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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
43/107

体育

 その後の授業も様子は大きく変わらなかった。

 転校したてで戸惑う雹に学校案内でもしようかと思ったが、思った以上に雹の人気は高くあっという間にクラスメイトに雹の席は取り囲まれ質問攻めにあっていた。

 隣にある俺の席もすぐに侵食され、俺は玲愛さんの隣に立っていた。

 よく見れば雹を見に来る体をしながら玲愛さんを見に来ている奴らも何人か見られた。


「大事な妹をクラスメイトに取られて悔しいか、お兄ちゃん?」


 皮肉たっぷりなフレイザードの氷の方に、俺は苦笑いで返すしかなかった。


「雹は子供の頃から人気がありましたからね。俺の関西での友達は雹だけでしたが、雹にとって俺は多数の中の一人でしたから」

「私はその他一人をお兄ちゃんと呼ぶわけがないと思うがな。お前も惹かれていたんじゃないのか?」

「幼稚園児ですからね、好きとか考えませんでしたよ」

「大きくなって再会した感想は?」

「何かあれば泣いていた女の子が、よくここまで立派に育ったなって親御心ですよ」


 質問攻めされる雹は、戸惑いながらも笑顔をつくり答えを返していた。

 その質問の中で相野の声が飛んだのを聞き逃さなかった。


「悠介のことをお兄ちゃんって呼んだのはなんでなの?」

「小さい頃家が近所で、私がお兄ちゃんが欲しかったから呼ばせてもらってたよ。でも後から私の方が年上だって気づいたけど、その頃には呼び方が定着してたから、直さなくてもいいかな…って、それでそのままに」


 雹は目をパチパチしながら、言葉を選ぶように答えていく。


「その、…とあるアニメキャラに容姿がそっくりなんだけど、何か意識してるの?」


 その質問に対して、雹は恥ずかしそうにゴニョゴニョと言葉を詰まらせながら


「…お兄ちゃんが好きそうな、アニキャラに似せました…」


 後半は聞き取れないくらい小さな声で、何故か敬語で呟いた。

 自分で似せておきながらも、デスティニーちゃんの知名度は思った以上に高かったようで恥ずかしそうにしている。

 今や深夜アニメは男女問わず視聴している人は多い。

 しかしながら、そのアニメキャラクターをそのまま再現してしまうところが雹の恐ろしいところだろう。


「俺のこともお兄ちゃんって呼んでもらってもいい?」

「それは無理かな…」


 相野の頼みはやんわりと断られていた。

 デスティニーちゃんいいよね、可愛い。

 俺のでれっとしたニヤけ顔が気に入らなかったのか、俺の手の甲を強くつねる玲愛さん。


「痛っ!」

「なんだ私もあの格好すればいいのか?」


 何故か対抗するように玲愛さんは自身の髪をヘアバンドで二つにくくってツインテールにする。


「どうだ?」


 いつものロングではなく、ツインテールにすると大人びた雰囲気から快活な雰囲気にかわるなと思いながら、俺は思った事を口に出す。


「凄く…無理してます…」


 すかさずみぞおちに入ったボディーブローに俺の体はくの字に折れ曲がる。


「いいだろ別に!」


 ふんっと恥ずかしそうに怒りながら髪を元に戻してしまう。


「いや、可愛いですよ。でも可愛いって言っていいかわかんなくて、美しいとはまた違う感じだったので」

「最初からそう言え!」


 何故か足蹴りをくらう、言いたいことも言えない理不尽さを嘆く、あぁPOISON


「今度伊達と水咲含めてサザンカちゃんのコスプレでもしたいですね」

「私にあんなフリフリ魔法少女なんかできん」

「玲愛さん、サザンカちゃん知ってるんですか」


 俺が聞くと、しまったと苦い顔をする。


「…火恋の部屋でパソコンをいじくってたら、中に入ってたディスクが再生されたんだよ」


 火恋先輩に渡したブルーレイ見てくれたんだ。


「大丈夫です、話が進むと敵対勢力で烈風の魔剣士という女剣士がでますので、本来そのキャラは火恋先輩にやっていただきたかったのですが、火恋先輩はサザンカちゃんの方がお気に入りのようなので、玲愛さんにやっていただければと」


 俺が目を輝かせていると、玲愛さんはやれやれと肩をすくめる。


「お前のその積極性が、もう少し妹を口説く方に向けられれば私は嬉しいのだが」

「うぐ、すいません」


 そうこうしているとチャイムが鳴り響き、皆席に戻っていくが五分過ぎても先生が教室に来る様子はなかった。


「お、お兄ちゃん、先生遅いね」


 雹は勝手がわからず自席で視線をキョロキョロと彷徨わせている。


「次は現国だから、普通あの先生チャイムが鳴る前に入って来るんだけどな」


 おかしいなと思いつつ待っていると、何故か現れたのは体育教師だった。


「授業変更だから、すぐに着替えて校庭にでなさい」


 どうやら、何かの都合で昼からの体育が繰り上げされることになったようだった。

 全員が今からかよ~とぼやき、男子は教室に残り、女子は女子用の更衣室に体操着を持って出て行った。

 ウチの学校は女子には更衣室が存在するが、男子は教室で着替えろと男子更衣室は存在しなかった。

 まぁ俺は手錠で繋がってるんで体育は見学なんですけどね、とタカをくくっていると、俺の隣にいた女性が唐突にスーツを脱ぎだして目ん玉飛び出しそうになった。

 それは周りにいた男子も同じで全員が口をポカンと開けて玲愛さんの着替えを眺めていた。

 着替えと言いましても、玲愛さん下に体操用のシャツを着てらしたので、ジャケットとカッターを脱いだだけなんですが。

 しかしながらスカートの下にジャージを履く仕草はドキっとした。


「何やってるんだ?お前も早く着替えろ」

「は、はい。玲愛さん大胆ですね…」

「この程度で授業を休ませるわけにはいかないし、私も久々に体育がやってみたい」

「あぁ大学って体育ないですもんね」


 俺もそそくさと着替えようとしたが、もう一つの爆弾を発見した。

 何で周りの男どもが着替えないんだろうなぁと思っていたが、それもそのはず、雹が何故か教室に残っていた。

 玲愛さんと雹が残った教室で着替えるのは確かに躊躇するだろう。


「ひょ、雹?女子は更衣室で着替えるんだぞ?もしかして転校したてで体操服が間に合ってないのか?」


 そう聞いてみるが、よく見ると雹の手にはウチの体操服が握られている。

 だが雹は気まずそうな、なんなら少し泣きそうな表情を作ってこちらを見ている。


「どうした?具合悪いのか?」

「ごめんね、ここで着替えてもいい?」


 ダメです、ダメに決まっています。


「だ、ダメかな」

「うぅぅ…」


 そんな上目遣いで聞いてきてもダメです。


「女子更衣室があるからな、そっちで…」


 と言っているのだが、雹はカッターを脱ぎ始めた。

 何で!?

 しかし、それを見て玲愛さんは薄く笑っている。

 尚も脱ごうとする雹に大慌てになる。雹が体操服を握ってるってことは下に着てないってことだ、そうなると一旦下着姿に…。

 俺は周りを見渡すと、野獣のような瞳で(誇張)雹の姿を食い入るように見つめる男子生徒達。

 まずい、二人きりならばっちこいだが、ここではよくない。

 俺は教室の隅にある、長いカーテンで雹の着替えが見えないようにガードする。

 なんだか熱湯生着替えを思い出させる。カーテン越しに着替える雹はもぞもぞと動き、シュルシュル、ストンと衣擦れの音を鳴らし、スカートが落ちてくるのが見えて心臓によくない。


「なんで?雹こんな聞き分けのない子じゃなかったのに?」


 俺が頭に?マークをいっぱい浮かべながらハラハラしていると、目の前のスポーツジャージ姿の女性がニヤニヤと笑っている。


「なんでそんなに楽しそうなんですか?」

「いや、雹のことちょっと好きになれそうだなって」

「どういう意味です?」

「私の着替えに妬いてるんだよ、雹は」


 自信たっぷりに言う玲愛さんに、俺は何をバカなと言いたかったが、後ろで着替えてる雹が「ふにゃぁぁぁ」とか言いながら取り乱してカーテン越しに俺の背中をポコポコと叩いてくるので、苦い表情のまま固まった。


「雹、ほんとに妬いてるの?」

「妬いてへんから!お兄ちゃんのバカ。手錠とか卑怯だよ…せっかく…」


 ゴニョゴニョと再びよくわからない呟きをカーテンの中でする雹、いいから早く着替えるんだ。男連中の視線がそろそろ人を殺せるレベルになってる。



  ドキドキ生着替え終了後、俺は既にマラソンで軽く五キロくらいした程度に疲れていた。


「で、雹ジャージは?」


 俺は着替えが終わったのにブルマ姿の雹の生足に視線を逸らしながら質問する。


「あ、あの、お兄ちゃん、ブルマの方が萌えない?」

「バカな事を言うんじゃありません、ちゃんとジャージを履きなさい」


 雹の体操服は上の丈が長く、お尻近くまで覆い隠してしまい、一見すると何も履いてないように見える。


「ごめんね、でもジャージはまだ家に届いてなくて…」


 俺は酸っぱい表情を作りながら自分の履いてるジャージの上下を脱いで雹に手渡した。


「はい、お兄ちゃんの履いてなさい。でかいかもしれないけど、紐を締めればなんとかなるだろ」

「で、でも…」

「男子と女子でジャージの色かわらないし、あんまり目立たないだろ」

「それだとお兄ちゃんが…」

「ええい、うるせー」


 俺は雹の頭をわしゃわしゃとしてやる。


「ふわぁぁ、や、やめてよ、お兄ちゃん」

「人に気使ってる暇があるなら、さっさと女子のところに戻れ」


 わかったよぉと、拗ねながら、雹は俺のジャージを着て女子集団に戻った。


「お前ひょっとしていつもあんな感じで雹の面倒見てたのか?」


 玲愛さんは意外そうに俺の顔を見ていた。


「あいつ人に迷惑かけたりするの嫌いなんですよ、絵の具セットを忘れて誰かに借りればいいのに、困り顔で俯いてるだけだったりしたので。さっきみたいなのをずっと繰り返してましたよ」

「あのジャージがそのまま絵の具にかわっただけだな」

「そうですね」

「お前は弟気質だと思っていたが、案外そうでもないのか?」

「自分ではわかんないですけどね」



 校庭に出ると何故か三年生男子が既にサッカーをしており、二年の俺たちはすみっこで先生が来るのを待っていた。

 体育教師は大量のサッカーボールが入ったカゴを持って、すぐにやってきた。


「今日は現国の丸谷先生が家庭の事情で授業を空けることになった、昼には帰ってこられるらしいから。三年と合同で体育を行う」


 体育教師がサッカーボールを持っているのと、三年がサッカーをしていることからサッカーするんだろうなと察しはついた。

 それは女子も同じようで、三年女子ともう一人の女性体育教師が二年と合同で授業を行っていた、どうやら向こうは一○○m走のタイムをとるようだ。

 その中には雹の姿と火恋先輩の姿が見られて、これはもしかして面白いことになるんじゃないかとそんな予感がした。


 結局俺たちは三年と合同でサッカーをすることになり、いつもなら流しているのだが、俺の隣の女性がやたらと張り切ったので、コートを全力で走り回ることになった。

 三年生もなんで女の人いるの?と疑問符を浮かべていたが、試合が玲愛さん一人にひっくり返されそうになってめちゃくちゃ焦っていた。

 俺は全力で玲愛さんの後をついていくだけで、まさしく犬に振り回される飼い主をやっていた。


「悠、早く早く!」

「なんでそんなイキイキしてるんですか?」


 試合開始二○分で俺の息は完全に上がっていた。


「高校のときから男子の体育やりたかったんだよ、ダンスとかソフトボールなんかより断然サッカーや野球の方が私の好みだ」

「流石バイタリティ溢れる方は違う」

「私より若い奴が何枯れた事言ってるんだ?」

「若いって、自虐ですか?」


 玲愛さんは鋭いタックルで俺をこかす。


「ファール!ファール!」


 俺はプロサッカー選手のようにおおげさに転がるが玲愛さんは、こかした相手選手のように呆れ顔で何言ってるかわからないと肩をすくめるジェスチャーをする。

 俺たちが遊んでると、物凄い勢いで俺の胸にサッカーボールが突き刺さった。


「おごぉぉぉ」


 俺がゲホゲホと胸を両手で抑えると、相野がチッもう少し上だったか…と、別の意味のキラーパスを放っていたことがわかった。

 その様子を見てケラケラと笑う玲愛さん。


「おごぉって悠、牛の出産じゃないんだから」


 その例えはよくわからないんでスルーしますけど。

 相野は自分のボールが会話のナイスパスをだしてしまったことにクソがぁぁと悔やんでいた。自爆なうというやつだな。


「さて、もう二、三得点上げるか」


 玲愛さんは肩を回しながら、更にハットトリックを決めると言い出して、俺は走り回る覚悟をした。



 授業ももう終わりかけで、皆ダラダラと流しながらサッカーをしていて、玲愛さんも予告通りハットトリックプラス二点で満足したのか、タオルで汗を拭っていた。


「やっぱり大学より全然楽しいな」

「当事者はあんまりわからないものですけどね」

「青春は一度だから、悔いのないように過ごせ。それを過ぎれば後は脂ぎったおっさんのケツを蹴り飛ばす仕事ばかりだからな」


 それは玲愛さんだけだと思います。

 二人でサッカーゴールの横に座っていると、体育教師が笛を吹いて、まだ時間があるのにサッカーボールを片付けさせた。

 なぜだろう?と思っているとどうやら女子が、二年と三年でリレー対決をするようだった。

 体育教師は授業が終わるまで柔軟しとけと言っていたが、これは女子のリレーを見とけってことだろう。

 俺は玲愛さんと一緒にストレッチをしながら女子の様子を眺めていた。


 体育の授業は二クラス合同な為、二年女子の数は約三○人、三年生がプラスされて全員で約六○人がグラウンドの半周に半分ずつ配置される。

 一人半周ずつ走りバトンで交代していくのだろう。

 四つのレーンに一人ずつ入り、二年生が二人、三年生が二人待機していた。

 体育祭などでよくある、リレーのスタイルだった。

 よく見ると雹と火恋先輩が同じ場所でお喋りしていた。

 火恋先輩も雹とは面識があるのだろう。

 雹がこちらに気づいて小さく手を振っているので、俺もそれに応えるように手を振ると、近くにいた火恋先輩も一緒に手を振ってくれた。

 にこやかに手を振っていると二年の男子生徒が俺を円上に取り囲み全員で俺に向かって手を振る。

 さながら、お前とはもう友達じゃねーとでも言いたげな瞳をしていた。

 火恋先輩は気合を入れ直すようにヘアバンドを結び直し、ポニーテールを揺らすと、何故か着ていたジャージを脱ぎだしてブルマ姿になった。


「なんで!?」


 それを見て玲愛さんがニヤリと笑う。


「悠、愛されてるなぁ。火恋が是が非でも負けられないって顔してるぞ」

「な、なんでなんですかね?」


 臨時の体育なんて大体お遊びに決まっているのに。


「お前の前でいいカッコしたいんだよ、可愛いだろ私の妹は?」

「可愛いですね、あとでちゅーしてほしいですね」

「何で受身なんだよ、お前がしろよ!」


 ペチンと頭をはたかれる。



 リレーが始まり、第一走者の女子が次々と目の前を走り抜けていく。

 発育の良い女子の走る姿は目の保養だなとオヤジ臭いことを思っていると、二番手のランナーに雹が走り抜けていった。

 火恋先輩との直接対決はならなかったかと思い、雹の様子を眺めていたが、雹は四人中三番手を常にキープするくらいの速さで、抜くことも抜かれることもなく、無難な走りを見せていた。


「意外と水咲の一番上は普通だな。見た目は完全にインドアな割には十分早いほうだろう」


 俺はその走りを見て、表情が曇った。


「どうかしたのか悠?」

「あいつ隠してますね、雹はインドアですけど運動神経は抜群にいいですよ」

「それは昔の話だからじゃないか?」


 確かに俺の記憶は一○年程前の話になるので現在もそうだとは言えないが、走り終わった後の雹の表情が”抜かなくて良かった”と別の意味で安心してるように見えた。

 どうなんだろうなと思いながら次々と流れていく女子を眺めていた。

 周りにいる男子たちは、佐々木乳デケーなんて、年頃のリビドーのままに語っていた。



 リレーも進み、恐らくアンカーなのであろう、火恋先輩がレーンの中に入って手足をブラブラさせていた。そしてその隣に何故かまた雹が入っていた。


「あれ、雹さっき走ったのに?」

「多分二年の方が人数が少ないからだろう」


 見れば今走ってるのは一番最初に走っていた女子だった。

 アンカー押し付けられるとは、流石雹、早速押しに弱い。

 火恋先輩はやる気満々だが、雹は困った表情のまま固まっていた。

 恐らくその困り顔の正体は今の順位にあるのではないかと思った。

 雹のチームの順位は現在四チーム中最下位、火恋先輩のチームは三位。

 雹が当たり障りのない順位を狙うなら三位がベストだが、それには知り合いである火恋先輩を抜かす必要がある。

 火恋先輩が他を抜いてから、三位を狙いにいくという手もあるが、どのタイミングで順位が入れ替わるかわからないので、確実に狙えるわけじゃない、かと言って最下位は自チームに悪い気がするし…。

 なんてことを考えてそうな顔だった。


「お前は的確に人の心情を表情から察するな」

「あれ、声に出てました?」

「ああ。悠もし本当にアイツが手を抜いているなら、お前なら本気にさせられるんじゃないか?」


 玲愛さんは面白そうだからやってみろと促してくる。


「いやぁ、でも俺の推測ですからね。さっきのが雹の全力だったかもしれないですし」

「お前はそうは思ってないんだろ?」


 この人はサクッと思っていることをピンポイントで突き刺してくる。


「…………」

「私は本気の雹が見たい」

「いいんですか~、本気になった雹は凄いですよ?」


 俺は全く根拠のない強気な笑みを浮かべる。


「お前の幼馴染程度打ち砕けなくて、伊達は名乗れんぞ」


 二人でニヤっと笑う。

 俺は立ち上がり、レーンに入っている雹に大声で声をかける。


「雹ー!隠すなー!全力でいけー!」


 俺の怒鳴り声に近い声を聞いて、周りの男子女子を含め、何だコイツとバカにした視線が突き刺さる。


「全力の人には全力で応えろ!」


 俺の叫びにまだどうしていいかわからず、迫ってくるランナーと俺を交互に不安げに見つめる雹。

 これでもダメか。なら…


「俺は全力のお前が見たいんだぁぁぁぁぁぁ!!」


 応援団もかくやという叫びに、瞳を不安げに揺らしていた少女は俺のジャージを脱ぎだした。

 なんでやねん。


「お前が隠すなとか言うから、脱いだんじゃないか?」


 玲愛さんの冷静な分析。


「雹はそこまでアホの子じゃありませんよ!」


 いーっと玲愛さんに反抗するが、玲愛さんの口元がまた笑っているのが見えた。

 俺も雹の方を見ると、雹はさっきとは違う意志の強い瞳をしていた。


「これは面白くなりそうだ」


 玲愛さんが不敵な笑みをこめて、嫌なことを叫びだした。


「火恋!雹が着てたのは悠のジャージだぞ!」

「何大声で変な事をカミングアウトしてるんですか!」


 大体そんなことで火恋先輩が。

 レーンで火恋先輩と雹が火花を散らしてにらみ合っていた。

 なんでやねん。

 二人の少女は絶対に負けられないと、闘士をぶつけあった後、一位と二位のチームが駆け抜け、続いて火恋先輩がバトンを受け取り、それから約三秒程遅れて雹がスタートしてアンカー戦が始まった。

 火恋先輩は力強く大地を踏みしめ加速装置でも仕込んでるじゃないかと思いたくなるようなスピードで、最初のコーナーを回る前に次々と他の選手を抜き去り、トップに躍り出る。


「火恋先輩はえぇぇぇ」


 雹とはたった三秒の差なのに、その間に前を走る二人を抜くなんて。

 その走りに周りの男子女子から驚きの声が上がる。

 あの人マジで万能だからな、ドラ○もんか火恋先輩どっちが欲しいと言われれば俺は間違いなく火恋先輩を選ぶ自信がある。

 がっ、火恋先輩の走りを超える驚きの声が上がる。

 その少女は自慢のツインテールを振りながら、まるで大地を跳ねるように地を蹴り、最下位のアドバンテージもなんのそのと言わんばかりに、目の前にいる他の先輩を一人、クラスメイトを一人と抜き去っていく。

 その一切乱れないフォルムで走り抜ける姿はとても美しかった。


「雹のやつ、やっぱり隠してたな」


 俺は昔とかわらないままの雹を見て嬉しくなる。


「何で三位なんて順位に甘んじてたんだあいつは?」

「雹は目立つの大嫌いですからね、転校初日で目立ちまくったんで、体育の時くらいは大人しくしとこうと思ったんじゃないですか?」


 話しているうちに既に半周が終わりそうだった。だがゴールテープはもう半周先に用意されていて、どうやらラストだけは一周回るらしい。

 ザッザッと力強い足音と共に火恋先輩が俺の目の前を一瞬ウインクをして走り抜けていった。

 その一秒後に雹がはっはっと息を鳴らしながら、俺の前にスリーピースを残して走り去っていった。

 意外と火恋先輩も雹も余裕あるな。

 他の二人も決して遅いわけではないが、あの二人が異常なまでに早い。

 火恋先輩はクラブ活動などでよく運動をしているが、雹はインドアでよくあれほどのスピードがでるなと感心する。

 周りの熱もどんどん高まってゆき、皆大声で応援していた。

 玲愛さんも凄まじいデッドヒートに腰を上げ、声を張り上げる。


「火恋、負けるな!そのまま行けぇ!」

「雹!もうちょっとだ!頑張れ!」


 コース上の戦いは既に二人だけの勝負になっており、最終コーナーを大きく曲がろうとしていた時、雹が火恋先輩に並んだ。

 周りの歓声も一際大きくなる。


「うぉぉぉぉ!デスティニーちゃん超すげぇぇぇぇぇ!」

「火恋さん頑張ってぇぇ!」

「二人共もうちょっとだ!!」


 体育祭ばりに場は盛り上がり、むしろ走者より周りの方が盛り上がっていた。

 ツインテールとポニーテールの少女は、お互いにただ前しか見ておらず、まるで二頭の競争馬がゴールを目指して突き進むような力強さが感じられた。


「火恋!負けたら水咲に悠がとられると思え!」


 その掛け声が功を奏したのかはわからないが、火恋先輩がわずかに加速する。


「雹!負けるなぁ!」


 全力で駆け抜ける二人はそのままの順位でゴールテープを切った。

 はぁはぁと二人は肩で息をしながら、グラウンドにぺたんとへたりこんだ。

 順位は火恋先輩が一位で、雹が二位だった。

 さすがは火恋先輩といったところだろう。雹もよく頑張ったが、恐らく最後の最後で体力に差が出たようだった。


「実にいい戦いだったな」


 見ていた玲愛さんも満足気だったし俺も同意する。


「流石、伊達のホープですもんね」

「雹も良かった。もっと磨けばきっと凄い選手になるだろう」

「そうですね、ただ雹はアスリート向けの性格じゃないですけどね」

「お前がコーチになればいい結果を出せるさ」

「俺運動苦手なんで勘弁してください」


 丁度チャイムが鳴り響き、体育教師が簡単に礼をして解散となった。

 皆がさっきのリレーの興奮の余韻を残したまま校舎に戻っていく中、まだグラウンドにへたりこんでいる雹がいて、怪我でもしたのかなと玲愛さんと一緒に近づいた。

 そばには火恋先輩もついていて、背中をポンポンとなでていた。


「どうしたんですか?」

「ちょっと気を張りすぎたようだ」


 火恋先輩が心配するなと笑顔を向ける。

 俺もへたっている雹の顔を覗き込むと雹は泣き出しそうな顔をしていた。


「どうした?怪我したか?」


 俺が聞くと雹は


「ごめんね、ごめんね、お兄ちゃんがあんなに応援してくれたのに一位とれなくてごめんね」


 そんなことを気にして雹は泣きそうになっていたのだった。

 俺は雹の体をそっと抱くように背中をポンポンと撫でる。


「雹、よく頑張ったね」

「うん……ごめんね…。一位とれなくて」

「気にするな、本気の雹が見れて嬉しかったよ。あっでも故意に手を抜くのは感心しないぞ」

「うん…、それもごめん……」


 ハイスペックなくせに気の弱い少女をなだめる。


「悠介君、一応勝ったのは私だよ」


 なんて可愛らしいことを言って恥ずかしそうにアピールする火恋先輩をきゅっと抱きしめて。


「火恋先輩もよく頑張りました」

「あっ…」

「ちょっと生意気ですか?」

「いや、構わない続けてくれ」


 そうしてじゃれあってると、俺たちは着替える時間がなくなってしまった。

 ちなみに俺のジャージは、応援に偏りがあったと火恋先輩に没収された。

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