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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
41/107

玲愛と学校

学校の朝のHR終了後に俺は相野と机を挟んで顔を付き合わせていた。


「お前さ若さってなんだと思う?」

「なによ突然?」


 唐突に遠い目をした相野から漏れ出たおっさん臭い台詞。


「いいから、若さとは?」

「振り返らないことだろ?」

「愛とは?」

「ためらわないこと?って宇宙刑事とか古すぎるだろうが」


 俺の頭に銀ピカのサイバー戦士が浮かぶ。


「じゃあ友とは?」

「友?友…助け合うこととか?」

「違うね、答えは…裏切らないことだよ、このクソヤローー!!」


 腹の底から響く声は俺の鼓膜をビリビリと震わせる、同時に俺の隣にいる女性もそっと耳を塞いでいた。


「なんなん?お前もう、なんなん?」


 口を金魚の如くパクパクさせ、震える指先でこちらを差す相野。その顔はガラスの○面にでも出てきそうなくらいの真っ白な目をしていた。


「事故で手錠が外れなくなった以上」

「そりゃ先生が言ってたから知ってるわ!」


 この男はそれ以上何が聞きたいと言うのか。

 ただ、周りの視線を集めていることは間違いなかった。

 昨日水着を皆で買いに行ったあと、玲愛さんは制服を改造して、手錠がついていても着られるものにしてくれた。

 明日どうやって学校に行くんですか?と聞くと、私がついていくしかあるまいという力技の答えが返ってきた。

 当初は反対したが、それ以外に方法はないし、どのみち明日は木曜日だから二日耐えれば終わりだろ、で議論は決した。

 そして朝方先生に事情を説明して、玲愛さんの同席を認めてもらった。先生も最初は唖然としていたが、流石にダメとは言わなかったし、この学校が玲愛さんの母校ということもあり話はスムーズに進んだ。

 そして現状、俺の席の隣にもう一つ机と椅子が用意され、足を組んだ玲愛さんが母校を懐かしむように座っているのだった。


「お前まさか昨日休んだのも」

「おっとそこまでだ」


 俺は即座に相野の口を手で塞ぐ。


「世の中わかってても言っちゃいけないことなんて山ほどあるんだぜ」

「悠介、俺はとてつもなく怒ってる、それが何故だかわかるか?」


 相野は真剣な表情で俺の肩を掴む。


「まぁクラスの皆には迷惑かけると思うけど、別段お前だけを怒らせることはしてないと思うんだが」


 何かあるのだろうか?


「すまなかった、俺だけじゃない、見ろ周りの男どもの視線を」


 大げさに腕を広げる相野につられて周りを見ると、聞こえる聞こえる、ヒソヒソと噂の声が、そして嫉妬と憎悪に駆られた男どもの野獣の如きうめき声が。


[くそが、なんであんな奴にあんな美人が、世の中間違ってるだろ…]

[くそぉ三石呪うぞ、何がどうなったらそうなるんだよ。妬ましい]

[三石君って伊達さんとこの姉妹と、結婚するとか?あれお姉さんなの?えっ姉妹丼?]

[畜生俺の悠介君取りやがって、なんだあの女、たかが性別が女だからって勝った気になるなよ(野太い声)]


「お前、あれだから、先生さっきも言ってたけど玲愛さんは、火恋先輩と雷火ちゃんのお姉さんってだけで、何か特別な関係ってわけじゃないからな?」


 相野は首筋を触るジェスチャーをする。恐らくじゃあこの首輪はなんだと言いたいらしい。

 確かに玲愛さんの姿は、学校に私服でいけるかと言って、改造スーツを着てらっしゃる。腕に新たにつけた、ボタンやジッパーも気にならないほどの出来なので、一見すると完全にスーツ姿の女性にしか見えない、しかしその中で革の首輪だけが異彩を放っていた。


「ファッションだ」


 我ながら苦しい。


「あくまでシラをきるつもりかこの豚野郎。でもな首輪とか正直どうでもいいんだ、俺はなこう思うんだ」


 改まって、息を吸ってタメをつくる相野。


「お前が死ぬほど羨ましい」


 相野の声を聞いて周りにいた、男どもが一斉に泣き出した。

 えっ、なんで!?


「お前なぁ、美人と手錠生活ってなんだよ、どうやったらそんなイベント起きるんだよ!俺なんか一○○回生まれ変わったってそんなイベント起きねーよ!いいとこ起きたとしても母ちゃんと繋がるか、男と繋がっちまうかのどっちかだよ!」


 相野は号泣しながら俺の胸ぐらを掴み、ガクンガクンと揺さぶる。俺は揺らされるがまま首をグネグネと振る。


「申し訳ない、申し訳ない、美人と手錠で繋がって、ひとつ屋根の下の生活をして申し訳ない」

「テメー、畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 似たような断末魔上げてる奴いたな、とか思いながら苦笑いする。


「神よ、この男に天罰を、そして天誅を!」

「申し訳ない、申し訳ない、美人三姉妹に囲まれながら寝食を共にして申し訳ない」

「うぉぉぉぉぉぉー!貴様のような奴がいるから、戦いが終わらないんだ!!」


 カミーユ時が見えるわ。

 首振り人形のように頭を降ってたら気分が悪くなってきた。

 玲愛さんは、俺たちを尻目に教科書を眺め、懐かしいーとか言ってる。


「羨ましい、心の底から羨ましい。願いが叶うなら、このキモオタが惨たらしい死に方をしてほしい」

「お前にキモオタって言われたくないわ!」


 目くそ鼻くその戦いだった。



「マジでこの人とお前なんでもないの?」


 相野はさっきとは打って変わって身を屈め、声のトーンを落とす。


「う、うん…、なんでもない……かな…」

「紹介して」

「この人伊達のNO2だぞ、逆らえば消されるが大丈夫か」

「何そのゴノレゴみたいなの?」

「後は怒るとすぐ、頭を椅子にして乗っかってくるぞ」

「えっ何そのご褒美?むしろ全裸待機だね」

「あとおっぱい揉んだら超怒るぞ」

「えっ、揉んだの?俺そっちの方がびっくりしたんだけど」

「はは、あっ先生来たな」


 バカな話をしていると、一時限目の数学教師がバーコード頭を気にしながら入ってきた。


「あの、悠介君僕もそのおっぱいの話が聞きたいんですけど」

「ほら非モテは早く席に座れよ」

「お前も少し前までは魔法使い一直線だっただろうが!」

「うるさいぞ相野、早く席につけ!」

「何で俺だけ!?」


 相野は数学教師に注意され、席についた。俺の方にもチラリと視線を向けたが、先生は何故かゲッ伊達玲愛っと呻き失礼な驚き方をしていた。

 隣の玲愛さんを見ると、あーあの先生まだいたんだーとか言いながら薄く笑っている。なんか恐いんですけど。


 数学の授業が始まり、いつもならすぐにでも船を漕ぎ始めるところだが、今日は隣に玲愛さんがいるのでそんなことはできない、だから真面目に聞いてるフリとノートをとってるフリをする。

 当の玲愛さんは神妙な顔つきで黒板を眺めている。

 時折男子女子含めてチラチラとこちらを伺ってきて、目が合う。俺の席は一番後ろの窓際の一つ隣で、誰が振り返ったかよく見える。


「相変わらず山武の授業はわけがわからんな、お前あの内容でついていけてるのか?」


 玲愛さんは教科書を広げながら、苦い顔をしている。

 ちなみに山武とは、山本武雄(四三、独身)数学教師の通り名だった。


「…ボチボチですかね」


 すみません、嘘です全然わかりません。

 疑惑の視線を送ってくる玲愛さん。


「じゃあコレ解いてみろ」


 玲愛さんは授業で今進んでいるところの一つ前のページをめくり指を差す。

 その問題は今黒板に書かれている式の基本となる問題で、恐らくちゃんと理解していれば解けるだろうと思われる問題だった。


「……………」

「やっぱりか…、周りの奴らもついていけてない感じだしな。山武は昔から人の理解度を考えずに試験範囲だけを終わらせる授業するから、結局ついていけてるのはしっかりと予習復習して、良い塾や家庭教師でもつけてる生徒だけだったからな」

「玲愛さんは、大丈夫だったんですか?」

「私は頭が良いから余裕だ。だがあいつの授業は聞く気にならんかったらか授業中は寝てた」


 勉強出来るけどやる気ない生徒の典型だったんだろうな。

 あの数学教師もきっと玲愛さんと戦って負けたことでもあるんじゃないか?


「じゃあお前、ここのカッコの公式は?」


 玲愛さんは教科書の問題の一つを指差す。


「底辺×高さ÷二ですか?」

「誰が三角形の面積を求めろと言った。知ってる公式を適当に言ってるだけだろうが」

「すいません」

「公式だけは暗記だ、そこは覚えろ。ただ山武の授業は覚えた公式をどこで使うかわからんのが問題だ。ここの問題は------」


 いつしか玲愛さんの指導は熱が入ってきて、俺もそれに聞き入っていた。

 だって言い方はきついけど先生よりわかりやすいんだもん。

 すると段々周りも生徒も先生の話より、玲愛さんの声に耳を傾けだした。


「次四八ページ」


 俺が言われたとおりに、教科書をめくると何故か周りの生徒も一緒にページをめくる。

 俺が次から次にとんちんかんな質問をしても、何故そんな質問をしたかの理由を追って、説明をいれてくれる。


「お前はここがわかってないから、ここでつまづく。さっきの計算式と混ざってる、似てるが別物だ。さっきの式は通用しない上にあいつテストでひっかけ問題で出してくる。まぁひっかけにすら気づかず失点してる奴らばっかりだったけどな」


 なんて当時のエピソードを交えて解説してくれるのでわかりやすい。

 最初盗み聞きしているのは俺の周りの生徒だけだったのが、段々周りに普及してきて、遠くの生徒に聞こえるよう伝言ゲームのように玲愛さんの会話内容を周りに伝える生徒まで現れた。

 ヒソヒソと声を回していたが、それも数が多くなるとガヤガヤと大きくなる。数学教師もさすがに無視できなくなってきて、玲愛さんに声をかける。


「伊達、もう少し静かにしなさい」

「あぁすいません、コイツ全くついていけてないんで追いつかせてから話を聞かせます。そうじゃないと先生の話は上級者向けなので、ある程度の知識が必要ですから」

「ま、まぁ俺の授業は少し高度過ぎるかもしれないからな。でももう少し静かにしなさい」

「はい」


 数学教師は、上級者向けと言われて喜んだのか、それなら仕方ないと、それ以上咎めることもなく授業に戻った。

 しかし俺は玲愛さんが隣で薄く笑ったのを見逃さなかった。

 きっと玲愛さんの学生時代もこんな感じだったんだろうなと想像がついた。

 なんて嫌な生徒なんだろうな。


「玲愛さん、完全にモンペみたいになってますよ」

「うるさい、早く解け。でないと今日寝るとき床だぞ」

「俺としては精神衛生上そちらの方が嬉しいんですが」


 玲愛さんは怒りの表情で持っていたシャーペンをグサッと俺の手の甲に突き刺した。


「私と寝るのが、そんなに嫌か」

「どこに怒ってるんですか!?」

「私がやれと言ったらやれ、いいなわかったな?」

「サーイエッサ!」

「私は狼が好きだ、豚は嫌いだ。お前は狼か?豚か?」

「豚であります!」

「豚は死ね!」


 グサッとシャーペンが手を突き刺した。


ぶひーーー(ありがとうございます)!」

「三石うるさいぞ!」


 そして先生に俺だけ怒られた。しょうがないよね。




 どの授業もほとんどかわりなく進み、俺が困ると玲愛さんの手助けが入り。それを周りが聞くというスタンスが固定されていた。

 チャイムと共に午前中の授業が全て終わり、ようやく一息つくことが出来た。


「やはり学校の授業は肩がこるな、もっとフランクにポップコーンでも食べながら授業できないのか?」

「そんなアメリカンなことできませんよ」


 いや、アメリカでもそんなことやってないだろうけど。


「昼食はどこでとってるんだ?どうせ火恋がまとめて作ってきてるんだろう?」

「いや、食堂とか多いですよ?あんまり作ってきてもらうのも悪いので」

「空気の読めない奴め、男が女に漢を見せたい時があるように、女も男に甲斐甲斐しく尽くしたい時がある。これからは全部火恋に作らせろ、いいな?」

「はい」


 丁度その時メールが入ってきて火恋先輩から、屋上で待ってるよとお弁当マークの絵文字がついている内容だった。


「あっ、火恋先輩今日お弁当作ってくれてるみたいなんで、屋上で待ってるそうです」

「だろうな、私がいて作ってきてないわけがない」


 なんという妹への信頼。


「しかしあいつには押しの弱さで説教が必要だ」


 やめてください、火恋先輩(あのひと)がこれ以上押しが強くなってしまうと大変な事になってしまいます。

 俺たちが席を立とうとした時だった、何やら入口付近が騒がしい。

 なんだろうと思い視線を向けると、そこにいたのは…


「あっ、ダーリーン!」


 髪を肩まで伸ばしたミディアムヘアで、耳には菱形の透き通った黄色の石が入ったピアスをつけ、ウチの学校の制服ではなく涼冬学園女子の制服を身にまとった少女は、俺にはちょっとよく理解できない呼称で俺を呼んでいた。


「ダーリン?」


 玲愛さんの怪訝そうな瞳がこちらに向く。


「ダージリンの間違いじゃないですかね、紅茶美味しいですからね」

「何故教室の前でダージリンを叫ぶ必要がある、水咲の一番下はアホの子なのか?」

「やたら可愛いバカ犬が彼女のイメージですけどね」

「私も犬だろう?」

「ドーベールマンとコーギーを比べるようなもんですよ、って何犬に張り合ってるんですか」


 俺が突っ込むと玲愛さんはちょっと恥ずかしそうだった。

 みぞれちゃんは周りにいる生徒をかきわけるようにして、俺達の下にやってくる。


「いやぁ探しましたよー、意外とこの学校広いから」

「うん、ご苦労さん。それで君は何故ここに?」

「愛の力っすかね?」

「そんなんいいから」

「うぇーんダーリン冷たくないっすかぁ」


 嘘泣きするみぞれちゃん、君がダーリンって言うたびに、横にいる人の表情がけわしくなっていってるのでやめてほしい。


「せっかく学校転校してまで追っかけてきたのに、酷くないですかー」

「おぅ、この子なんか頭痛くなること言い出したぞ」

「ダーリン声に出てる」

「声に出したからね」

「確信犯!?」


 俺とみぞれちゃんの会話に玲愛さんはげんなりした表情をしていた。


「水咲は何しにきたんだ?」

「あれ、こちらはって伊達玲愛!?」


 うげぇっと顔をしかめるみぞれちゃん。


「お前に呼び捨てにされる覚えはないが」

「ちょっとダーリン、どういうこと浮気!?」


 どちらかというと君の方が浮気相手だよハニー。

 俺はかくかくしかじかと事情を説明する。


「うぇー、何そのご褒美イベント、あーしもかわってほしい」

「火恋と雷火にも同じことを言われたが、何故それをお前が言う」


 玲愛さんの視線は険しい。


「それはまぁいろいろありまして……って場所かえません?」

 周りを見ると、皆興味なさそうにしてるくせに耳をダ○ボのようにでかくして聞き耳をたてている連中ばかりだった。



 屋上に上がると既に火恋先輩と雷火ちゃんがベンチに腰を下ろして待っていた。














--------------------------------------------------玲愛と過去


 時間は遡り、学校に行く前に戻る。


 夢を見た。一瞬でこれが夢とわかる。何度も何度も見たことがある夢だったからだ。

 登場人物は小さい頃の私と同じく小さい頃の悠。夢でありながら夢じゃない実話だ。

 この夢が何度も出てくるのはよっぽど私に深い影響を与えているのだろうと思う。


 昔は悠介とは家族ぐるみの付き合いをしていた。

 とても仲がよく、私もあいつのことを本当の弟と思って接していた。

 特に母親は悠のことを可愛がっていた。口癖のように悠介がウチの子だったら、後継問題は解決していたのにねとぼやいていた。


 そんなとき悠の両親が事故で亡くなれられた。悠はイマイチ何が起きたのか理解できておらず、お葬式でも泣かなかった。

 その後すぐに、悠の引き取り先について親族会議が行われた。

 当初母さんは、強く悠を引き取る姿勢を見せていたが、分家からは男の養子をとることに対しての猛反発にあっていた。それでも母さんは悠を引き取るつもりでいた。

 しかし、私は不安だった。伊達には今私と火恋がいる。そして体が弱く入院している妹雷火がいる。

 母さんはもしかして雷火のことを忘れてしまったのではないか?体の弱い妹のかわりに悠を引き取ろうとしているのではないか?そう思った。

 今思えばなんて浅はかで、己しか考えていないのだろうか。

 私は母に反発した。伊達に養子なんていらない、私がその分頑張るから、悠を家族にするのはやめてと。

 母は私の反発に酷く驚き、酷く落ち込んだ。とても悲しそうな目だったのを今でも覚えている。

 分家の反対と私の反対、父さんも母さんを諭すように、悠の受け入れを諦めるように説得した。

 そして母は折れた。

 後日悠の引取り先が決まった。分家でもあまり力を持っていない高城家だった。

 この家がまた最悪だった。

 高城は母さんが悠を気に入っているのを知っていて、点数稼ぎの為に引き取ったのだった。


 次に悠にあったのは半年後の親族会議でだった。

 あれほどいたずら好きで、うるさかった悠介が色を無くしたように静かになっていた。その原因はすぐにわかった。

 私が悠に話しかけると、悠はあんまり僕に話さない方がいいよと答えた。なぜだろうと思っていると、ただ普通に話していただけなのに悠は高城に叱られていた。

 理由は私と喋る時の言葉遣いが汚いとのこと。後私のことを”お姉ちゃん”と呼んだ事、以降悠は私のことを”玲愛さん”と呼ぶようになった。

 私は何か大きな間違いをしたのではないだろうか?そんな気になっていた。


 更に半年後の話だ。

 親族会議に来ていた悠は、もう別人のようで自分から口を開くことはなくなっていた。

 かわりに古いロボットの玩具を常に片手に持っていた。

 悠は誰といても一人遊びしかしなくなっていた。

 間違いなく悠は不幸になっていた。


 更に一ヶ月後、私以上に敏感だったのはやはり母だった。

 母は高城を怪しんでいた。その為一つのトラップをうった。

 悠が風邪を引いている時に高城夫妻を呼び出すというものだ。悠が風邪を引いているので行けません、もしくは妻は、夫は悠の看病で行けませんと断るのならそれでも良しとしたが、高城夫妻は二つ返事でやってきた。

 風邪の悠を自宅に残したまま。


 悠は高城夫妻が家を出た直後に伊達の人間が病院に連れて行った。

 診断結果は肺炎だった。

 母はこのことに激怒し、高城家から悠の親権を剥奪し、分家追放処分にするまでその怒りはおさまらなかった。

 その時母も泣きながら私が引き取るべきだったと悔やんでいた。

 そのことが直接関係あるかはわからないが以後母は体調を崩し気味になった。

 体調を崩した母に世話をさせるわけにはいかないということで、悠はまたどこかの分家に引き取られることになった。

 しかしながら何処も悠を愛してくれる場所ではなかったようで、悠は分家をたらい回しにされていた。


 悠が小学校に入ってから一年後、私はもう一度悠と会った。

 今は一体誰が悠の親なのかわからなかった。その頃は雷火も退院していて、母の体調も順調だった。

 悠は私たちを見て、こう漏らした。

「僕も”そっち”が良かったな」

 そう言って、葬式でも泣かなかった少年はポロリと涙を零した。


 あの言葉は間違いなく私の胸に大きな楔を撃ち込んだ。胸が張り裂けそうになった。私が悠の伊達入りを反対しなければきっとこうはならなかった。

 これは私の罪だ。そう確信した。

それ以降私は悠に会わせる顔がなかった。悠の顔を見るのが辛い、悠に玲愛さんと呼ばれるのが辛い、私があの子を不幸に叩き込んだ。

 両親を失い不幸のどん底にいる少年を、ただの母親への独占欲の為に拒んだ。

 それから一年後の事だった。海外への長期出張から帰ってきた三石さんが、親族会議にて悠の引取りを決めた。

 また悠の親がかわるのか…と思っていたが、珍しく母さんが何も意見を出さなかった。

 母さんは悠の引き取り手には毎回条件や課題等を出していたが、三石さんには何も言わなかった。

 後で聞くと、三石さんは母さんが信用している数少ない分家だったらしい。


 次に会った時の悠は元気を取り戻していた。相変わらずいたずら好きで、強情で、優しい少年だった。

 しかし悠は私のことは玲愛さんとしか呼ばなくなってしまった。

 彼をどん底に突き落とした私への罪だ、受け入れよう。

 私に贖罪が出来るとすれば、悠を幸せにしてやることだろう。


 私は真っ先に自分と悠との結婚を思いついた。私と悠が結婚すれば、全ての面倒を見てあげられる。何も不自由させることなく暮らすことができる。

 そう思ったが、自分の厚かましさに頭が痛くなった。彼が私のせいでどん底に落とされたと知ったらどうだ?私のことなんて一切信用できなくなるだろう。

 どの面を下げて結婚して下さいなんて言うのか、彼は私を許しはしない。

 だから私は悠と妹との結婚を思いついた。

 ウチの妹なら心配ない、高い能力を持っているし火恋も雷火も真面目で優しい子に育っている、顔やスタイルも非常に高い。何も問題はない。

 火恋は少し真面目過ぎるのと何か隠している節がある。

 雷火は沸点が低く怒りやすいのと、のめり込みすぎて、すぐオタクのような知識をもってくるのがたまにキズだが、それでもそこいらの女に負けるような妹ではない。

 そこから私は悠介と妹をくっつける為の長い計画が始まった。

 どうか、火恋と雷火が悠を好きになりますように、悠が妹を好きになりますように、そう考えながら私は妹に伊達を背負わせないため、伊達の全てを受け継いできた。


 もし、私の願いが一つだけ叶うとすれば…。




 そこで私の夢は幕を下ろし、目を覚ます。

 この夢を見たあとは大体私は泣いている。

 涙を拭おうとしたが目尻は濡れていなかった。何故だろうと思うと目の前に、夢で見た少年の青年バージョンがいて、ドキっとした。


「起きてたのか?」

「朝ですからね、早めに学校行くんですよね?」

「ああ」

「体調悪そうですね?大丈夫ですか?」

「問題ない」


 心配そうにこちらを見る少年。やめろそんな目で見るな、あの夢の後は心が揺らいでいるんだ。


「ほんと大丈夫ですか?寝ながら泣いてましたよ?」


 その一言に私の頬はカァっと赤くなった。

 見られた?


「泣いてないだろうが?」

「いや、泣いてましたよ。ふわ~ん悠ぅぅ~とか言いながら」


 私は即座に少年のこめかみを鷲掴みにする。


「言ってないよな?」

「はい、言ってません」

「泣いてないだろう?涙も出てない」

「それは俺が拭いたからですよ…」


 ギリギリと締め上げる少年は、苦しげに言うが、私は驚いて手を離してしまった。


「何故拭いた?」

「いや、拭いただけでそんなに怒るとは思ってなかったので。俺の名前が出てきたので俺絡みで何か嫌な夢でも見ているのかと思い、起こすかどうか迷ったあげく涙だけでも拭いておこうかと」


 目の前にいる少年は私の顔を見て、ガクガクブルブルと震えている。そんなに険しい表情をしているのだろうか、私は?

 どちらかというと機嫌がいいのだが。

 丁度ピピピっと目覚まし時計が鳴り響く。


「しまった、支度をしなくてはいけないな」

「まだ大分早いですけどね」

「私は先に風呂に入る」

「わかりました」


 そう言って少年はそそくさとタオルと私の着替えを用意して、手首についている手錠を掲げる。


「どうしたんですか?」

「何でもない。お前風呂は?」

「あんまり朝風呂の習慣はないんで。お気になさらず。この前も前日お風呂に入っていなかっただけなんで」

「そうか………」


 お風呂に向かおうと思って、私は足を止めた。


「やっぱりお前も入れ、風呂は必要だ」

「しかしですね、二人共入ってる時間はありませんよ」

「まとめて入れば問題ないだろう」

「はっ?」


 目の前の少年は目が点になり、徐々に顔が赤くなっていった。

 何を想像しているのかがすぐにわかる。可愛い。


「勿論私は水着を着る」

「俺は水着なんて持ってませんよ」

「お前は裸だ」

「不公平だー!」


 嫌がる少年の手首を引っ張りながら私は風呂場に押し込んだ。

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