オタとヒーローショー
翌日、俺はオヤジのモーニングコールで目が覚めた。電話の内容は伊達さんが居土君に決めたとのこと。
「あんまりショックはないけど、多少はダメージあるよね」
自分でも早く決まってくれと思っていたから、良かったなと思う反面、長かった恋も散ったかと思うとダメージも小さくはなかった。
「相野が結果教えてくれ、とか言ってたな」
俺はメールで一言[振られた]と伝えると、一言[そうか]とだけ返ってきた。
学校に登校すると、ごくごく普通の一日だった。
ただ居土先輩は朝に一言だけ悪いねと言ってきた。一言声をかけてくる辺はマメだと思う、しかしこれでは完全に好きな人をイケメンに取られてしまったNTRエンドだ。いつの時代もイケメンに涙を飲まされるのがブサメンの努め。違った、フツメンの努め。
昼休みには火恋先輩に謝罪と感謝の言葉を受け取った。長引いた結果がこれですまない、君にはこんなことに付き合ってもらって感謝していると。
うん、真面目。まぁ火恋先輩は無視なんてしてこないと思ったけどね。
放課後になり皆厳しい束縛タイムから解放され、自由な時間を過ごしている。
「悠介、遊びに行かねーか?ゲーセンでもカラオケでもどこでもいいぜ、バッティングセンターもいいな、最近体動かしてねーし」
相野は目の前でバッティングの素振りのジェスチャーをする。良い奴だなお前。
「すまんが今日はバイトだ」
「タイミング悪いな、今日は何のバイトだ?」
「今日はイベント会場でマスクドヒーローエックスの役だ」
「マジで?お前みたいな弱そうな奴がヒーロー出来んの」
「馬鹿、どんだけ練習したと思ってんだよ」
両手を広げながらエックスの決めゼリフ
「俺、満を持して参上」
「すまねぇ、特撮見てねーから似てるのかよくわかんねぇ」
「馬鹿、激似だよ」
ケタケタ笑いながら、俺はバイトに向かう。
イベント会場とか大それた事を言ったけど、実際は大型百貨店のイベントだ。
屋内の特設ステージに設けられたステージショーに、マスクドヒーローエックスとして登場する。配役はクジだったから、やりたかったエックスが出来て、嬉しさ半分恥ずかしさ半分だ。
ショーは三回講演になっていて、一回目のショーは別の人がエックスを担当し、二回目と三回目のショーは俺が担当することになっている。
「よし、行くか」
子供だらけのイベントだけど、オタクの俺としては最高に楽しいバイトだ。家で何度もDVDとテレビ放送を見直して一人で夜な夜な練習して隣から壁ドンされること数十回。
おかしいな、あんまり声出してないはずなんだが…。
スタッフルームに入ると、今回登場するコウモリ怪人バット男爵や戦闘兵役の人がぞろぞろと。
変身前の役者さんに、怪人に連れて行かれる予定のお姉さん達が待機していた。ヒーローや怪人たちが揃っているのは見るだけでワクワクしてしまう。
百貨店のショーとは思えないほどよく出来た仮面を、カポっと被り俺はマスクドヒーローエックスとなる。
舞台は怪人のアジトを模した作りになっていて、中央に大きなハゲタカのマークが壁に描かれていた。何かの工場を模しているのかパイプのような作り物がハゲタカを囲うように設置されている。
ステージの袖にあがろうとした時、面接で俺を採用してくれた企画担当の人が少女に詰めよられているのが見えた。
「何だあれモンスターペアレントか?息子が真似して怪我したぞとか」
仮面で視界の悪い中よく見ると、あれは昨日電気街にいた少女のような気がしなくもない。しかしそんな偶然簡単に起こりはしないのでスルー方向で。
しばらくすると企画担当の人が解放されたのか戻ってきて、俺に耳打ちしてきた。
「さっきの女の子、第一部のショーでエックスの変身シーンで何故いつものセリフを言わないんだ、しかもポーズが違うって怒ってるんだよ。三石君エックスのファーストフォーム?のなんとか参上ってアドリブ入れられる?」
「あぁ、大丈夫ですよ」
「そっか良かった、他の配役の人には言っておくから、よろしくね」
「はい」
えっ?むしろあの名乗りカットだったの?入れる気満々だったんだけど、もし入れてたら寒い空気流れてた?
クレーマーというのは、文句をつける割には長く残っていることが多い。予想通りさっきの少女も子供にまぎれてちょこんと座って見ている。
「やめてくんないかな、無駄にハードル上げるの」
ショーが始まり変身前の役者さんが、戦闘員をバッタバッタと倒しながらカッコイイセリフと共に、中央に上がっていく。そして変身!と叫び辺りにスモークが炊かれ、俺はすぐさま変身前の役者さんと入れ替わった。
「俺、満を持して参上!」
両手を広げながら、エックスの決めゼリフが決まり、マスクに付けられた目に当たる部分のエックスライトが赤く点灯する。
すると客席から拍手が起こった、あの少女がそれはもう嬉しそうに拍手していた。
(あぁ、なんか嬉しくなってきた)
その後はもうノリノリで怪人や戦闘兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げだった。実際メインよりやられ役が上手いとそれっぽく見えるのだ、俺は必殺技のセリフを叫びながら何度も見直したエックスの動きをやるだけだ。
エックスは戦闘にコントが入るのがお約束なので、気のいい特撮好きのコウモリ怪人の役者さんにアドリブで遊んでみたらノってきた。これが意外にも受けた。ただ店の企画担当は渋い顔してたけど。
そしてショーはクライマックスに近づいてきた。次の流れはエックスが怪人に攻撃を受け倒れる、その後に客席の皆にエックスを応援しようと捕われているはずのお姉さんが促し、子供たちの声援が大きくなったらスモークが焚かれ、エックスファイナルフォームという別のエックス衣装を着た違う役者さんに入れ替わり、悪の怪人を打ち倒して大団円となって終わる予定だ。
しかしその前に見せ場として、体に取り付けた火薬を起爆させ倒れ落ちるエックスをやる必要がある。
アドリブに協力してくれたコウモリ怪人が、柄にドクロがついた巨大な剣で俺の体を袈裟斬りにする、その瞬間俺はリモコンで火薬を爆発させる。
バンバンバンバンバンと大きな音が鳴り、エックスの体中から火花が散った。これ爆発しすぎじゃないかな?
予想以上に大きい爆発に戸惑いながら俺は膝を付き、顔面を殴打する形で倒れ伏せた。
客席をちらりと盗み見るとクライマックスらしく、薄暗くされた屋内の客席は買い物が終わったお父さんお母さんなのか、大人も増えていた。
先ほどの少女は俺が倒れる姿を見て口に両手を当てて、目を見開きながらこちらを見ていた。どうやら没頭してくれてるようだし、これならクレームもくるまい。
そして予定通り捕われているお姉さんがエックスを応援しようと言うと、子供たちが大声でエックス!と叫んでくれた。これは素直に嬉しかったが、一番声が大きかったのがあのクレーマーの少女っていうのはどうなんだ?
「エックス!」
「エックスーーー!」
ちょっと隣に座ってる男の子引いてるぞ、年を考えろクレーマー少女、と言うかお前は一回目のショー見てるんじゃないのか。
そんな事を思ってると予定通りスモークが焚かれ、ステージが白い煙に満たされる。
モクモクと煙は炊き上がるが、なかなかファイナルフォームのエックスが来ない、ファイナルフォームが来たら、俺は肩が叩かれステージ袖に引っ込む事になっている。
トントンと肩が叩かれ、俺はやっと来たかと思って、少し顔を上げると戦闘兵に扮した店の企画担当だった。
えっ?みんなの力でエックスが戦闘兵になるって新しすぎない?
「ごめん、三石君ファイナルフォームの人お腹壊して来れないんだよ、怪人倒しちゃって、ごめんね」
と目出しマスク越しにウインクする企画担当。この店本当に大丈夫か。
「はい、ファイナルチェンジの武器、ウイングオメガソードだけあるから必殺技適当に叫んでくれば照明と効果音はなんとかするし、よろしく」仮面に小さいマイクを取り付け、鳥の羽の形を模した剣を手渡される。マジかよ。
スモークもうじき晴れるから、とか無責任な事を言い残して企画担当は引っ込んだ。
えぇーやるっきゃないのか。思い出せ俺、確かエピソードの中でファイナルフォームが封じられてウイングオメガソードだけで倒した回があったはずだ。思い出せ、確かこんなシュチュエーションで…
やがてスモークが晴れると未だ倒れたままのエックスが転がっているのを見ると、会場からどよめきの声が出た。
確かあのエピソードも倒れてる時に誰かがエックスって叫んで…。
嫌な汗が吹き出てきたぞ。
動かないエックスを見て皆が不審に思っていると、クレーマー少女が大きな声で叫んだ。
「エーーーーーーックス!」
それに続いて、子供たちが大声で叫ぶ。
「エックス!」
「エックス!」
「エックス!」
俺は片膝をついてウイングオメガソードを杖のかわりに立ち上がると、声援はシンとやんだ。聞こえるのはマイク越しの俺の荒い息遣いだけ。
「はぁはぁ…、くっ…、立てて良かった…、強くなって本当に良かった…」
俺は壇上から空の見えない天井を見上げる。
「声が…届いて良かった…」
「俺は…まだ、戦える」
ウイングオメガソードの柄に取り付けられているスイッチを押すと、機械音声が鳴り響いた。
[WING-OMEGA-SWORD MODE=HYPERION]
本編でも一度しか使われなかった、ウイングオメガソードのハイペリオンモード。
コウモリ怪人の人ならノってきてくれるはず。
コウモリ怪人は台本に書いていないのに翼を振り上げ俺に突進してきた。
キタ、ノってきた!
俺は内心テンションが上がりながら、コウモリ怪人の腕を掴み豪快に背負投げを行う、そうこのエピソードはウイングオメガソードをハイペリオンモードにしたのはいいが結局剣を使わずに終わるという斬新な終わりだったのだ。
せっかくなので最後くらい使ってやろう。
俺は怪人にウイングオメガソードを突きたてスイッチを押した。
[HYPERION-FINAL-POWER]
非常に低くて発音の良い英語で発せられる必殺技、少し遅れ気味に効果音が鳴り、コウモリ怪人はグォォォォォと断末魔を上げた後、ステージ上に赤いスモークが焚かれて大きな爆発音が鳴る。
スモークが炊かれている間に怪人は回収されていった。残されたのは俺だけでエックスの敵を倒した時のポーズ、腕をクロスさせエックスを作り、エックスライトを赤く点灯させステージ袖に引っ込んだ。
その後変身前の役者さんが現れ、悪は絶対に滅ぶ!とカッコよく決めて終劇となった。
怪人役の人に投げ飛ばしてごめんなさいと謝ると、中の人が頭の被りを外し俺にグッジョブと親指を立てて、四一話のあれだね、と元ネタも理解してくれて嬉しかった。
ファイナルフォームの人はどうやら過度の緊張でお腹が痛くなったらしく、トイレから出てきた後俺にひたすら平謝りしていた。
企画担当の人も客の反応が上々だったようでありがとうと喜んでいた。
「三石君、何で最後背負い投げだったの?」
「そういう話があったんですよ、ファイナルフォームに変身できなくて背負い投げで倒すっていう」
「あぁあの回ね、うん、…知ってる知ってる」
間違いなくこの人絶対知らない。
俺は次のショーまで時間があるので、百貨店の屋上に出て仮面をとり、気温の低い中、上のスーツを脱ぎ半袖シャツに、下はエックスのスーツ姿と言うたまにいるテーマパークの見てはいけないマスコットキャラになっていた。
「あっつい、冬で良かった。夏場なんて地獄だぞ」
暗くなった夜空を見上げなら白い吐息を吐いた。
「お疲れっス」
「ほぇっ?」
間の抜けた声と共に、俺の頬に冷たいコーヒー缶が当てられた。
「つめたっ!」
振り返るとクレーマー少女、昨日電気街で会った少女の姿があった。彼女はまた会いましたね、と言うと風になびく長い髪を抑えながら、少し頬を紅潮させ上機嫌だった。
「凄く良かったです、殺陣のコントも面白かったですし、爆発で倒れこむシーンも迫力ありました。私本当に立てなくなるんじゃないかと思いましたよ。ラストのあれってエピソード四一の変身不可絶対絶命エックス渾身の背負い投げですよね?最初のショーじゃなかったですけど、凄く良かったです。再現度が高くてほんと感動しました」
彼女は嬉しそうにまくしたてていく。さっきのショーが相当にお気に召したらしい。
「あのフリーターとか?もしくはここの従業員の方なんですか?」
「あぁ違うよ、普段は学生。夢を壊すようで悪いけど電気街であった通り、オタクだからこういうアルバイトとかあったら飛びついてるんだ」
「そうなんですか、クォリティ高くて凄く良かったです。私的に最初の俺、満を持して参上!で大満足でしたよ」
彼女はエックスの決めポーズを行う、特撮も相当好きなんだろうな。
「あぁ何でマスクドヒーローシリーズは女ヒーローが少ないんでしょうね。私もマスクドヒーローやりたいです」
俺は思わず笑ってしまった。
「あれ、わ、私そんなに変なこと言いました?」
えっえっとキョドってるところも可愛いな。
「いや、可愛いなって思って」
「は、へっ?」
最初は意味がわかっていなかったのようだが、言葉の意味を飲み込むと、エロ本コーナーの時のようにボンっと耳まで真っ赤になった。
「いや、あんまり深い意味はないんだけどね、君みたいに爛々と目を輝かせてヒーロー物を語る友達がいなくてね。それが可愛い女の子だったから面白いなって」
「あっあっ、えっとその、ありがとう?」
返答に困って缶コーヒーの空き缶の縁を撫でている様子が可愛い、是非アニメ化してほしい。
「特撮好きなんだ、トラブルも好きだよね?結構好きなジャンルは幅広い?」
「えっと、日本のオタク文化大好きです、私今までアメリカに留学してて、昨日帰ってきたんですよ。それまでずっと帰ってきたら、あの有名な電気街行こうって決めてました」
「そうなんだ、でもスイカブックとか知ってたよね」
「全部ネット知識で。ゴーグルマップさんと、各公式ホームページにはお世話になってます」
「成程ね、知識はたっぷりつけて帰国してきたわけだ。電気街ぐちゃぐちゃしてたでしょ」
「いえ、思ったよりすっきりしてました。それより平然とメイドさんやアニコスの人たちが歩いてて感動しました」
「あぁ、なかなかなカオスだからね」
「あの、今期のマスクドヒーローダブルエックス見てますか?」
「エックスの弟が主役のやつでしょ」
「それです」
ここから後はひたすら少女とのアニオタ、ゲーオタ、特撮オタ、PCオタの話だった。
「あぁ楽しいです、私日本のオタク文化に触れられて嬉しいです。それ以上にこうやって直にオタトークができる人が欲しかったんです」
「トークなら、ネット掲示板とかあるけど」
「あそこはダメです、すぐに論争になりますし、挙句の果てに全く関係ない話に発展します」
「確かにね」
俺は苦笑いを浮かべる。
トークが楽しくて時間を忘れてしまったが携帯で時間を確認すると、もう戻らなければいけない時間になっていた。
「さて、じゃあ最後のショー行ってくるよ」
「あっそうですよね、私も最後のショー見たいんですけど、姉と約束があるので」
非常に後ろ髪引かれるような、捨てられた小犬のような目をしてこちらを見る少女。
「そういえばさ、君名前聞いても大丈夫かな?」
「す、すいません、私自己紹介もせずに。伊達雷火と言います。伊達政宗の伊達に、雷に焚き火の火で雷火です」
「そうなんだ」
変わった字だねと言いたかったが、もしコンプレックスを持っていたら失礼なので指摘するのはやめた。
「俺は三石悠介」
俺の名前を聞いた瞬間、一瞬雷火は表情を硬直させたが、またすぐに元に戻った。
「三石さん、スマホですね…」
「そうだよ」
「スマホって赤外線あるやつとないやつってありますよね、三石さんのってついてます?」
なんとか自然な流れで携帯の話にしたいみたいけど露骨すぎだと思う。
「赤外線?あるよ」
俺はスマホの赤外線部分を見せる。彼女も同じようにスマホの赤外線部分を出していた。
無言で。
「………」
「………」
そっぽを向きながら自分の赤外線部分を爪で叩いている雷火。
「あぁ、うん…メアドとか、良かったら交換してくれないかな?」
「えっ、父からあんまり教えるなって言われてるんですけどね」
と言う割には手馴れた感じで、受信はよと送信画面を見せつけてくる。
「ちょ、ちょっと待ってね、受信どうだったかなぁ」
「PCオタなのに機械音痴ですか?」
俺の弱いところを見つけて喜ぶ雷火。
「いや、違うんだよ、PCはノリと経験でいけるんだけど携帯はコロコロ操作が全部変わったりするから、経験が生きないんだよね」
「言い訳ですね、わかります。貸してください、私やります」
ぱっと俺から携帯を奪い取ると、簡単に送受信を終わらせてしまう。
「後で試験メールしますね」
「う、うん」
「あの時間大丈夫ですか?」
「えっ?」
時間を確認すると五分前に帰ってこいと言われていたがもう、始まっている時間だった。
「ごめん、もう降りるね」
「頑張って下さい」
彼女は嬉しそうに手を振って俺と別れた。