(9) 一つ目の巨人
翌朝、目覚めと共に勢力レベルが3になったとの通知が脳内に響いた。前回のレベルアップも朝一だったが、就寝時と朝とでなにか差異があったとは思えないので、深夜か早朝に集計、反映処理が行われているのだろうか。
獲得CPの累計なのか、勇者の卵であるフウカを眷属にした影響なのかは、不明となっている。ログは、CP、創造ポイントと魔王本人のXP、経験値については参照可能なのだが、勢力レベル算定の指標となるだろうDP、魔王ポイントについては確認不能となっている。ゲームシステムの評価を気にせず生きざまを見せてみろ、とでも言いたいのだろうか。
フウカの名付けで思わぬCPを消費した流れで、CPの獲得、消費について調べてみた。内訳としては、勢力レベル上昇時のボーナスが、レベル2になったときは五百、レベル3の際には千ポイント付与されていた。
それは一回きりだが、勢力レベルに応じたボーナスは毎朝入ってくる。毎日確保できるのは、拠点維持ボーナス、配下の人数に応じたボーナスなどで、20ちょっとだった。
DPは内訳がわからないが、勢力レベル上昇時のポイントや毎朝の継続獲得数値は、CPと同じようにも思える。ただ、上下幅が大きく、やはりよくわからない。
最近だと、毎朝の獲得数値はDPの方が多い場合が見られた。もしかすると、眷属関連はDPにのみ反映されるのかもしれない。
勢力レベル3になると、生成可能な配下として、リザードマン、サイクロプス、ヘルハウンドといった戦闘力の高そうな顔ぶれから、ハヤブサやカラスといった鳥類、ゾンビ、マミーといったアンデッド系の名前もあった。さらには、卵というランダム生成……、要するに魔物ガチャなんてものも設定されている。
そんな中から、俺が最も注目したのはサイクロプスだった。
一つ目のこのモンスターは、攻撃力に秀でていそうなので前衛候補としても考えられるが、サトミが読み進めていた書物の中では鍛冶技術に優れていると取れる記述があった。確か元世界でも、そもそもは神様的存在であったのに、荒くれ者として扱われるように変遷したという話だった記憶があるので、その神話系の要素が残っているのかもしれない。
鍛冶によって、じゃがいも栽培に使う農具や、武具防具の補修、改良などが実現できれば、戦闘力以上の効果が出るかもしれない。勢力値にめりはりを付けた際に錬成は「めり」扱いだったため、その補完ができるなら、ものすごく助かる。
そんな期待を胸に、勢力レベル上昇で獲得したCPの一部、50ポイントを使って、サイクロプスを生成すると決めた。
なお、その他のめぼしいモンスターの必要CPとしては、リザードマンが30CP、ヘルハウンドが18CP、猛禽類の影隼<シャドウファルコン>、闇夜烏<ダークナイトクロウ>が8CPとなっていた。
一つ目というから、どんな強面かとやや恐怖していたのだが、境界結晶の近くに現れたのは意外と可愛らしい目をした筋骨たくましいモンスターだった。コカゲやセルリアの出現時のような膝を落とした状態ではなく、直立しての登場だったのでなかなかの迫力ではあった。
大柄な割に動きが繊細なサイクロプスは、話しぶりからして思考も明晰であるようだった。語尾に「じゃ」が入るのが、やけに渋さを醸し出している。
サトミ、コカゲ、セルリア、ポチルトと食事を共にして、主に鍛冶について話を聞くと、やはり得意分野らしい。
モノづくりに携わってもらえそうなので、生成ポイントの倍となる100CPの消費を覚悟して「クラフト」と名付け、早速鍛冶場も設置した。ここまででレベルアップのボーナス分のうち、半分ほどを費やす形となる。
満足気に鍛冶場を見回す新たな仲間にまずはじゃがいも畑向けの農具の改修をと頼むと、あっさりと見違える状態に仕上げてくれた。頼もしい。
一方で狩りにも付き合ってもらったところ、鍛冶と違って戦闘での力加減は難しいのじゃとつぶやきながら、獲物の頭を盛大に潰していた。戦闘面でも、なかなかに期待できそうだ。
後でログを確認したところ、名付けのCP消費は、名を与えたタイミングとはズレがあるようで、今回のクラフトの場合は狩りの後に行われた宴の時点で減算されていた。そうそう、脳内のウィンドウに表示されているログでは、二十四時間制で、旬と月を使った太陰暦らしき暦での日時表示が出ている。
過去の名付けを確認してみたところ、即時と思われるケースと、時間差があると思われる二通りに分かれるように見える。どう捉えるべきだろうか。
ユファラ村への訪問に、今回は俺も同行すると決めた。名付けした面々については、遠方からの脳内通話による指示も可能なのだが、たまには出歩きたいのも正直なところだった。
ただ、村に入ってしまうと、余計な混乱を招きかねない。村近くの泉で待機して、住人は近づかないようにしてもらった。
商材としてクラフトによって改良された農具を持ち込んだところ、あっさりと買い手がついた上に、農具の改修依頼が複数舞い込んだ。ただ、いよいよお金を得てしまう形になるので、購入をがんばってみよう。
サトミを通して打診していた、売ってくれるものの候補としては、カブやキャベツなどの野菜の種苗や、湖で獲れた魚、壊れた馬車に、古い甲冑などが挙がった。馬車については、手で引けば一応動くというのでそれでよしとし、甲冑については泉まで運ばせて確認した。【圏内鑑定】スキルを使ったところ、特にいい品ではなかったが鉄製ではあるようだ。錆付きがひどいものの、少なくとも材料としては役立ちそうなので、高めの値付けでありがたく購入させてもらおう。
その他の売買は、サトミとコカゲに任せて問題なかった。泉のほとりでのんびりとしていると、やってきたのは勇者の卵であるファスリーム改めフウカだった。
少女の翠眼には警戒の色合いが浮かんでいる。そうなると、先日とはだいぶ違った感じが生じる。
「ねえ、タクト……様? 聞きたいことがあるの」
「タクトでいい。どうした?」
「村の東でオークらしき魔物の姿を見た人がいてね。魔王の配下なんじゃないかって話も出てるの。……タクトがけしかけているの?」
じっと見つめられると、なかなかの目力である。端整な顔立ちが、よりくっきりとした印象になる。
「手下にオークはいないな。ただ、俺という魔王が登場したために、この地の魔物が活性化している可能性はある。あるいは、他の魔王の手下かもしれん」
「そう……」
上がっていた眉が落ちつくと、柔らかな印象が前面に出てきた。村の中で、警戒感が広がっているのだろうか。俺はセルリアとコカゲに脳内通話でオーク出没情報を伝え、村人から話が出たならば情報を集めるようにと指示した上で、勇者の卵に向き直った。
「なあ、聞いてもいいか? フウカにオークの目撃者がいると伝えた人物と、実際に見たのと、オークが魔王の配下なんじゃないかと言っているのは、それぞれ別なのか?」
「うん。話を伝えてくれたのはトルシュール。年長の孤児院出身者で、家庭を持っていて、自警団に参加してるの」
俺の言葉を信じたのか、フウカの声音はすっかり落ちついており。翠色の瞳は泉の水面に向けられていた。
「オークらしき生き物を目撃したのは、木の実の採集に行った農夫みたい。魔王の……、タクトの配下だと噂していたのは、自警団の人たちね」
「目撃されたのがいつ頃かはわかるか?」
「一旬くらい前みたい」
俺がこの世界に出現する前の話のようだ。そうなると、他の魔王の手下というわけでもないだろう。
……もっとも、他の召喚魔王とは出現時期に差が生じているのかもしれない。初期設定に時間をかけたために、出遅れた可能性もある。
「オークが出たら、村で対処するものなのかい? それとも、町のギルドで?」
「魔物と言ってもオークやゴブリンが数体程度なら、村でかな。自警団でか、他の男衆も参加するか」
「オークは、危険な魔物なんだよな。フウカは、村を守るために戦いたいか?」
「うーん。メル……、じゃない、サトミはいなくなったけど、孤児院の下の子たちは守りたいな」
その口調からは、村の大人たちへの隔意が透けて見えた。この子も、サトミと同様に疎外された存在なのだろうか。
「もうちょっと、話をしてもいいか?」
「うん、いいよ」
向き直った真紅の髪の少女が、再び直視してくる。ただ、先ほどのきつさはすっかり抜け落ちていた。
「君は……、フウカは、もしかしたら魔王である俺を打倒すべき存在なのかもしれない」
首が傾げられ、頭のてっぺんからはてなマークが見えそうな表情で見つめられた。
「タクトを倒す理由がない。おいしいものをお腹いっぱい食べさせてもらったのは初めてだったし、思いっきり剣を振るえるのもあの森でだけ。サトミも、この村にいたときとは別人のようにいきいきしているし。……だから、また遊びに行きたい」
「ああ、いつでも歓迎する。……けれど、俺がつけた名前は、君を縛る鎖になるのかもしれない。だから、望むならいつでも解き放つ」
放逐をすれば、おそらく実現可能だった。
「うん。そうしてほしくなったら、そう言うよ。……でもね」
そこで、勇者の卵である少女は少し声を落とした。
「想いの込められた名をつけてもらってうれしいの」
「そうか」
頭にぽふんと手を置きながらも、俺はなにかいけないことをしてしまった気分になっていた。
そよぐ風は花の香りを運び、泉の水面がさわさわと波立っていた。