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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
72/107

家出

 本当に大丈夫かと言いたくなる決定方法で指針が決まってしまった。

 そして居土さんから衝撃の言葉が漏れる。


「三石、お前今日からインフルエンザな」

「それはどういう意味ですか?」


 猛烈に嫌な予感は簡単に当たってしまう。


「お前が考えたんだから、責任もってテストプレイしろよ。何安心しろ、俺の実家は病院をやっている。診断書の一枚や二枚書いてやるさ」


 それは公文書偽造というやつなのでは?

 俺の表情から何を考えているか察したのか、早速居土さんは俺をずるずると引きずりながら開発室に戻っていく。


「安心しろ、俺なんかゲームしすぎて留年くらったぐらいだ。一週間休んだところで死にやしねーよ」

「あなたと一緒にしないで下さい!嫌だー!」


 その様子を見て、神崎と御堂は顔を見合わせる。


「珍しいのう、幹也がバイトに協力させるなんて」

「そうね、楽しくなりそうじゃない第三」


「嫌だ!離してくれ!俺は今日帰って寝るって決めてるんです!」

「散々会社で寝てんだ、今日も会社で寝ろ」

「たまにはベッドで寝たい!」


 俺の悲痛な叫び声を完全に無視して、再び開発室に連行された。

 連行されても結局やっていることはデバッグのときとかわらず、ただひたすらにゲームをプレイしているだけだった。

 定位置である、阿部さんと鎌田さんの机に挟まれてグラウンドイーターを最初からテストプレイする。

 畜生面白いじゃないか、このゲーム。

 周りの人は今後の方針について決定したので、居土さんからの説明を聞いているようで、帰ってきた俺を気にする人はほとんどいなかった。



 居土に連れられて帰ってきた悠介を見て、鎌田と阿部はひそひそと会話する。


「鎌田君鎌田君、どうなってるんでふか?いくらバグ発見者とはいえ主任は素人をゲームデザイナーに抜擢するつもりなんでふか?」

「口を慎まれよ阿部殿、三石殿は第三を救った英雄でゴザろう。主任が織田信長であれば、三石殿は豊臣秀吉、身を削って主君に仕える姿はまさしく戦国武将の鑑で候」

「ごめん、鎌田君、何言ってるか全然わかんないでふ。しかも三石君めっちゃくちゃ嫌がりながら連れてこられた気がするんでふが」

「まさしく敵を欺くにはまず味方からというやつでゴザろう。底知れぬ男よ三石殿は」


 ブルブルと肩を震わせる鎌田を見て、阿部は素直に気持ち悪いと思った。


 皆が忙しなく作業に追われている中、俺はひたすらゲームに没頭していた。そして気づけばまた朝を迎えていた。

 デスマーチとあって、第三開発室で帰宅している人は誰もおらず。顔に少年誌をのっけて天を仰ぎながら寝ている人や、未だ鬼の如くタイピングを続けているプログラマーに、話し合いが終わらない上司。

 大変だなぁと他人事のように感じつつも俺は現実逃避していたことを思い出す。


「しまった、学校行かなきゃならんのだった!」


 ガタッと立ち上がり、帰ろうかと思ったが出来れば昨日の二の轍は踏みたくない。

 携帯で火恋先輩に素早くメールをうつ。

[今日学校に来ますか?]

 簡潔な内容に、すぐ返信されてきたメールは[家での問題がまだ解消しない。二、三日学校は欠席することにした。すまない]と記載されていた。


「火恋先輩も大変だ。早く玲愛さん帰ってこないかな…」


 自分に出来ることはないかと考えたが、原因が考えなしに下手な動きをしても事態が好転することはない。

 むぅっと小さく唸っていると、続けてもう一通メールがやってきた。送り主は同じで火恋先輩からだ。

[あまりお父様を刺激したくない、少しの間だけ私や雷火との接触を避けてもらっていいだろうか?大丈夫そうならこちらから連絡する]

 この文面を見て、相当切羽詰ってるんだろうなと察する。火恋先輩も今会うのはよくないと思ったのだろう。

 俺は了解しました、頑張ってくださいとだけ返す。


「なんだお前、女いたのか?」


 驚いて振り返ると、後ろに居土さんが眠そうな顔をしながらコーヒー片手に立っていた。


「いろいろ複雑な事情がありまして」

「そうか…、俺のバカ弟が女絡みでやらかして、めんどくせーことになってる」

「えっ?」


 居土さんは若干寝ぼけているのか、いつものような厳しい口調ではなくぼやくような言い方だった。


「許嫁がいたらしいんだが、バカやって破談になってな。しかもその後に見苦しく相手の妹に復縁を迫ったところをバレて、向こうの親の怒りを買いまくった。そのおかげで元々支援してくれてた家だったのに自ら補給路を絶って、実家含めて自滅しかかってる」


 バカな話だと、まるで自分は全く関係ないかのような口ぶりで話す居土さん。


「それ…大丈夫なんですか?」

「さぁな。俺も少し聞いたくらいだ。実際どこまでやばいのかは知らねーし、家に戻る理由もねぇ」

「…………」

「人に話すようなことじゃなかったな、忘れろ」


 そして居土さんは自席に戻って行った。


「やっぱり、居土先輩のお兄さんなのか…」


 結局本日はサボりを決め込んで、ひたすらテストプレイという名のゲームに熱中する。学校を休んで遊ぶ気分は最高だなと思いつつも、後で絶対罪悪感に苛まれるんだろうなと思う。


 昼も過ぎてきて、お腹空いたなっと思っていると、他の人たちも食事なのかぞろぞろと開発室を後にしていく。

 阿部さんと鎌田さんは残っていたが居土さんに呼ばれて、どこかへと消えていき、残っていた数人も呼び出されたり、携帯片手に出て行ったりとで昼休みどころではないくらいに忙しそうだった。

 そして気づけば俺一人。

 またかと思いつつ、俺も食事にしようと思い、ゲームをスリープモードにすると、丁度嫌なタイミングで電話が鳴り響いた。


「えっ、でなきゃダメ?これ」


 周りを見渡しても誰もおらず、俺一人の第三開発に、早く出ろと言わんばかりに鳴り響く。


「ルルルルルルルル」

「…………」

「ルルルルルルルル」

「あぁもう、諦めろよ!」


 と思いつつも受話器をとってしまう。確か阿部さんが電話してるときどう言ってたかなと思い出しながら口を開く。


「はい、ノブシロード第三開発室三石ですが?」

「すみません、こちらアトリエオメガの山崎ですが、いつもお世話になっています」


 俺はつられるようにお世話になっていますと返す。


「すみません、今回の仕様変更の件で質問がありまして…」


 やばい、完全に俺を開発者と思って話し始めたぞ向こうの人。って当たり前か。


「今朝メールでいただいた新規の仕様書なのですが、一部旧仕様書が混在していまして、前後の文から整合性を考えると、仕様書要項六○から六二、ページの方で言いますとエネミーカテゴリーの一○二ページから一○四ページの部分が旧仕様書のままでして、新仕様書の再送信をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」


 やばい、ちんぷんかんぷんだ。つまりは仕様書間違って古いの送ってきてるから新しいの送ってねって言ってるだけだと思うが。


「少々お待ちください」

「はい」


 電話を保留にして急いで共有フォルダの仕様書を漁る。


「これか?違う、これじゃない。これか?」


 焦りながらも、該当の仕様書っぽいのを発見する。


「これか?これっぽい」


 いくつも分類わけされた仕様書の中でエネミーカテゴリーのファイルを見つけ、ファイルを開く。

 相手が言っているのは、どうやら変更にがあったボスキャラクターの仕様書のようだった。

 これであってると思うが、確証はないし勝手に送っていいかもわからない。

 俺は唇をタコのようにすぼめ、自分の携帯を取り出す。


「あー、かけたくない。でもかけなくちゃ」


 嫌々ながら俺は片手に会社の電話、片手に自分の携帯をとり居土さんに電話を掛ける。

 二、三回のコールの後ガチャリと音声を拾う。


「俺だ、誰だ?」


 ナニこの超高圧的な返答。一体誰なのかさっぱりわからない。


「すみません、三石です。今アトリエオメガの山崎さんから電話がはいってまして、今朝送信されてきた新仕様書の中に旧仕様書が混じってたそうです。共有ファイルの中に言われた新仕様書らしきものを見つけたんですが、これ送信しても大丈夫ですか?」

「それの更新日付は?」

「今朝です、担当は鎌田さんです」

「鎌田のボケ、相当てんぱってんな」


 後ろから、うひっと鎌田さんの声が聞こえてきた。


「送信するのは構わんが、まずファイルをセキュリティファイルに変換して…」


 俺は居土さんに言われた手順でメールを送信した。

 へー仕様書ってメールで送ってるんだと意外に思う。


「出来ました」

「じゃあ、それを相手に確認してもらえ。違うって言われたら死ね」


 言いすぎだろ。


「わかりました」


 俺は居土さんとの電話を終了させて、今度は会社の電話にでる。


「はい、申し訳ございません。今新仕様書の方を送らせていただきました」

「ありがとうございます、確認いたしますので少々お待ちください」


 しばらく保留音の後、確認がとれたのか音が止む。


「はい、確認いたしました。ありがとうございます」

「こちらこそ申し訳ございませんでした」


 通話が終了して、一息つく。

 その後すぐに居土さん達が戻ってきて、すぐに先ほどのアトリエオメガに電話をかけ直し不手際の謝罪と本当に新しい仕様書が送れているのか確認を行っていた。

 話の内容から大丈夫だったようで、俺はほっと胸をなでおろす。


「おい、三石」

「はい」


 居土さんの怖い声を、はいと答えつつもゲームから視線を離さない。


「お前仕事できるな」

「ただ仕様書張り付けてメール送っただけですから」


 この”仕事できるな”は高校生にしてはということだろう。頭に乗ってはいけない。


「主任が人を褒めた…」

「明日は槍の雨だな…」

「まじかよ、信じられない…」

「何者なんだ…あのバイト…」


 ただ開発室が小さくどよめいていたのは気になった。




 俺がサボりを決め込んで、三日が経った。

 一番重要な回復ライブラリの修復目処がたち、背面パネルの修正も終わり、現在ラスボスの差し替え作業が行われていた。

 俺が阿部さんのデスクを覗き込む、そこには巨大な幾つもの頭を持つ蛇が描かれていた。


「これが新ラスボスですか?」

「そうなんでふが、なんかいまいちピンとこないんでふよね」


 阿部さんの机にはラフ画らしき、新ボスが山のように描かれていた。


「動かない前提だから、蛇はちょっと微妙かと思うんでふが」


 確かに、蛇だと動かないことに違和感を感じる。


「無機物とかだと面白くないんでふよね…」


 ラフの中にクリスタルのような鉱石が光っているボス案もあった。


「このフェニックスとかカッコイイですね」


 俺が手に取った一枚のラフは、いくつもの宝石を身にまとった、全身炎で形成された火の鳥の絵だった。


「それはダメでふ、書き込みが多すぎてボスに決められているポリゴンをオーバーするでふ」

「ポリゴンですか?」

「容量は無制限じゃないでふから、このフェニックスを3D化すると一瞬で容量オーバーしてゲームが落ちるんでふよ」


 そんな制限があるのか…、なんでもかんでも詰め込めばいいというわけではないと…。


「困ったでふ!」


 むむむと頭を抱える阿部さん。キャラクターデザインって大変そうだ。


「何か、何か洗練されたデザインよ~我が脳に閃くでふ~」


 なんか雨乞いの踊りみたいなの始めたんだけどこの人…。

 俺は極力阿部さんの不思議な踊りを視界にいれないようにしながらゲームをプレイする。

 丁度その時開発室の扉がバンっと音をたてて開く。

 なんだ?と開発室全員が扉の方を見ると、そこには切羽詰った表情をした見た目完全ギャル系でくそ寒い中超ミニスカ制服姿の少女が立っていた。


「あれ、みぞれちゃんどしたの?パーマあてた?ふわふわクルクルだね」


 俺が彼女の変化を言っても全く微動だにしない。

 全員が社長の娘と気づくと、ガタガタと荒れ果てた開発室の掃除を始めるが、一人暮らしの男部屋のごとく散らかりまくった開発室が一瞬で綺麗になるわけもなく。


「ちょっと来て!」


 みぞれちゃんは明らかに慌てた口調で何やら思いつめているようにも見える。


「ちょっとダーリンお借りします!」


 彼女の必死さに居土さん不在の開発室は誰も反論できる余地がなかった。

 俺は会社の女子ロッカー室に連れ込まれると、みぞれちゃんは内側から鍵をかけて俺に向き直る。


「みぞれちゃん、俺この年で前科ほしくないんだけど」


 向き直ったみぞれちゃんの顔は冗談が通じるような表情ではなく、どこか顔色も悪く見える。

 そして唐突に彼女は頭を深く下げた。


「お願いダーリン、お金貸して!」

「へっ?」


 いきなりのお願いに俺は困惑した。

 というか、君ん家大金持ちじゃないか。なぜお金を?と思いつつも、もしかして財布とか落としたのかな?という結論に至った。


「どうしたの?お金落としたの?」

「その…違うんだけど。とにかく今すぐお金が必要で…。あーしカードしか持ってなくてさ…。雹も嵐も同じで、雷ちゃん家から出れないし、明達は遊びに出てていっていないし。あーしもダーリンにだけは頼りたくなかったんだけど、なんか命かかってるらしくて…」

「命?」


 穏やかな話じゃないな。


「ごめん、最初から話してみて」

「で、でも時間無くて、早くしないと、早くしないと」


 彼女の狼狽えっぷりからして事態は深刻なのかもしれない、だがこっちとしても何の理由もなくお金を渡すのは、彼女がよくないことに関わっていないかという意味で危険だ。


「あーし、あーしも初めてで、こんなの」


 俺はみぞれちゃんの両手をギュッと握りしめて、できるかぎり優しく言う。


「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、一から話してみよう…」


 潤んで泣きそうな目をしていたみぞれちゃんは、うんと大きく頷いた。



 彼女の話を要約するとこうだ。

 最近女の子の友達ができたらしい、みぞれちゃんにとっては雷火ちゃん以外で同年代の女子友達は初めてらしく、それはもう楽しくお喋りしたり、遊んだりしていたらしい。その初めてできた女子友達には彼氏がいるらしく、会わせてもらったがそれはもう、とてもとてもイケメンだったらしい。しかしそんな彼はみぞれちゃんの事をどこぞの大企業の社長の娘と知って、猛烈なアプローチをかけてきたらしい。

 つまりは乗換というやつだ。それには勿論みぞれちゃんはいい顔はしないし、ダーリンもいるから絶対に嫌、てか死ね、とまで言ったらしい。

 だがその男がタチの悪いのは、みぞれちゃんに嫌われると泣き落としをしてきたところだ。実は家が多重債務に苦しんでいて、近々自殺を考えていると、情けない話だがもう君のような天の糸にすがる以外に方法はないのだと。

 当然みぞれちゃんからすれば知ったことではない話なのだが、彼女としては新しい友達が悲しむのは見たくないので、なんとかしてあげたいと。

 お父さんに頼んでみたが、関西の方に出ていて、カードは自由に使えるが現金はお父さんが帰ってくるまでは出せないとのこと。


「ふむ…、いろいろおかしな点があるな…」


 それだけ切羽詰ってるのに、彼女いるところとか、家の借金を彼女の友達というだけのみぞれちゃんに背負わせようとするところとか。


「それで君はいくら彼に渡すつもりなんだい?」

「わかんないけど、沢山」


 この子は未だに金銭感覚が…。


「とりあえず一○万は今すぐないと死ぬって…」


 一○万…、胡散臭い数字だ。微妙に手が届くところだしな。今すぐ死ぬもわけがわからん…。


「わかった、お金は用意しよう、でも俺も行く。お金の件で君は前科があるからね」

「うん、ありがとう」


 みぞれちゃんはほっとしたように、ようやく緊張した表情を崩した。


「あと、こういう大事なことはすぐに言うんだよ。手遅れになって君を救えなかったら俺はずっと後悔するからね」


 人差し指をたてて、注意する風に言ったつもりだったのか、みぞれちゃんは顔を赤くして


「ダーリン、やっぱ大好き!」


 飛びついて来た。

 なんで?





 伊達家にて

 今日もサボりを決め込んだ雷火と火恋に対して、剣心は強く叱責していた。

 だが二人は自分たちの言い分に聞く耳を持たない父の言うことも聞かなかった。


「玲愛姉さん繋がった?」

「いや…」


 雷火の部屋で火恋は自身の携帯を忌々しげに眺める。


「もう、携帯でなかったら携帯の意味ないじゃない…。姉さん今どこだっけ?」

「確かロシアじゃなかったかな…」

「携帯凍ってんじゃない?」

「まさか」


 小さく笑みを浮かべる二人だったが、実際姉の手がなければ現状どうすればいいかわからなかった。


「困ったな…」

「うん…このまま許嫁解消させられちゃうのかな?」

「今日また縁談の話があったらしい。お父様の机の上に新しい見合い用の書類が積んであったよ」


 その話を聞いてげんなりとした表情になる雷火。


「もう勘弁してよ…。姉さんいなくなってから父さんやりたい放題じゃない…」


 母烈火は先月のイベントの後また体調を崩し病院に戻っていたのだった。極力母に負担をかけたくない二人にとって現在頼れるのは姉しかなかったのだった。


「お父様はもう完全に悠介君を外すつもりだろうね」

「…………」


 沈痛な面持ちの二人が俯いていると、玄関の方でチャイムが鳴り響いた。

 遅れること数分、家政婦の田島から雷火に呼び出しがかかった。


「雷火ちゃん、相野君っていう悠ちゃんと同じクラスの男子生徒が見えてるんだけど、雷火ちゃんにお話があるんだって」

「わかりました、すぐいきます」

「私も行こう」


 雷火と火恋は相野という名に覚えがあった。確か悠介と一番仲が良かった友人のはずだと。

 雷火と火恋が外に出ると、相野ともう一人坊主頭をした男子生徒が並んで立っていた。


「すみません、私が雷火ですけど。相野さんですよね?」

「はい、イベントで少しだけ面識あるかと思いますけど、相野です。こっちの坊主は入江って言います」

「おぉぉ相野、噂にたがわぬ美少女姉妹だっぺよ」

「うるせぇ黙ってろ」


 相野はショートエルボーを入江のみぞおちにいれると、入江の体はくの字に折れ曲がった。


「すみません、その今回来た理由は以前俺たちが合コンしているところを目撃したと思います。その時は本当に不愉快な思いをさせてすみません」


 相野と入江は深く頭を下げる。


「い、いえわたしもあの時は頭に血が上ってしまって…」

「悠介の奴を許してもらえないでしょうか?あいつがあの場にいたのは俺が無理やり誘ったのがそもそもの原因なんです」

「…………」

「元凶はこれでして…」


 相野は懐から一枚の紙を取り出す。

 それを雷火に手渡すと、火恋と二人で目を通した。


「コミックコミケット当選通知…」

「はい、俺はこれをダシにして悠介を呼び出しました。それに女の子はテレビにでてた悠介の名前で集めたので、どうしても悠介に出席してほしかったんです。あいつはもうほとんど俺に無理やり連れていかれたようなもんで、しかもそれが原因で許嫁を解消になったって聞いて、俺もうなんて謝っていいかわかんなくて」

「オデも調子にのっちまった。あんな馬鹿なこと最初からやめときゃよかったんだ」

「本当にすみませんでした!どうか、どうかあいつを許してやってください!」


 相野と入江は地面に膝をつき深く頭を下げた。


「あ、あのあの顔上げてください、というか立ってください」


 雷火は慌てふためきながら、相野の肩を揺するが、相野は全く顔をあげようとはしない。


「そうだよ、君たちの責任ではない。この話は伊達の問題によるところが大きい」


 火恋も慌てて土下座する少年を立たせようとする。


「俺、安易な気持ちでした。あいつに許嫁がいるのは知ってたし本人が嫌がってるのも知ってた上で連れていきました。そのせいであいつ、もうなんか生気抜けちゃってて死人みたいなツラしてるんです。なんとかなんとかお許しいただけないでしょうか」


 火恋も雷火も困惑しながらも相野の気持ちは伝わり二人は顔を見合わせる。


「大丈夫だよ、この話は私たちも納得がいかないまま反故にされた事だ。今の話で、この件をひっくりかえせると思う」


 火恋は優しく相野の肩を叩く。


「ありがとうございます!」


 顔をあげた相野は半泣きだった。

 火恋は悠介が良い友を持ったなと確信した。




 友が友情を見せたのならば、こちらも悠介に対する愛情を見せなければならい。

 相野達を見送った後、火恋と雷火は速足で剣心の部屋へと向かった。


「良かったな雷火、ちゃんと理由があって。あれは恐らくお前とのデートに用意しようとしてたものだろう?」

「うん…多分。でも悠介さんも悪いわよ、別にいきなりコミケのチケット頑張ってとってこようとしなくても一緒にいられればわたしはそれでいいのに…」


 と言いつつも雷火は上機嫌だった。悠介が合コンに行ったのは納得できなかったが、彼が行った理由には理解ができたからだ。それに土曜日にデートの準備をすると言っていたのも嘘ではなかったことがわかった。



「「お父様、お話があります!」」


 二人して同時に部屋に入ると、剣心は眉をひそめた。


「なんだ、儂は無断での欠席を許してはおらんぞ」

「その話は後ほどお聞きします、しかし今は私たちの話を聞いてください」


 火恋と雷火は相野の話をできるかぎり悠介を持ち上げるようにしながらも嘘の無いよう話を行った。


「今話した通り、これは雷火の為に行ったことであり、彼の嘘には他者を傷つける意図はなかったのです」

「そう、だってわたしはこの話を聞いて嬉しくなったから。わたしの勘違いが原因だったの!」


 二人はまくしたてるように剣心を説得するが、依然として父は厳しい顔のままだった。


「して、お前たちは儂に何を求める?」


 剣心が唸るように呟くと、二人は息を合わせて言う。


「「許嫁破棄の撤回を」」


 剣心は腕を組み大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 そして「ならん」と一言で二人の娘の言い分を棄却した。


「何故です!例え嘘であろうと当人は傷ついていないのです」

「わたしを喜ばせる為にやろうとしたのよ!」

「嘘は嘘だ、儂には下心なしでそのようないかがわしい場所に出席したとは思えん」

「だから何度も言っている通り、彼には行く理由があったのです!」

「そのような場所にいかずとも、交渉する余地はあったはずだ」

「それは結果論よ!後からこうすれば良かったなんて誰でも言えるわ!」

「儂の判断はかわらん、許嫁の件は認めん」


 剣心のあまりの取りつく島のなさに、二人は奥歯を強く噛みしめた。


「明日は学校に行くんだ。もし休んだら許さんぞ」


 鋭い視線を投げられ、火恋と雷火はこれ以上の話し合いは無駄だと悟った。




 そして二人は、すぐさま部屋に戻った。

 雷火は自室で小さく嗚咽を漏らし泣いていた。だが火恋は…。


「雷火、家を出るぞ」


 火恋は大きな旅行鞄を持ち、雷火の部屋にやってきた。


「ここにいても無駄だ」

「でるって…どこに…?」


 涙をぬぐいながら雷火は問いかけると、火恋はにこりと笑ってこう返した。


「彼の部屋に押しかけよう」

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