オタクの戦い
第二回火恋先輩のコスプレ撮影会は今週末に行われる事が決定された。
教室に帰ると相野の質問攻めが待っていた、その攻めにさっきのは火恋先輩の妹でお家事でごまかした、大体あってるからいいだろう。
そして放課後になり相野とバッティングセンターへ行こうとしていた時に再び呼び出しがかかった。
「悠介、今度は居土先輩が呼んでるぞ。美少女の次はイケメンかよ、こっちは全く羨ましくないけど」
「ああ、来たんだ」
来るかなとは思ったが、やっぱりか。
「すまん相野、また無理になったっぽい」
「だろうな、なんかそんな気がした」
片手で謝罪すると相野はさっさと行けと手を振っていた。俺は居土先輩の方にかけていった。
居土先輩が教室前から場所を変えようと移動したのは体育館裏の倉庫前、これが女の子だったら告白展開くるか?とか、そんなこと思えるけどイケメンでは無理だ、当然そっちの気はない。
「どうもです」
「呼び出して悪いね」
いつも自信に満ちた居土先輩と思えない程、消沈していて視線を彷徨わせている。
「君に謝罪しないといけないと思ってね」
「昨日の話ですか?」
そう言うと先輩はコクリと頷いた。
「昨日火恋さんを連れ出したのは僕だ、君とのデートまでに時間がほしいと言ってね」
「はい、聞きました」
「じゃあ、その後どうしたかも知ってるかな?」
「ご両親と会って、病気の子供と会ったって言ってました」
「あー、そこまで聞いたんだ…。わかると思うけど全て口実だ」
居土先輩はあっさりとデートを故意にすっぽかさせたと認めた。
「土曜日のデートがね、本当にうまくいかなくてね。それに君金曜日電気街に火恋さんと一緒にいただろ?その時の火恋さんが凄く楽しそうでね、正直妬けたよ。なんというか僕には見せたことのない表情だったから」
「居土先輩なら別に焦らなくても、一つ失敗したぐらいでひっくり返るようなものじゃなかったでしょう」
「そうだと思ってた、でもデート中に君の話になってね。彼女からは考えられないアニメの話が出てきたよ、それに彼女が僕にプレゼントを渡そうとしてるのもわかってた、あれは君が選んだやつだろ?プレゼントの中身をちょっとだけ覗いたけど彼女からは考えられないセンスの時計だった」
「選択肢はいくつか俺が上げましたが最終的に決めたのは火恋先輩です」
「そうかい、でもその時はそう思えなくてね。君が選んだ物を僕に手渡そうとしているんじゃないか?って、ついなんとか彼女の気を惹こうといろいろやったけど、全て彼女に恥をかかせることばかりになった」
居土先輩は後悔しているのか空を仰いでいる。
「それで日曜に?」
「このままではまずいって思ったのと火恋さんがこれ以上君と仲良くなるのを防ぎたかったんだ、別にこの判断は間違ったと思ってないし、両親に無理を言ったのも僕だ。そして今回婚約者候補から外されたのも僕のせいだ」
「居土先輩…」
「すまないね、勝手に勝った気になって、少し失敗すると空回るし、最低なことまで平然とやって結果君も火恋さんも傷つけた。聞いたよ、許嫁は妹の雷火さんに全て引き継がれたんだろ?」
「はい、みたいです」
「彼女責任感が強いから、家を継ぐ責任を背負ったのに僕がその責を無理やり下ろしてしまった上に背負う必要のなかった妹さんに背負わせてしまった。もうボロボロだよ」
居土先輩は頭をくしゃくしゃと無造作にかくと頭を抱えるようにして俯いた。
しかし先輩はすぐに顔を上げると、ここからが本題とばかりに語調を強めた。
「そこで話があるんだけどさ、君は伊達家を継ぐことに興味があるのかな?」
「いや、あんまりないですし、俺も居土先輩に勝てる気がしてなかったので全くと言っていいくらい何も考えてなかったです」
「うん、多分そうじゃないかと思っていたんだ。それでなんだけど、その君の責を僕に背負わせてくれないかな?」
「???」
何言ってんだコイツという俺の表情を気にすることなく居土先輩は説明を続ける。
「君にこの許嫁の話を辞退するって伊達さんに言ってほしいんだ。今回の話だといきなり婚約者がかわるなんて自体になって君が無理だと言えば通る話なんだよ」
「それを言ったところで、通るかもしれませんが居土先輩の復活にはならないと思うんですけど」
「いや、出来ると思う。妹さんが僕を許嫁候補に戻して欲しいと頼めばきっといけると思う」
「妹?雷火ちゃんが居土先輩を?」
「そう、火恋さんが僕の事を頼んでもただの擁護にしかならないけど、僕と接点がない妹さんが、僕を許嫁にしてほしいと言えば再考してもらえると思う」
「いやぁ雷火ちゃんが居土先輩を押す理由がないでしょ」
「理由なんていくらでも挙げられるよ、大丈夫。それに僕は剣心さんからは買われてると思うんだよ」
俺はその居土先輩の言う大丈夫に薄ら寒いものしか感じなかった。
「えっ?大体居土先輩って火恋先輩の事好きじゃなかったんですか?」
「あぁ好きだよ、でも火恋さんはもう家を継げないんじゃ妹さんにいくしかないだろ?」
何を当たり前なことを聞いてるんだい?と言いたげな表情の居土先輩。
「えーっと俺モテないんでよくわかんないんですけど、火恋先輩は好きだけど、家が継げないから雷火ちゃんに行くということでいいんですよね?」
「そうだよ」
「そもそも妹さんって呼んでますけど雷火ちゃんに会ったことはあるんですか?」
「直接会ったことはないけど、先日見たよ、あの家系はほんと美白美人が多いよね」
「先輩つまりは、火恋先輩を捨てて家の為に話したこともない雷火ちゃんに行くってことですか?しかも復活を頼み込んで」
「言い方は悪いけど直訳するとそうなるかなぁ」
シレっと言ってのける居土、あぁ居土先輩、いやもう居土でいいや。
「君が辞退してくれれば、君はこれまでと何もかわらない平穏が手に入るよ、そんなに悪い話じゃないと思うんだけど?」
「………」
「妹さん君に懐いてるみたいだからさ、その剣心さんに頼むように言ってくれると嬉しいんだけどダメかな?」
居土は人懐っこそうな笑みを浮かべて俺に手を合わせてお願いしてくる。
「別にそれがダメでも、僕がなんとか口説いていくからいいんだけどさ。婚約者辞退だけはお願いできないかな?僕とその雷火さんの未来の為にさ」
「居土先輩、火恋先輩はどうなるんですか?先輩の言う被害に合わせた一人なんでしょ、それじゃあんまりにも火恋先輩が可哀想だ」
「んー火恋さん…ね。大丈夫とりあえず僕が許嫁に戻ったらなんとでもフォローはするからさ。ただ僕の興味は火恋さんより雷火さんに移ってるからね、今日転校してきたでしょ?可愛かったね、本当に純真って感じでさ、いろいろ教えてあげたいよね」
なんか切れる音がした、ぐんぐんと自身の中で熱が上がっていくのがわかる。
俺は何の前触れもなく居土の胸ぐらを掴み、体育倉庫に背中を叩きつけた。
「いい加減にしろよ。人の気持ちをゲームかなんかと一緒にしてないか?そんな好感度下がったら上げればいいやみたいな気持ちで接して、本当に彼女達を大切に出来るんですか?」
「痛いな、離してくれないか?」
「何がそんなに悪い話じゃないだ、アンタみたいな人の気持ちを考えられない人間に火恋先輩も雷火ちゃんも絶対に渡せない!」
「離せって、何熱くなってんだよ」
「お前がきっと火恋さんの事好きだと思ったから俺は!」
「考えがウザイんだよ」
別に体を鍛えているわけでもない俺はあっさり跳ね除けられてしまった。
「他人の気持ちを考えてるだけだから、取られるんだよ」
「そうですね、臆病な自分を呪うよ、だからもう後悔しないようにアンタには絶対に手出しさせない」
「君、ちょっとつけあがりすぎじゃないか?君みたいな何の才能も持たない人間に守れるような安い人達じゃないんだよ」
「一番人間の安いお前が言うな!」
「黙れよ!」
居土のむき出しの敵意に驚くがビビってもいられない。
熱くなった俺は凄い、でも熱くなったからと言って不思議な力が目覚めるわけでもないのでひたすらにボコボコにされてしまう。
居土の拳が俺の顔面を右に左にボールのように揺さぶり一瞬自分が立っているのか、倒れたのかすらわからなかった。
「くっそ、お前のせいで全部パァになるじゃん」
普段とは想像がつかないくらい低い声で、忌々しげに呟き俺の鳩尾に膝を突き入れる。
「ご、はっ」
腹の奥から来るような痛みに俺は膝が折れないようになんとか地面を踏みしめるが、腹を押さえて下がった顎に鋭い拳が突き刺さり、仰向けに地面に倒れ込んでしまった。
「なんでお前みたいな奴に火恋さんも妹さんも伊達もとられなきゃいけないんだよ、お前あの家の価値わかってんのか?」
やっぱりコイツの狙いは伊達家か。
「知るかよイケメン」
地に伏せている俺に、苛立った踵落としが腹に入って悶絶する。
「あそこを手に入れられればどの業界にだって圧力をかけることができるんだ、おまけに資産価値は数百億、金も地位待ってるだけで手に入る。しかも僕はお前みたいな凡人オタクと違って努力する。僕の息子に家督を継がせるらしいが、それまでに時間がかかる、ならその間に伊達の全てを掌握してみせる!」
「努力の方向が邪なんだよアンタは!」
俺はいつまでも人の腹の上に乗せられている足を掴み力いっぱい投げてやる。
しかし居土は少し態勢崩した程度で動じることはなかった。
「やめてくれよ、優等生で通ってるのは三石君も知ってるだろ?本来僕はこんなことをする人間じゃないんだ、わかるだろ?」
そう敵意がないように話すが居土の靴は俺の頬を踏みしめていた。
「お願いだよ三石君、君のお父さんの会社と僕の父の病院が繋がってるのは知ってるだろ?ウチ経営実は怪しいんだよ、ウチの製品を君の会社に卸せなくなる、そうなると君のお父さんも困る、でも僕が伊達に入れば立て直すことなんて簡単なんだよ、君が前の生活に戻るだけで、伊達から簡単に融資を受ける事が出来る。君はウチの病院と君のお父さんの会社の人間全てを救うことができるんだよ?もう一度考え直してくれないかな?」
居土はハニーフェイスを崩さず、めりめりと俺の頬を踏みしめる強さは強くしていく、拒めば更に痛めつけるぞと態度で示しているのだろう。
「そんな身内贔屓で立て直した会社がその後うまくいくとでも思ってるんですか?人の財布アテにしてないで男なら自分で立て直すぐらいの事やったらどうなんですか!」
「そんな生意気なこと言わないでさ!お願いだよ」
余程今の言葉に腹が立ったのか、先輩は笑顔を崩し骨を砕こうとしているのか、全体重を俺の顔に乗せてくる。
「いつまで人の顔に汚いもんのせてるんですか」
俺は居土の足を掴みめいいっぱいの力で脛を殴り続けた。
「いったぃんだよ、何してんだよ!」
脛は痛かったのか、居土は飛びのくと俺の頭をサッカーボールのように蹴った。
頭に強い衝撃と鈍痛が走り、口の中に鉄の味が広がった。
「喉とか潰すか、あと手と折れば、君が回復する前になんとかケリをつけよう」
居土は俺に馬乗りになり、首を絞め始めた。
「アンタは最低のクズだ、人の好意を利用して自分の利ばかりを考えてる、そんな奴を俺は許さない。お前みたいな奴に絶対にあの家族に手出しさせない」
「だからなんなんだよ、青臭い事ばっかり言いやがって身の程を知れよ!三姉妹共仲良く面倒見てやるから安心しろよキモオタ!」
目前に迫った居土の鼻っ柱めがけて俺は渾身の頭突きをかましてやる。
「いっでぇ」
めりっという嫌な音と共に居土が鼻をおさえると出血していた。
「僕が鼻血?ありえない、ありえないぞお前!」
完全に頭に血が上り体育倉庫に立てかけられていたトンボの鉄パイプ部分を引き抜き殴りかかってきた。
必死に歯を食いしばり、衝撃に備えたがいつまでたっても衝撃は襲いかかってこなかった。
俺が目を開けると、鉄パイプより遥かに強度の劣る木刀で防がれていた。
「火恋先輩…」
「すまない、本当はもっと早くに助けるつもりだったのだが、顔が酷い事になっていて助けられなかった」
そう言う先輩はスっと居土に木刀を向け、俺には背を向けたままで表情を一切見せてはくれなかった。
「居土君、君には聞きたい事と謝りたい事があったがどうでもよくなった。悪いことが起きたがいい事も同時に起きた、なので君は処刑だ」
えー話繋がってませんよ。
「これは…、違うんですよ」
居土のやぶれかぶれの言い訳ををするが、全く聞く耳をもたない火恋先輩。ユラユラと左右に揺れながらまるで亡霊のような足取りで近づいていく、しかしその右手に強く木刀を握りしめて。
「君が許嫁から外れてくれて本当に良かった。それと悠介君が残ってくれて本当に良かった、玲愛姉さんもこれを見越していたのか?それなら一生姉さんに頭は上がらないな」
先輩は緊迫した空気にも関わらずフッと笑い声をこぼした。
「いや、ちょっと待ってよ。火恋さん僕は君の事を大事に思って…、そう君の事を愛してるんだよ、だからこそこんな事になってしまったけど、全ては君の為なんだよ」
なかなか苦しい上に最低な理由つけやがるなあの野郎。
「私も君の事は好いていたよ、これが恋なのかどうか確信がもてず乙女のようにやきもきしていた。だがあれは違うと今確信した」
「へっ」
「私が君に恋しているのなら、君と向かい合って少しは心が痛むものだろ?」
そう言って火恋先輩はまた笑ったような気がした。いや背中向けてるから見えないんだけど、ただ居土の顔がイケメン顔から恐怖の表情に変わるのは見えた。
「畜生、なんでどいつもこいつも思い通りにならないんだよ」
居土は火恋先輩に向かい持っていた鉄の棒で殴りかかるが、木刀でコンと軽い音で軌道を逸らされ地面に棒を突き刺してしまう、火恋先輩は態勢崩している居土に何の躊躇いもなく木刀を振り下ろした。やられ役のお約束みたいなセリフを吐いて突っ込んだ居土は案の定簡単にやられた。
「君の話嬉しかったよ。この話は父上に上げる、またそちらに連絡がいくと思うから待っていてくれ」
少し泣いた後の見える火恋先輩は、ニコっと俺に天使も悪魔も撃墜されるような微笑みを残し目尻をぬぐい顔を見せないように大急ぎで走り去った。
「わかりました」
俺が痛む体を摩りながらそろりそろり体育館裏からでると剣道部の面をかぶり救急箱を持った不思議な少女に出会った。
「あの、どうしたの雷火ちゃん」
「姉さんと同じで、顔が酷い事になってるので許してください」
鼻をすすり少し掠れた声の雷火ちゃん。
「手当するんで」
そう言って、雷火ちゃんは無言で俺の手当を行った。
「つかぬ事を聞くけど、二人共いつぐらいからいたの?」
「相野さんに三石さんが居土さんと出て行ったと聞いて、体育館裏に行くところまでついて行ってました」
「じゃあ最初から?」
「はい、実は今回の許嫁の話、居土家の方に連絡を入れたのですが、居土家が不服を立てられてて、出来れば決定的に失格にする理由がほしかったんです。だから済みませんけどしばらく静観させていただきました、本当にごめんなさい」
手当をしながらシュンと謝る雷火ちゃん。
「うん、全然OKこれで居土家は何も言えなくなっただろうしね、良い判断だ」
ポンと面に手を置いて撫でてあげると、雷火ちゃんは面を取るかどうか凄く迷っていたのが可愛かった。
「悠介さん、私嬉しいです、とても嬉しいです。本当に貴方がいてくれてよかったと心の底から思います」
「オーバーだよ」
変に熱くなっていろいろ言った事を思い出してしまい、俺も赤面してしまう。
「三石さんって熱いですよね」
「馬鹿な、ダウン系を自負しているのに」
面と向かって熱いって言われると、照れていいのか、恥じていいのかわからない。
「あの…結婚してもらっていいですか?」
「えっ?何だって?」
「いえ、何でもないです」
今更っと凄い台詞が聞こえたが、かの有名な台詞でかわすことにした。
「でも、まずいのがあの場に火恋姉さんがいたことかなー」
「えっ?助けてもらったのまずかった?」
「いえ、姉さんに火が点いた気がするんですよ」
「火?」
「ええ、姉さん火が点くとほんとやばいんで、めちゃめちゃアタックしてくると思います」
「?」
よくわからないことでまずいなぁと言っているが。とにかく上機嫌みたいなので、俺も黙って手当されることにした。手当を終えると、雷火ちゃんはそそくさと救急箱をしまい帰っていった。
俺は丁度通りかかった生徒に体育館裏で生徒が倒れてるから先生呼んできてとだけ言ってそのまま帰った。