(93) 反魔王機運
数日後、候領都方面から急報が入った。
家宰のベルヌールが、ビズミット卿とザルーツ卿を会食に招いて毒殺した上で、自死したというのである。
子飼いの者達によって、候領都ヴォイム明け渡しの手筈までが整えられており、両陣営の有力者も呆然としているそうだ。
候領都入りしたエスフィール卿は、暫定継位を宣言した。こうして、星降ヶ原での騒乱はひとまず収まった形となった。
ただ、総てが思惑通りに進んだわけではない。叔父二人に従っていた柱石家を含む有力者達が、エスフィール陣営にほぼ無傷で編入される流れとなったため、そちらの意向にも配慮する必要が出てきてしまう。
さらには、天帝騎士団との関係性もあり、人間中心主義の否定がしづらい状態のようで、色々と苦労しているとの報告があった。一方で、奴隷化された亜人は無条件で解放し、持ち主に補償した上で本人たちには南方への移住を勧告するとも決められたそうだ。
こちらに大きく影響するのはそれくらいだが、領地の再配分や各柱石家の継位についてなど、難題は山積みだろう。まあ、農地対応は引き続き進められているようで、そちらは安心だが。
亡きベルヌールからは、状態の良い家宰服が何着か届けられた。執事役二人に見せようとしたところ、どこで聞きつけたのかセイヤまでついてきた。執事喫茶にいいかもと言うので、使う場合は色合いなりデザインなりを多少は変えるようにと厳命する。
そこの条件について交渉している間、ミーニャは家宰服を愛おしそうに抱きしめていた。気に入ったのだろうか。
「服だけじゃなくて、なんか手引書らしいものもあったようだが」
「はい。家宰の心得をまとめたもののようです。おもてなし編と謀略編があるのですが、謀略の方はどなたかに託した方がよろしいでしょうか」
「いずれは、筆写なり印刷なりして広めるのもありかもな。まずは保管しておいてくれ。謀略編はサトミやトモカにサイゾウ、もてなし編はフェリスやポチルトが読みたがりそうだが」
「はい、筆写しようと思います。……この服と手引書に恥じぬように生きていきます」
彼女の猫耳はピンと立ち、瞳には覚悟の色合いが見えた。そのための助力をしていくとしよう。
外界の樹々の紅葉が色濃くなってきたある日、宿泊客が面会を希望しているとの話が入ったので顔を出してみた。案内された和風の部屋を覗くと、そこにいたのは天帝騎士団東方鎮撫隊の隊長たるファイムだった。
「よお、来たぞ」
浴衣に近い部屋着に身を包み、木盃を掲げている白騎士はご機嫌のようだ。まあ、深酒をしているわけではなさそうだが。畳と障子が配されたことで、和室にはさらに雰囲気が出てきている。
「で、どうして旧知の友人みたいなあいさつをされてるんだ、俺は」
「冷たいこと言うなよ、同じ戦場で戦った仲じゃないか」
「だが、討伐対象なんじゃないのか」
「あー、その件だ。ジオニルが、あんたらの討伐を主張しててな」
向かいに座ってくわしく聞いてみると、天帝騎士団の他の部隊との功績絡みの話で、魔王討伐の実績を増やしたいのだという。
「手頃な的ってわけか」
「知らぬ仲でもないから、訪問するふりして急襲しちまえば、って話みたいだな」
「ほう……。まあ、あんたやシュクリーファ嬢らの精鋭が投入されれば、あるいはな」
俺は、卓上に置かれた皿から、川魚の天ぷらを口に放り込んだ。いい揚がり具合である。
「ああ。そちらも、いつでも主力が揃っているわけでもなかろうし。……だが、一撃で魔王を仕留められず、住民や訪客に被害でも出れば、天帝騎士団そのものを仇敵として認定するだろう?」
「見透かされてるな。……で、それを事前に伝えてどうする気だ?」
「恩を売ろうなんて気はないが……、正直な話、俺ら騎士団だけでできることは限られている」
「そこは、周辺の諸侯を頼ればいいんじゃないのか?」
「魔王を抑え込めている諸侯は、この辺りでも少数派だ。それも、ある程度の勢力を築いた魔王の討伐には至っていない。あのゴブリン魔王を打倒したのは、稀有な例だ」
「ただなあ……、あれは主力を攻城戦に突っ込んだタケルの敵失だからなあ」
「あの一万ほどのゴブリンが守勢に回っていたとしても、倒せてただろう? あれほど短期の攻略はできなかったかもしらんが」
確かに、赤鎧、ワスラム一党、白騎士との連携を維持して押し込めば、打倒はできていたようには思える。
ファイムが手酌で木盃に酒を足し、また一口飲んだ。
「ひとまず、中央にお伺いを立てて時間を稼ごうとはしている。……今回の情報提供は、もてなしの対価だと考えてくれればいい。それだけの価値がある風呂と料理、それに酒だと思うぞ」
「それは、光栄だな。……だが、今回の攻略にはラーシャ勢が欠かせなかった。あちらは、だいぶ騒がしくなってるようだが」
「ああ。エスフィール卿が領都に入って大団円とはならなかったな。暫定継位はしたものの、年若い女性領主となれば侮る向きもあろうし、関係が深い柱石家の当主二人も若いしな」
「魔王との連携は、エスフィール卿の傷になっているか?」
「否定はできん。なにしろ、領都が蹂躙されたわけだからな。ベルーズ伯爵家が滅んだのもあって、民衆が怒りの持っていき場所を失っている。魔王を討伐すべしと扇動する向きもあるようだ。それもあってな」
「ふむ……」
「ただ、黒月商会とマルムス商会の人気は高いな」
「早いうちから、炊き出しをやってきたもんな」
避難民への炊き出しに加え、ある程度落ち着いてきたのもあって、先日からは領都でのハンバーガー屋台も始めている。
「治療所も感謝されているようだぞ」
それもハンバーガーと同時期に始めた施策で、ポーションを使っての治癒が中心だが、受け容れられているようだ。
「黒月商会は、うちと一体なんだがなあ」
「わからんのだろうなあ」
空になったファイムの木盃に、ぶどう酒を注ぐ。当面は、防備に気を配らなくてはならなさそうだ。
初夏に魔王達がこの地に降り立ってから、六ヶ月が経過した。季節は晩秋から冬に突入しかけている。
俺達はパンテオン風の城の最上部から、周囲の風景を眺めていた。針葉樹林と広葉樹林が混在していて、なかなかに色とりどりである。
近くにいるのはアユムとフウカ、それにサトミという気心の知れた顔ぶれである。お茶を入れて、一息入れようとバルコニーにやってきたのだった。穏やかな陽差しの中で、微かな冷気が心地よく感じられる。
タケルの城塞ダンジョンを模様替えしたこの城は、冷暖房があるわけでもないのだが、森林ダンジョンと同様に外界よりも暑さ寒さが緩やかなようだ。なんらかの遮蔽効果があるのだろうか。
そして、本拠ダンジョンと連結して通り抜けができるようにしたためか、この城からはダンジョン内の森の様子を眺めることができる。他の場所からだと地面に見えるのだから、なんとも謎の仕様である。
森林ダンジョンでは、商人や逗留客が出入りしている元居館の他に、商館に倉庫、花街も含めた施設が広がり、その外側には亜人の各種族の集落が点在している。
「樹々の色も様々だけど、魔物も人も亜人も、いろんな存在が集ってるわね」
髪を風になびかせているサトミも、どこか感慨深げである。彼女が森林ダンジョンを訪れた時点では、住人はポチルトと俺だけだった。今では、数百人がこの地で暮らしていた。
「ああ、できれば今後も守り育んでいきたいものだ」
「まだ足りないの?」
「そうだな……。どこまで整えるべきなんだろうな。軍備方面の不足点については、トモカから派手に指摘されているが」
俺の言葉に、アユムが苦笑を浮かべている。生贄出身の軍師役への対応は、魔王二人で共同で担当する形となっていた。
軍備方面では、エース級の実力向上はもちろんだが、物量対応をどうするかが当面の課題となっている。
タケルが実際に展開していた、ゴブリンとはいえ万単位に及ぶ軍勢に仕掛けられたなら。地形を利用して防ごうにも、浸透攻撃、波状攻撃を展開されれば厳しい状態となる。まして、拠点だけ生き残ればいい状態ではなくなりつつある。
物量での対抗が困難であれば、他勢力との連携はもちろんだが、武器の高度化、戦術の転換が必要となる。
毒と火攻めの複合攻撃は、対タケル戦で既に導入済みだが、より高度化させた方がいいだろう。攻撃手段も、投石機や連弩的な兵器などをゴーレムサイズのものも含めて試作中である。
トモカからは、ペリュトンを始めとする航空兵力の整備も求められている。タケルが貯め込んでいたガチャ卵から出た翼のある鹿風の生物、ペリュトンは、すっかりフウカになついているようだ。俺はなんとなく、その件を勇者の卵の少女に言い出せずにいた。まあ、年端も行かぬ彼女を戦場に出しておいて、魔物を例外にするのも欺瞞のようではあるが。
その他は、人を乗せて飛べそうな魔物に当てはなく、忍者たちの協力を得て凧運用を検討しているところだった。気球もありかもしれないが、そうなるとパラシュートの実用化も必要となる。
まあ、今ここにいる顔ぶれで、軍備の話に集中する必要はない。俺は、領地開拓方面に話を向けてみた。
「開拓のための人手は単純に足りないな。ブリッツのとことの回廊的な森林ダンジョンの農地化は進めておきたいんだが、開墾準備にはゴーレムの手を借りられても、実際の農作業の手は欲しい」
「領都方面の避難民は、呼び寄せられないのかな」
「あちらでは、反魔王の機運が出てるみたいなのと、領都の住民に農村暮らしはきつそう、ってのはあるな」
「反魔王機運っ? なにそれ、なんて恩知らずな」
憤慨しながらも、サトミもすっかりリラックスモードである。生贄としてやってきたのが、遠い昔のようにも感じられた。
「まあ、候領都を蹂躙したのが魔王配下のゴブリンだったのは間違いないしな。……崩壊した荘園が幾つかあるみたいで、そちらからならば呼べるかもしれないな」
「後は、よそからの農業奴隷? 帝王国系の奴隷は、自活しづらいって話もあるみたいだけど」
「ああ。近隣の領主がそれぞれの土地の魔王対応で苦しくなって、手放したがってるみたいでな。奴隷制を助長するのもどうかとは思うが、戦乱の中で放り出されるよりは、買い取っておいた方がいいのかもしれん」
直属のような形で農作業をさせつつ、出来高に応じて報酬を配分していくやり方でなら、数年単位で見ていけばやる気も呼び起こせるかもしれない。農閑期に入ってきたため、いよいよ値が落ちて在庫処分されてしまう危惧もありそうだ。黒月商会の奴隷部門担当に迎えたハーウェルと相談してみよう。
森を眺めていた真紅の髪の少女へと視線を送ったサトミが、柔らかな表情を浮かべて口を開いた。
「料理店が幾つか出来たから、調理の担い手をもっと増やしたいな。タクトの料理もいいけど、書物での情報によれば各地においしい料理はありそうだし」
振り返ったフウカが、目を輝かせている。そうか、おいしいものは好きか。
「確かに、避難民から料理上手を募るのはありだな」
「うん、献立や技法を確保したいのもそうなんだけど、やる気のある人に料理を教えるのもありかも」
「調理学校か……。まずは通常の学校をと考えていたけど、職種ごとの選抜手段と修行場所は確かに欲しいな」
「専門的なのを優先するのはいいかも。それは、料理に限らないね。魔王勢からの適性見極めは進めてもらってるけど、一般の人たちについても広げればいいわけだし」
アユムも乗り気のようである。
「配下と違って問答無用で適性試験をするのもなんだから、農業、鍛冶、工芸、接客なんかの人材を募集して、育成する感じか。戦闘方面も、近接、弓、魔法に分けて」
「でも、タクトの配下でも、やりたいことと得意なことが違ってる人が多かったんでしょ? そこはどうするの」
フウカの問いに、俺は昔なじみの美少年魔王と顔を見合わせた。
「うーん、インターンとかオープンキャンパスみたいに、事前に体験してもらう場を作る?」
「外部の人間には、それくらいの方がよさそうだな。……あとは、行政方面の人材もか」
「あー、それはぜひ、早急に頼みたいな」
アユムの眉根が寄せられている。良識的なこの人物には、各方面からいろいろな相談が持ち込まれていて、さばききれないでいるようだ。俺に持ってくればいいのに。
話を進めていると、階段を上がってきた人物がいた。執事服姿のミーニャが、お盆に四つの器を載せて器用に歩いてきている。さすがは猫人族だと感じる優雅な歩調である。
「こちらにいらしたのですね。デザートの試作品はいかがでしょうか」
食べたい、との返答が女性陣から発せられた。アユムの視線も、木製の器に引き寄せられている。あの形状は……、パフェ?
「アユムさまから聞いたお話をもとに、試作してみました。名残り時期のメロンを使ったパフェになります」
歓声を上げて、フウカたちが先陣を切った。アユムと俺の前にも、器が置かれる。冷たくて甘い。
甜菜はベルーズ伯爵領遠征の裏で無事に収穫が済み、砂糖の生成に成功している。続いて第二弾の栽培中で、そうなればはちみつに頼っていた甘味事情を改善できそうだ。
「ミーニャは、ボクが断片的に伝える元世界知識をあっさりと吸収して、より進化させるんだよね。旬についての走り、盛り、名残りなんかもばっちり理解してるし、コーンフレークについてまでは話してなかったのに、煎り麦の層まであるし」
感心したアユムの言葉に、猫人族の少女の耳がぴくんと動いた。
「いえ、煎り麦は調理スタッフの発案なのです。お誉めの言葉は、本人に伝えておきます。大いによろこぶでしょう」
熟したメロンと甘いクリーム、ミルクアイスとの取り合わせは絶妙で、煎り麦も確かにいいアクセントになっている。個人的な好みとしてはチョコパフェが食べたいが、カカオの入手目処は立っていない。小豆は栽培中なので、小倉系はいずれ実現できそうだ。あとは、器をガラスにして中が見られるようになれば、言うことはないのだが。
「見事な出来だな。……サトミとフウカは、すっかり餌付けされてるようにも見えるが」
「たまたまなのですが、試作品が仕上がったタイミングで通りかかられることが多くてですね」
執事服姿の少女が澄まし顔で言うからには、狙った結果なのだろう。この二人が我が勢力で占める位置を考えれば、攻略にかかるのはむしろ当然なのかもしれない。そもそも、今回も偶然っぽい登場だったが、人数分が用意されているわけだしな。
一礼して去ろうとするミーニャを引き止めて、彼女にも現時点で足りないもの、あったらいいなと思うものを訊いてみた。ベルヌールから贈られた落ちついた造りの執事服は、彼女のために誂えたかのように似合っている。
「そうですねえ。料理も温泉もいいのですが、なにか楽しめる余興のようなものがあるといいかもしれません。花街が人気なのはよいのですが、それだけですと……」
「そうよー、二人とも男の子だから妓楼を優先するのもわかるけど、女性や子どもも来るし、それだけじゃダメよ」
「人聞きが悪いな。俺が主導して作ったわけじゃない」
「なによお、楽しんでないとでも言うの?」
「いや、視察に行ったくらいで……、なあ」
「うん、なかなか清潔だったよ。あれなら、両者とも安心できそうだね」
アユムの答えは爽やかで、結果としてフウカとサトミのジト目は俺に集中してくる。いや、入り浸っているわけでもないし、そもそも様子を確認した程度で、やましいことはしていないのだが。
魔王としてこの世界に転生して以来、そちら方面の欲はそれほど強くないのが実情だった。蹂躙する魔王たちは、また事情が違うのかもしれない。
「で、余興と言うと?」
俺は、ミーニャに向けて力強く問いかけた。ここは話を可及的速やかにそらしておくべきだろう。
「そうですね、歌や劇とかでしょうか。魔物のローレライは歌がうまいと聞きますが」
「伝説としては聞いたことあるけど、魅了しちゃうんじゃないの?」
「だなあ。限定的にできるのなら、話は別だが。……そういう話なら、セイヤや、サキュバスの二人も興味を持ちそうかな」
「あー。確かに、乗ってきそう。賑やかなのと、聴かせる方向性とに分けるってのもありかな」
「それこそ、希望者を募るか。ミーニャ、他にはあるか?」
「アユムさまから聞いた範囲では、プールや花火なんかも」
「そんな話までしてんのか?」
元世界でのアユムは、こちらでゴブリン魔王となったタケルの影響下でクラスメートらと自由に交流できない状態だった。その様子を知っている俺からすると、複数の女子と交流を深めているらしい姿はなんとなく違和感があった。容姿からすれば、元世界でも女子に囲まれていて不思議はなかったのだが。
「あちらでの夏の娯楽の話をしてたんだ。怪談とか、お化け屋敷とかは却下みたいだけど」
「アンデッドが実在するから、しゃれにならないってのはありそうだな。……花火は、大砲の練習としてもありか。硫黄とかの鉱石で色が出るんだっけか?」
「でも、中に火薬の玉を仕込んだり、すごい複雑だったよね」
「まあ、シンプルなものならば、できるかもしれんな。プールは、水路で実現可能価か」
「どちらかといえば大浴場のが欲しい気もするけど、温水にできるのならウォータースライダーなんかもいいかも」
「確かに、この城から地表、地下、地下二階の水路までとかをつなげられたら、かなりダイナミックになりそうだな。ダンジョンと魔王城のレジャーランド化かあ。アトラクションも考えるかな」
ここ星降ヶ原での内戦の危機がひとまず去ったからには、のどかな状況を演出するってのもありか。そうやって楽しげに過ごし、各方面と交流していけば、討伐の機運を薄められるかもしれない。
「竜車なんかも人気になりそうだし、ダンジョン探索ツアーとかもいいかも」
「ダンジョン体験って感じか? あるいはお化け屋敷風か」
脱線気味の話はまとまりきらなかったが、各自でさらに案を考えてみようとの話になった。
と、どこからか気配を感じた。眼下の方からだったので手すりから覗き込むと、飛来するものがあった。白黒の妖精たち……、ヒナタとホシカゲだった。
「待ってよ、ホシカゲ。いきなりは失礼ですよ」
「なに言ってるのよ、なんかおいしそうな気配があるのよ。放っておけないでしょう」
登場していきなり言い合いをしているこの二人だが、それでもこうして一緒にいるのだからいいコンビなのだろう。普段はソフィリアと一緒にいるようだが、ドルイドの近くはやはり居心地がいいのだろうか。
パフェがすべて食べ尽くされているのを見て、ホシカゲがいきり立ち、ヒナタは上品そうな風情ながらも明らかに落胆していた。ミーニャが別に用意すると言明すると、ひとまずは納得したようでフウカの髪にじゃれつき始める。
と、さらに飛んでくる存在があった。なかなかの速度で突っ込んでくる水色の羽根つき鹿……、ペリュトンである。フウカが出かける際には付き従う場合が多いようだが、建物内にいたので遠慮していたのかもしれない。精霊どもに絡まれているのなら、自分もと思ったのだろうか。
この水色の生物は、ソフィリアを嫌ってこそいないにしても、親しくじゃれつく感じはない。そこはそれ、精霊と魔物で系統が違うのかもしれない。そういう意味では両者に絡まれるフウカが特別な存在なのか。
サトミはもちろんだが、アユムとミーニャも翠眼の少女のことをほほえましく見つめている。フウカの頬は、初めて会った頃の薄い感じはなくなり、健康的な範囲内でふっくらとしてきていた。それだけでも、これまでの俺の行動には意味があったのだろう。
そのとき、吹き抜けた風でフウカの真紅の髪が軽やかに揺らされた。ホシカゲはとっさにつかまったものの、ヒナタの方は飛ばされて、体勢を立て直している。どうやら、凪の時間は終わり、また風が吹き始めるようだ。
「ねえ、この森に名前はつけないの?」
髪を押さえながらの勇者の卵の問い掛けに、アユムが軽く首を傾げた。
「森もそうだけど、この拠点にも名前があった方がいいかもね。魔王城として定着されちゃうのも、ちょっとなんだし。……なんか、煙に巻けるような名前がいいかもね。響きならドイツ語とか、スペイン語とか?」
「まあ、ファンタジーならそうなのかもな。ドイツ語ならなんだ。なんとかワルトか?」
「色とりどりなら、ブンターかな。ブンターワルト?」
「魔都ブンターワルトか。なんか、響きもいいな。フウカ、サトミ、ミーニャ、この地の住民からして語感はどうだ?」
「まあ、長すぎず短すぎずでいいかもね」
「うん、いいと思う」
「お心のままに」
こうして、森と拠点の名が確定した。できることなら、今後も多彩な状態で発展させたいものだ。
今回で、第五章、そして第一部が終了となります。星降ヶ原編が終了となり、第二部からは舞台が広がっていく形となります。
第二部の一章目はほぼ形になっているのですが、その後がまだ、二章は大枠まで、三章は骨格程度、四章はあらすじメモ状態で、筋的には固まっているものの、仕上げまでは時間がかかってしまいそうです。
第一章だけでも先行してお届けするかどうか迷っているところで、再開日はまたお知らせする形とさせてください。
また、今回で区切りとなりますので、よろしければ評価などいただけますと、作者が踊りだしてよろこびます。低評価であっても励みとさせていただきますので、その点はお気になさらず。