にひたりながら、俺と真下さんはおじゃましますと言って玄関に入る。

 そこに丁度見知ったというか俺の親が顔を出した。


「オヤジ」

「遅いぞバカ息子」


 髪はきっちりと七三に分けられ、フレームの太い黒ぶちの眼鏡をかけ、ビジネススーツを着こなしたオヤジの姿はエリートサラリーマンに見えなくもない。


「すみません、ご足労いただいて」


 玲愛姉さんが頭を下げると、オヤジも頭を下げる。


「いやいやこちらこそ、重大な誤解があると聞きまして、私自身この愚息がお嬢さん方全員に気に入られるような甲斐性があるとはとても思えなくてですな」

「それも含めて話しますが、誤解はそちらではなく我々は悠介の姉妹間での交際を禁止した覚えはありません。ですので今回の誤解は交際が解消される理由もないのに父の一方的な言い分により解消に至ってしまったということです」

「は、はぁ……?」


 オヤジも姉妹間での交際を禁止していないというところに疑問を抱いているようだった。

 俺たちは全員で客間の方に案内される、するとそこには既に全メンツが揃っていた。

 青い畳じきの純和室には張りつめたような、どこかピリピリとした雰囲気が漂っている。

 左サイドに手前から水咲姉妹である、みぞれちゃんに嵐ちゃん、雹。一番奥に見えるのは多分お母さんかな?金髪の外国人女性が雹と話している。どことなく水咲姉妹の面影がある、しかしとても三児の母とは思えないほど若々しい。

 俺に気づくと、にこやかに手を振ってくる。俺も小さく手を振って返す。

 そして右サイドには伊達家の面々が、手前から雷火ちゃんに火恋先輩、その隣に玲愛姉さんが座る。あれ、よく見ると烈火さんがいる。優しげな見た目に反して、怒るとその名の通り燃え上がる玲愛姉さん達のお母さんだ。

 濃い紫の和服姿で鎮座している姿は京美人に見えるが、イベントで見せた怒りの声は誰も忘れてはいないだろう。

 そして一番奥の真ん中に座っているのは剣心さんなんだけど……。

 剣心さんの首には戦犯と書かれた木製のプラカードをぶら下げられ、右目に大きな青あざがあり、顔もいたるところがひっかかれたかのような生々しい傷跡が残っている……。

 ついさっきまで喧嘩してたんじゃないかと思うくらいに、剣心さんの着衣は乱れていた。

 揉めたってレベルじゃねーぞと言いたくなる様相だ。

 俺は一番下座である、剣心さんの対面、みぞれちゃんと雷火ちゃんに挟まれる形で正座する。その少し後ろにオヤジが座った。


「全員集まったようなので始めましょう」


 玲愛姉さんが進行を行う。


「今回このような事で皆様にご足労いただいたことに、感謝と謝罪申し上げます」


 玲愛姉さんが頭を下げると、皆が一斉に座りながら頭を下げたので俺もつられて頭を下げる。


「今回三石悠介の許嫁解消に関して伊達から正式に意見を述べさせていただきます。我々伊達は三石悠介の許嫁を解消する意図はございません。頭首である剣心の独断であり、そこに当事者の意思は介在しておりません。勝手な行動により混乱させてしまったことを深くお詫びします。私含め伊達火恋、雷火は三石悠介との関係を継続したいと考えています」


 一旦区切ったところで嵐ちゃんが手を上げる。


「三人で、でしょうか?」

「ええ、三人で」


 玲愛姉さんがこともなげに答える。


「恥ずかしながら伊達は跡取り問題でも揉めています。この許嫁関係の問題も元をただせば、できる限り早くに子を成してほしいと言うのが根本にあり、それは伊達の総意です。この問題に関してはわけあって三石悠介と妹が結びつくよう手配してきました。その結果許嫁関係になることができました。二人の妹が意に沿わぬ結婚をするくらいなら好意を持った人間一人に二人が婚約すればいいと言う考えです。私はこの件に関しては自分を除外していましたが、私が悠介に好意を持っているのは確かですので、その事実がありながら自身を除外するのは話に正当性がなく、妹からの願いと自身の意思により自分を許嫁にいれることで、伊達の総意を早期に達成できると感じました」

「つまりは伊達の誰でもいいから身ごもればいいと?」


 オヤジが驚きながら眼鏡のつるを持ち上げる。


「はい、簡単に言いかえれば男児さえ生まれれば伊達としてはそれでいいのです。それが一人の父から生まれたものでも。通常常識で考えればありえないですが、伊達は普通ではない。男性が普通に働いて家庭を築き上げるものではなく、心の支えになるのであればそれでいいのです。そして一番重要なのが私たちは悠介以外を認める気がないというところです。今更別の婚約者を用意されたところで、見ることもなく断るでしょう」

「三姉妹が全員好きなら別に男一人でもいいんじゃね、誰が子供産んでもいいし?ってことっすかね」


 みぞれちゃんが首を傾げながら答えるが、その考えで合っていると思う。付け加えるなら、伊達姉妹全員がそれで了承しているところだろう。

 なんかオヤジその話聞いて泡吹いて倒れそうなんだけど。


「我々は三人で一人と考えてもらって構いません。そこで今回の話に戻りますが、この話に反対した父が独断で悠介の保護者である貴明氏にこの事実を告げ、許嫁解消を迫ったわけです。貴明氏は通常倫理に従って、伊達が怒っていると勘違いした。今時男だけが悪いと思ってしまうのはよくない慣習ですが、悠介が全員に手をつけていると思われた貴明氏は許嫁解消を了承。父は私と母が不在のうちに新たな婚約者候補を選定していたというわけです」


 お父さん三人で一人と付き合うなんて許しません!許嫁なんて解消だ!ちゃんと婚約者みつくろってやるって流れか。それを聞くと剣心さんはごくごく普通のことをしていると思うのだが。

 娘からしたら余計なことすんなゴルァってところか。


「水咲の方には多大なご迷惑をおかけしたことをお詫びします。改めて悠介を許嫁に戻すことを認めていただきたい」


 ここに水咲を呼び出したのはやっぱり、あの契約書がきいてるんだろうなと思う。


「手違いだったいうわけですわね」

「う~ん」

「(なんかよくわからないけどとりあえず困ったフリ)」


 水咲三姉妹も困惑しているようだ。


「しかし、私たちにとっても悠介様は大事な存在、間違いでしたと言われてはいそうですかと返すわけにはいきませんわ」

「そうだ、そうだー」


 キリっと答える嵐ちゃんに続くみぞれちゃん。


「この件に関してはきっちりと謝罪と賠償は行っていくつもりです」

「お金なんて必要ございませんわ」

「こちらとしては水咲側と事を構えたくはない。だが私はこの件に関して引く気は全くない」


 一瞬にして室内の温度が下がったように感じる、この条件を飲めないのならもはや殴り合いしかないと玲愛姉さんは目で語っている。

 その様子を見て、俺の肩身はどんどん狭くなり、両家で深まっていく軋轢に出来ることもなく顔を俯けるしかないことに情けなさを感じる。


「水咲としても引くことはできませんわ。手違いであろうと、一旦は関係を解消すると言われ契約書まで書かれたのです、それを簡単にミスで済ませられるものではありませんわ。こちらも悠介様には水咲に入っていただきたいと考えているのです」

「嵐の言う悠介の水咲に入ってもらうは経済効果を含めてだろう」

「なんですって!聞き捨てなりませんわ!」


 玲愛姉さんの言葉に一気に沸点を突破する嵐ちゃん。


「カードゲームの公式大会で悠介さんが参加して確か株価めっちゃ上げたって聞いたけど……」


 雷火ちゃんが自信なさげに呟くと、嵐ちゃんが反論する。


「それは結果論ですわ!もとより悠介様をそのようなことに利用するのを避けた為、イベントの入場、参加を無料にした為、結果がそのようになっただけですわ!」

「過程がどうあれ、悠介で収入を得たのは間違いないんじゃないのか?」


 玲愛姉さんの指摘に嵐ちゃん「それは……」と口ごもる。

 まずい、話が段々打ち合いになってきた。険悪な雰囲気が漂い、オヤジも俺もどうすればいいかわからない。ただただ奥歯を強く噛み眉をハの字に曲げながら皆が納得するという初めから答えがない答えを探す。


「言っておきますが、契約書とはそのように簡単に反故にされない為に存在するものです、私は今回の伊達さんのお話を聞いて、納得することはできませんわ」


 あぁ完全にもつれた。


「なら水咲とは……」


 玲愛姉さんが何かよくないカードを切ろうとした瞬間、バンッと畳を強く叩く音がして皆が一斉に振り返る。


「失礼、虫がいたもんやさかい」


 そこには柔和にほほ笑む烈火さんの姿があった。


「母さん話を遮らないでほしい、これから……」

「お黙り!」


 烈火さんの一喝で嫌な空気の漂う室内が水をうったように静まり返る。


「玲愛、あんたは謝りにきたんか、相手を殴りにきたんかはっきりし。あんたはすぐに悠介の事になると頭に血が上るのは悪い癖や」

「……」


 烈火さんに言われて玲愛姉さんは苦虫を噛み潰したかのような表情になる。


「今回は誰がどう見ても、ウチが悪いさかい誠心誠意謝り」


 言われて伊達の三姉妹は水咲に向かって座ったまま腰を少し折って頭を下げる。


「頭が高い、誰がそんな失礼な謝罪の仕方を教えたんや!きっちり頭下げ!」


 再び烈火さんの一喝で伊達三姉妹と烈火さんは畳に頭をつけるくらいに深く謝罪する。

 そして全員がゆっくりと頭を上げる。


「い、今更謝罪なんて……」


 水咲の方もどう受け取っていいかわからないようだった。またグルグルとオオカミ同士が喧嘩するような雰囲気が漂うが。


「あんたら何を一番の被害者を放置して話を進めてるんや。今回の件で一番被害をこうむってるんはそこで小さくなってる子やろ」


 烈火さんの声で皆の視線がこちらに向く。

 やばい、突然のことで顔を作ってない。


「あっ……」


 ほぼ全員がそう呟いた、やばい相当変な顔をしていたのだろう。皆が一斉に視線をそらしばつの悪そうな表情を浮かべている。


「あんたらなんで悠介をそんな物扱いしてるんや?勝手に放り出しておいて、玲愛あんたも許嫁に戻すことばかりに固執して、謝罪したんか?あんたあの子を守るって言ってたんちゃうんか?早速忘れてんのか?その程度やったら水咲さんに面倒見てもらった方が幸せになる。自分のことばっかり考えすぎと違うか?」

「すみません……」

「こっちに謝ったってしょうがない」


 玲愛姉さんは俺の方に体を向け、先ほどと同じように額が畳につくくらい深く謝罪する。

 その様子を見届けた烈火さんがまた口を開く。


「水咲さん、ウチらは悠介を許嫁に戻すことはしません」

「「「!?」」」

「母さん何を!?」

「黙っとき!」


 玲愛姉さんを制すると、烈火さんは続ける。


「手違いという言葉で納得できないのは十分承知、しかしながら娘達が悠介を諦められないのは事実。しかしながら悠介が水咲の許嫁になったという話も聞きません。悠介を許嫁には戻しませんが娘達が悠介にアプローチをかけるのは自由にしていただきたい」


 つまりは許嫁にはしないが、伊達姉妹がガンガンアタックをかけるのは容認してほしいとのこと。確かに契約書には俺を許嫁に戻さないという記述だけだから抵触はしないと思うが。


「し、しかし……」


 嵐ちゃんがまだ何か言いたげだったが、唐突に底抜けに明るい声が聞こえる。


「ハイ、ユートさん今こうなってるんですけどどうしたらイイデスカ?」

「とりあえず僕を皆の前に置いてくれる?」


 そんな声が聞こえて見てみると、モニター付きテレビ電話を抱えた水咲母が電話を雹に持たせる。ディスプレイにはさきほど会った遊人さんの姿が映っていた。


「仕事で行けなくて申し訳ないのですが、一応声だけはずっと聞かせていただきました。嵐、君も少し冷静になりなさい、大局を見極める目をもつようにとはずっと言ってるでしょ?今は君の感情が強くさしはさまれてる。向こうの妥協点の限界だ。これ以上は反感しか生まない、どこで手を打つかしっかり考えなさい」

「はい……」


 嵐ちゃんが言われてしゅんっと頭を下げる。


「僕が行ければ良かったのですが、そうも行かなくて申し訳ない。伊達家全員の謝罪を受けてそれでも言い分を貫けるほど命知らずじゃない。ですが娘の心情を考えれば謝罪で済ませたくはありません」

「迷惑料の準備はこっちにもできとります」

「いえ、僕も別にお金や取引先を欲してるわけじゃないので。ただこれから彼へのアプローチ期間が始まるのでしょう?それなら少し娘に有利にしてあげたい」

「と言いいますと?」

「彼にはもう話しましたが、年明けに大規模なイベントがありましてね。そこでゲーム作りの計画があったのですが、とん挫して困っている状態なんです。ですが聞けば伊達さんのところでゲームを作れる方がいると聞いてお願いしようかと思っていたのです」


 俺が雷火ちゃんの方をちらりと見ると、彼女はわたし?と自分で自分を指さしていたので、俺は頷く。


「ウチのスタッフも貸し出して、あっ当然ウチの娘もね。伊達姉妹と水咲姉妹、それに彼を足してゲームを作っていただきたいのですが、どうでしょうか?」


 確かにゲーム制作においては水咲に有利な話だが、とくにそれで伊達が不利になるというわけでもない。


「あんたら、受け。伊達がやらかしたことはあんたら全員で挽回し」


 烈火さんの言葉に、伊達姉妹全員が頷く。


「こっちもいいかな?」


 テレビ電話越しに遊人さんが問うと、水咲姉妹も頷く。


「それじゃあこれはもう必要ないので捨てます」


 遊人さんは、剣心さんとオヤジの判がつかれた契約書をびりびりと破る。


「この紙片は後日郵送させていただきます」


 遊人さんがそういうと烈火さんは小さく頭を下げた。


「さて、ゲーム作りに関してだけど、それは彼に聞いてほしい。僕はもう仕事なんで失礼しますよ」


 そう言って遊人さんとのテレビ電話は切れた。



 なんとかこの場は凌いだのか?結局は伊達は許嫁に戻さないかわりに、自由なアプローチが認められることになって、全員でゲームを作ることにも了承してもらったってことでいいのかな。

 玲愛姉さんが立ち上がり、もう一度水咲の前で頭を下げる。


「無様な様を晒して申し訳ない、私の非礼を詫びます」


 嵐ちゃんも立ち上がり頭を下げる。


「すみません、私も必死になりすぎました」


 二人は握手を交わすと不敵な笑みをこぼす。

 無言ながら引く気はないぞと言っているようだった。

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