絶叫マシン
四人で園内にあるレストランにて、遅い昼食をとった後、動いたのは山ノ井だった。
山ノ井はみぞれちゃんを連れて先に席を立った。俺は間隔を開けて二人を追うために席を立とうとした。
「悠介様、あの子を助ける必要は欠片もございませんわ。どうかそのまま捨て置いて下さいませ」
嵐ちゃんはナプキンで口元を拭きながら、あくまで助けは不要と言ってのける。しかし俺はそうは思わなかった。
「どうするかはみぞれちゃん次第だけど。でも助ける理由はあるよ」
「それは何でございましょうか?」
不思議そうに小首を傾げる嵐ちゃん。
わかりそうなものだけど、わからないかな。
「みぞれちゃんは君の妹だからね」
俺が席を立つと、嵐ちゃんは思考が一瞬停止したかのように静止すると、それ以上は何も言わず自分の顔を扇子で覆い隠した。
席を立った後自分で思い返してみたが、実はかなり勘違いされるようなこと言ったんじゃないだろうか?
そんなまずい予感はしたが、二人を追うことを優先した。
山ノ井とみぞれちゃんは朝に入ったお化け屋敷の裏側で何やら話をしていた。気づかれないようにこっそりと近づいていく。
もっと近づいて声を拾いたいが、遮蔽物がなくてボソボソと声が聞こえるくらいにしか近づけない。
何か重要そうなことを喋っているのに、と悔しくなった。
なんとか声が拾えないものかと二人をこっそり覗き見しながら、しかめっ面をしていると、黒服を着た水咲SP達が近くで何やら喋っている。
今は少しでも話を聞き逃したくないので黙ってほしいのだが。
「あー、どこにいってしまったんだ。集音器をなくしてしまった。あれがあればどんな遠い音でも聞き逃さないのに、あーまいったな~、赤色のイヤホンみたいな形をしているんだけどな~、あ~一体どこにいってしまったんだろ~」
わざとらしく話している黒服、なんじゃこいつと思っていたが目の前に赤いイヤホンが転がっていた。
「あー…、藤乃さんの援護ってことね…」
つまりはどっかで見てるんだな。
俺はすかさずイヤホンを耳にかけると、みぞれちゃん達の話し声が聞こえてきた。
「つーかさー、お前本当に水咲さんの妹なわけ?」
「…うん」
「何で最初にそういうこと言わないかなー、もうお前のせいで俺の予定全部滅茶苦茶だわ」
相変わらず滅茶苦茶言ってるのはお前だと思いながら、イヤホンを強く耳に押しあてる。
「つか三石ってなんなのアイツ?ほんとアイツの存在だけはマジわけわかんねーわ。いきなりバケツで水ぶっかけてくるしよぉ」
「先輩はそんなわけなく人の嫌がることはしないと、あーし思うなぁ」
「何?お前あいつの肩持つわけ?」
「ち、違うよ!でも、あーしが見た限りでは、変態でわけわかんないこと言うし、ゲーマーのキモオタだけど、そんなに悪い人ではないって言うか、むしろ優しい方って言うか、うん…」
みぞれちゃんの評価が意外と悪くないことに驚いた。
「あっ?なんなのお前、あいつのこと好きなの?」
「ち、違うよ!」
「いや、別にお前があいつのこと好きとかどうでもいいんだけどさ、いやむしろ好きな方が好都合つか」
「どういうこと?」
「お前さ、水咲さんから三石とってきてよ」
思わず目の前のゴミ箱をぶん殴りそうになってしまった。
「あいつの存在がすげー邪魔なんだわ。水咲さんもあいつに好意的みたいだし、俺としては勝率五分五分みたいな感じだしさ」
アホか、お前に一割も勝率なんかあるか。
「だからさ、できればあいつと深い仲になってほしいつか、あいつが幻滅されるようなことしてほしいつかさ。頼むよみぞれ、俺たち友達だろ?」
あいつが友達と口にする度に俺の表情は歪んでいく。
「いや、でも、それは…ちょっと…」
「なんでだよ、友達だろ?」
友達と強調してくる山ノ井に、みぞれちゃんは困りながらもポツポツと語りだした。
「嵐って、あんまり笑わない方だけど、今日は凄く笑ってる。多分あれは本気で好きなんだと思うし…」
「それをお前がぶち壊すんだよ、そうじゃないと俺が入れないだろ?」
「そんなことしたら、先輩も嵐も悲しくなるから…」
「じゃあ俺が悲しくなってもいいって言うのかよ?」
「そ、そうじゃないよ、でも振り向いてほしいからって強引な方法で先輩を引き剥がすのって間違ってると思う。そんなの普通じゃないよ…」
「はぁ?お前が普通を語んなよ。何が普通かもわかってないくせに、つか男引き剥がすのに他の女あてがうなんて結構普通だぜ?」
ゴミ箱の蓋を強く握りすぎて、投入口変形してしまった。本当にすまないと思っている。
俺はため息をつき頭を押さえながら、ふと辺りを見回すと、黒服の数が明らかに増えている。
しかも皆サングラスをしているのに忌々しげに唇を噛み締め、握っているトランシーバーを握りつぶしている黒服までいた。
この人たち明らかに話の内容盗聴いてるだろ…。
「あぁ、もうなんなんだよお前、いつもは大して口答えなんかしないくせによぉ!お前がこれ以上なんか言うようなら、軍団解散させんぞ。またお前はぼっちに戻るけどそれでもいいのかよ?」
高圧的な山ノ井に責められ続ける少女は既に平静を保ってはいられなかった。傍目から見ても顔を赤くして、目尻から零れ落ちるものを止めることはでず、雫が頬に線を描いていく。
「……やだよ…やだけど、……嵐にも、もう迷惑かけたくない…。パパも怒ってたし、明も可哀想なものを見る目であーしを見るし、藤乃もいっつも悲しそうな顔してるし。先輩はまだ会って日も経たないのに、友達の友達ってだけで、あーしを叱ってくれた。サッカーの試合でも言い争ってるのを見て全然関係ないのにショーへーと喧嘩するし。皆、皆良い人だからさ、あーしこれ以上迷惑かけるの嫌なんだよ…。友達いなくなっちゃうのは嫌だけど…、でもこのままじゃ進めない気がする。あーしも今日の嵐みたいなデートが…した…い…」
後半はほとんど泣き声で、これがきっと偽らざる彼女の本心であることは間違いないだろう。
「泣くなよ、めんどくせぇ女だな…」
まだ奴が何か言っているようだが、俺はすくっと立ち上がって、藤乃さんに電話をかける。
ワンコールの後執事はいつもの調子で電話に出た。
「はい、叢雲ですが」
「とりあえず、おたくのお嬢さん頑張ったので、これからあのバカ引き剥がします」
「かしこまりました。何か私共にお手伝いできることはございますか?」
「そうですね…」
いつもと変わらぬ抑揚で俺と藤乃さんは、報復の手段を話し合った。
通話を終えて、携帯をポケットにしまうと、みぞれちゃんが泣いてしまって話ができないと思って切り上げたのか、山ノ井はお化け屋敷の裏から出てきた。
俺は偶然を装い、山ノ井の背中を叩いた。
「よぅ!」
「あん?何だお前かよ、俺は昨日のこと許したわけじゃないからな」
「いやー、お前も俺のこと、しこたまぶん殴ったから水に流そうぜ。つかお前の為に新型アトラクションの予約をとってきたんだよ」
「俺の為に?」
山ノ井は怪しんではいるが、予想通り食いついてきた。
バカはお前の為とかお前限定とか、そんな言葉に弱い。
「何だよ、気持ち悪いな」
「俺はお前と仲良くしたいんだよ。なっ行こうぜ」
俺はわざとらしく肩なんか組んで、奴を地獄へと案内する。
案内したのは、チケットにも書かれていた最新のアトラクション。地上約二五○mという超高々度から垂直落下した後、下に待機しているジェットコースターに連結して、そのまま時速一八○キロで、全長三キロの園内を螺旋状にアップダウンを繰り返しながら走行するという、狂気の沙汰なモンスターアトラクションだ。
「うわーてっぺん見えねー」
はっはっはと渇いた笑いが漏れてしまったが、山ノ井も「いや、これはないだろう」とスケールのでかさに驚いている。
「さっ行こうぜ」
俺は気安く、山ノ井の肩をパンと叩いた。
「あっ、オイ。なんかテスト中って書いてんぞ!」
「気にすんな、お前の為に貸切だ」
現在テスト中と書かれた看板を超えて、先に進む。
ここまで来て逃げられてたまるか。俺はぐいぐいと背中を押して、入場口に奴を押し込んだ。
入場口には係員ではなくグラサンの黒服が待機していて、俺たちに救命胴囲みたいな赤いジャケットを着せて、マウスピースを噛ませた。
「オイ、ジェットコースターでマウスピースなんて聞いたことねーぞ!」
黒服は手際よくカチャカチャと俺たちを器具に固定していく。
いい加減、周りのおかしさに気づいたようだ。
馬鹿め、俺がお前と仲良くしたいだと?そんな事口が裂けても言うわけがないだろうが。
黒服はセッティングが終わると、注意事項を告げた。
「三石君、要望通り一五周終了しないと止まらない仕組みになっているが、気絶する可能性が高い。その時は安全の為止めさせてもらうよ」
「まぁ俺が気絶しても、復活したらまた続けますけどね」
「…わかった。幸運を祈る」
黒服は安全バーを下げると親指を立ててサムズアップを残し、立ち去った。
「オイ!どういうことだ、さっきからわけがわかんねーぞ!何企んでやがる!」
ハハ、こいつマウスピースでふがふが何言ってるかわかんねー。
「はっはっは、安全バーに阻まれて何もできないでやんの」
「テメーマジでぶっ殺すぞ!上げろ、コレ上げろつってんだよ」
安全バーをガシガシ叩くが、人間の手でどうにか出来る代物ではなく、ビクともしない。
「俺が一体何したって言うんだ!」
「はっはっは」
俺はニコやかに笑った後、自分の感情を思い切り山ノ井にぶつけた。
「お前はみぞれちゃんを泣かせた。だからこのジェットコースターを罰ゲームにすることにした。一五周するまで止まらん。その間にお前がやったことを後悔しろ」
「何言ってやがんだ、テメーも同じ目にあうんだぞ!」
「お前が泣き喚く姿を間近で観察できるんだぞ、最高のポジションじゃないか?」
あっけらかんと言ってのけると、山ノ井はようやく俺が本気だと理解してくれたようで青ざめた顔をしていた。
「狂ってやがる」
ちょっと何言ってるかわかんないです。俺は肩をすくめてみせた。
「さぁ始めようぜ」
ピリリリリリと発車の合図が鳴り、俺達を乗せたコースターはゆっくりと垂直に上昇していった。
「くそぉくそぉ!お前さえいなければ!」
「いいねぇ、その台詞、一度は言われてみたい台詞だよ」
たった二人しか乗せていないコースターは最上部を目指して、どんどん辺りの景色を良くしていってくれる。もう下の様子なんて、小さすぎて見えない。まるで航空写真を撮影しているかの気分だ。
「たっ、たけぇ…」
まさしく目のくらむ高さとはこのことだろう、ちなみにこのコースターは吊られながら落下するタイプのもので、通常のコースターのように乗るタイプではない、その為浮遊感が半端ない。
これもし落下したら確実に原型なんてとどめないだろうなーなんて思いながら。隣を見ると、青ざめた顔で山ノ井はガチガチと震えていた。
「お、おい三石、今ここで止めたら、昨日の事なかったことにしてやってもいいぞ」
何でこんな時まで上からなんだよと呆れながらも、俺はにこやかな笑みを返す。
「お前がみぞれちゃんに土下座して詫びるなら、考えてやらんこともない」
「はぁふざけんな、何で俺が自分の物に謝らなきゃいけねーんだよ!」
あくまでみぞれちゃんを所有物扱いするつもりらしい。
「そうか、なら地獄に落ちろ」
直後、ふわっと一瞬体が重力から解放され、背筋がぞわっとする浮遊感がした。コースターが固定装置から切り離されて垂直落下する。凄まじい速度と重力が体を襲った。
「ち、畜生めぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
隣にいる山ノ井の断末魔を聞きながらコースターはゆっくりと時間をかけて登ってきたタワーをほんの数秒で落ちきる。そしてその勢いを殺さないままにジェットコースターレールに移り、俺と山ノ井の体は洗濯機に放りこまれたかのように、右に左に体を振られ、その度に重力がめちゃくちゃな方向から襲ってきて、舌を噛まないように歯を噛んで必死に耐えた。
一周終わる頃には二人共げんなりして、発車前のイキの良さはどこにいったのか、えづいていた。
「はは、面白かっただろ?二週目からは下での勢いを殺さずに二五○m上がってくるから、待ち時間0で次にいける。嬉しいだろ?」
「お前バカじゃないのか!?」
「さぁ後一四周頑張ろうぜ!」
「なんでそんなテンションたかっ…」
二週目がスタートした。何でテンション高いかって?上げないと気絶しそうなんだよ。