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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
61/107

Fire

 玲愛さんを見つけるのはそう難しい事ではなかった。施設内を全力疾走するシンデレラのような衣装を着た女性は、客の視線を釘付けにする為、道行く客の首の方向に向かって走れば簡単に見つけることができた。

 屋外特設施設から西に真っ直ぐ進んだ場所、そこは少し前に山野井と二人でランデブーを楽しんだ、アリスランド最大級を誇るジェットコースターの前だった。

 超巨大アトラクションの前には家族連れが並び、ライトアップされた施設をジェットコースターから見るのはさぞかし綺麗なのだろう。


「はぁ、はぁ…。やっと見つけましたよ…ゲホッゲホッ」


 全力で走ってきて息が切れ、むせる。肩を大きく揺らす俺を見て玲愛さんは頭をガリガリとかいた。


「なんで追いかけてくるんだって、今更無粋かそんなことは…」

「どこまで…でも追いかけますよ…はぁ、はぁ…」


 雷火ちゃん達にさっさと追いかけろと言われたとは言えない。

 とりあえず何をおいても聞きたいことがある。ようやく息も整ってきたし、玲愛さんも逃げる様子はなさそうだ。


「あの、別れたってどういうことですか?」

「聞いたとおり、私はあいつを婚約者候補から外した」

「どうしてですか?」

「…本人から話はあるだろうが、有り体に言えば振られた」

「え!?」


 俺は振られたという言葉にとても驚いた、何百人振ったと聞いても全く違和感はないが、振られたと聞くと話は別だ。

 最強、無敵、冷血、鬼畜を地でいく玲愛さんが振られたなんて考えられない。


「他に好きな女がいるそうだ。しかも二人…」

「二人…」


 俺は二人と聞いて、内海さんに関係ありそうなのは一ノ瀬さんと巴さんしかわからなかったが、一ノ瀬さんはイベントに参加しているし、もしかしたら関係あるかもしれない。


「あー、なんか私グダグダだな。そう思わないか?」


 自嘲気味に暗くなった空を見上げる玲愛さん。肌寒い夜空には星が光始めていた。

 この三日間のイベント内容を思い出しているのかもしれない、どこか遠い目をしていた。


「そうですね」

「ばっさりいくな、お前」


 苦い笑みを浮かべているが心なしか表情は明るくなった気がする。


「初めは手錠でお前と繋がれ、外れた瞬間内海に鞍替え、家だなんだって言ってお前を振り切ろうとしてたのに、イベントじゃ後半は完敗。そのくせ優勝だけはしちゃうし、男からは君より好きな女性がいる、なんて言われるし」

「物凄いグダりっぷりですね」

「だろ、笑えるのは優勝だけはちゃっかりしてるってところだな」


 自嘲気味な笑みを頬に浮かべて、ゆるゆると近くにあったベンチにぺたんと座り込む。

 園内に流れる和やかなBGMがなんとなく物悲しい雰囲気を醸し出している。


「振られて悲しかったですか?」


 本来デリカシーのない問いかけだったが、あまりにも引きずってる様子がないので聞いてみた。


「全く、全然」


 でしょうね、普通振られたら多少なりとも顔にでるはずだ。しかし今の玲愛さんは自分の情けなさを嘆いているだけにしか見えない。


「これじゃ何がしたいんだって雷火に怒られても反論出来ないな…」


 と言いながら、頭を抱え始める始末。

 俺は少しだけ距離を離して、同じベンチに座る。ベンチはひんやりと冷たくて、温かいコーヒーが欲しくなった。


「玲愛さんのタイプの男性ってどんな人なんですか?」


 この人が自分の好みなんかで男性を決めたりはしないと思うが、とにかく何か話題がほしかった。


「……伊達に婿入りが絶対条件で、あとはイケメンで身長一八○センチ以上、高学歴、高収入で趣味は料理や家事全般、言わなくても家の事を全部してくれて、頼りがいがあり子供好きで誰からもちやほやされるが私にだけ優しい人間」

「そんな人はいません(断言)」


 そんなスイーツが考えた、私の最強の旦那みたいなのいてたまるか。


「嘘だ。何で私が稼いでるのに収入が必要なんだ、それに顔がいいだけで中身のない人間なんて大学にいけば山ほどいる。学歴はその人間がどれだけ頑張れるかを表したものだから、高い方が望ましいが、頭の良いバカも見てきた分としてはある程度守っていれば十分だ。身長なんて更にどうでもいい、私は人を見上げるのが大嫌いだ。同程度が望ましい、家事に関しては私がやる。私とて女としてのプライドがあるからな、男に台所を奪われるなんて屈辱以外何者でもない」


 どれも玲愛さんらしいなぁと思う理由ばかりだった。


「タイプなんかない…。むしろ一人でいい…。一生伊達といるなら私は一人の方が楽だ」


 一生を伊達で…。


「玲愛さんらしからぬ逃げのお答えですね」

「私だって逃げることくらいある」


 そう言って今度は膝を抱えて、小さくなった。


「イベントが始まる前はとても凛々しくてカッコよかったのに、今はこんなところで下段ガードですか?剣心さんも玲愛さんのそんな弱いところを見透かしてパートナーが必要だと思ったんじゃないですか」

「違う、私は弱くなんかない」

「いーえ、弱いです。完全に自分を殺しきれていません。どこか妹を羨んでいるようにも見えますし、一人がいいと言いながらも、そんな悲しそうにしている。かまって欲しいようにしか見えません」

「な、なんだよお前…。なんでそんな酷いこと言うんだよ…」


 俺が聞いた事もないような泣く間際のしゃくりあげるような声、でも俺は挑発をやめない。


「内海さんに振られたって言いましたけど、肝心の玲愛さんだって別に内海さんのことはなんとも思ってなかったわけじゃないですか。お見合い相手なんでしょ?いきなり好きになるのは難しくても、ちゃんと怒ったんですか?なんで私より好きな女がいるの!?って、ビンタの一発でもくれてやったんですか?」

「怒ってない…。むしろ同情した…」

「それって、全く気持ちが入ってないですよね。その人に気持ちが少しでもあるなら、裏切らてイライラする、やきもきするはずなんですよ。貴女は内海さんをただの駒にしか見てないんです、ただ結婚に必要な為の駒の一つに。だから駒が勝手なことをしても別に違う駒を用意するだけでいいから怒る気にもならない」


 俺は一体何様なんだろうね、感じた事をそのまま口にするととてつもなく不遜で傲慢な言い方で、相手を傷つける言い方になってる。

 でもそんな言い方をしないと、進めない気がする、どつぼにはまって自分が何をしたいのかもわからない。強さを忘れてしまったこの人に。


「貴女は何が大事なんですか?何が欲しいんですか?」


 わかったことがる、この人はいろいろなものを手に入れているように見えるが、実際欲しいものは何一つとして手に入れていない。

 たくさんの一番を取りながらも、その全てをこぼしてきた女性。家の為と割り切り、妹の為と割り切り、得た物を全て興味がないと割り切ってきた。だからいざ自分にスポットライトが当たるとどうしていいかわからない。

 これは剣心さん達のせいでもあるな。あまりにも優秀な娘である為に物のねだり方甘え方を知らない、だからどこまででも我慢する。


「何でお前、そんなに責めてくるんだよ…。いつも優しくしてくれるのに…。手錠が外れた後のことそんなに怒ってるのか?なら、謝るからそんなに怒らないでくれよ……」


 珍しく媚びたような声音に、俺は更にイライラする。


「玲愛さんに欲求ってないんですか?未来図とかって?」


 自分の未来が思い浮かばないから欲しいモノがわからない、未来図が描ければ自ずと欲しいモノがわかる。だがちゃんとした未来が見えている人間は少ない、でも玲愛さんなら未来が見えているはず。


「私の未来は妹とお前が元気にやっていればいい。他なんてない」

「俺もずっと気になってました。なんで貴女の未来図に俺が出てくるのか。何故妹と俺をいっしょにさせたがるのかがわかりません」

「…………お前が一番の取りこぼしだから」


 俯いたまま、聞こえるか聞こえないかの声量で、ポツリと口にした鍵。


「取りこぼしって…」

「昔、お前が家族になるかならないかの話で、母さんにお前を家族にしないでと頼んだのは私だ」

「………」


 その話は聞いたことがある、俺の両親が亡くなった後、烈火さんが伊達で引き取ると言ってくれたのだが、それに反対したのは分家と玲愛さんだったと。

 あの時は単純に嫌われてたんだなぁとしか思っていなかったが、どうやら玲愛さんは後悔しているようだった。


「母さんがお前を引き取るって言った時、雷火は体が弱くて病院にいた。あの頃の私はどういう思考回路が働いたのか、雷火をほうっておいて、お前を受け入れる気なのかって思った。本物の家族を優先せず、よその子を家族にしようとしていると憤ったんだよ」


 子供ならではの独占欲と言うべきか、でもそれは当然の反応であって、肉親を優先してほしいと思うはずだ。大人でも難しいのに、子供が簡単に異物を認められるわけがない。


「お前は両親を失っているのに、悲しいとも口にしないまま分家の元に引き取られた。高城がクズなのはあの頃から知っていた。ただ漫然と大丈夫かななんて、自分で否定しておきながら身勝手に心配した。案の定ダメだった。覚えているか?高城に引き取られた後の親族会議でお前が言った言葉を」


 あんまり覚えてないけど、確か羨ましいとかそんな言葉だった気がする。


「僕もそっちが良かったなって。雷火や火恋の揃っている伊達を見てそう言った。その時初めて自分の境遇でお前が涙をこぼしているのを見た。あれは呪いの一種だ。胸に打ち込まれて未だズキズキと痛む」


 そう言ってそっと自身の胸を確かめるように手を当てる玲愛さん。

 でもそこには何か刺さっているわけではない。


 現代社会において呪いなんてものはいくつも存在する。

 突き詰めれば会社だって呪いの塊だ。風邪をひこうが、精神的に不安定であろうが、苦しい仕事を行う。それは社会に縛られているから、自分は立場があるから、自分には責任があるからと言って過酷な労働を行う、傍から見れば理解に苦しむ行いも、会社だからの一言ですんでしまう。

 恋なんてその典型ではないだろうか、好きになってしまえばその人物が頭から離れず、その人の言葉を都合よく解釈し、盛大に自爆する。

 一度で効果が切れればいいが、その人物を忘れられず延々と思いに決着をつけられなくて心苦しい思いをする、永続呪いの完成だろう。

 ふとした言葉が相手に一生消えない呪いを与えてしまうこともある、その大抵は呪いを放った人物は覚えてないというところだろう。

 玲愛さんはしゃがみガード態勢から、首を上げて、隣にいる俺を見る。


「私はお前を家族にしたい」


 真剣な眼差しでそう言い放った。


「お前が幼少の頃に味わった不幸を消してやりたい。だから私は伊達と共に歩き、妹に伊達を背負わせない覚悟をした。だから私に欲しいものなんてない」


 どうやらこの方は昔俺を否定した事を心の底から後悔しており、それを過ちだと感じている。

 ”これから”はかえることができる。だから妹と一緒にさせたい。だから自分はどうなっても構わないと。




 ちょっと何言ってるかわかんないです。




「俺を……。俺を不幸から生まれたみたいに言わないで下さい」


 両親を亡くしたことは確かに不幸だが、玲愛さんの反対がなくても俺が高城さんに引き取られた可能性だって十分ありえる。

 君の人生不幸だね、なんて言える資格は誰にもないんだ。高城さんに引き取られて俺は雹と出会ったし、今のオヤジにも出会えた。雷火ちゃんとの出会いも偶然だ。火恋先輩の許嫁だった居土先輩と喧嘩したのも俺の意志だし。嵐ちゃんやみぞれちゃんと出会い、仲良くなってきた。

 君は今まで不幸だから、私の妹と結婚させてあげるよ、それで幸せになれるよって言うのは何か違うと思う。

 幸せを与えてもらうのは単純で楽だし、私が一生働いて貴方を養ってあげるわと言ってもらえれば人生勝ち組だと思う、だがその彼女が必死に自分を押し殺して、辛いことを隠しながら働いていたとすればどうだ?

 そこに与えられた幸せはあるのか?



 ないだろう



 つまりはそう言うことで、俺は玲愛さんから幸せを受け取る気には全くならないわけで。俺の望むのは大団円、甘いと言われようがこれ以外に望んでいるものはない。

 一人を殺した幸せにどの程度の価値があると言うのだろうか。

 ならそんな偽りに満ちた幸せなんて最初からなかったことにしてやる。


「玲愛さん。俺伊達の許嫁者候補やめます」

「……はっ?」


 あっ面白い顔してますよ、虚をつかれたリスのような、そんな感じ。


「俺が原因で貴女が自分を殺しているのなら、俺がいなくなれば全て解決しますよね」


 さてと、オヤジにはなんて言い訳しようかな、なんて考えながら俺はベンチから立ち上がる。


「ま、待て待て待て待て。何を言っているんだお前は」


 慌てて俺の肩を掴む玲愛さん。


「何をって…。許嫁候補解消ですよ。内海さんもできたんだから俺もできるでしょ?」

「そんなの認められるか!大体何で!」


 唐突な物言いに、カンカンと言う言葉がぴったりな表情で俺に詰め寄る玲愛さん。超恐い、ぶん殴られそう。


「言わなきゃわかんないですか?」

「わかるか!」


 俺はすっと大きく息を吸い込んだ。


「貴女一人が不幸になるから嫌なんですよ!俺の幸せを考えて妹と結婚させる!?バカなこと言わないで下さい!俺が火恋先輩や雷火ちゃんを好きになったのは俺の意志だ!そして貴女のことも負けないくらい好きなんだ!誰か一人を取りこぼすくらいなら俺は全部放り投げる!貴女の妹だってそう言うはずだ!俺がなんでそっちがいいなんて子供の頃に言ったと思いますか?俺も仲間に入れて欲しかったんですよ!だから俺は仲間外れなんてださない!誰かを一人にさせるなんてもうごめんなんですよ!」


 感情の爆発というべきか、胸の中にたまった玲愛さんに対するもやを思いっきり吐き出していく。

 そして最後に残るのは小さな悲しみだった。


「もう何回言ったかわかりませんが、俺は貴女の事好きなんですよ。好きな人を不幸にする気分、貴女ならわかってくれると思ったんですが」


 玲愛さんはその言葉に大きく目を見開いた。


「俺は”玲愛姉さん”の事を恨んだことなんて一度もないんです。ただ一緒にいたかった。その感情に今は俺の好意がプラスしているんです。貴女を取りこぼした伊達の許嫁に一体なんの意味があるのか俺にはわかりません」


 昔呼び名をかえてからずっと玲愛さんで統一してきた。だが今目の前にいる女性は昔から一歩も進めていない、ただ能力が高くなり容姿が美しくなっただけの”お姉ちゃん”のままだった。


「俺の事を嫌いになったなら仕方ありません。それは俺の力が足りなかったってことで諦めがつきます。しかし望んでもいない貴女の罪滅ぼしの為に勝手に身をひかれるのは納得がいかないんですよ。貴女はいつだって優しくて、甘くて、良い人で、モテない俺を勘違いさせて。欲しいんですよ、貴女が…」


 玲愛さんがゴクリとつばを飲む音が聞こる。


「俺に幸せを与えてくれるというのなら、俺は貴女が欲しい。俺には伊達なんて興味ないんですよ。貴女を縛るくらいならなくなってしまえばいいとさえ思う。俺の為に自分を捨てる覚悟があるのなら、俺の為に全部捨てて下さいよ、そんな足かせまみれの玲愛姉さんなんか見たくないんです!俺が放った呪いなんて最初からなかったんですよ!」


 なんで言ってる俺が泣いてるんだ、意味わかんないぞ。


「痛みがあるならわけあいましょうよ…。一緒にいたいなら一緒にいましょう…。家族ってそういうもんじゃないんですか?」


 呪いを放った人物からの呪いの全否定。

 これで玲愛さんに突き刺さった楔は引き抜いた。


 俺が言いたい事を言った後に熱くなった頭が急激に冷めてきた。やばい、完全にエゴの塊をぶつけた。

 自分の価値観をぶつけるというのは話し合いの中で一番やってはいけないことだ。何故ならそこからはお互いの感情論のぶつけあいになるからだ。

 やらかしたぁ…と自己嫌悪に陥りながら、恐る恐る玲愛さんの方を見ると、ぶわっと泣いていた。

 マジか……。


「す、すいま…」

「謝るな」


 かすれた声、しかし見据える視線は力強くそれ以上の反応を許さない。


「誰か助けて!」


 なんとなく二人で動けないままになっていると、唐突にどこからか悲鳴が聞こえて来た。続いていくつものどよめくような驚きの声。

 すぐ近くでざわざわと、なんだあれ?と声が聞こえる。

 なんだろうと思って、首を傾けてみると、ライトアップされたジェットコースターのレールを指差す客の視線の先には、信じられないことに幼稚園ぐらいの男の子がごくごく普通の道を歩くように悠々と歩いていたからだ。


「なんだありゃ…」


 俺が呻くより先に、玲愛さんは駆け出していた。

 慌てて俺も後に続く。

 ジェットコースターの受付をひらりとカッコ良く駆け抜け、追いかけてきた係員を引き連れてジェットコースターの搭乗口に飛び込む。

 幸いコースター事態は異変を察知した係員が即座に止めたようだったが、少年は発車口から更に六○M程先のコースターが上昇していく、きつい勾配の坂というか壁の上にさしかかっていた。


「なんであんなところに人がいる!?」


 玲愛さんが叫ぶと、隣にいた女性が半ば半狂乱になりながらも、すみませんすみませんと連呼している、どうやら母親のようだ。

 聞き取りづらい声をまとめると、身長制限でお姉ちゃんしか乗れないと知った弟がコースターが発車した後、レールの上に下りてしまったそうだ。

 それはさぞかし悔しい思いをしたのだろうな弟君はと思いながらも、手すりもガードも何もないレールの上を四つん這いになりながら坂を登ろうとしている少年の姿は心臓に悪い。


「消防に連絡、設備担当をすぐによこせ、嵐もすぐに連れてこい!」


 玲愛さんはてきぱきと指示をだす。

 あんなもん踏み外して落ちたら一発で世界の心理を知ることになってしまうぞ。

 と心の中で思っていると、ごぅっと強い風が吹き少年が足を踏み外した。

「うわぁぁ!」っとコースター下に集まってきた客から声が上がる。

 少年の体は大きく傾いているが、幸いレールの間に体が挟まって落下することはなかった。

 しかしさっきより危険な状況になったことは確かだ。

 話が嵐ちゃんに通ったのか電気工事用の人を乗せることができる高所作業車が黄色いランプを発光させながら凄いスピードで到着した。

 設備担当らしき、作業服を着た男性を乗せたクレーンはグングンと伸びて、少年のすぐ近くまでいくが、クレーンの長さが足りず、ぎりぎり…ではなくかなり距離が足りていない。

 下を見ると、嵐ちゃんが携帯片手に上まで響く声で次々に指示をだしている。周りをよく見ると、恐らく結婚式用の取材班なのだろう、カメラを持った取材班らしき人たちもいる。

 落下予測地点とおぼしき場所にクッションが敷かれていくが、幼稚園児が落下した瞬間風に吹かれればどこに落ちるかなんて予想できない。

 レールの位置は地上からかなり高い、消防のはしご車でもなければ届かないだろう、果たしてそれまで少年が挟まったままでいてくれるかどうか。

 俺がマジやべぇぇっと狼狽してる中、唐突に玲愛さんはスカートの裾をビリっと破きだし、腰近くまで裾を引き裂いた。

 そしてスタッフからワイヤーのついたベルトを受け取り、なんかカチャカチャと装着し始めたんですけど。

 それがなんとなく命綱なんだろうなぁっとわかって更に嫌な予感は増大する。


「ちょっと行ってくる」


 軽くコンビニでも行ってくるみたいな感覚で、レールの上にすたっと飛び降りると、足に違和感を感じたのか、履いていたヒールをぽいっと俺の方に投げ捨て、そのままスタスタとレールの上を歩いていった。

 ま、マジっすか…。


「お、俺も…」


 玲愛さんだけに行かせるわけにはいかないだろう、一体なんの役にたつかはわからないが、俺も…。


「お前は来るな!足でまといだ!」


 厳しい声でそう言われてしまい、俺はしょぼんと肩を落とす。

 地上からは突如シンデレラ服を着た女性がレールの上を歩いて出てきたので「うぉぉぉ」っと歓声が上がり更に場は盛り上がった。

 そりゃ下から見ればさぞかし面白い構図であろう。ジェットコースターのレールに嵌った少年を助けにきたシンデレラなんて、明日のスポーツ紙のトップを飾れるのではないだろうか。

 下から、姉さん何やってんの!?とか玲愛やめなさい!と声が聞こえて下を見ると、顔面蒼白な伊達家族に水咲家族、内海さん達の姿があった。

 しかし玲愛さんはゆっくりと風に煽られないよう、身を低くして少年に近づいていく。

 少年は身動きがとれなくなって泣きじゃくっており、体を揺さぶっている、頼むからやめてくれ。

 玲愛さんがゆっくりと手を伸ばそうとした時、再びごぅっと強い風が拭き体が煽られてレールから落ちそうになった。

「うぉぁああぁぁぁ!」っと俺から聞いたこともないような叫びがでた。下からも悲鳴が上がる。

 なんとか態勢を持ち直し、今度こそっと伸ばされた手は少年の体を掴んだ。そしてそのまま力任せに体を引っ張りぬく。

 少年の服を多少引き裂いたが、自身の命が引き裂かれるよりかはよっぽどマシだろう。

 少年を確保した玲愛さんに、地上からも、搭乗口で待機している客からも大きな拍手が上がる。

 あの人マジですげぇぇな。普通あんなことできないぞ。

 少年を確保した玲愛さんは、身を屈め、ゆっくりと折り返してくる。

 皆が安堵した瞬間だった。

 今度は先ほどよりも更に強く、長い風が吹き、少年を抱えている玲愛さんの体が大きく揺れる。

 そして…

 少年を抱えている為、レールを掴むこともできなかった玲愛さんの体はレールの外に押し出されるようにバランスを崩し、そして、そのまま落下した。



「いやぁぁぁ!」っと雷火ちゃんの悲鳴が上がり、剣心さんやボヤッキー達は巨大なクッションを広げたまま落下地点に全力で走る。

「玲愛ぁぁぁ!!」

 痛ましい叫びの中、俺の体は動き出していた。

 暗くなったジェットコースターはライトアップされているとは言え、視界は良好ではない。

 眼下に見える人の小ささから、ここがどれくらい高いかがわかり、ちゃんとした足場ではないレールの上は本能的に動くことをやめろと警告を鳴らす。

 二階建ての家でも屋根の上に出て作業をするのは恐怖感が凄いのに、更に高い場所で足場が悪いとくれば狂気の沙汰だ。

 しかもそこを全力疾走するなんて。


「ファイヤァァァァァァァァァァァァー!」


 クレヨンしんちゃんの劇場版でよく野原家ファイヤー!と叫んでいることを見るが、どんな状況だよっとしんちゃんのギャグは面白いなぁなんて思っていたが、なるほど、なんかわからんが叫びたくなる。


 落下した玲愛さんは寸前のところでレールを掴み、片手に少年、片手にレールという形で宙にぶら下がっていた。

 片手だけで自身の体を支えるのは辛いというのに、更に少年も抱えている。間違いなく長くはもたないだろう。

 命綱をつけているとはいえ、この風の中煽られれば鉄柱に激突する可能性も高く、激突した玲愛さんが少年を落とす可能性は高い。


「玲愛、玲愛、玲愛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁっ!!」


 剣心さんの雄叫びがうるさい。



「くっそ、しくじった……」


 下を見ると目のくらむような高さ、別段高所恐怖症というわけではないが、命の保証がない状況というのは顔が強ばり、脳が危険信号を出し筋肉が緊張する。


「ファイヤァァァァァァァァァーー!!」


 と父親の叫びを超えるうるささで、何かが近づいてくる。

 それは命綱もつけずにレールの上を全力疾走してくるマスクドヒーローエックスだった。


「あんのバカ…」


 時間をかけてゆっくりときた自分に対して、まさかものの一○秒ほどで私の前までやってきたバカを見て、少し頬が緩んだのも事実だ。

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