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(84) 天幕での問答


 天幕には、エスフィール卿の勢力の幹部級と、俺の配下の主要な面々が居並び、青備えのワスラム一党と向き合っていた。


 中央にいるのは五人の青騎士で、避難民の滞在場所の管理を任せていた者達である。


 今回の件は、旧帝王国系住民、天民の避難民が、かつての帝皇戦争での敗者である神皇国系の住民、地民と同じ扱いなのがけしからんと文句をつけたのが発端だったようだ。


 青騎士五人が避難所を担当していたのは、赤備えや魔物を忌避する避難民の感情に配慮したためで、まともな人物をとの視点でワスラム一党の頭目マザックに選任させたものだった。


「まず事実関係の確認をするぞ。避難所の管理を任せた翌日以降、地民に与えるはずの食料を、天民に配分したのを認めるか?」


「認めます」


「そう決めたのは誰だ。誰かに相談か報告はしたか」


「自身で決めました」


「お前の判断で、地民向けの食料を、天民に渡したんだな」


「はい。何が問題なのかわかりません。地民よりも天民が優遇されるのは当然です」


 代表して答えている青騎士の言葉に迷いはない。


「地民の避難民は食料が足りないので、子どもに優先的に渡して、大人たちは絶食に近い状態だった。それを知っているか」


「連中がどう分けようと、知ったこっちゃありません」


「天民の側では、食料はむしろ余剰気味で、捨てる際には土をかけたり便所に捨てたりして、地民に渡らないようにした者もいたそうだ。自分の食事から分け与えた子ども達は、大人に殴られて追い払われ、地民に助けられたという。地民側では、その子達にも食事を与えて、より苦しくなったようだがな。……それは正しい状態か」


「渡した物をどう扱おうと、それもまた自由でしょう。彼らの罪は問わないでいただきたいですな」


 殺しちゃった方が楽だわあ、との胸中の思いが、元々の俺のものなのか、魔王となった影響なのかは不分明である。澄み通った怒りが、ゆっくりとこみ上げてくる。


「鬼畜の所業だと思うが、彼らの罪は問わない。問うのは、お前達の罪だけだ」


「我々はなにも罪は犯してはいない。天民に多く与えるのは、むしろ当然だ」


「自費で買い集めたものなら、好きにすればいい。お前は、軍事物資である糧食を、分配するべき相手に渡さずに着服、横流しした。その物資は、エスフィール卿と俺達が買い集めたものだ。お前らの物じゃない。青鎧で、軍事物資の横流しはどう処断される?」


「ぐ……、だが、私腹を肥やしたわけじゃない。単に配分を変えただけだ。着服とは言いがかりだ」


「だから、それは俺達の食料だと言ってるだろう。どうして、お前たちに配分を変える権限があると思うんだ?  お前らが食ってる飯も、混乱するラーシャ領から商人が調達し、後方部隊が苦労して送ってきたものだ。それは理解できるか?」


 沈黙が流れたが、青鎧の集まる辺りには反感めいた空気が漂っている。俺は、髭の頭目の方に目線を向けた。


「なあ、マザック。俺の管理する陣中で発生したわけだから、責任はもちろん俺にある。だがな、貴重な物資を横流しするような連中を、有用な人材だと推挙したあんたにも落ち度があるぞ」


「いかにも。儂の責任だ。軍規を乱した者は、処断させてほしい」


「ワスラム一党が独立した勢力であるなら、それでいいんだが。あんたも、こいつらも捕虜だからな。ゴブリン魔王の討伐に協力するとの条件で自由にさせているのに、盗賊まがいの行いをしておいて、ただ殺すだけでは済まないんだ」


 俺は、青鎧の一群に向けて声をかけた。


「他のワスラムの者たちはどう考える。この連中には罪があると思うか。ないと思うか」


 ツェルムが発言の許可を求めてきた。


「タクト殿より指摘された糧食の横流しはもちろん、勝手に判断して進めた点も軍規に照らして問題だ」


「まあ、あんたはそう言うだろうが、他の者たちはそう思ってはいないんじゃないのか。異論がある者はおらんのか」


 けれど、他に口を開くものはなかった。


「では、ワスラム一党の投降を受け容れた魔王タクトが沙汰を下す。糧食を盗んだ罪と、それによって避難民の健康を害した罪は重い。候領都の民を傷つけ、また略奪した者は奴隷に落とすとしていたのに照らして、奴隷化する。管理は、マザック、任せていいか」


「承知した」


「異論がなければ、処置を確定させる。……不服がある者は、遠慮なく言え」


 そこでようやく、女性の青騎士が発言を求めた。そのタイミングで、赤鎧の新参組の一人が席を立った。


「天民の優遇は法で定められています。それに従って罰せられたのでは、何を基準に生きていけばいいのかわからなくなります」


 理知的な響きは、どこかこの場には異質なものに感じられた。緩やかな長い髪は、どこか艶然とした印象となっている。


「天民を優遇したから罰したんじゃない。他家が集めた物資を、勝手な判断で届けるべき者に届けず、結果として避難民の健康を害し、無駄にしたのを問題にしている。……そう説明したつもりだが、理解は難しいか? 物資の横流しは駄目だと事前に明示していなかったから、罰するべきじゃないと言うつもりか?」


「いえ、その点には異論はありません。ならば、天民の優遇性自体は認めるとのお考えでよろしいかです?」


「お前たちがいつか統治する土地で、そうしたいなら好きにしろ。この軍中でそんなふざけたことは許さん」


「けれど、ここベルーズ伯爵領の法では、そのように決まっています」


 激するわけでもなく、淡々とした口調である。議論というよりは確認に近い響きだった。


「ベルーズ伯爵ってのは、ゴブリンとつるんでラーシャ領に攻め込み、候領都の住民の蹂躙を許したあのベルーズ伯爵のことでいいんだよな」


「はい」


「そいつは、生きているのか? 生きているなら、当然殺さなくてはならん。ただ、ゴブリンが青鎧を着て闊歩してるんだぞ。既に蹂躙されて、所領のていを為してないようにも見えるんだがな。法は、統治者が定めるものだ。この土地に原初から存在しているものではない」


「それは、理解しています」


 俺の興味は、処断対象の五人よりもこの女性に移りつつあった。長めの濃茶の髪で半ば隠れている青い瞳は、冷ややかな色合いに映る。


「……勘違いしている者がいるかもしれんが、エスフィール卿と俺たちがこの地に攻め入っているのは、ゴブリン魔王の討伐と、被害を受けている者を助けるためだ。ベルーズ伯爵家を支えたり、再興するためではないぞ。むしろ、まだ命脈を保っているなら徹底的に叩き潰す」


 沈黙が場に流れた。その間に、俺は脳内通話で外の状況を確認して、また理知的な女性騎士に向けて口を開いた。


「そなたに尋ねたい。ベルーズ伯爵領で、天民が地民よりも優遇されるのはどうしてだ?」


「勝者だから、とされています」


「なら、俺たちが介入せずに現状で固定されたら、勝者であるゴブリンが天民よりも優遇される世界が訪れると理解していいか。地獄絵図だとは思わないか。お前たちのやっているのは、それと同じじゃないのか」


 沈黙が、また天幕の内部を満たした。青備えの中にも、雰囲気が和らいだ者と、よりきつくなった者とに分かれているようだ。


「今回の処置や俺達の方向性に納得できないなら、遠慮なくマザックかツェルムに伝えてくれ。本来の捕虜待遇に戻そう。なにも、無理して一緒に行動する必要はない」


 そこまで言ったところで、警護の者が来客の存在を告げた。現れたのは、天帝騎士団の副長のジオニルと、シュクリーファ嬢だった。


 蛇に似た目で周囲を見回し、ジオニルが口を開く。


「どういう状況かな」


「招待もしてないのに訪れているからには、ご存知なんじゃないのか」


 自然とからかうような口調になり、相手はややむっとしたようだが、すぐに抑えたようだ。


「青鎧の方々が奴隷化されると聞いてな。神聖教徒の奴隷化は禁じられている」


「その禁制とやらは、魔王も縛るのか?」


「当然だ」


「なら、罰してみろ。天罰でも下るのか? 決定は覆さない。この者達は、捕虜として軍務に従事する中で、重大な罪を犯した。奴隷として扱う」


 事実上の共同戦線を張ってはいるものの、従属した覚えはない。まして、禁制とやらに縛られる必要も感じられない。


 ジオニルと俺が睨み合っている間も、白金色の髪の女性騎士はどこか退屈そうな視線を周囲に向けていた。


「……なら、引き取らせてもらう形でいかがか」


「ほう、奴隷を所望されるか。騎士団としてか?」


「個人としてだ」


「対価は?」


「奴隷の相場は……」


「神聖教徒の騎士が、奴隷の相場で手に入るわけはないだろう? ……そうだな、東方鎮撫隊の隊員が保有する銘のある武具の上位十本。そのどれかひとつと、一人を引き換えに、ってのでどうだ?」


「とんでもない。自分のものではないのに、渡せるはずがない」


「買い取ればいいじゃないか」


「無理だ。これから戦いが本格化するのに」


「なら、引き取りの話も後日だな」


 ジオニルが言い募ろうとしたところにタイミングを合わせて、鎮撫隊の長であるファイムの呼び込みに成功した。


「なにごとだ? 宴をやるのに、仲間はずれはひどいじゃないか」


 相変わらず、意図的に場の雰囲気を突き崩す人物ではある。ファイムとシュクリーファが同じ組織にいるわけだから、良心的な人物だと耐えられないかもしれない。その点、蛇に似た副長殿は明らかに含むところがありそうで、同情の必要がないのが助かる。


「避難民向けの糧食を横流しした不心得者がいてな。処遇を決めていたところだ」


「ああ、地民と呼ばれる人たちが飢えてたって話か。とんでもないな。神の前では、皆が平等であるべきなのに」


「教徒と非教徒でもか」


「もちろんだ。神は信徒であるかどうかで差別をされない。聖典にもそう書いてある。そうだよな、ジオニル」


「はい……」


 蛇眼の副長が口惜しげに応じる。神聖教徒にも、いろいろと断絶があるようだった。




 ファイムが言うところの宴がお開きになり、その場にはエスフィール卿と赤備え組のシャルフィス、エクシュラ、ワスラム一党から呼び止めたツェルムと、俺の配下の主要メンバーが留まっていた。


「まあ、捕虜の処遇は好きにしてもらっていいんだけどさあ。天帝騎士団を絡ませてよかったの?」


 青い髪の人物が、朗らかな口調で問うてくる。上に立つ者は、こうあるべきなのかもしれない。


「いや、ジオニルにここの状況を伝えたのは、お前のところの新参の赤鎧だぞ」


「えっ。そことそこが通じてたの? よくわかったね」


「情報を流す奴がいるんじゃないかと、見張らせていたんでね。中座した赤鎧が、白騎士の一人に何かを耳打ちしていた。その後、ジオニル達が現れた」


「そっか。気をつけなきゃ。……それにしても、上位十本の武具とは、強気に出たね」


「まあ、この段階で下手人を引き取らせるのはまずいからな。すぐに解放して、あちらが青騎士の手駒を手に入れると、厄介な展開になる。そう考えれば、吹っかけておいて損はなかろう」


「彼らが青騎士を欲しがるのは、戦後処理介入の絡みからなのかな」


「それに加えて、帝王国系の騎士は、天帝騎士団として貴重なのかもしれんな。あるいは、ジオニルが私兵にしたいのか。……いずれにしても、交渉材料としては有効な手駒となりそうだ。同様の思想の持ち主を洗い出して、おまけにつけるか」


「えげつないなあ」


「不要なものを欲しがってくれる相手は貴重だろ? あんな連中を仲間にする気はないし、養っておく余裕もない」


「でも、最後の問答相手は、だいぶ気に入ってたんでしょ?」


「まあな。あの女騎士は、法の是非ではなくて、現にある法との整合性を問うてきたわけだからな。マザックは政事に向かなさ過ぎるし、ツェルムは内部での人望がなさ過ぎる」


「あの……、当人もここにいるんですが」


 情けなさげな声を、寝癖頭の青鎧が発した。


「事実だろう?」


「事実でも、傷つきます」


「それはすまんな。孤高を気取っていて、他者の評価なんか気にしないのかと思ったぞ」


「そういうわけではないのですよ」


 いや、いかにも傷心風な顔をされても……。


「彼女は何者だ。ワスラムの一族か?」


「いえ、侯領都での住民保護に参加してくれた人物で、名家の出だと聞いています。名前は……、確かシオリア殿」


 覚えておくとしよう。


「で、シャルフィス、すまんが引き続き糧食の確保を頼むぞ」


「はい。……ラーシャ領では、やはり物価が高騰しているようです」


「畑を作っておいてよかったよ。……麦の収穫が済んだ後でも、これだからなあ。どうにかして来年分の作付けをしないと、飢饉が起こるぞ。エスフィール卿よ、その手当は済んでるんだろうな」


「え? いやあ、ボクの保有する荘園なんて微々たるものだしなあ」


「内戦になったとしても、飯は食っていかなきゃいけないんだ。誰の所領だろうと、無事な畑には種を蒔いていかにゃならんだろうに。……荘園主に働きかけて、不足物資があったら供給の用意があるから申し出るように、くらいの話はできるんじゃないか」


「やってみる。……さすがに、ベルーズ伯爵領は、むずかしそうかな」


「ゴブリン討伐ができたとして、どの段階かだなあ。東部に安全圏が確保できたら、順次住民を村に戻してもいいかもしれんが、斥候をもう一段展開しないと厳しいだろうな」


「冬が来る前に、決着をつけたいね」


「まったくだ」


 食料の確保も考えながら戦争しなきゃならないのだから、統治者とはたいへんなものだ。その点、魔王稼業はまだ楽なのかもしれない。



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