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オタな俺とオタク少女  作者: 蟻の巣
35/107

決別

 あれは何周目だろうか?たった二人を乗せたジェットコースターはアップダウンを繰り返しながら螺旋状に園内をぐるぐると回り続けている。

 その様子を二人の姉妹はベンチに座ってぼーっと眺めていた。


「そろそろ泣きやみまして?」

「泣いてない」


 一人は泣きはらした目をこすりながら、もう一人は紫の扇子でゆっくりと自身を扇いでいる。


「あれって、ショーへーと先輩?」

「そうですわね」

「何してるの?」

「…………」


 山ノ井はギャーギャーと喚きたて、悠介はそんな喚きをケタケタと笑っている。二人の関係性が全く見えない。しかしそれも数周前の話だ。

 今は二人共体に力がなく、だらりと伸びた手足が、重力によって振り回されている。その姿はまるで風に翻弄される枯葉か幽霊のようで、見ている側としては不安を煽る姿だ。


「一日一周までと注意書きをうっておかなければいけませんわね…」


 ぼんやりと眺めならも冷静に嵐は携帯にメモを打ち込んでいた。


「嵐って先輩の前ではアッパー系だけど、一人だとダウン系ね?」

「貴女一人にテンションを上げても気持ち悪いだけですわ」

「確かにそうだけど…、ねぇ、嵐ってなんであの人のこと好きなの?」

「貴女がそんなこと聞いてくるなんて珍しい、何か思うことでもありますの?」

「…嵐ってあーしみたいに恋愛脳じゃないから、そんな簡単に人とか好きにならないでしょ?」

「私はサイボーグではございませんのよ、人を好きになることくらいありますわ。まぁ貴女の言うとおり、そんじょそこらの路傍の石に心奪われるようなことはありませんが」


 ホホホと高笑いしながら自分を扇ぐ嵐。


「じゃあ理由は何?」


 みぞれの質問に嵐はカッコ良く扇子を閉じて、真剣な眼を妹に向けた。


「私が惹かれたからですわ。義理や恩があるわけでもなく、この水咲アリスティア嵐が惹かれたのですわ。そしてお近づきになる度に彼の人間性が私を震わせていく、そんな人物だからですわ」

「わっかんないよ、ニュータイプみたいなこと言わないで」

「その中途半端なアニメ知識で話すのはやめなさい。本当のファンが聞いたら気分を害されますわ」

「…………」

「逆に聞きますわ、貴女は何故あの知性の欠片も感じない男に惹かれましたの?」

「…優しくしてくれたから」


 ぶっきらぼうに言うが、本当にみぞれにはそれしか言うことがなかった。

 一番最初に仲間を作ってくれた優しい人というイメージが山ノ井に張り付いて離れないのだ。その後いくら酷いことを言われても、財布にされていると自分でわかっていても山ノ井を拒絶することができない。彼を拒絶すると今まで形成されてきたものが全て壊れてしまいそうなのだ。


「悠介様より?」

「………多分先輩の方が優しいと思う」

「多分じゃありませんわ。絶対です。彼が今あれに乗っているのは貴女の為ですわ」

「はっ?」


 みぞれは素っ頓狂な声が出てしまった。

 きっと今園内を高速でグルグル回っているのは二人がよっぽどの絶叫マシン好きなのだろうと勝手に思い込んでいた。


「言っておきますけど、悠介様は絶叫マシンが大の苦手とおっしゃられていましたわ」

「…じゃあ何で?」

「先ほども言ったでしょう?どれほど底が浅いのか」


 嵐は妹のぼんやりした顔を見てやれやれとため息をつく。


「貴女を泣かせた、それだけが理由みたいですわ」


 みぞれはパチパチと目を瞬かせた。この姉は何を言っているのだろう?そんな風に呆然としている。


「気づきませんの?悠介様は貴女をなんとかして助けたいと思って手を差し出しているのです。それに気づかず盲目的にあの男にすがって…。私には貴女が何をしたいかわかりませんわ」


 プリプリと怒ってみせる嵐だったが、本気で怒っているようではなく、トーンは軽めだった。


「…ごめん」


 みぞれには謝ることしかできなかった。自分の弱さも人の優しさもわかっていたが結局手を取ることができなかったのは自分なのだ。

 思い返せば、自分が財布にされている現場を見たところで、たかだか知り合いレベルの人間は怒ったりしない。ましてや自分は何度も先輩の頬をひっぱたいたのだ。その翌日に山ノ井から嫌なことをされているのを見て、本気で喧嘩するなんてありえない。自分だったらザマミロと思っているかもしれない。

 人の優しさを無下にしてきた。だからそんな自分を恥じるように、謝罪の言葉しかでてこなかった。


「……ごめんなさい」

「えっ?」


 次に謝罪の言葉を口にしたのは嵐だった。それが何に対する謝罪なのかはみぞれにはわからなかった。


「貴女を叱るのも、手を差し伸べるのも本来は全て私の役目でしたわ。それを全て悠介様に押しつけることになりました」


 嵐の言葉は、今までみぞれが聞いた事がないほどの後悔の念が混じっていた。

 嵐は先走ってやらかすことは多々あるが、それを後悔したことはなく、むしろ嬉々として乗り越えるタイプだった。それが今みぞれに対して後悔の言葉を口にしている。


「…思えばさ、あーしと嵐って喧嘩しかしてないよね」

「貴女は不良で私は優等生、仕方ありませんわ」

「なんであーし不良になっちゃったんだろうなぁ。あーしも優等生が良かった。そしたらもっと皆仲良くしてくれたのかな?」

「そんな打算的な考えをしているから、いつまで経っても友人ができないのですわ」

「うぐっ、嵐だって大して友達いないじゃん」

「私は別に必要としていません。どうせ作ったところで置き去りにするだけですわ」

「…その強さが羨ましい」

「友はすがるものではありませんわ、認め合うものですわ」

「深くてよくわかんない」

「思考停止は貴女のよくない癖よ、直しなさい」

「嵐のすぐ自分に合わせようとする癖も直したほうがいいと、あーし思うな」


 ふっと二人に笑みが溢れた。二人共「なんだ、全然喋れるじゃん」と思った。口を開けばいがみあう。顔を合わすたびに、貴女が嵐が私の敵だとぶつかりあっていたが、一歩の歩み寄りで話ができるようになった。

 それはその姉妹にとってただただ嬉しかった。

 姉は、もっと仲良くしていれば妹は馬鹿な男にひっかかることはなかったと後悔し、妹は今更ながら最初に手を取る人物は他にもいたのだと気づき、周りを見れなかった自分を後悔した。


 気づけばジェットコースターの音はしなくなっていた。どちらかが体調を崩したのか、それとも予定の周回を終えたのか。


「みぞれ、貴女、あの男にまだ未練はありますの?」

「タラタラだよ」

「ほんと理解に苦しみますわ。あれだけ悠介様に勇気をいただいて…」

「…嵐姉(らんねぇ)


 いつもと違う呼び方には嵐は驚いて振り返った。


「先輩、あーしの友達になってくれるかな?」


 俯き、まるで何かに怯えるように、しかしその口には決意を秘めて妹は呟いた。

 姉は妹の決意を慈しむように微笑み肯定した。


「…ええ、必ず良い友人になってくれますわ」


 妹はようやく今を捨てる決意をしたようだった。


「強くありなさい、貴女はその覚悟をしたのだから」

「うん」


 姉は妹を奮い立たせるように優しく話す。


「では、行きましょうか」


 嵐とみぞれは二人で立ち上がった。






「おっおえぇぇぇぇぇぇぇ」

「…死ぬ……」


 ジェットコースターが一五週してから既に一時間が経とうとしていた。しかしながら、全身をシェイクされまくって、俺と山ノ井は器具から外されたあと、立つこともままならなかった。


「ぎぼぢわるぅ…」


 頭を振って、ぐったりすること更に三○分。ようやくまともに思考ができるようになってきた。


「誰だあの拷問器具考えた奴…」

「あれを拷問器具にしたのはテメェだ…」

「なんだかまだお前元気そうだし、後一○周くらい乗るか?」


 俺としては息の根を止めたいところではあるんだが。


「ふざけてんのかよ」


 バテバテの分際で俺の胸ぐらに掴む山ノ井、息上がってんぞ。


「なんで俺がこんな目にあわなきゃなんねーんだよ」

「お前がみぞれちゃんを食い物にしてるからだろうが」

「だからテメェには関係ないつってんだろうが!」

「関係あるって言ってるだろうが、俺の友達見下してんじゃねー!」

「あいつに友達なんかいねぇ!」

「それを決めるのはお前じゃない!」


 お互い敵意むき出しで胸ぐらをつかみ合う。

 すると山ノ井は急に余裕のある態度にかわり、薄い笑みをこぼした。


「いいのかよ、お前の態度であいつの現在”お友達”が全員いなくなるんだぞ」


 嫌なところをついてきやがる、元凶は間違いなく山ノ井にあり、こいつさえ引き剥がせば事態が好転する見込みは高い。

 しかしながらコイツの軍団への発言力の高さも間違いはない。コイツならばみぞれちゃんの今の環境を破壊しつくすことは可能だろう。


「…………」


 俺が苦々しい顔で俯くと奴は好機だと思ったのか、胸ぐらを掴んだまま俺を近くにあった自動販売機に押しつけた。


「ほんとマジ舐めたことしてくれるよな、お前。マジでお前さえいなけりゃ順調だったのによ」

「うるさいんだよ、人を悲しみに落とし込む不幸の元凶が」

「あ゛ぁん!」


 体育会系とあって、腕の力は強く、貧弱な俺の体は自動販売機に押し付けられたまま、持ち上げられていた。


「キモオタのくせによ」


 何で会う奴会う奴俺のことキモオタって言うんだろうな。俺の趣味なんて全く明かしてないのに。

 忌々しげに首を絞めていた山ノ井だったが、何やら良くないことでも思いついたのかその口に邪悪な笑みを作っていた。


「あいつ解放してやってもいいぜ」

「何?」

「そのかわり、水咲さんから離れて、お前が俺の手足になれ。お前は水咲さんとのデートで俺の良い噂を流しながら、いきなりこっぴどく水咲さんを振れ。俺がそこを口説く」


 何を超名案って顔してやがるんだ。今時昼ドラでもそんなことやらんわ。


「バカじゃないのかお前?」

「あぁ?立場わきまえろよキモオタ。あの姉妹を無茶苦茶にすることもできるんだぞ?」


 青筋を立てながら充血した瞳をこちらに向けるゴリラ。十分本気らしい。


「答えろ」


 俺に問いながらも、片手に握りこぶしを作って、俺の目の前に近づけてくる。言うこと聞かないとぶん殴るぞってか?まんまジャイアンだなお前。


「断る」


 そう言った瞬間、俺の頬を鈍くて熱い痛みが襲った。

 振り抜かれた拳は俺を宙ずりにしているわりに、しっかりと力が込められていた。

 少し遅れてきた痛みは頬にズキズキと響いた。

 くそが、昨日と同じ展開かよ。

 捕まってしまうと俺の力で引き剥がす事が出来ない。ならまた噛みついて…。


「テメーも、あいつが嫌々俺に従ってると思ってんのか?あいつは俺に惚れてるんだ。誰も悲しんでなんかいない。お前が引っ掻き回してるだけだって何で気づかないんだ?」

「ふざけてんのか、みぞれちゃんはお前の好き勝手して良い玩具じゃないんだぞ」

「はぁ?あんだけ好き勝手されて何にも言わねぇバカな女を俺がどうしようが勝手だろうが。お前に面白いこと教えてやろうか、今日水咲さんへのプレゼントを買ってきてるんだが傑作な事にこのプレゼントあのバカな妹の奢りなんだよ」


 ウケるだろと目の前でゲラゲラと笑う山ノ井。よくわかった、俺はお前とは一生かかっても笑いのセンスで理解しあうことはないだろう。

 俺は山ノ井に胸ぐらを掴まれている手を渾身の力で握り締めた。


「お前人の好意をバカって言ったか?」


 腹の底から出てくる怒りを抑えることができず、今まで出したことがないくらい低い声で奴に語りかける。


「利用されて、財布にされて、挙句の果てに違う女のプレゼントまで買わされて、しかもそれがお姉ちゃんへのプレゼントだなんて、バカって言わなくてなんて言うんだよ?あっ俺わかった。こういうのを”哀れ”って言うんだろ」


 うまいこと言ってやったみたいなドヤ顔を嬉しそうにする山ノ井。

 俺も奴の顔に合わせて笑いを作った。


「確かにあの子はバカで哀れだと思う」

「だろ?」


 同調してもらってそんなに嬉しいかこの野郎。

 俺はこれほどまでに怒らされた事はなかっただろうと思う。そんな初めての怒りを歯を食いしばりながら漏らす。


「だけどなバカには救いはあるが、下衆にはそんなものねぇ!」


 俺は足で思いっきり背中の自動販売機を蹴り、奴の頭めがけて、自分の頭をぶつける。

 ガチンと脳に響く音をたてて、奴の鼻っ柱に頭突きをかます。

 こんなもんで俺の怒りがおさまるか。態勢を崩した山ノ井の顔を両手で挟み込み、強く歯を食いしばり懇親の頭突きをぶつける。


「ぐぁっ!」


 山ノ井は鼻を強打して、鼻血を噴きながら倒れ込んだ。


「糞虫が!」


 唐突に飼い犬に噛まれて怒り狂う飼い主のように、追い討ちをかけようとする俺に足蹴りを食らわせる。

 丁度みぞおちに入った蹴りは吐きそうなくらいの強い鈍痛で俺は顔をしかめる。


「いい気になるんじゃねぇ!」


 山ノ井は俺の前髪を掴むと、また自動販売機に俺の体を押し付ける。


「てめぇと話そうとした俺がバカだった。歯ぁ食いしばれや!」


 憎悪に満ちた山ノ井の目は充血して、もう誰が言っても止まりそうにはなかった。

 俺は気迫だけは負けてたまるかと、強く山ノ井を睨みつける。

 目の前に拳が迫った瞬間だった。






「ちょっとやめてくんない」


 巻き舌で、腹の奥から響く少女の声が聞こえた。

 俺と山ノ井は声がした方に顔を向けると、そこには二人の少女が立っていた。

 一人は水色のエプロンドレスで、扇子を口元に当てている。もう一人はボックスミニスカートでパーカーを着た少女。

 予想外な事にやめてくんない、と叫んだのはパーカーを着た妹の方だった。

 パーカー少女は不機嫌そうに腕を組み、ヒールの高いロングブーツでカツカツと地面を叩いていた。

 今日遊園地に来た時の気弱そうなイメージは全くなく、そう例えるなら気だるげなヤンキー女子。

 朝はしていなかった菱形の宝石が入ったピアスにスパンコールが散りばめられたキラキラと光るネイル。鬱陶しそうに肩にかかる髪を弾いている。

 ガムでもくちゃくちゃ噛み始めれば完璧だろう。


「あっえっ?み…ぞれ?」


 口を開いたのは山ノ井だった。コイツも突如雰囲気のかわったみぞれちゃんに驚いているのだろう。


「あんさぁ、そういうのやめてくんない?正直超目障りなんだけど」


 みぞれちゃんは見た目と言動を全く変えず、気だるげに俺たちを指差す。


「いやっ、えっ?これは…」


 みぞれちゃん一人だったらそのままだったかもしれないが、嵐ちゃんが隣にいるので山ノ井は俺の胸ぐらから手を離した。


「あーしさぁ、そう言う野蛮なの嫌いって昔言ったよね?今時喧嘩とかバカなの?死ぬの?」

「いや、これは…」

「口答えすんなウザイ!」


 ちょっとの反撃も許さず、みぞれちゃんはカツカツと近づいてくる。先ほどまでと同一人物とは思えない程のプレッシャーに気圧されて何も言えなくなる。


「その先輩さ、あーしの友達なの、わかってんの?」


 ギロリと山ノ井を睨みつけるみぞれちゃん。いつもと雰囲気が全く違うけど、よく考えればゲーセンで初めて会った時はこんな雰囲気だった気がする。もしかして今までがおかしくて、これが彼女の普通なんじゃ…。


「いや…、友達ってお前…」

「あ゛ぁっ!?なんか言ったぁ!?」


 こぉろすぞぉと言わんばりにドスのきいた声に山ノ井は閉口する。

 こえぇヤンキーや、ヤンキーがおるで。


「ちょ、先輩頬切れてるよ大丈夫?」

「う、うん…」


 思わず、はい大丈夫ですと敬語になりそうだった。


「ほんと?」

「全然大丈夫」


 というか見た目的には、俺より鼻血垂らしてる山ノ井の方が酷いと思うんだけど。


「ほんとにほんと?」

「う、うん…」


 何この甘ったるい声?ていうか媚びた声。

 みぞれちゃんは俺の切れた頬を見る為に顔を近づけてくる。

 そんなに近づかないでほしい、ってか顔近い。そして山ノ井の顔がこえぇ。


 俺がドギマギして、俯くとみぞれちゃんは俺の下に潜りこむように近づき、俺の口にちゅっと口づけた。


「!!!?」


 一瞬何されたかわからなかった。この光景火恋先輩にキスされた時と似ている。自身の思考が全く追いつかず、柔らかな唇の感触だけが残り、夢ではなく現実だと告げる。

 山ノ井も嵐ちゃんも時が止まったかのようにぴったりと静止して、動くことができなかった。


「お、おま…」

 山ノ井がわななきながら何か口に出そうとしたが、それを遮る怒声が飛んできた。


「貴女何してるのよぉぉ!こんのクサレ妹がぁぁぁぁっ!!!」


 姉はブチギレである。


 完全にキャラ崩壊した叫びだ。


「キス、しちゃった」


 外の声なんて聞こえないのか、恥ずかしそうに、はにかむみぞれちゃんマジ小悪魔。


「友達ならキスするっすよね?」

「しっ、しないかな…」

「つれないっすね先輩。あっ先輩もなんか他人行儀なんで呼び方かえていいっすか?悠たんとかでどうですか?」

「ダメです、たんはヤメテください」

「えー、たん可愛いのに。ゆうゆとか?ゆうっちは古いか。オーソドックスに悠?」

「それは玲愛さんが怒ると思うのでやめた方がいいと思います」


 何故だか敬語になってしまう俺。


「わがままっすね。もう考えるの面倒なのでダーリンでいいですか?」

「勘弁して下さい」


 異端審問会どころの話ではない、即絞首刑台に立たされるだろう。


「みぞれ!何て不埒でみだらなことを悠介様にしていますの!」


 姉は肩を怒らせながら扇子で口元を抑え近づいてくる。


「いやぁ唾つけとこうかって思ったんでぇ」


 やめて、そんな流し目でこっち見ないで。


「ちょっと和解したかと思えばすぐこれですもの、貴女には学習能力はありませんの!?」

「ごめんね嵐姉、ダーリンの事友達だって思ったら、取られたくなくなっちゃってさ、やっちゃった」


 てへぺろと不死身家のペコちゃんのように舌をぺろっと出して謝るみぞれちゃん。


「だ、ダーリンだなんて、そんな呼び方認めませんわ!」

「認めるか認めないかはダーリン次第だしぃ、そういう事嵐姉に言われたくないって言うか~」

「そのイライラする喋り方もやめなさい!」


 喧嘩してるのかじゃれているのかイマイチ判断に困る。


「お、オイ!みぞれ!」


 困惑と怒りを含んで、山ノ井はみぞれちゃんを止める。


「あっ?何?てかアンタまだいたの?」


 酷い酷すぎる。


「お、お前は俺の彼女だろうが、何考えてんだ!?」

「はぁ?あーしが?アンタの?彼女?」


 寝ぼけるのは寝てからにしてよと、うんざりした表情で山ノ井に切り返す。


「何でアンタみたいな奴とあーしがカップルにされるのよ、やめてよ気持ち悪い」


 冷たく言い返すみぞれちゃん。

 酷いってか、女の子の手のひらの返しが恐い。


「あーしは誰のものでもないしぃ。強いて言うならぁ、今飼ってくれる人募集中、みたいなハァト」


 何故こちらを見る。第一ハァトって何だハァトって。ハァトって口に出して言う子初めて見たぞ。

 俺は人を飼う趣味なんてない。熱視線を必死に身をよじってかわす。

 ただなんとなくだが、このマイペースでガンガン攻めてくるタイプがみぞれちゃん本来のスタイルな気がしてならない。


「ダーリン尻軽とか思わないで、あーしどっちかって言うと尽くすタイプだしぃ」

「知ってる」


 語尾を伸ばすのをやめなさい。とても軽く聞こえる。

 俺がぶっきらぼうに返すと、やーんとか言いながら頬をおさえてダンシングフラワーの如くクネクネするみぞれちゃん。

 何だ俺が今日見ていたみぞれちゃんは幻影か?それとも残像なのか?今ここにいるのは完全にお花畑のスイーツじゃないか。


 その様子を見て怒り心頭なのが山ノ井だった。


「ふざけるなよ、みぞれ!お前俺が友達になってやらなきゃずっとぼっちだったんだぞ、それを俺が救ってやって、お前の軍団まで作ってやったんだぞ!」


 ヒートアップする山ノ井と正反対にみぞれちゃんは冷め切った目で山ノ井を見ていた。


「最初に声をかけてくれたのは今でも感謝してる。でもね、アンタはあーしの友達なんかじゃない、ただあーしに巣食ってただけの虫よ」


 一つの曇りもなくみぞれちゃんは山ノ井を拒絶した。そこでようやく嵐ちゃんとみぞれちゃんが一緒に来た意味がわかった。

 二人は和解して、みぞれちゃんは今を捨てて先に行く決意をしたんだと。


「いいのかよ、お前みたいなバカな女、俺が救ってやらなきゃ一生友達なんかできやしねぇ!」


 山ノ井の雄叫びに近い叫びを遮ったのはパンという渇いた音だった。


「ウチの妹、バカって言うのやめてくださる?」


 綺麗に平手打ちが入り。山ノ井の顔は明後日の方を向く。


「こんなバカな妹でも、私の肉親ですので」


 ホホホと胡散臭く笑う嵐ちゃんだが、視線が一気に鋭くなった。


「みぞれへの罵倒は水咲への罵倒と解釈致しますわ。この子をバカにするときは水咲を敵に回す覚悟を持って行いなさい」


 嵐ちゃんの視線は、とても年下とは思えない迫力があった。いくら腕力に自信があろうと、動物は本質的に負けを認めた相手に歯向かう事はできない。

 山ノ井は年下の少女に屈服したのだった。


 俺は不意に笑みが溢れた。

 何だお姉ちゃんやってるじゃん。これでこの姉妹は無敵だ。

 何も心配はいらない。


「ほっ本当にいいのかよ!軍団は解散しちまうんだぞ!一人に、一人になっちまうんだぞ!それでもいいって言うのかよ!」


 みぞれちゃんは無表情で山ノ井の目の前に立つと、パンと嵐ちゃんが打った方と逆側の頬を打った。

「これはあーしを散々バカって言ったお返しだから。これだけで許してあげる。軍団も好きにすればいい。それで終わり」


 覚悟を決めた少女は強く終わりと言い放つ。その瞳に一片の迷いも感じられなかった。


「ショーヘー、あーしはあーしの友達を傷つける人間を傍に置かない。今までありがとう”さよなら”二度とあーしの前に現れないで」


 これで終わりと彼女は冷たく決別の言葉を言い渡し、今を自分から切り離した。

 最後に小さく、後ちゃんとお金返してねって聞こえた気がする。水咲マジこえぇ。

 山ノ井は呆然と立ち尽くし、その場に膝をついてかたまっていた。

 みぞれちゃんと嵐ちゃんは二人共、振り返るものはないと言いたげに日の落ちかけたアリスランドを後にした。

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