(83) 騎士の流儀
引き続き天帝騎士団が先頭に立つ形で、進軍は続けられていた。騎士団といっても、騎歩兵混成状態で速度はさほどでもない。
まして、道中の村や町が荒れ果ててしまっているので、物資も地峡の向こうから運んでくるしかない。ラーシャ領でも候領都が劫略された余波で物資が不足しており、仕入れを担当してくれているマルムス商会にはだいぶ無理をさせてしまっているようだ。状況は必ずしもよくはないが、それだけにできるだけ速く進んだ方が無難だろう。
そんな中で、察知されたゴブリンの軍勢は、二千程度の規模だった。上位種の比率で戦力はだいぶ変わるだろうが、追撃戦で徐々に削っていくのと正面からぶつかるのとでも、様相はだいぶ異なる。油断すべきではなかった。
偵察隊の感触からすると、相手にこちらの動きは把握されていない模様だ。斥候的に先行するゴブリン達は本隊との接触前に残らず始末できている。そのため、逆に俺らの存在は感じているだろうが。
天帝騎士団とエスフィール卿の軍勢は、たまたま同じ土地に侵攻してきただけの間柄、との設定なのだが、さすがに連携を取らざるを得ない。開催された軍議は、あっさりと紛糾した。
出席者が多い上に、新参の面々は存在感を示すべく多弁になる。それはまあ仕方がないのだろう。だが、こうまで議論が錯綜すると、各勢力が個別に動いた方が早そうでもある。
「……であるから、魔王による偵察の結果など、当てにすべきではない。地図にしても、青鎧が提供したものなど信頼に足らん」
叫ぶような言葉は、エスフィール卿の配下である赤鎧の一人から発せられた。新たに加入した四柱石家と称される有力家出身の人物だという。特に怪我をしているわけではないようだが、顔面がひしゃげている印象がある。
白騎士のファイムは、お手並み拝見とばかりに侯爵家の後嗣を見つめている。俺としても、迂闊に口を出してエスフィール卿の立場を苦しくしたくはない。その影響で、赤備えの騎士の独擅場となりつつあった。
ややうんざりした気配が漂う中で、口を開いたのはシュクリーファ嬢だった。白金の髪に碧眼という風貌の白騎士は、相変わらず空気を読もうとしない。
「情報も地図もなしで勝てるの? あなたたちはつい先日、ここで散々に負けたんじゃないの?」
特にきつくもない、物憂げに響く口調だった。ひしゃげ顔の赤騎士は、目を白黒させて黙ってしまった。
言葉を継いだのは、もうひとりの新参の赤騎士だった。頬髭が特徴的なこの人物も別の柱石家の一員で、ルシミナとダーリオのところと合わせて、四家が勢揃いとなったそうだ。
「地図や偵察が不要だとは申しておらん。信頼性の話をしておる」
「それなら、信頼できる情報を持ってくればいいじゃないの」
「我らの役割ではござらん」
「なら、黙ってなさいよ」
「なんだと……」
そこで、両勢力の首脳がそれぞれの配下に控えるようにとの指示を出した。
「それで、タクトの見解は?」
エスフィール卿は、そう問い掛けながら詫びを込めた視線を向けてくる。丸投げかい。
「魔王と青騎士の提供する情報を信頼できない者がいるのは無理もない話だ。是とするものだけで対応し、それ以外の方々は好きにしていただくのでどうか」
「軍を分けろって言うの?」
「元々、提案しようとしていたのは、ラーシャの戦列とは相性の悪い奇襲だからな」
「奇襲など、名誉ある赤備えが為すべきではない。騎士としての誇りを捨てるなど、もってのほかだ」
またひしゃげ顔の赤騎士殿が声を荒らげた。対抗するように、白鎧の女騎士が応じる。
「魔王が率いているにせよ、相手は害獣なのに騎士として振る舞う必要があるの? そんな考えで潰走するのは勝手だけど、他者を巻き込むのはやめて欲しいわね」
「あれは、ゴブリンに奇襲され、青鎧に宣戦布告もなく攻められたからだ。我らに落ち度はない」
「落ち度はなくても、負けたんでしょうに」
言われた側は、顔を赤黒くして沈黙している。周囲の反応は、無表情を貫いたり、失笑を隠さなかったりなどさまざまである。
シュクリーファ嬢の無双ぶりは痛快だが、やりすぎではある。ただ、彼らの対応を俺達でやる羽目になる事態を考えれば、感謝すべきなのだろう。
「あー、過去を振り返るのはほどほどに、先のことを考えようぜ。戦列は後方で有事に備えてもらえばいい気もするんだが、ダーリオ卿の見解はいかがか」
「基本はそれでいいだろう。奇襲を仕掛けるなら、戦列から志願者を募って俺が率いる。ルシミナとエクシュラ、アクシオムはそれぞれタクト殿の軍勢に参加してくれ。エスフィール卿、それでよろしいか」
「うん、任せるよ。他のみなは戦列を再構築して、後詰めとして機会を窺ってくれ」
不服そうな赤騎士二人だったが、主筋の少年の言葉に一応は沈黙した。
「で、どうするんだ。奇襲から力押しってわけではないんだろ?」
「ああ。相手が夜営しそうなところに罠を仕掛けようと思う。具体的には……」
「ふざけるなっ。奇襲だけでなく、罠に仕掛けるなど騎士の戦いではないぞ」
軍議で怒鳴り散らす方がふざけた振る舞いだろうにと思いながらも、俺は首を捻らざるを得ない。
「ゴブリンは騎士じゃないし、俺達魔王勢も騎士じゃないぞ。ラーシャの赤騎士とベルーズの青騎士が戦うのなら、騎士道でもなんでも好きにしてくれ。干渉はしない。だが、ゴブリン討伐に騎士道は関係ないだろ?」
「騎士の戦いは、どんなときも騎士としての道に則るべきだ」
ふんぞりかえるひしゃげ顔の赤騎士の隣で、相棒的存在は不穏さを感じているようだ。だがまあ、本人の意図はともかくとして、シュクリーファ嬢だけに悪役をやらせるわけにもいかない。
「そこまで言うなら聞きたいんだが、先日の落とし穴にかかった者達への攻撃は……、丸二日不眠不休での退却戦を余儀なくされ、足元もおぼつかない状態で罠にかかったゴブリンと青騎士を虐殺してたのはあんた達だよな。あの戦いに騎士道はあったのか?」
「あれは、侵略者を倒すためで……」
「今回は、ベルーズ伯爵領を蹂躙するゴブリン魔王の討伐だよな。侵略者の打倒だと思うがな」
「ベルーズ伯爵領への侵攻は、単にゴブリン魔王の討伐だけでなく……」
「おい、待て。まさかゴブリン魔王の蹂躙を奇貨として、領地をかすめ取るつもりじゃないだろうな」
「いや、それは……」
「そんなことは絶対にしない。伯爵家が健在ならまた話は別だったけど、この状況ではゴブリン魔王の打倒が唯一の目的だよ。解放がかなった後の処置は、天帝騎士団殿とワスラム一党、タクトに任せて介入はしない」
エスフィール卿の断言に、新参の赤騎士達は驚きの表情を浮かべている。
「バカな……。ではなんのために」
彼らは領土的野心を持ってやってきていたようだ。まあ、元々はラーシャの本領だったというから、下心を抱くのも無理はない……のか?
どうでもよくなったのか、反対の論陣を張っていた柱石家の赤騎士二人は、軍議の場から去っていった。
エスフィール卿は、ややきつそうな表情を浮かべている。
「すまないね。参加してくれる騎士をより好みできる状況ではないんだ」
「なに、かまわんさ。うちのお嬢がかき乱してすまない」
上役の謝罪にも、シュクリーファ嬢は知らない顔で白金色の髪をいじっている。なかなかの人物であるようだ。
「それで、罠というのは?」
「ああ。ゴブリンの追撃で有効だった罠のうち、石脳油散布からの火魔法、風魔法コンボを発展させて、可燃物を事前に配置しての火攻めにしようと思う。で、逃げ場所に今回も落とし穴を設置して、それを突破してきたところで各個撃破かな」
「えげつな……」
「引くわー」
「魔王の名に恥じない立派な作戦ですね」
「そんなに誉めるなよ。照れるじゃないか」
最後のは冗談のつもりだったのだが、心理的な距離は開いたようだった。
「で、場所なんだがな」
詰めるべき点は詰めておかなくてはならない。軍議はより細部の話へと移っていった。
ゴブリンとの戦闘は、想定そのままの展開にこそならなかったが、予定地への誘い込みからの火攻めには成功した。
包囲から逃れた者達もどうにか捕捉し、ほぼ撃滅に近い段階まで到達している。
火攻めはやはり有効で、混乱に陥ったためか咆哮突撃もほぼ見られなかった。地竜騎兵、狼騎兵で敵陣を切り裂いたことで、どこに突撃すべきか見定められなかったのかもしれない。
戦列を築いて待機していた赤備え勢以外は多くの者達が活躍したが、中でもブリッツとワスラム勢は激闘を見せた。それぞれの事情は、やはり戦いぶりに影響しているのだろう。負傷者は出たが、今回も死者なしで乗り切ることができた。
まずは一息ついたところで、後方から地民と呼ばれる神皇国系の狩人が連れてこられていた。
収容した避難民は安全を考えて、後方の集落跡に残してきている。なかなかワイルドな容姿のその狩人は、偵察の案内を志願してきたとのことだった。地形についてもそうだが、まだ身を潜めている者達がいると思われるので、心当たりを知らせたいそうだ。
いきなり見知らぬよそ者の群れが現れるよりも、土地の者が一緒の方が出て来やすいというのは道理である。特に周辺偵察を担当しているサスケの意見を聞こうと脳内通話をつなげようとしたところ、その狩人がいきなり倒れてびびらされた。
治癒術士を呼び出しつつ、低血糖を疑って果実水を飲ませたところ、どうにか回復した。聞けば、腹を空かした状態でここまでやってきたのだという。
食事を与えたところ、避難民の子どもたちにあげて欲しいからと食べようとしない。やってきていたセルリアに冷ややかな叱責を受け、顔を青ざめさせながらようやく食事を口にしたその狩人から、避難所での状況が語られた。
避難所では食料が足らず、子どもたちに優先的に食べさせた結果、特に大人の男性はほとんど絶食に近い状態となっているそうだ。避難民向けの食事は、満腹させられるほどではないにしても、飢える量ではないはずである。
微妙な事柄の裏付け調査は、サイゾウが適任と思われた。程なく調査結果がもたらされた。