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(79) 業物と魔剣


 さすがは騎士団の隊長級と言うべきか。木造の廃墟の広間で行われた手合わせで、俺は猛烈な斬撃を受け止める羽目になった。得物は、青鎧討伐時の鹵獲品から雑に選んだ剣を使っている。


 相手の攻勢が途切れたところで、ようやくこちらからも仕掛けると、鍔迫り合い状態になった。


「付き合わせてスマンな。こうでもしないと、ゆっくり話せないんだ」


 にやりと笑って言いながらも、ファイムに力を抜いている気配はない。いい性格である。


「不自由なことだな。しかし、神聖教会の騎士団が魔王と同じ戦場に出て、かまわんのか?」


「魔王や魔物が皆殺しにすべき存在かどうかなんて、小難しい話は俺にはわからん。だが、人を蹂躙する存在は倒さねばならない」


「相手が魔王でも、その目的のために有益なら共闘するってのか?」


 そう言いながら、飛び退って横薙ぎを放つ。遠くからにしても注視されている以上は、動かずにいるわけにもいかない。


「ああ。俺はそう考えている。ただ、隊の内部でも思惑は色々なんだ。事前の方針決定会議では、完全な主導権は取れない。だが、戦場でなら行動を選択できる」


「それは頼もしいな。……連絡手段が必要だ。手下を一人、預かってくれるか?」


「ああ、かまわん。だが、できれば人間の方が波風を立てずに済むな」


 ならば、モノミあたりを送り込んでみようか。そうすれば、計画中の伝書隼の運用テストにもなりそうだった。


「さて、お互い準備運動は済んだだろう。本気で行かせてもらうぞ」


「おう」


 そうは答えたものの、相手の元気さにややげんなりしてしまう。まあ、魔王の実力を示しておくのは、今後に向けて必要だろう。俺は【欺瞞】を解いて天帝騎士団の隊長と向き合う。


 すると、彼が手にする剣が、急に迫力を増してきた。聖剣とはまた違う圧力が感じられる。


「その武器は……?」


「感じるか。東方鎮撫隊の隊長が代々受け継ぐ「雷斬」だ。天帝騎士団でも、東方と南方の鎮撫隊の長と本国の三席のみが持つ五振りの業物の一つだ」


「なら、こちらも本来の得物でお相手しよう」


 俺は「黒月」を顕現させて、宙に黒影の弧を描く。


 激突したとき、「雷斬」から沸き立つような波動が流れ込んできた。聖剣との手合わせでの冷えた鋭さとはまた違う、どこか楽しむような感覚である。


 その後、ちょっと暴れ回ってしまった結果として、手合わせの場の廃墟は崩壊した。木造の建物でだいぶ劣化はしていたようだが、それにしても激しい威力だったのは間違いない。




 情報を提供してくれた忍群魔王に、ソフィリア経由で礼に出向きたいとの伝言を渡したところ、出兵前で忙しいだろうからと来訪してくれる流れになった。


 アユムを除けば、これが初めての別勢力の魔王との対面となる。


 かつて森林ダンジョンを訪れたジライヤと名乗った忍者の発言からして、食事への興味が強そうなので、できる限りのもてなしを目指した。気に入ってくれるとよいのだけれど。


 やがて訪れたのは、覆面をした小柄な忍者だった。体つきからは、性別はいまいち判別できない。


「魔王のタクトだ。先日は、貴重な情報の提供に感謝する」


「拙者はコルデー。シャルロット・コルデーと申す者でござる。天帝騎士団とは戦闘になると思っていたので、つるむとは意外だったでござるよ」


 ござる口調でしゃべる声からすると、どうやら女性のようではある。ただ、忍者だとしたら声を変えるくらいは造作も無いのかもしれない。


「暗殺の天使……」


 同席していたアユムが、思わずつぶやく。そして、一拍遅れて自己紹介を済ませた。


 不吉な名で呼ばれた先方に、特に気を悪くした様子はなかった。


「コルデーは、本名ではないのでござる。暗殺者の先達に敬意を表してハンドルネームにしていたでござるよ」


 あいさつはそこそこに、俺は忍群を率いる魔王を宿へと案内した。畳などは再現できていないため板の間となるが、物珍しそうに眺めてくれている。


 酒は嗜まないそうなので、果実水を準備する。今回は、柑橘を使った爽やかな味としてある。


「改めて礼を言わせてもらおう。天帝騎士団の情報も役立ったが、このアユムの存在を教えてもらったのは、とても助かった。感謝をどう示すかなんだが……、天帝騎士団とラーシャ侯爵家との共闘に一枚噛まないか?」


「援軍を寄越せというのでござるか? それが礼になるとは思えんのでござるが」


「そうか……。いや、あちらが恩に感じるかどうかはわからんが、人類勢力と関係性を築いておいて損はないかと思ったんだがな。忍者なら両張りも当然だろうし、経験値を稼ぐチャンスでもある。もちろん、旗色が悪くなったら撤退してくれてかまわんし」


「経験値……。確かに、鍛えたい配下はいるでござる」


「こちらも戦場の偵察には長けているつもりだ。無茶な戦いに送り込むつもりはないぞ」


「少し考えてからの返答でよいでござるか?」


「ああ、もちろん。途中参戦でもかまわんしな。この件で、ちょっとでも恩が返せたらいいんだけど」


「ふむ。……ありがたい話でござるが、もうちょっとこう、別の方向性の……」


「あ、食事はもちろん、用意してるぞ」


 手を叩くと、程なく料理が運ばれてきた。


「まずはてんぷらと、続いて鹿肉のすき焼きを用意している。日本風の料理が好みとの認識でいいんだよな? 鮨は、魚と米が手に入らなくてなあ。すき焼きも、牛肉と醤油がないのと、卵を安全面への配慮から温泉卵にしている関係で再現性はいまいちなんだが、うまい料理には仕上げられたと思う」


「これが『てんぷら』でござるか……。ジライヤに先を越されてから、実食までが長かったでござるよ」


 おっかなびっくりの様子で箸で突き刺すと、川エビと山菜のかき揚げに塩を付け、口に運ぶ。一部だけ外された覆面から覗く口許は可愛らしい。


「これは……、美味でござるな。さくさくで、中の食材の香りが漂って」


「よろこんでもらえて何よりだ。じゃがいもを細切りにして揚げたものと、わかさぎ風の小魚、鳥肉、人参あたりも揃えてある。こちらのつけダレも試してみてくれ。醤油がないので、天つゆというより白だしに近い感じだが、悪くはないと思う」


 頷いたシャルロット嬢は、夢中で食べ進めている様子だった。


「おいしそうに食べてもらえてよかったね。ボクだったら、てんぷらもすき焼きもとても完成させられなかったや」


「アユムは、得意なスイーツ方面で活躍してくれればいいさ」


「でも、レシピをある程度覚えていても、材料が確保できないからな……。応用力がうらやましいよ」


「まあ、材料もできるだけ揃えていこう。……で、コルデー殿よ。てんぷらを追加するか、すき焼きにするか」


「美味だったでござるよ。すき焼きを所望するでござる」


「じゃあ、すぐに準備をしよう」


 厳選した鹿肉でのすき焼きも、堪能してもらえたようだ。肉の他は、葛に似た粘りのある草の根で豆乳を固めた豆腐もどきと、春菊と葱に近い香味野菜のみとなっている。それだけに肉と温泉卵がシンプルに楽しめる状態となっていそうだ。


 試食に付き合ってくれたアユムも、何やら感慨深げである。


「あの豆腐、もうちょっと固くできればよかったんだけどね」


「確かに……。あれはあれでうまいんだが、特にすき焼きには固い方がいいよな」


「うん。ただ、豆腐がないと、なんだか締まらないしね。葛切りが間に合ったら、また一段階上がりそうなのに」


「マチの料理研究もなかなかなんだが、元世界の再現となると、俺らがだいぶ関わらくちゃだからな」


 そう言っている間に、シャルロット嬢はすき焼きを概ね食べ終えたようだ。


「お二方は、仲が良いのでござるな」


「ああ、元世界でもつるんでいたからな。高校を出たら、東京に出て一緒に暮らそうかと……、って、違うぞ、色恋の話じゃなくて、資金節約のための共同生活でだな」


「心配召さるな。そちらの趣味は持ち合わせていないのでござる。……日本の話を聞いてもよいでござるか?」


「俺らに話せることなら、なんなりと」


「日本では、毎晩大量にアニメが放送されているというのは、真実でござるか?」


 アニメ好きなのだろうか。まあ、日本に興味がある外国人としては、定番の入り口なのかもしれないが。


「うん。東京には首都テレビって放送局があって、夜半から深夜までほぼ毎日、新作が何本も放送されてるそうだよ。ボクらの町ではそこまでではなかったけど、衛星放送にもそれと近い方向性の局があったし、旧作も流されてたからまあ、大量かな」


「すごい世界でござるな。メイド喫茶とは、本当に実在するでござるか?」


「あるらしいけど、実際に訪れたことはないな。可愛らしい女性が、メイド服を着てもてなしてくれるらしいぞ」


 その後も、アニメから得たらしい知識の確認を求められた。


 たこやき、たいやき、焼きそばパンにメロンパン。学校、制服、教室掃除。食パンをくわえての登校に、おでん、ラーメン、クレープ、などなど。


 明らかな事実誤認は正したものの、下手をすると俺達よりくわしい事柄もありそうだ。


「日本では、子どもの時には神道の施設に通って、結婚式はキリスト教の教会で挙げて、お葬式は仏教のお寺でするというのは、さすがに偽りでござろうか?」


「子どものときに神社……? 初詣とかじゃなくてか」


 俺の疑念に応じたのは、アユムだった。


「お宮参りとか七五三の話じゃない? えーと、生涯のサイクルで言えば、安産祈願、お宮参り、七五三は神社でして、結婚式は教会で、子どもを産むときは神社も絡むけど、お葬式は先祖代々の宗派のお寺でやるって感じかな。結婚式もお葬式も、神前とか仏式とかはあるみたいだけど」


 シャルロット嬢は、興味深げに聞き入っている。


「年単位のサイクルでは、お正月には神社に初詣に行くし、春分と秋分にはお寺にお墓参りに行く家が多いと思う。お盆には亡くなった人が家に戻ってきて、ハロウィンやクリスマスはキリスト教かな」


「イスラム教が話に出ないのは、迫害されているのでござるか」


「明治時代に入ってきたのが西洋の文化だったから、馴染みがない感じかなあ。でも、別にイスラム教徒を敵視するってのはほとんどないと思うけど。……タクト、知ってる?」


「いや、しばらく住んでたところは、近くにモスクがあったけど平穏だったぞ。ハラルフードの店なんかもあったしな」


「宗教同士の諍いが存在しないと言うの?」


 ござるが消えて、口調がやや強くなっていた。


「うん。……厳密には、新興宗教と既存宗教とか、新興宗教同士とかは多少はあるみたいだけど、排斥がどうとかいうのはなかったと思うよ。タクトんとこは、日蓮宗だったよね。うちは浄土真宗だけど、別にねえ」


「ああ。世話になった人が亡くなったら、宗派も宗教も関係なく葬式に行くしな」


「キリスト教やイスラム教の葬儀にも?」


「どっちも参加したことあるぞ」


 覆面の中にあるシャルロット嬢の瞳からは、化け物でも見るような視線が俺達に向けられていた。


「外国から見れば異常な事態らしいが、日本の状況しかわからないんでな。気に障ったのなら申し訳ないんだが」


「ううん、気に障ったわけじゃないの。ただ、あたしが……、拙者が生まれた国がそのようだったなら、どんなによかったかと思って……」


 絞り出すような言葉は、やや湿っているようでもあった。やがて、気を取り直したようにまた口を開く。


「いつか日本に行くのが夢でござった。それは叶わなかったものの、この地で日本を知る人に会えてうれしいでござる。また機会があれば、聞かせてもらえるでござるか?」


「雑談にしかならないかもしれないが、いくらでも」


 そう応じた俺に、アユムも頷いた。


「落ち着いたら、それぞれの元世界の故郷についての本を書くなんてのもいいかもね」


「本でござるか?」


「いいかもな。コルデー殿も、攻略サイトを作っていたのなら、メディアに興味があるんじゃないか? 書物もそうだが、魔王向けなら、傾向や攻略情報を紹介する新聞や雑誌みたいなものは需要があるかもしれないぞ」


「考えてみるでござる。……ところで、拙者のことはシャルロットと呼んでほしいのでござるが」


「ああ。こちらも、タクト、アユムで頼む。こちらからはできる範囲で協力するから、何でも言ってくれ。今回は、滞在期間はどれくらいの予定なんだ? 情報交換もしておきたいんだが」


 翌日まで滞在できるそうなので、その後はもてなしつつ情報交換に励んだ。


 洋風の料理も要望されたので、夕食にはポテトグラタンやミネストローネ、チキンカツなどを用意したところ、料理人なのかと問われた。完成度は高くないと思うのだが、シャルロットの故郷では家庭での食卓に出てくる料理は単調なものらしい。堪能してもらえたようでなによりだ。


 有力な情報として、東隣、西隣の情勢に、中央域の様子、魔王の戦略のトレンドなども得られた。


 また、天帝騎士団の隊長が持つ凄まじい剣について話題に出したところ、業物と呼ばれる武具は、錬成によって手が入るらしいとの話もあった。アユムも俺も切り捨てた分野だけに、穴埋めについて考える必要がありそうだった。




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― 新着の感想 ―
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