(8) 遠のく意識
ファスリーム嬢はその日は泊まっていくことになり、村を訪れての氷菓の販売交渉は翌日に延期された。
餌付けをするようで気が引けたが、棒のような少女に飯をたらふく食わせない、という選択肢は俺にはない。
じゃがいもをとろけさせた肉ごろごろシチューと串焼き肉、オムレツとをメインにした晩餐を用意したところ、堪能してくれたようだ。
今回もパジャマパーティーが開催されるそうなので、ポテトフライと鳥肉の揚げ物に、果物をあしらったパンケーキとジュースとを夜食として差し入れたところ、サトミから献立が重すぎると文句を言われた。まあ、確かにこれでは一日四食だ。ただ、翌朝には空になった皿が片付けられてはいたが。
村とのシャーベットとアイスの商談には、威圧感が高めの俺が一緒だと邪魔にしかならないので、サトミたちに任せるとの話になっている。その準備が進められていた。
「冷たくっておいしいものねえ、これ。きっと、売れるわよ」
「なあ、サトミ。つまみ食いはかまわんが、食べすぎて腹を壊すなよ」
「失礼ねっ。売り物は食べないわよ。……詰めてるときにはちょっと失敬したけど」
頬をふくらませるサトミを見て笑顔だった真紅の髪の少女が、ふと不思議そうに首を傾げた。
「ねえ……、みんながメル姉をサトミと呼んでいるのはどうして?」
「あ、話してなかったわね。あたしの新しい名前よ。タクトにつけてもらったの」
「どういう意味の名前なの?」
「俺の故郷の言葉で、聡くて美しい、くらいな意味だな。知識を求める存在のようだから、合うかと思って」
「いいな……」
「ファスリームというのは、どういう意味なんだ?」
「棒を振る女、くらいの意味ね」
それもひどい話だ。この地の命名事情は、いったいどうなっているのやら。
「ねえ、私にも名前をつけてくれない?」
「かまわんが……、今の名に愛着はないのか?」
ふるふると首を振る様子からして、まったく感じていないようだ。
好きな言葉を聞くと、風に吹かれるのが好きらしい。しばらく頭を悩ませたのち、俺の脳裏に言葉が閃いた。
「風が香るという意味で「フウカ」、ってのはどうだ」
「うん。ありがとう。うれしい……」
翠眼の少女の顔に、晴れやかな笑みが浮かんだ。そうすると、年相応のあどけなさが生じる。ああ、これはいいことをしたのかなと思ったところで、俺の意識が遠のいた。
意識を取り戻したとき、俺の身体は寝台の上にあった。時間の感覚がわからず、窓から外を覗いてみると、真紅の髪の少女がコカゲと木剣を打ち合っている。
一瞬、過去に戻ったのかと思ったが、少女の打ち筋に師匠のくせが見えた。昨日の俺との手合わせを通して伝わってしまったのだろう。そう考えると、意識を失ってからしばらく時間が経過したところのようだ。日の高さからして、最長でも数時間というところだろうか。
脳内のウィンドウでステータスを確認すると、節約して溜め込んでいたはずのCP、創造ポイントがゼロになっていた。確か、今朝の段階で九百以上はあったのだが。
なにがあったのかを検証しようと、ウィンドウをいろいろと確認していると、ログ確認画面というのを見つけた。当初はなかったような気がするのだが、もしかすると勢力レベルの上昇によって開放された機能なのだろうか。
使用CP欄を見ると、「名付け」との項目で、千ポイントが消費されていた。その結果、残高がマイナスになって気絶し、時間経過で回復した流れのようだ。
過去ログを確認すると、ポチルト、ハッチーズ、サトミ、セルリア、コカゲ、シリウスについても名付けによる消費実績があった。ただ、ポイント数は一桁から50あたりまでで、日々の増減に紛れて気づかなかったようだ。
どういうことかと訝しみながら少女を見つめていると、名付けの効果か彼女のステータスが見えた。その職業欄は……、「勇者の卵」で、「魔王タクトの眷属」との表示もある。あー、なるほど。
現状の値は、攻撃、防御、敏捷が高めだが、ずば抜けた状態ではない。卵とあるからには、将来の伸びしろが大きいのか。
元世界でプレイしていた「魔王オンライン」には、名付けという仕組みはなく、配下は単なるユニットだった。人間や亜人の男女を虜囚として慰みものにしたり、支配した町や村に命令を出したりはできたが、眷属なんて概念も存在しなかった。いろいろと差異はあるわけか。
それにしても、千ポイントはきつい。眷属と言っても、これまでのサトミとの関係性から考えれば、命令できるわけでもなかろうに。
名付けについて脳内マニュアルで参照してみると、生成モンスターの場合、魔王の呼びかけによって遠方でも対話ができるようになるというのが大きそうだった。一方からしかつながらない脳内携帯、といったところだろうか。部隊展開時には、とても役立つ特典となりそうだ。
また、名付けをした個体に配下を持たせた場合に、指示が通りやすくなるのだそうだ。逆に言えば、ネームレスでも配下自体は持てるとなりそうだ。
能力値の上昇などはないものの、魔王への忠誠度や進化可能性が高まる効果もあるという。その他にもメリットがあるらしいので、隠しステータスの上昇などが設定されているのかもしれない。そう考えてみると、ポチルトやシリウスも、両種族のネームレス個体とは体格も振る舞いもいつの間にかだいぶ違ってきているようだ。ただ、そもそも優秀な個体に名前をつけている、という面もあったかもしれない。
名付けの必要CPは、配下については生成CPの倍になるようだ。見合うメリットはありそうだが、誰彼かまわず名付けするわけにはいかない消費量となる。
ついでに、獲得CPの方のログも覗いてみたところ、ユファラ村での物品売却との項目で、わずかながらもCPの数値があった。胃袋蹂躙作戦の戦果も確認できたわけだ。
昨日と同じように庭に出ると、気づいた真紅の髪の少女が駆け寄ってきた。だいぶ心配させてしまったようだ。
呼ばれてやってきたサトミも、やや不安そうな顔をしていた。出発は見合わせていたそうで、もう平気だと告げると笑みが戻った。
フウカには別れ際にいつでも遊びに来るようにと表明したものの、このまま顔を出さないようなら放逐してやればよいのだろう。
シャーベットとアイスは、居合わせた子どもたちに試食してもらった上で交渉したところ、村の酒場兼食堂兼宿屋にデザートとしての納品が決まったそうだ。いつでも買い取ってくれるというからには、よほど評判が良かったのだろう。
他に、ハチミツ、ジャム、岩塩も継続して売却が進んでいる。特に岩塩は、外来の商人からぜひ譲ってほしいとの話があったそうだ。転売OKとの話は以前からしてあり、追加購入しておきたいとの要望は、こちらとしても望ましいものだった。
ただ、そうなってくると、逆にユファラ村からもなにかを購入しないと、裕福とは思えない村からお金を吸い上げる形となってしまって健全ではない。サトミ経由で、売ってもらえるものを検討するよう依頼しておこう。
ログを確認したところ、今回もCP、創造ポイントが得られている。略奪や殲滅をした場合との違いは判然としないが、村を滅ぼしてしまえば一度きりであるのに対して、反復して物を売る形であれば、継続収入が見込めるのは間違いない。「魔王オンライン」では人類への対応として殲滅派と支配派が存在していたが、支配よりもさらに緩い形は成立するのだろうか。
サトミによれば、胃袋蹂躙作戦に従事した女忍者も、村人との交流にまんざらではなかったようだ。真紅の髪の少女ともまた稽古をしようとの話になったようで、良い展開だと言えそうだった。