火恋とお風呂
おいでって、何をどうすればいいと言うのです?タオル一枚しか身につけていない憧れの先輩においでと言われればどうすれば良いと言うのです?
「私が洗おう」
成程、それはありがたいですね。
「何て言うとでも!?」
「何を一人で言っているんだい?」
脳内会話は漏れていなかったようで、先輩は小首を捻っている。
俺はバスチェアーに座り、先輩が流すシャワーを身に浴びていた。何で銭湯みたいな大きなお風呂ってシャワーの前に鏡があるんだろうね。
本日のラッキーアイテムは鏡でバッドアイテムも鏡で決定なようだ。
その鏡の使い道は決して自分の体を洗ってくれている、先輩のタオル姿を盗み見る為のものではないと思う。
先輩は俺の頭にシャンプーをかけるとシャカシャカと音をたてて洗いはじめた。
「こうして君とお風呂に入ることになるなんて思ってもいなかったよ」
「俺もです、どこでどうしたら、こうなるかわかんないです」
もし生まれ変わってハイスペックν俺になったとしても、同じルートに入れるかと聞かれれば、にべもなく無理と言うだろう。
「痛くないかい?」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」
先輩の方をチラチラと盗み見ながら、恥ずかしいのは俺だけで先輩は恥ずかしくないのかなと疑問に思う。曇った鏡に写る先輩の表情は赤いが、それが羞恥心によるものなのか、お風呂の熱気によるものなのかは判別がつかなかった。
「どうかしたのかい?」
「いえ、何でもないです」
なんでもない事なんてない。先輩にとっては意外と普通の事なのか?平然としているが、先輩裸なんですよね。
自身の中で浮かんだ裸の先輩の姿に、また自分の血圧と脈拍が上がったのがわかる。
バクンバクンと心臓は壊れたポンプのように凄い勢いで血液を体に送り出していく。
「少し幻滅してしまったかな?私がこんなはしたない女で」
「いや、全くそんなことは、嬉しい限りです」
「ありがとう、でもがっかりさせるようで悪いが、下に水着を着ているんだ」
「な、成程」
安心したのかがっかりしたのか、どちらかはわからないが、当然と言えば当然だろう。
「見るかい?」
「いいんですか?」
「フフッ、見せる為に着てきたんだよ」
普通は見られても大丈夫なように着てくるものだと思ったが、違うようだ。
ザッと頭の泡を洗い流すと、俺はバスチェアーに座ったまま半回転して、先輩の方に向き合った。
先輩の体はお湯で濡れ、全身から雫が滴っていた、タオルもところどころが透けて、下から黒色の水着が見えている。
先輩は胸元のタオルをゆっくりはずすと、こちらに見せつけるように、タオルの両端を掴み両手で広げて、その水着姿を惜しげもなく見せてくれた。
三角ビキニタイプの水着で赤と白のストライプが入っている、上下共に紐でとめるタイプのようで多少サイズが違っていても調整が効くようになっているが、その水着はグラマーな火恋先輩の体と比べ誰がどう見ても小さすぎる。
子供サイズの下着を身につけた大人のようで、先輩の胸を押さえつけている三角形はトップを隠す程度にしか役割を果たしていない。
「どうかな?」
照れ笑いをする火恋先輩の顔がまだあどけなく見えて、顔と体と着ている水着のアンバランスさから俺は興奮を抑えるのに必死だった。
先輩の両手を開いてタオルを広げているのが、露出狂のようで、もの凄い背徳感を感じる。
「凄くいいです、まさか先輩がそんな、…水着を持ってるなんて思わなかったです」
その姿を見て俺はガウォーク形態から動けそうになかった、人間って何故ホバー出来るようになっていないんだろうね?
「実はこれは雷火のなんだよ、アイツのパソコンでお気に入りフォルダの中に君の名前が入っているのを見つけてね、中を見てみたら、こんな…はしたない水着を注文しているのがわかったんだ」
自分でもはしたないと自覚しているようで、きっとタオルを着ている時からドキドキしていたのだろう。
「火恋先輩も負けじと注文したんですか?」
「ああ、まさかこんなに早く君に見せる日が来るとは思わなかった。恥ずかしいが君に見られるのは嬉しい」
見ると先輩の顔は真っ赤で、これは湯気のせいだけではないだろうとわかった。
「火恋先輩、気を悪くしたらすいません。あの、ちょっと変態っぽいところありますよね?」
「…君の最初の写真撮影が悪かった、私にあんなコスを着せるから」
「恥ずかしい服を見られるのが好きになった?」
そう聞くと先輩は恥ずかしげにコクンと首を縦に振った。
「君が私の変態性に火を点けたんだ、責任はとってくれるよね?」
ゴクリと生唾を飲み込んでしまう、この姉妹はどうしてこんなにも誘うのが上手なのか。
先輩はそのまま俺の膝の上に座ると、ボディーシャンプーを対面のままペタペタと塗り始めた。
「これは別に洗っているだけで何もやましいことはしていない」
別に咎めたわけでもないのに先輩は言い訳をしている。
「私は水着を着ているし、両者に強要もない、しかもここは自宅だし、お風呂場をどう過ごすかなんて個人の自由だ、そう思うだろう?」
「そうですね、何も間違ってないです」
熱に浮かされたように先輩の口調は早い。
ペタペタピチャピチャと体を洗う音だけが風呂場に響いているが、火恋先輩の至近距離にいる俺には少し荒い息遣いが耳に聞こえる。
「あの、火恋先輩」
「………」
「先輩?」
「あ、ああ、どうしたんだい?」
一心不乱にペタペタしていた先輩は何も耳に入っていなかったようだ。
「そろそろお風呂に入ろうかと思うんですが」
「そ、そうだね、そうしよう」
二人で泡を洗い流すと浴槽に浸かった。
二人並んで浴槽につかると、先輩は浴槽の底についた俺の手をしっかりと握る。
浴槽に入っていないと、ただ並んで浸かっているようにしか見えないが、実際は指を絡めて手をつなぎ合っている、そんな内緒遊びみたいな行為がたまらなく羞恥心をかきたてて、たまらなく楽しかった。
「悠介君、聞いていいかい?」
「何ですか?」
「今、私と雷火はどれぐらい差がついてるんだろうか?」
「差って、そんな」
「私と雷火で大きく差がついているのはわかっているんだ、私は君の想いにも気づかず、居土君の方になびき、雷火は君と同じ趣味を持ち話も合う、それに君の為に本気で怒り涙を流した。恋愛にゴールなんてものはないが、実は雷火はもうゴールに到着しようとしていて、私はまだ折り返し地点にすらついていないのではないか?そんな事ばかり考えてしまう、だから私は今こうやって君と二人きりでいられる時間が凄く嬉しい」
こちらを見てはにかむ姿に、先輩の想いが全て乗っているように見えて、俺も赤くなってしまう。
「火恋先輩の言うとおり、ポイント性じゃないですし、何回笑顔を作ったかで決まるものでもないです。何点とったから雷火ちゃんがいいですと決めたりしません」
「……そう、だね」
先輩は不安そうにお湯に顔を半分浸かるまで沈んでしまった。
「……先輩、もし俺が先輩も雷火ちゃんも欲しいって言ったらどうします?」
最低な質問その2
「………」
ブクブクと沈んでいた火恋先輩は、沈んだままチラリとこちらを見ると、また何かを考えるように沈む。
コイツ思考が居土よりゲスじゃないかとか思われていてもおかしくはない。
「姉さんからかい?」
流石火恋先輩、鋭い。
「違います、俺は二人共大好きです、ですから二人共離したくありません。そんな最低な意見です」
「………君は優しいな。つくづく君には負担をかけているよ」
お湯の中で握られた手がそっと撫でるように動いた。
「………どっちかの手しか取れないって不幸すぎるじゃないですか、それって結局どっちも幸せにならない」
俺の意見に少し悲しい顔を作ると、先輩は俺の顔を見ずに答えた。
「そのようなこと伊達には許されない、社会のルールに則って誰か一人を愛すべきだ。それが君の決めた事ならば私も雷火も文句なんて出さないし、出させないよ」
「先輩、俺は社会とか伊達とかじゃなくて火恋先輩の意見を聞きたいんですけど」
「………」
「もし、どちらかを選ぶ日が来た時に、俺にどちらかの手を離す判断が下せる自信がありません。手を離す努力をするより、両方引き上げる努力の方がしたいです」
矛盾だ、大切な人を声高らかに大切にしたいと言いながら、悲しませている。
「………」
「すみません、どれだけ取り繕ったところで二股したいって言ってるようにしか聞こえませんよね」
「…君はあえて自分から嫌なことを言おうとする節があるね」
「曖昧なまま話が進んで抜け出せなくなってからじゃ遅いです、それが大切な人ほど」
そう、はっきりさせなきゃいけない。
どんだけ上から目線なんだ俺はと、自身で渇いた笑みが漏れた。
なんとなく雰囲気が重くなってしまった。最初の浮ついた空気も消え去り、お互い沈黙が続いている。
「すいません、先に出ますね」
早いうちに消えてしまう方が良いだろう、困らせるような事ばっかり言って悪いことしたな。
俺がすっと立ち上がると、先輩は眉の端を吊り上げていた。
やばい、怒らせた?
先輩はお風呂から上がろうとする俺に足払いを入れると、俺はひっくりかえるように浴槽にダイブした。
「ぶはっ!先輩!?」
「ゆっくり浸かってから出たほうがいいよ」
そう言ってジリジリと俺への距離を詰めてきた。
「君が言っているのは徒競走で全員一位にしたいと言っているのと同じだ、普通そんなのおかしいだろう」
「そうですね」
その通りだと思う。
「勝っている人間からすればふざけるなと思うだろう、でも負けている人間はどう思う?」
「同じポイントが入るなら嬉しい、ですかね?」
「私はどう思うと思う?」
先輩の目に少し怪しい光が灯っていて、ちょっと恐い。
「火恋先輩なら、そんな勝負は無意味だと言うんじゃないかと?」
いつだって、正々堂々としている火恋先輩がそのような流される意見に傾くとは思えない。
「はずれだね、正解は嬉しいだよ」
そう言って先輩は俺を浴槽のヘリに押し付け、そのグラマーな体を強く押し付けてきた。
「言っただろう?私は変態なんだ、妹の次に抱かれると思うととても興奮する」
マジでか?
衝撃の告白に言葉が出ない。俺の予想の斜め上を行っていた。
「私はどちらかと言うと虐げられる方が燃えるタイプだ」
へ、変態だーーーー!!
「一番嫌いなのは、好きな人に興味をもたれなくなることだ」
「先輩、それは元からの先輩なんですか?」
「違うよ、君が私をこうした、だから責任をとってほしい」
先輩は少し体を離すと熱を帯びた瞳でこちらを見据えてくる。
「どうだい、幻滅したかい?恐らく君の想像の私はもっと別のものだろう」
確かに先輩のイメージは強い、気品がある、凛々しい、格好良い、真面目そんなところだ。
「伊達とか、今はどうでもいい。君と繋がる機会があるなら私はそれにすがる。こんな女で良かったら、私を貰ってほしい」
プロポーズのような言葉を受け、俺の脳は沸騰して、何かが沸き溢れている。
強く押され、お風呂のへりに寝転がるように倒されてしまう。
「楽しもうか?」
「せ、先輩いつもの先輩に戻って下さい」
「うるさい」
これはもうダメかもしれんね!
大混乱中の俺を救ったのは後片付けを終えた三女だった、タオルを巻いて入ってきた辺り火恋先輩と同じ考えだったのだろう。
「悠介さーん、サプライズですよー。えっお姉ちゃん!?何してるんですか!」
木製の湯おけが頭部にヒットして俺の意識は刈り取られた。