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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
46/107

足かせ

 午前中の会談は玲愛さんのテキパキとした時間コントロールでイベント開始一五分前に全て終了した。

 今は売店で注文したカレーを片手にノートパソコンに高速でデータを入れてらっしゃる。

 剣心さんに頼まれた、お見合いセッティングがバレて、居心地の悪い空気が終始続いている。

 しかしながら会談中はそんな機嫌の悪さを微塵も感じさせず、どんな人でもにこやかに対応している玲愛さんに大人の凄さを見せつけられた。

 俺は視線を合わせるのが怖くて俯いていたが、手錠に赤いランプが灯っていることに気づいた。明らかに朝はこんなランプは光っていなかったはずだ。


「あの…」

「何だ」


 不機嫌オーラ全開の玲愛さんに話しかけるのは、それだけで胃がすり切れそうな思いになる。


「手錠、光ってます」


 玲愛さんは興味なさげに手錠の方に視線を投げる。


「電池でも切れかかってるんだろ」

「早いですね…」


 予定ではまだ三日くらいは持つと言っていた気がするが。

 話している時間も惜しいのか、玲愛さんは画面に視線を戻す。


「あの……」

「………」

「あの、すいません…」

「…………」


 集中して聞こえていないのか、それとも意図的に無視されているのか。後者だと辛いな…。


「すいません」

「なんだ」


 またしょーもないこと言うつもりじゃないだろうなと言った具合に、怒りのオーラをまといながら俺を睨む。


「そろそろお時間です…」


 俺は携帯を取り出し、時刻が一二時五八分であることを見せる。

 玲愛さんは不快げに溜めた息を吐くと、ノートパソコンをパタンとしめ、近くにあったコインロッカーにパソコンを放り込んで、既に人だかりが形成されている飛び込み台近くのイベントの集合地点に向かった。



 イベント参加者は予想より遥かに多く、飛び込み台の前には二○○人以上の水着姿の男女が揃っていた。


「あっ悠介さん!」


 突然名前を呼ばれ振り返ると、雷火ちゃんと火恋先輩、みぞれちゃんと雹が水滴をしたたらせながらやってきた。


「あっ、昼は見なかったけど、皆どこに行ってたの?」

「雷ちゃん流れるプールで、一人だけ流されてどっかいっちゃうんですよ」


 呆れ顔のみぞれちゃんに、面目次第もないと、雷火ちゃんは頭を下げる。


「もしかして雷火ちゃんってカナヅチ?」

「もしかしなくてもカナヅチですよーだ。別に泳げなくても水の中で暮らさないんで生きていけます」


 ツーンっと唇を尖らせる雷火ちゃん。


「流された雷ちゃんを、マーメイドのようなあーしが颯爽と助けたんすよ」

「みぞれちゃん泳ぎ得意だったんだ」

「ルール覚えなきゃいけないスポーツは嫌いっすけど、ただ泳ぐだけなら得意っす」


 意外と彼女も運動神経良いんだな。


「と言っても俺もほとんど泳げないから、雷火ちゃんと一緒だね」

「えっ悠介さんも泳げないんですか?」


 パッと表情が明るくなる雷火ちゃん。


「まぁ浮いて前に進むくらいなら、なんとかってレベルだね」

「私浮かぶけど前に進まないんですよね…」


 陰鬱そうに俯く雷火ちゃん。彼女が頭を下げた時にプランと青のポイントカードが目に入った。

 よく見ると皆の首に赤と青のポイントカードがかかっていることに気づいた。


「そのポイントカード持ってるってことは、もしかしてイベントに参加するの?」


 雹の持っているポイントカードを指差すと四人とも頷いた。


「同性でもOKで、当日参加も大丈夫だって嵐が言ってたから、四人とも参加することにしたんだよ」


 雹はポイントカードをペラペラと振る。


「四人の強力なライバルが出来たってことだね。ペアは伊達姉妹と水咲姉妹で分かれるんだよね?」

「はい、あーしと雹で、雷ちゃんと火恋さんで別れます。ペア変更のルールもあるし、どっちみちお遊びなんで気分転換にペアかえてもいいかなって思ってますよ」


 成程、気軽にペア変更できて羨ましいなと思いつつも手錠に視線を下ろす。


「あっ雷火ちゃん。手錠が光ってるんだけど、これ何?」


 俺は赤いランプがついた手錠を見せる。


「あっ、もうじき電池切れるんじゃないですか?そこバッテリーランプなんで、多分電池切れかかってますよ」

「これって光出してどれくらいで切れるかってわかんない?」

「うーん、多分光っても恐らく丸一日から一日半くらいは持つと思いますよ。結構強力なやつなんで」


 となると、電池切れになるのは明日の夕方か、夜くらいの可能性が高いってことか…。


「後で解除コードをメールで送っとくんで、赤のランプが切れたら入力してみてください。多分外れると思います」

「わかった、ありがとう」


 玲愛さんは、自身の手首にはまった手錠をじっと眺めている。この拘束具がもうじき外れるとせいせいするのだろうか、その顔にあまり感情は現れていなかった。

 正直今は、すぐにでも外れてほしいとも思うが、この手錠がなくなると玲愛さんとの接点がなくなってしまうように思えて、この細いヒモだけが俺と玲愛さんを繋いでいるように見える。

 でも俺にも希望がある。それは玲愛さんが未だに首輪をしてくれていることだ。

 どれだけ不機嫌でも、怒っていても、あの首輪があるだけで俺は玲愛さんの傍にいられる気がする。

 首輪なんてもので人の心が繋がるなんてありえないし、仮に彼女が出来て首輪をつけたいと言われれば反対すると思う。でも今だけは玲愛さんが首輪をしてくれていて良かったと思う。



「皆様、本日は当アリスランドのイベントへのご参加、心より感謝申し上げますわ」


 一時を過ぎて唐突に嵐ちゃんの声がスピーカーから響いてきた。

 どこにいるんだろうと探していると、飛び込み台から突如、筋骨隆々のマッスルお兄さん達が次々と降り注いだ。

 その数およそ二○人程、ダッパーンと巨大な水しぶきを次々と上げていく。

 しかしながらマッスルお兄さん達は一人も水面に上がって来ない、死んだんじゃないかと思い水面を眺めていると、上空から「とうっ!」と声が聞こえて顔を上げると、飛び込み台の最上段から水着姿の女の子がきりもみしながら落下してきた。

 親方空から空中殺法を繰り出した女の子が!と叫びたくなったが、あの特徴的なツインドリルは間違いなく嵐ちゃんだろう。

 さながら自分の体をドリルのように回転させ、派手な水柱を上げたが、やはりマッチョメン達と同じく水面から上がってこない。

 主催者が開会式でいきなり死んだんじゃないだろうなと、そんな不安に駆られたが、水面がボコボコと泡立つと、徐々に水が盛り上がりマッスルお兄さん達が組体操よろしく、ピラミッドタワーを作って浮上してきた。

 その頂点に女王の如く膝を組んで座っているのは勿論嵐ちゃんだ。

 ムキムキ筋肉タワーはグングンその高さを増して、最終的には六m超えとなった。

 圧巻である。そして悪趣味である。

 水中で足場になっている人が見えるので実際はそれ以上の高さだろう。


「ここに伊達、水咲主催、最強のカップル出てこいや!INアリスランドの開幕を宣言致しますわ!ホーッホッホッホッホッホッホッホッホッホ!」


 絶好調に楽しそうな彼女の高笑いと共に、背後で巨大な花火がボンボンと鳴り響く。

 嵐ちゃん、ぶっとんでんなー。ってか屋内なのによく花火なんか使えるなと感心と呆れを交えながら眺める。


「私が、主催者である水咲アリスティア嵐と申します。高いところから失礼いたしますが、皆様にはこれから三日間最強を目指して他のカップルを蹴落とし、引きずり落とし、裏切って、最強のカップルザカップルを目指していただきたいと思います!優勝者には豪華賞金に伊達、水咲グループで使える、アミューズメント施設生涯ペア使い放題券に、三日目のグランドフィナーレにてテレビ中継を交えての結婚式をとり行わさせていただきますわ!優勝した時に同性ペアではお茶の間に笑いを提供してしまいますので、どうか最終日までにはカップルを作り、このアリスランドの歴史にその名を刻み下さいませ!」


 彼女が言い終わると、水中からボンボンボンと次々に水柱が上り、開幕を告げる壮大なファンファーレが鳴り響いた。

 なんかよくわかんないけどとにかく凄かった。



 嵐ちゃんは昨日俺たちに説明したポイントカードの内容を参加者全員に説明して、カードを配布をしていった。

 そして全ての説明が終わると「最強のカップルの挑戦をお待ちしておりますわ」と力強く言い残して筋肉タワーは沈んでゆき、最後にはサムズアップした嵐ちゃんの手も沈んだ。


「君のお姉さん、何故か企画ごとになるとぶっ飛んでるよね」

「嵐はあれが普通と思ってますから…」


 みぞれちゃんはなるべく嵐ちゃんに目を合わせないようにしていた。



 嵐ちゃんの開会式が終わると、伊達、水咲のスタッフに案内されて俺たちはビーチバレー会場に到着した。

 ビーチバレー会場と言ってもプールのすぐ脇に、A~Dの四つのバレーコートを作り約一○○組のカップルを四グループに振り分けて待機させただけだ。

 俺と玲愛さんはAグループで四つのコートのうち一番プール側に近い端っこのコートだった。

 残念な事に火恋先輩や雹のペアは別のコートになり、恐らく勝ち上がらない限りは対戦することのない組み合わせになった。

 一○○のカップルを四のコートで分けているので、一コートの周りには約二五組のカップル達が円をかくように座ったり、お喋りしたりして、自分の順番を待っていた。

 俺もその他に漏れず、玲愛さんと並んでスコアボードの近くの砂の上に腰を下ろしていた。


「Aコートのカップルの数が二四組だからAグループで四回対戦したら、他の勝ち抜いたグループと準決勝で、それを勝ち抜いたら決勝で、計六回勝てば優勝か…。」

「おやおや、もう勝つつもりかい?」


 俺がこの衆人環視の中、何回コートに出なきゃいけないのだろうと計算していると、背中から声がかかった。


「へっ?いやそんなつもりでは」


 驚いて振り返ると、そこには、以前百貨店で会った内海さんが人懐っこい笑みを浮かべ水着姿で立っていた。


「よっこらせっくす」


 最低な事を口走りながら俺の隣に座る内海さん。


「久しぶりってほどでもないね三石君」

「よっこらせっくすはないと思います」

「軽い冗談なんだから流してよ…」


 苦笑いを浮かべる内海さんの隣には、ウェーブのかかった髪を押さえながら座る水着姿の一ノ瀬さんの姿があった。


「内海さんもイベント出るって言ってましたもんね…」

「そうだよ、僕の場合はイベントはおまけで玲愛ちゃんに会うためだけどねー」


 確かこの人今日の一番最後に会談予定だったはず…。そう思うとなんだか心がざわついた。


「やっほー玲愛ちゃん」


 内海さんは気軽に手を振るが、機嫌の悪い玲愛さんは完全に無視を決め込んでいた。


「あれ、もしかして機嫌悪い?」

「少々体調が悪いので、調子とともに機嫌も崩されています」

「あっ、そうなの?三石君大変だね。僕は機嫌の悪い玲愛ちゃんとは五分と同じ空間にいられる自信がないよ」

「伊達さん大丈夫?」


 一ノ瀬さんも心配して声をかけるが、玲愛さんはコクコクと頷くだけだった。


「こりゃ本物だね、不機嫌レベル三だよ」


 内海さんは真剣な顔で指を三つ立てる。


「そんなのあるんですか?」

「あるよ、大学時代何度僕が酷い目にあったか。まぁでも玲愛ちゃんが機嫌悪いのは、自分の組み立てた予定がうまくいってない時か女性の日ぐらいだけどね」


 ボゴンと激しい音を立てて内海さんは一ノ瀬さんにぶん殴られて、砂の中ににめり込んだ。

 意外と深いところまで砂入ってるんだなぁと腰くらいまでめり込んだ内海さんを見て思う。


「内海君最低…」


 蛆虫を見るような目で一ノ瀬さんは内海さんを見下す。


「ごめんよ涼子ちゃん、深い意味はないんだよ!おじさんジョークというか、軽い下ネタ、シーモネーターさ!」

「何ターミネーターみたいに言ってるの…キモイんだけど…ターミネーターに謝ってよ、早く!」


 めり込んだ内海さんに容赦なくローキック浴びせる一ノ瀬さん超こえぇ…。


「すみません、すみません、ターミネーターさんすいません!」

「シュワちゃんにも謝って!」

「えっ何で!?」

「いいから早く!」


 その間もボコンボコンと蹴られ続ける内海さん。


「すいません、シュワちゃんすいません」

「何で名前略してるの!?友達なの!?」

「すいませんアーノルフ・シュワルチュネッキーさん、すいませんでした!」


 なんという理不尽さなのか。しかしながらボコボコに蹴られてるのに内海さんは何故だか恍惚とした表情だった。


「あの…いきなりプレイに入るのやめてもらっていいですか。俺まだ未成年なんで…」

「違うから!三石君誤解だから!」


 見境なくプレイを見せつけるとかほんとやめてほしい。俺も玲愛さんとなんでもいいからプレイがしたい。



 バカな事をやっているとAコートでもホイッスルが鳴り響き、最初の対戦者達が試合を開始した。

 よっこらせと、ボコッと音をたてて砂の中から這い出てくる内海さん。


「本当に涼子ちゃんのせいで酷い目にあったよ」


 完全に自業自得だと思う。

 それにしても一ノ瀬さんのキャラがよくわからない、この前会ったときはキリっとした巴さんと天然系お嬢様の一ノ瀬さんだと思っていたのだが…。


「内海さんと一ノ瀬さんはカップルなんですか?」

「やめてよ三石君、私じんましん持ちなんだから」


 そんなわけないじゃないと、おばちゃん臭い仕草で手をパタつかせる一ノ瀬さん。

 どういうことだろうか、なんだか内海さんが凄く可哀想な人に見えてきた。


「カップルじゃないと今回のイベントダメって聞いてたからね。でも同性の出場者も多いみたいでおじさんハメられた気分だよ」

「同性での参加者が多くて仕方なくOKにしたらしいですからね」

「そうなんだ、でも同性同士の結婚式の方が盛り上がりそうな気はするけどね」


 確かに美男美女の挙式をテレビ放送されてもお茶の間はメシマズ状態だろう。


「内海さんは優勝狙ってるんですか?」

「うん、僕は途中でペア変更して玲愛ちゃんと優勝するよ」

「えっ?」


 あんまりにもあっさりと言ってのけるので驚いてしまった。


「だからさ、三石君、今日のビーチバレーが終わったらペアかわってくれないかな?」

「いや、それは…、まずいんじゃないでしょうか。俺と玲愛さんは今手錠で繋がってるわけですし…それに内海さんには一ノ瀬さんがいらっしゃるじゃないですか」

「涼子ちゃんは最初からペア変更するからって言ってあるから大丈夫だよ。むしろ涼子ちゃんと優勝したら僕が殺されるよ。だからむしろ優勝する前にペア変更しなきゃいけないんだ」

「そう…なんですか」


 確かにさっきのやりとりを見ていたら、新郎は華やかな舞台で血祭りにされてそうだ。


「やっぱでも、何にするにもその手錠がネックなんだよねー。ほんとそれいつ外れるかわかんないかな?」


 俺はそっと手錠についた赤いランプを隠す。恐らく明日には電池が切れるとわかっているので、もしそのことを話したら内海さんは丁度良いとペア変更を押してくるだろう。


「明日外れる予定だ」


 玲愛さんがぼそりと呟く。


「えっ?」

「だから明日外れる予定だって言ってるんだよ。もう電池が切れかかってるらしいから」


 玲愛さんに言われて俺は頭を抱えたい気分だった。

 逆に内海さんは意外そうに目を丸くしていた。


「あっ…そ、そうなんだ。いやー、玲愛ちゃんからそんなこと言ってくるとは思わなかったよ」


 それ以上は会話するつもりがないのか、玲愛さんはツーンと視線を逸らしてしまう。


「じゃ、じゃあ三石君、僕とかわってくれないかな。玲愛ちゃんのかわりとしては不足かもしれないけど、このワカメゴリラ置いていくからさ」


 そう言った瞬間内海さんの顔が一八○度曲がって、俺は恐怖した。


「ねぇ内海君…ワカメゴリラってなんなの?千歩譲ってワカメはいいかもしれないけど、ゴリラはどこからきたの?」


 あかん、一ノ瀬さんが人殺しの目をしとるでぇ。


「違うんだよ!意外とゴリラって可愛いんだよ!つぶらな瞳をしてウホウホ、なんてね、ブッ」


 やばい、内海さんが自分で言って自分でウケた。


「アーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 ドームに響き渡る内海さんの絶叫。

 試合をしているわけもない、周りの方がやたらとうるさかった。


 一ノ瀬さんにギタギタにされて、最早救急車より霊柩車の方が必要なレベルの内海さんを放っておいて、俺たちは試合の順番が回ってきたので、コートの中に入った。

 対戦者は女性同士のペアで、俺と玲愛さんが手錠で繋がってることに困惑しているようだった。

 審判を務める水咲のスタッフには説明済みなので、審判はそのままスタートするように促す。

 相手女性チームが軽いサーブを放つと、玲愛さんはダイレクトにボールを叩き返して、こちらの得点となった。

 その様子を見て、相手チームは一瞬固まっていた。

 サービス権がこちらに移り、玲愛さんはボールをポンと上に放り投げると、バンと激しい音と共に気づいた時には相手側のコートにボールが叩き込まれていた。

 す、すげぇ…。流石玲愛さん、チート級のスピードだ。

 あんなの並みの参加者が打ち返せるわけがない。

 結局以降相手側にサーブ権を一度も渡さないまま勝利した。

 いや、マジで俺いらない子。


 一試合目を終えて、全く疲れた様子のない玲愛さんを、横目でちらりと伺うが、全くの無表情だった。

 その後内海さんの試合が始まり、思ったよりも一ノ瀬さんの運動神経が良くて、あっさりと相手チームをくだしていた。


 俺たちの次の試合も全く同じ展開で、最初からサーブ権を持った玲愛さんの変幻自在なサーブでゲームになってないレベルの蹂躙ぷりで勝利した。


 二試合終わって、勝利チームが全体の約四分の一となり、周りを見渡すと既に負けチームの方が多くなっていた。

 隣のコートで甲高い笑い声が聞こえてきて、聞き覚えがあるなと思い視線を向けると、ツインドリルと、もじゃもじゃ執事がダブルジャンピングサーブなんて、漫画みたいなサーブを決めていた。

 あれ反則にならないんだ…と思いつつも、主催者のくせに全く手加減する気のない動きに盛り上げ要因ではなく、完全に優勝を目指してると確信した。

 他のコートでも、雷火ちゃんが顔面レシーブを決めて、火恋先輩がよくも私の妹をと叫びながら凄まじいスパイクを放っていた。

 流石は伊達、水咲どの分野だろうが強い。


 隣のコートを眺めていると、三試合目の順番になり、審判に呼び出された。

 対戦相手は、そろそろ当たるかなと思っていた内海さん一ノ瀬さんペアだった。


 対戦者である、俺たち四人はネットの前に立ち、お互い頭を下げる。


「お手柔らかに頼むよ、三石君」


 内海さんは全く嬉しくないウインクをバチコーンと決めると、審判がコイントスでサーブ権を決定する。


「内海チーム、サーブ」


 あっ、しょっぱなから嫌な感じ。


「ラッキー」


 内海さんがラインギリギリでボールをポーンと高く放り投げ、力強いサーブを繰り出す。

 そのサーブは当然俺狙いでして。

 素早くレシーブしようと構えるが、ボールは俺の腕の端に当たり、はるか後方へと吹っ飛んでいった。


「内海チーム1ポイント」


 冷静に審判がポイントをコールする。

 本日初めての失点だ。そりゃもう二回も試合やってるんだから、玲愛さんは狙わないだろう。この人のカウンターは凄まじいからな。

 かと言って俺の方にボールがくることを歓迎しているわけではない。

 ちなみに俺の運動神経は並以下だ。サッカーとかボールをもったら変な方向にパスしてしまうレベル。

 内海さんはさっきと同じようにボールを高くあげて、俺狙いでサーブを放つ。

 しかしながら玲愛さんは読んでいたのか、俺の前に立ちダイレクトでレシーブする。

 やはり男性のサーブは強烈なので、レシーブされたボールは勢いが死んだまま相手側コートへチャンスボールとして流れる。

 当然そんな甘い球を見過ごしてくれるわけもなく、一ノ瀬さんがピョンと大きくはねると、その大きな二つの果実をプルンと揺らして、俺の目を釘付けにした直後、凄まじいスパイクが決まった。

 俺も玲愛さんも動けずに、ただ苦い表情を作る。


「内海チーム1ポイント2-0」


 ダメだ、俺がレシーブして玲愛さんがスパイクを決めて一点とらない限りさっきの試合みたいに延々相手側のサーブで負ける。

 でも相手が俺狙いってわかってるなら対応のしようがあるはずだ。じっくりボールを見て…。

 再び内海さんがポーンとボールを高く放り投げる。

 勢いだけなんだ、玲愛さんみたいに回転をかけてるわけでもないし、超理不尽な剛速球ってわけでもないんだ、だから、とれるはず、やれるはずだ。

 俺と玲愛さんはコートの後ろの方に必死に身構えたが、内海さんの放ったサーブは速球でもなんでもなく、ゆるーい山なりのサーブだった。


「まずい!」


 俺と玲愛さんは二人で駆けてネットの方に滑り込むが、ボールは虚しくネット際に転がった。


「内海チーム1ポイント3-0」


 ダメだ、完全に流れを持って行かれてる。そりゃ身構えて下がったら、今度はネット際に落とすに決まってる。そんなことにも気づかないなんて…。

 隣にいる玲愛さんも苛立った表情を浮かべている、その原因のほとんどが俺と思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 こちらが何かを考える余裕もなく内海さんは次弾を放つ。

 今度のサーブは俺の少し後方、俺が下がろうとすると、既に下がっていた玲愛さんにぶつかり二人で尻餅をついた。

 そしてボールは当然ながらコート内に転がっていた。


「内海チームポイント4-0」


 最悪だ、完全にグダグダになってる。しかも内海さんは、手錠である点を利用して、俺がとれるかとれないところをついてきた。

 当然俺はレシーブしなきゃいけないと思って取りに行くし、玲愛さんは玲愛さんで取りに来るから結果はぶつかりあう。

 まずい、まずい。完全なる足かせになってるぞ俺。

 俺の考えはこの時点から既に、ボールをとらなきゃいけないという気持ちより、玲愛さんに怒られるという緊張感でいっぱいになっていた。


 やばい、やばい、やばい。


 ビクビクして、コートの中間点で腰を低くして身構えると、今度のサーブは俺を狙ったものではなくて、俺とは反対の玲愛さん側後方に向かって、素早いサーブが飛ぶ。

 あれなら玲愛さんが余裕でとれる範囲だろう。

 そう思った俺がバカだった。

 玲愛さんは後方に下がったが、俺が何をとち狂ったか、下がらなかったので玲愛さんは手錠に腕を引っ張られてギリギリでボールに手が届かなかった。

 俺は手で顔を覆いたい気分だった。

 俺のボケ、手錠で繋がってるんだから、俺が移動しないと玲愛さんに制限がかかるじゃないか。

 最悪だ、今のは完全に俺のミスだ。

 勝手に玲愛さんならとってくれるだろうなんて思ったから動かなかった。

 内海さんの心理戦なのか、それとも俺がバカなのか、恐らく後者だなと思う。


「内海チーム1ポイント5-0」


 集中しろ、集中。そう思えば思うほど体は硬くなり、上手い具合に俺と手錠を狙った内海さんのサーブはガンガン決まっていった。


「内海チーム1ポイント20-0マッチポイント」


 もう絶望的な状況だった。

 明らかに全部俺が悪かった。観客も俺がミスをする度にあー、何やってんのと呆れた声が上がる。

 これでも頑張ってるんですよ、でも頑張れば頑張るほど足元をとられ、空回りしている。

 ほとんどサーブで決まっているので、俺も玲愛さんも体力的には消耗していなかったが、俺の心臓はバクンバクンバクンと物凄い勢いで鼓動しており、冷や汗が全身を伝っていた。


「お前大丈夫か?」


 玲愛さんがあまりにも調子の悪い俺に声をかけてくれる。


「だ、大丈夫です」


 声が上ずって、全然大丈夫そうに聞こえない。


「あまり気負うな、別に負けたから何があるというわけでもない」


 それはそうなんですが、俺は今貴女の顔面に泥を塗りたくってる気分なんですよ。

 このまま一ポイントも取れずに敗退とか、誰にも合わせる顔がない。

 内海さんの二一回目のサーブは山なりのボールで、今度ばかりはとれる!そう確信した。


「あいつ、大人気ないことしやがって!」


 俺はボールをしっかり真でとらえるように集中して構えたが、突如玲愛さんが叫びながら前に出てきて驚いてしまった。


「はっえっ?」


 なんで???と疑問符だらけだったが、その答えはすぐにわかった。

 勢いのついたボールは突如フォークボールのように軌道を下げて、俺の予測地点よりはるか前方に落ちようとしていた。

 慌てて走った俺の足に当たり、ボールは真横に逸れてイチャイチャしていたカップルのイケメンの顔面に突き刺さった。


「何で…いきなり」


 放心状態の俺に玲愛さんは一つため息をつくと、説明してくれた。


「無回転ボールだ。ボールを全く回転させずにサーブすると、ボールの後ろに空気の渦が出来て軌道がかわる。誰にもでも出来るわけじゃないが練習すれば出来るようになるものだ」


 そんな隠し球を持ってたなんて…。


「内海チーム1ポイント21-0ゲームセット。内海、一ノ瀬ペアの勝利」


 審判の声が高らかに響き、勝者を告げる。


「あれはお前が悪いわけじゃない、そんな簡単に反応できるものでもないしな。あまり気を落とすな」


 慰めの言葉をかけてもらうが、かえって惨めになるだけだった。

 これじゃあ本当に玲愛さん一人の方が強いじゃないか…。

 そして負けたのが内海さんっていうのも響いた。全く知らない人ならまだしも気を張ってこれだ。救いようがない。


 俺と玲愛さんペアのビーチバレーは三回戦敗退となり、後に敗者復活戦も行われたが、心を乱した俺は相手チームに集中狙いにされ、結局一試合も勝つことができず、あっさりと敗退し、一ポイントも得ることができないまま終了した。

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