(80) スルーラ村で
忍群魔王滞在の裏で、配下を三分しての本拠での休養が進められていた。状況が不透明なため、滞在は各組とも二日のみだったが、激戦が続いたためにせめてリフレッシュしてもらいたいものだ。
それに加えて、追撃戦の間は保留していた、スキル対応での組織の見直しにも着手した。その後の観察で、想定通りに直属指揮役の所持スキルを取得しやすい傾向が見られたので、強化したい分野ごとに部門分けを目指してみると決めた。
実際に動くときには、さまざまな方向性の者達が混在するわけだけれど、所属は分野ごとにして、そこから任務ごとにチームを編成する形になる。
それぞれの部門の長には、部下の状況確認や育成にも目を配るようにと依頼し、むずかしそうな場合は補佐役を付けるようにした。
近接戦闘組はコカゲが束ねて、補佐役兼剣術部門としてはシェイドが。防御系特化はアユムに預ける。
支援戦闘はセルリアがまとめて、その中で魔法特化系はルージュが見る形になった。
斥候での戦闘や突撃を担当する遊撃組はサスケが長となり、サイゾウが補佐役となる。その中での偵察特化組はモノミが、情報収集はジードがそれぞれ預かる形にした。
そして、文官系はソフィリアが束ねて、鍛冶部門は従来どおりにクラフトに預ける。
眷属の面々は、少なくとも現時点ではシステム上の指揮役としては組み込めないようだが、どういう区分けなのだろうか。ただ、実際には事実上の治癒部門のリーダーであるエルフのキュアラを始め、各組に配置する形にしておいた。
俺からの指示も、できるだけ部門ごとの伝達を目指してみよう。任務ごとのチームへの指示は、また別としても。
それと、このタイミングで世話になった商人や、付き合いは浅くとも有力な商人を居館に招いてみた。
出城での防衛戦の際に退避してきて、そのまま滞在していた者もいるので、交流会的にしてしまおうとの発想である。
商人には、軍需物資を買い集めるのに協力してくれている者もいれば、天帝騎士団向けの供給窓口になってもらう者も含まれる。物資収集拠点としての稼働ぶりを示す意味もあった。商業ギルドのギルマス、チェラルや、奴隷商のハーウェルらも招いている。
物資集積の方は、マルムス商会と連携する形で、商会組のナギとウィンディが活躍してくれている。雑然としていながらも活況な雰囲気は、商人たちにも刺激的だったろう。そして、初訪問の面々は食事や温泉を堪能してくれたようだ。
同じ頃、タチリアの町ではエスフィール卿の勢力の再編成も進んでおり、機は熟そうとしていた。
候領都ヴォイムの復興はビズミット卿とザルーツ卿に任せる形として、事実上の連合軍によるベルーズ伯爵領侵攻が行われた。
送り込まれた使者は帰還せず、偵察した限りでは地峡近くはゴブリンが闊歩する状態となっている。
参加するのは、天帝騎士団東方鎮撫隊に、エスフィール卿の手勢と、ワスラム一党までが公式参加で、魔王タクトと魔王コルデーの軍勢の参戦は黙認状態となっていた。
「なあ、シャルロット。公式名はコルデーで通すのか?」
「アカウント上はそうなっておりますからの。名前だけで女性だと気取られない利点もあるのでござるよ」
そう応じた覆面姿の魔王は、隣に忍者ジライヤを連れている。彼女が投入した忍者五十名は現状では貴重な戦力で、早速偵察隊に編入されて飛び回っている。サスケやサイゾウからの報告では、色々と流儀が違うようで、お互いの長所を取り入れているそうだ。
友好関係が構築できているのは好ましい事態だが、必ずしも同じ陣営に属し続けるとは限らない。ただ、両者で潰し合うのはできるだけ回避したいところだった。
侵攻は、宣言どおりに天帝騎士団が先行する形で進められている。ただ、実際には偵察に出ているコルデー、タクト陣営の忍群が最前衛だった。
エスフィール卿と俺達は、天帝騎士団とさほど離れず進んでいく予定だったが、両陣営の本陣組はスルーラ村に立ち寄っていた。
斥候隊は、各地で集落を荒らし回っているゴブリンを捕捉しては討伐している。現状では大規模な群れの姿は見当たらず、本格的な衝突の気配はなかった。
「ここが、おいらの家だ。ああ、焼けてはいるけど、あの頃のままだな……」
ブリッツが懐かしげに周囲を見回している。俺は、掛ける言葉を見つけられずにいた。
鎮魂のためにこの地を訪れたのは、エスフィール卿とその配下からルシミナ、ダーリオ、エクシュラ、シャルフィスらが。冒険者勢からはライオスと、亜人救出行に同行したドワーフのクオルツ、ハーフエルフのリミアーシャが参加している。
シャルロットとジライヤもいるし、侵攻に参加している俺の配下の主力勢も、偵察・遊撃任務で散っている者達を除けば軒並みやってきていた。
そして、ワスラム一党からは当主のマザックとツェルムらの姿があった。自領内での出来事だっただけに、深刻に受け止めているようだ。
「ここが、脱出の時に使った坑道跡の入り口で、あそこが婆さまの家だ。母さんと最後に話したのは、あそこの井戸でだったな。上流地民になるためには、礼儀正しくしないとねって笑ってた」
歩いていたブリッツが、いきなり立ち止まった。そして、しばらくして何事もなかったかのように歩き出す。なんとなく不安になって、俺は無理やり質問を捻り出した。
「上流地民ってのは、どういう存在なんだ?」
「さあ、よくわからないよ。なんか、天民特権の一部が付与されるとかなんとか」
青鎧のツェルムに視線を向けると、わかりやすく解説してくれた。地民とは要するに旧皇国住民で、この地で言えばかつてラーシャの領民だった人々である。青鎧に象徴されるベルーズ伯爵家がこの地を領したため、二等市民扱いされていたのだが、天民の統治機構に一部を取り込もうと考えられたのが上流地民なのだという。
「まあ、今となっては天民も地民も関係ないか。天民の町も、ゴブリンに襲われたんだろ?」
「確定はしていないが、どうやらそうらしい」
連合軍が進入しても青騎士の存在は確認できず、ゴブリンは天民の生活圏も蹂躙している。ベルーズ伯爵が無事に領都に戻れたかどうかすら怪しい状態だった。
「で、鎮魂ってなにをするんだ?」
「ソフィリアに祈りを捧げてもらおうと思っている。スルーラ村では、精霊信仰が残っていたって認識でいいんだよな」
「うん。天帝教が押し付けられそうになってたけど、実際はそうだった。……こうして供養できるのは本当に助かる。タチリアの町にいるチビ達の分も礼を言うよ」
「なに、仲間の大事な故郷だからな。当然さ」
はにかんだ表情は、まだ子どもである。だが、実際にはブリッツはもう有力な戦士として活躍しつつあった。
儀式は滞りなく進み、炎の跡が痛々しい塔に黙祷を捧げる。それらを滞り無く済ませたところで、ソフィリアが俺を手招きした。
「タクトしゃま。手を出していただけましゅか」
「あー、なにか見えそうなのか」
「おそらく」
手を繋ぐと、世界があっさりと切り替わり、薄暗い部屋が視野を満たした。そこが、炎に巻かれる前の塔であると、肌で理解できる。
幾人かの女性が、折り重なって倒れている。そんな中に、祈りを捧げている女性の姿があった。夫らしき人物が現れて、火を付けると告げる。殺そうかとの提案を、彼女はあっさりと断った。最期の時まで、息子のために祈りを捧げたいからというのがその理由だった。
涙ぐみながら抱き合った後、男性は部屋を出ていった。他の部屋でも、同様の別れが行われているようだ。
女性は祈る。紅蓮の炎の中で焼ける苦痛を味わいながら……。そして、視界が輝きに満たされた。
「タクトしゃま。行きましょう」
「ああ。……ブリッツ、塔に行ってみるか?」
「うん。行きたい。あんちゃんも行ってくれるのか?」
「付き合うよ」
石造りの階段は、炎に焼かれても機能を失ってはいなかった。ソフィリアが祈りを捧げながら歩いていく。
やがて、俺は焼け落ちた扉の前で歩みを止める。この部屋が、先ほどの映像の現場であるのだと、どうしてかわかった。
「ここのようだ」
「そうなんだ。……じゃあ、お別れをしてくるよ」
「ああ」
ソフィリアが、俺の腕にすがりつく。彼女には、肉親の情はどのように捉えられているのだろうか。
ブリッツが戻ったとき、その手には紅に輝く剣が握られていた。脳内ウィンドウに表示されたその剣の銘は「炎の涙」で、分類名は聖剣となっていた。