(82) お茶会の話題
◆◆◇ベルーズ伯爵領・エルフの集落跡近辺◇◆◆◆◆◆◆◆
タクトの配下のうち、故人と関係が深かった者たちや救出行を共にした面々は供養がてら食事をすることになり、他の同行者は少し離れたところで待機となった。それぞれが食糧を持参していたので、車座になっての軽食タイムが始まった。
先日のスルーラ村での儀式は、各勢力に伝達された公式なものだったが、こちらは私的な意味合いが強い。それだけに、内輪の集まり感が強くなっている。
侯爵家の継嗣や天帝騎士団の五席というのは、通常なら平民が会話できるような相手ではない。けれど、彼らの人となりが、下位騎士や従者に駆け出しの商人、魔王とその配下に、投降した騎士とその従卒までが席を同じくする状況を生み出していた。
草地を吹き抜ける夏風は涼やかで、この地が置かれている悲惨な状況とはそぐわぬ爽やかさをもたらす。
「しかし、必然性のない顔触れだな。侯爵家のお歴々に、そちらの覆面さんは魔王なんだよな? 可愛らしい商人さんたちもいれば、噂の青鎧殿までか」
白騎士が周囲を見回す間にも、軽食が配られている。ウィンディが手渡したクッキーを、彼はためらいもなく噛み砕いて表情を緩めた。
「ファイム殿が一番場違いだと思うけどなあ」
応じたのは、侯爵家の継嗣であるエスフィールだった。
「なんだよ、仲間外れにするなよ。同じ戦場に立つ同士だ、できるだけ互いを把握した方がいいだろう?」
この場で高位の二人が牽制するように言葉を交わす中で、それぞれの軽食が配られた。青い髪の貴族も、まったく気にせずに口に運んでいる。まあ、この場で毒を盛る意味はないし、割り切るしかない面もあった。
「で、その戦闘で亡くなったのは三人なの?」
エスフィール卿が投げた問いに応じたのは、ナギだった。商人として活動しているこの少年は、今回は補給物資確保、輸送の任にあたっている。
「救出対象のエルフやドワーフの犠牲者もいたようですけど、タクト様の直接の配下では三人だったと聞いています」
「三人……ですのね」
ルシミナが少し口を尖らせている。彼女の薄桃色の眉の角度はややきついものになっていた。主家筋であるエスフィール卿は、そちらに柔らかな視線を向ける。
「まあ、候領都ではその千倍以上が命を落としていそうだもんね。過剰反応と感じるのは、無理もないと思うよ」
「タクト殿は、そのあたりをどうお考えなのでしょうか」
この場にいるタクト直下のメンバーは、商人組のナギ、ウィンディと、エスフィールの護衛役となっているジードのみである。応じたのは、今回もナギだった。
「その件は、かつてトモカに訊いてみました。彼女の考えですが、タクト様は関係性の近さを大切にしておられるのではないか、と」
「自らの配下と領都の民とでは、重みがまるで違うということですか? それにしても……」
「配下、ユファラ村の住民、その他の南方三村、タチリアの町と、だんだん淡くなっていくようです。今回の侵攻の積極性も、本拠に近いからだというのが、トモカの推察でした。仮にベルーズ伯爵領が北の川向うにあれば、動きはしなかったのではないか、とも」
「ほほう、それは極端だな。ユファラ村が襲撃されでもしたら、恐ろしい事態になりそうだ」
白騎士ファイムの口調には、どこか面白がっている気配がある。薄桃姫は、さらに苛立ちを募らせたようで、髪を雑にもてあそんでいた。
「ええ、その通りですね。魔王に味方した村だとして天帝騎士団が攻め込んだなら、神聖教会ごと滅ぼさんとするでしょう」
「おいおい、物騒だな。攻めてこない魔王に関わっている隙はないって」
「あの、魔王が乱立しているとの話は、本当なのですか?」
ウィンディが思わず口にした問いに、白鎧の隊長は嫌な顔もせずに答える。
「ああ、潜龍河流域はもちろん、中央域でも乱立している」
「魔王はみんな暴虐なのですか?」
商家出身の少女は、勢いがついたのかさらに問いを重ねた。
「濃淡はあるようだな。虐殺か、蹂躙か、支配するかという感じだが」
エスフィールが、すっと目を細めた。
「人類と共闘しようとする魔王はいないの?」
「今のところ、確認できていないな。もっとも、滅ぼされた中には、そうしようとしていた魔王もいるかもしれんが。……そちらの覆面魔王さんはどうなんだ?」
「我らは、忍びの者として社会の裏で生きていくつもりでござる。情報収集や調略などの依頼があらば、ご贔屓に願いたいのでござる」
コルデーと名乗る魔王は、重々しい口調で応じた。声の可愛らしさは不調和だが、眼光の鋭さが重みを感じさせる。
「タクトとアユム、それにコルデー殿を見る限り、魔王の総てが話のわからぬ相手とは思えない。まあ、共闘中のエスフィール卿には、いまさらの話だろうが」
「ボクが挙兵した時点では 他に選択肢はなかったからね。今は一応の勢力になりつつあるけど、タクトのゴブリン討伐に参加したときには、ほとんど身一つだったし」
「そうなのか? それが、今では競争相手二人を凌駕する勢いなんだろう?」
「様子見をしている勢力も多いけどね。ただ、叔父上達が失った戦力も大きいし、領都の被害は痛いし……。今回のベルーズ伯爵領対応でも、ゴブリン魔王を無事に討伐できたとしても、被害は出そうだから」
「ああ。ゴブリン共が青鎧を着ているわけだからな」
ミリースがすっと顔を伏せる。彼女の脳裏で候領都ヴォイムの惨状が、故郷の風景と重なっていた。
「ラーシャ候領とベルーズ伯領が弱体化すれば、この星降ヶ原は空白地帯に近くなるな」
「それなのにまだ内戦の目があるわけだからね。正直やってんられないよ。……その状況下で、天帝騎士団がタクトの討伐を目指すのなら、ボクらが相手になるしかないかな」
「そういう事態は避けたいものだな」
軽口に似せたやり取りの重みを理解できない者は、この場にはいなかった。
「まあ、単純にかなりの戦力だよな。偵察による敵情把握能力だけでもたいしたものだが、成長中とはいえ勇者を二人抱えてるって、どういう状態なんだか」
「まったくだよ。二人とも、話すと可愛い子たちなんだけど、戦いの様子は既に迫力があるし」
「主戦力が薄いが、そこを充実させたら……。エスフィール卿としては、味方につけておきたいところだな」
「だよねえ。……ねえ、ナギ。さっきの話のタクトにとっての近さってのは、もちろん拠点からの距離の話じゃないんだよね? 懐に入り込むにはどうしたらいいだろう。色仕掛けとかかなあ」
侯爵の長男であるはずの人物の言葉に、赤備え達が一瞬息を呑む。
「おい、設定忘れてるぞ」
「あー、そうだった。ついうっかり。……どうすればいいかな? 青騎士殿」
にやりと笑ったエスフィールが、そこで話を寝癖頭の青騎士に振る。
「そうですな……。公正で誠実であれば、よいのではないでしょうか」
「ふーん、そう見えるんだね」
「だがなあ。悪い部分を取り除いたワスラムはそれでいいかもしらんが、勢力を預かっていると自分さえ律すればいいわけじゃなくなる」
ファイムの言葉に、青い髪の少年貴族がうんうんと頷く。
「同感だね。叔父上達もそうだし、家中の者達の意向もばらばらだし……」
悩ましげに首を傾げていたエスフィールが、ふと遠方の魔王らの方を見やった。
「あれ、人が増えてるね」
背後から一歩近づいたジードが、護衛対象の疑問に答える。
「サスケとモノミですな。クラフトも来ておるようです」
「サイクロプスの? 彼は、戦闘よりも鍛冶に集中してるんじゃなかったっけ?」
「命を落とした一人が、武具の補修に興味を持ち、クラフトに教えを請うていたので、タクト様が声をかけたのでしょう」
「ジードも行ってきなよ」
「お言葉に甘えて」
すっと気配を消したジードが、やがて合流を果たした。その動きが、彼が忍者であるのだと他勢力の者にも納得させた。
「ナギやウィンディも行ってくれば」
「もうあいさつは済ませましたので。……やはり、戦場に身を置くものと、商いに従事する僕らとでは、感覚が違うところもあるのです」
「距離を取る必要はないと思うのでござるがなあ」
覆面の魔王の言葉に、周囲の皆が頷く。顔を見合わせた少年少女は、やがて駆け足で主君のところへと向かった。
「……あそこにいるのが、タクトの家族なのかな」
エスフィールのつぶやきに応じたのは、いわゆる「なまくら刃」の一人であるシャルフィスだった。全軍の後方責任者である彼は、この会合の補給も担っている。
「アユム殿やその腹心に、本拠の留守番勢もいらっしゃいますな」
シャルフィスの目には、年若い主筋の人物もその範疇に入りつつあるように見えていたが、口にしてはいけない気もしていた。
「で、覆面魔王殿は、どういう関係なのかな?」
「取引相手でござるよ。今回は、情報提供の見返りに、人類側の有力者との共同戦線に参加する機会を得た状態となり申す」
「そう言いながら、ボクらをだしに、タクトとの関係を深化させようとしてるんじゃない?」
「その面もあるでござるよ」
澄ました声で、コルデーは応じる。彼女には、このお茶会の同席者よりも広い世界が見えているだけに、どう動くかは悩ましいところなのだった。
「まあ、まずはゴブリン魔王の打倒だな」
「うん、話はそこからだね」
そうまとまったところで、タクト達が歩いてくるのが見えた。彼らが穏やかなひとときを過ごしている間にも、主力は前進を続けている。そして、どうやら戦いは近いようだった。
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