(97) 魔王バーガーの命運
「で、なにか魔王としての考えはあるのかい?」
「柱石家は、予定されている枢密討議の組織変更によって、より過激化するかもしれん。あとは、どこだ? 商人にも同調しそうなのがいるかな」
「ええ。商いの主導権をタチリア勢に奪われるのではないかと考えている、ヴォイム商人がいそうです。現時点では動きはつかめていませんが」
「いる前提で、マルムス商会とタチリアの町の商業ギルドから働きかけてみるか。そもそも、東西の交易ルートは北にしかないんだから、外されようがないのにな」
「既存の商家に利を与えますか? それとも、中堅以下のやる気のある者たちを取り込みますか」
「今回だけの話じゃないから、後者がよさそうだな。そこは、ナギやウィンディ、ボルームの見解も聞いてからにするか」
ユファラ村出身のナギと、ボルーム商会の父娘商人には、商い方面をほぼ任せきりの状態となっている。
「はっ。貧民の避難民対応はどうされますか」
「彼らの意向は既に探っているんだろ? 農村への転出を求める者がいるなら用意できるし、タチリアの町での受け入れもどうにかなるだろう。ヴォイム近辺での受け入れは、エスフィール卿あたりとの相談が必要だがな。とにかく削り始めよう」
「諜者対応はいかがしましょうか」
「ここで聞かれると、きつい対応策が指示しづらいが……、そちらも無力化できるなら、進めよう。諜者の練度はどうなんだ?」
「家宰殿が使っていた者達以外は、さほどではありませんな」
「ベルヌールお抱えの影がいたのか。……取り込めるか?」
「動向を探られているようにも感じます。実力を見せる好機かと」
「存分に頼む。……ただ、肝心の魔王討伐派の中核への打ち手がないな」
「そこは、天帝騎士団でもぶつけりゃいいんじゃないのかい」
「ジオニル不在なら、それもありかもな。留守番で暇そうなファイムに押しつけてみるか」
それぞれの相手の反応で打つべき手は変わってきそうだが、様子見の局面から移行するタイミングなのかもしれない。
「天帝騎士団については、引き続き把握度が低くて申し訳ございません」
「気にするな。……彼女はまだ荒れているのか?」
「ええ。先日も二人が半殺しの憂き目に合いました」
「荒れている彼女とは、女騎士の人かしら?」
「ああ。凄腕なわりに幼さの残る、なんとも厄介なのがいてな」
「幼いだけなら、荒れはしないんじゃない? なにがあったの?」
「それは、拙者も聞いておきたいところです。ワスラムの城市への潜入時にも予測不能な言動をされておられましたが、旧ベルーズ伯爵領から戻ってからは変わり過ぎです。どのような経緯があったのでしょうか」
「心当たりはあるが、原因かどうかは正直なところわからん。それでよければ」
二人に頷かれては、話さないわけにはいかないだろう。ゴブリン魔王であるタケルを打倒した後、虜囚となっていた女性たちの対応を頼んだ中に、天帝騎士団の凄腕女騎士、シュクリーファも含まれていた。
彼女による被害女性たちを貶める発言が、フウカとルシミナの怒りを誘ったために、俺は白金色の髪の騎士にその場から去るように求めたのだった。
ただ、そのままを口にするわけにはいかない。俺は、話すべき内容をまとめて口を開いた。
「勝手な期待をして、頼み事をしたんだ。そして、彼女は思うままに行動して、期待は外れて、トラブルになった。俺は、彼女を責める声に同調し、その場を立ち去るように求めた。……そう言えば、礼を言っていないな」
「具体的な内容は、話してくれないの?」
「一方的に否定する形になりかねない。それは、フェアではないからな」
「ふーん。でも、それだけで、そこまで荒れるかしら」
「確かに、なんと申しますか、羅刹のようですからなあ」
「まあ、年頃の娘は、何を言われたかじゃなくて、誰に言われたかが重要だったりするからねえ」
「その観点なら、やっぱり俺絡みじゃないんじゃないかな」
ネイアはジトっとした視線を俺に向けてきた。しばらく間が空いたあと、提案が投げられた。
「ねえ、一度ちゃんと話してみれば? そっちには含むところはないんでしょ」
「うーん、その必要はない気がするがなあ。まあ、半殺しで収まらなくなったら、話は変わるがな」
実際問題、いつかまた共闘するとして、シュクリーファとフウカ、ルシミナでうまく息を合わせられるかは微妙なところだろう。
話に区切りがついたと見たのだろう。声をかけてきたのは、リスっぽさが特徴的な修道尼ヴィリスだった。
「ところで、一点よろしいでしょうか。魔王バーガーについてなのですが」
「うん? なにか問題でもあったか?」
「実は、嫌がらせを受けているようでして」
「そんな報告は入っていないがな。……そうか、タチリアの孤児院出身者が来てるのか」
「ええ。その縁で話を聞く機会があるのです。魔王バーガーが描かれた看板が、何度か壊されたとか」
「あー、あれか」
辛味を利かせた魔王バーガーはタチリアの町では人気商品となっており、味の改良に加えて辛さも選べるように進化発展している。また、アユムから元世界でのキャラクター展開について話を聞いたトモカやミーニャらが張り切った結果、人目を引くおどろおどろしい魔王的なバーガーのイラストが看板にあしらわれているのだった。
「まあ、魔王バーガーは主力商品なわけではないから、一時撤去してもいいかな」
「ダメですよ。あの子たち、壊されるたびに何度も修復して、この魔王は敵じゃないからと粘り強く布教してるんですから」
「その想い自体はいいんだが、なにも魔王バーガーを媒介としなくても……」
首を振って俺の言を否定したのは、総髪の忍の者だった。
「いえ、タクト様。わかりやすさは重要です。それに、その者たちなりの地道な活動は、いずれ仕掛ける流言やらの工作を成功させる下地となりえます」
「まあ、サイゾウがそう言うなら。……で、魔王バーガーの話はそれで終わりでいいのか?」
「あ、すみません、まだ途中でした。修道会の者で調理、販売に参加させてもらって、より広めようかと思うのですが、いかがでしょう」
「避難民を参加させるのか?」
「いえ。修道会自体が活動休止中ですので、修道士、修道尼の手が空いているのです。営利活動には参加できませんが、作業については奉仕の形を取らせていただければ」
「それ自体は歓迎だが、魔王に奉仕するわけにはいかんだろ」
その話に反応したのは、ネイアだった。伸びやかな声で、提案が為された。
「それなら、修道会として魔王バーガーを作って、避難民全般に援助物資として無償配布するって形なんてどう?」
「それならば、はっきりと旗幟を示せます。修道会の活動としてなら、教区側から指図されるいわれもありませんし」
「なら、月影教団の有志も一枚噛ませてもらいたい」
「いいわねえ」
なんか、話が大掛かりになってきているが、いいんだろうか。まあ、いいのか。
「あ、ただ、魔王バーガーはあくまでも辛いバーガーで、普通のハンバーガーは他にあるんだ。総称なら、黒月バーガーとしてほしいんだが」
「わかりづらいわよ。全部魔王バーガーでいいじゃない」
「いや、辛さが魔王のようだとの意味でな……」
ネイアと若手宗教者の間では、俺の要望を無視して全体を魔王バーガーとの括りにして、現魔王バーガーはその中の激辛魔王バーガーとして設定する、との方針が固まりつつあった。まあ、確かに魔王が提供しているバーガーだから、魔王バーガーでいいのか。
このあたりは、ナギやウィンディ、そしてミーニャとの調整が必要となりそうだった。