嫌な先輩
俺は非常階段の方で電話しようとしている、みぞれちゃんを捕まえる。
「げっセクハラ先輩、なんでこんなところにいるんすか?」
真剣に嫌な奴がいると顔を歪めるみぞれちゃん。そんなに嫌うなよ、全然構わないけど。
「君を止めにきた」
「はっ?何言ってるんですか?」
俺の台詞にもっと怪訝そうな表情になるみぞれちゃん。
「偶然君たちを見つけてしばらく見ていたけど、みぞれちゃん、君いいように使われてるよね」
「何言ってんですか?意味わかんないんですけど」
みぞれちゃんは眉をひそめ、徐々に怒りが露になってきている。
「だから君を止めにきた」
「それじゃ意味わかんないんですよ、もっとちゃんと言って下さいよ」
その声は苛立ち、鬱陶しいなコイツという目から、敵意がこもった目になってきた。
「じゃあ言うけど、君完全に財布にされているよね?」
直後パンと俺の頬に痛みが走った。
俺が横を向いてしまった顔を正面に戻すと、みぞれちゃんは牙のような八重歯をのぞかせ顔を赤くしていた。
「何知ったような口きいてるんですか!先輩に何がわかるって言うんです!?」
財布という言葉は少し直接的すぎたかなと反省する。しかしながら、たった一言でここまで怒りが着火したんだ、本人に自覚があるということだろう。
「っていうか見てたって、つけてたってことですよね?先輩ストーカーなの!?信じらんないんですけど!」
しばらくわめきたてるので落ち着くまでちょっとだけ待った。周りを行き交う客の視線が痛い。どうか痴話喧嘩に思ってもらえますようにと願う。
「つけたことは謝る。でも君のやってることに俺は疑問しか感じない。一万円程度の貸し借りはある話だ。でも見ていると、とても学生じゃ買えないような高額なものばかり買っている。そのカードは君のお父さんのものなんだろう?」
俺が彼女の握りしめている黒いカードに視線を移すと、彼女はそのカードを強く握り締めた。
「あーしのカードを誰の為に使おうがあーしの勝手でしょ!」
「じゃあ彼の買い物をしている時、何で貸すって言葉を毎回だしているんだ?」
俺がそのことに言及すると、みぞれちゃんは「信じらんない、どこまで聞いてるんですか?気持ち悪い」と口に漏らす。
頑張れ俺、心折れるな俺。
「君のカードには制限がついている、そして毎回彼はみぞれちゃんが支払いをする前にどこかに電話をかけている。それはそうしないといけない理由があったからじゃないかな?」
俺は既に答えを聞いて知っていることを疑問にして話す。
「それは…」
「当ててあげよう、きっとあれは彼の親に電話をしているんだ。君からお金を借りていいか聞くために」
みぞれちゃんは何故それをと目を見開く。
当然だ、その話を藤乃さんから聞いている。
「そんなの先輩には何も関係ない話っすよね!」
「確かに関係ない、でも誰も言わないから俺が言ってやる。このままだと君も彼も不幸になる。お父さんが唐突にお金を返しなさいと言ったらどうするんだい?」
「パパはそんなこと言わない!もしもの話なんてしないで!」
「君にはしないだろう、しかしお金を貸している彼にしないと言い切れるのかい?」
「しないわよ!あーしが止めるもん!」
「だろうね、今は君が止めるからそんなことにはならない。じゃあ質問をかえよう。君はなんの為にお金を使っているんだい?」
「ショーへーのために決まってるじゃない!それ以外に何があるって言うの?」
「それって言い方を悪くすれば、お金で好きになってもらおうとしてるよね」
俺の嫌な言葉で、彼女は顔を真っ赤にして再びパンと俺の頬は強く打った。今度はスナップがきいて、痛かった。
でもここで痛い素振りを見せるな俺、説教する人間は一部の隙も見せるな、頑張れ俺。
「サイッテー、ホント信じらんないっすね。よくそんな酷いこと言えますね」
「俺から言わせれば君の方が酷い、好きな男の子にどんどん借金を背負わせているんだからね」
「借金なんかじゃない!あーしが買ってあげてるの!」
「それは君のお金じゃない!」
つい俺も言葉尻が強くなってしまった。
「君の使っているお金は凄く優しい上に危ういんだ。君のお父さんが君の為にと思って手渡したものだ。君が不自由しないように、君の暮らしがよくなるようにと思って手渡された優しいカードなんだ。だからそこに返済の義務は発生しない。だけど君、さっきプレゼントは自分のお金で買った方が良いって言ってたよね?でも一番他人のお金でプレゼントしてるのは君だよね?」
みぞれちゃんは右手にブラックカード、左手にスマホを強く握り締めた。俺を射殺すように歯噛みしている。
「君が彼の為と言って買ってあげているものは、全て君の両親が君の為にと思って工面したお金だ。君はお金の価値をまるで理解していない。そのカードは四次元ポケットなんかじゃないんだ。使うたびに契約が成立して、その度に君のご両親が頑張って働いて稼いだ大切なお金を、ご両親の意図しない形で捨てていってるんだ。それは彼が背負った借金という形で残り、返済の義務が発生するんだよ。君は彼を一生養い続けるつもりなのかい?」
「関係ないです!関係ない!先輩には全然関係ない!」
俺に構わず彼女は電話をかけはじめた。恐らくお父さんのところなんだろう。
「あっパパ、あーしだけどさ。ちょっと困ってて」
「よせって、そんなことしたって何にもならない!カードにストップがかかるくらい貢いでまだ貢ぐつもりか!」
俺は彼女のスマホに手をかける。
「離してくださいよ!離してよ!なんなの!?ホント信じらんない!警察呼びますよ!」
「誰かに何かを買ってあげるのは君が自分自身で稼いでからにしろ!そんな、なんでも買えばいいなんて考えをしたら間違いなく君は世の中をなめる!もう一度言う、このままだと君も彼も不幸になる、その中に君の両親も含めるつもりか!」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!あーしはあーしの好きなようにやるの!あれを買ってあげたらショーヘイは喜ぶの!」
「彼が今買おうとしているのは君へのプレゼントじゃないってわかってるんだろ!そんな身を切るような悲しいものなんて買う必要ない!何度も言わせるな!それで喜んだとしても、それは君が喜ばせたんじゃない!君のカードが彼を喜ばせているだけだ!」
「うるさいっ!!黙って!!」
彼女は悲痛な叫びをあげながら、ポケットから防犯ブザーを取り出すと躊躇いなくスイッチを押した。直後スイッチはけたたましい音で鳴り始めた。
周囲の買い物客の視線が一斉にこちらに向く。
直後燕尾服を着た男性、藤乃さんが颯爽と現れた。
「ふ、藤乃!?どうしてここに?そんなこといい、そいつ捕まえて!」
「かしこまりました」
藤乃さんは素早く俺を組み敷いて床に押し倒すと、耳元で「ありがとうございます。引きましょう」と囁いた。まさしく自作自演だな。
俺の両腕の関節を動かないようにして立ち上がらせると、藤乃さんはみぞれちゃんに一礼する。
「もういいから、そいつ見たくないから連れて行って…」
「かしこまりました」
俺は聞き分けのない彼女に最後一言だけ声をかけた。
「君があれだけ大声を上げて、防犯ブザーまで鳴らしたのに、彼は君を助けにこないんだね」
みぞれちゃんはその瞬間、怒りというより憎悪に近い感情をその手のひらに乗せて俺にぶつける。
「藤乃!早く連れて行って!二度と顔を見せないようにして!」
藤乃さんは俺を店の外に連れて行くと、ようやく手を離した。そして誠に申し訳ございませんと謝罪した後に深々と頭を下げた。
「いや、大丈夫です。頭を上げてください。それに俺失敗しちゃったんで」
「私どもの安易な願いに、真剣になっていただき三石様に本当に感謝しております。そしてその為に傷つかれたことを深くお詫びいたします」
そう言った後藤乃さんは、長方形の冊子を懐から取り出し何やら数字を記入して俺に手渡した。
「これは?」
「三石様に与えた今回の慰謝料としてお納めください」
見ると何やら小切手とか書いた、領収書みたいな紙に五○万とか記載されていた。
「なめてんのか」
俺は即座に小切手を破り捨てた。
「も、申し訳ございません」
藤乃さんはすぐに新しい小切手に数字を記入していく。どうやら俺が金額でごねたように見えたようだ。
俺は数字を記入している藤乃さんのペンを無理やり掴む。
「いりませんよ」
「しかし…」
「藤乃さんまで、お金で解決するような選択をしないで下さい」
本当にお金ってものが嫌いになりそうだ。
「申し訳ございません」
藤乃さんはやっと冊子を懐に戻した。
俺と藤乃さんは二人で俺の家に向かってゆっくりと帰りはじめた。藤乃さんは本当に申し訳なさそうに俯いている。
「自分でやらせて、そんなに落ち込まないで下さいよ」
俺は努めて明るく話す、きっと藤乃さんが一番みぞれちゃんを心配して、それで落ち込んでいるんだろう。
「本当に申し訳ございません。お嬢様の聞き分けのなさを甘く見ていました。そして三石様があそこまで情熱的にお嬢様をお叱りになられるとも思いませんでした。正直妬けました」
前言撤回、絶対落ち込んでない。
「しかし…どうしたもんですかね」
二人で電気街近くにある陸橋から日の傾いた空を背景に、途切れることなく流れ続ける車を眺めた。
「みぞれちゃんってあんまりお父さんに怒られたことないんですか?」
「ほとんどございません、カードの使いすぎで怒られたのも数年ぶりのレベルです」
「じゃあ親のせいかなぁ、それと友達に恵まれなかったか」
良い友達に恵まれていたら他校の男子生徒集団なんて作らないだろうし。
「本日は本当に申し訳ございません。これより先は水咲自身が解決する問題ですので、三石様には恥部を見せつける形になった上、傷をつけたことは嵐お嬢様に報告し、正式に謝罪に行かせていただきます」
また藤乃さんは深く頭を下げた。俺はその姿を見る度に失敗したなぁと思う。この話を嵐ちゃんに上げればまた彼女達の仲が悪くなってしまう、そうなればみぞれちゃんは拠り所を求めて余計に山ノ井に依存してしまう。
「藤乃さん、みぞれちゃんって何で山ノ井のこと好きなんですか?」
「彼が取り巻きの男子生徒第一号だからですよ。あの集団は全て山ノ井君から始まっています。事の始まりは友達のいないみぞれお嬢様が休日に外出された時、ナンパされたのがきっかけです」
「あー…、なるほど」
きっと友達がいなくて寂しかったんだろうな…。それで認めてくれる人が欲しくて山ノ井に、そしてその山ノ井は更に人を集めてくれて、彼女の中にずっとあった寂しさを和らげてくれた。
それは依存するか…、ある意味恩人だもんな。彼女の言うとおり何も知らないで勝手な事を言ってしまったなと後悔。
「三石様が気に病むことはございません、この件私含め、嵐お嬢様と解決させてみせます」
藤乃さんはそう言うが、俺は無理だと思う。あの子達は既に価値観が全然違う、寂しさを恐がり友を求めたみぞれちゃんと、水咲を継ぐ意志があって、孤独にになる覚悟をもっている嵐ちゃんではお互いに話になるわけがない。
友を求めたからダメ、水咲を継ぐから良いとかそんな話ではない、お互い姉妹なのにお互いを受け入れられない。両方が両方のあり方を気に入らないんだ。だから喧嘩が起こる。
だけどその話の行き着く先は、本人達がいいならそれでいいんじゃないか?って言う突き放した結果に至ってしまう。
頭をガリガリとかきながら、俺は陸橋の手すりに腕を乗せる。
これは恐らく伊達でも起こりえた話だと思う、そこで何故こうならなかったかと言えば剣心さんと玲愛さんの存在だろう、あの二人が正しいという道を下に示しながら歩いているから、火恋先輩も雷火ちゃんも迷わずに歩いていける。
俺がうんうん唸っていると、携帯のバイブ音が聞こえる。藤乃さんがポケットから携帯を取り出すと通話をはじめた。
「はい、叢雲です」
「藤乃、今どこにいますの!!」
携帯から物凄い、けたたましい声が聞こえてきた。これは間違いなく嵐ちゃんだろう。
「これから外出しますわ、すぐに戻りなさい!」
はは、嵐ちゃん爆音だな…。
「かしこまりました」
「後G-3装備はどこにあるの?」
「G-3でございますか?衣裳室の三番ロッカーにございます」
「そう、ありがとう」
「G-3となりますと国外の取引先でしょうか?」
「違うわ…」
「なるほど、かしこまりました」
藤乃さんが通話を終了させると、また申し訳なさそうな顔でこちらを向く。
「三石様、こちらの都合で付き合わせていたにも関わらず、申し訳ございません」
「ああ、いいですよ、嵐ちゃんのところに戻るんですよね」
「はい、申し訳ございません」
「あのG-3装備ってなんですか?すっごく強そうなんですけど」
「外出用の衣装です。物ものしい言い方をしていますが、ただの服ですよ」
「成程」
「しかしG-3は特別貴賓対応の最上級のものですので、恐らく要人に挨拶をする用でもできたのでしょう」
「わかりました。ちょっと不完全燃焼ですけど、今日はこれで」
「はい、三石様の情熱的なお怒り素敵でございました。何かお困りのことがございましたらいつでもお呼び立てください、無償にてご奉公させていただきます」
「あっ、じゃあ先に一つだけ。今回の話嵐ちゃんには伏せていて下さい。多分…また姉妹喧嘩の種になってしまうだけだから。今日は何もなかったことにして下さい」
「しかし、それでは三石様が…」
「お願いします」
俺は藤乃さんに深く頭を下げた。この話を嵐ちゃんにしても何もメリットはない、むしろマイナスだ。だからマイナスなんてなかったことにしたい。
「三石様………。わかりました、今回の件は嵐お嬢様には内密にさせていただきます。しかし私が余計なことをしたと言うことだけは報告させていただきます」
「藤乃さん…」
「うまく言いますのでご安心を」
そう言って藤乃さんは俺に一礼して、立ち去った。
俺は夕日でもしばらく眺めて帰ろうかな。