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(76) 微妙な成果



 俺の提案に、エスフィール卿が顔を歪めた。可愛らしい顔立ちだけに、拒絶感が強く滲み出る。


 提案内容は、日没までの間にワスラム一党から投降を呼びかけさせ、翌朝にも再度降伏受け入れの時間を設けたい、というものだった。


「ワスラムの投降は、呼びかけに応じた自発的なものだからいいよ。でも、さらに働きかける必要があるとは思えない。……既に、極限近くまで譲歩していると思うんだけどな」


 ルシミナはとうに怒りを超えた心境にあるらしく、虫を見るような視線を俺に向けてきている。ダーリオの表情も硬い。


「目的は、助命にはない。ワスラムの投降で生じた動揺を増幅させたいんだ。それと、夜襲時にも生存の可能性があると示して、彼らの剣を鈍くしたい。こちらの犠牲を少なくするために」


「そんなこと言ってさあ。ホントは、従卒や小者だけでも助けたいとでも思ってるんじゃないの」


 向けられてくるエスフィール卿のジト目には、なかなかの圧迫感がある。さすがは、領主一族である。


「そういう副次効果が生じる点は否定しない」


「正直に言えばいいってもんじゃないって。……ゴブリンは、本能として人を殺し、犯し、喰らっている。だから滅ぼすべきで、話は簡単だ。でも、青鎧達は、人間は、理性を備えているはずなのに悪虐な行動をするんだから、余計に罪深い。……その認識は、間違ってるかな?」


「いや、違わない」


 青鎧勢には、命令されて従軍しただけの者も多く含まれるだろう。ただ、全体としては侯爵後嗣の指摘の通りである。


「実際に被害にあった領都の民は、連中を皆殺しにしたいだろう。ボクも同じ気持ちだよ。そして、傍観者も同罪だと思っている。それでも、投降の受け容れには同意したし、その判断は今も変わらない。ゴブリンとの分断にも意味があるしね。……でも、さらに彼らをかばうというなら、一緒にやっていく自信がなくなってくるよ」


 正直な思いなのだろう。応じる言葉が、すぐには見つけられなかった。


「ねえ、タクト。考えてみて。森林ダンジョンと周囲の避難民の集落、それにユファラ村が青鎧たちに蹂躙され、男は皆殺し、女は犯されて連れて行かれたとしたら……。彼らをかばえる?」


 これまで、何度も考えてみた。けれど、もしかしたら理性を働かせ過ぎていたのかもしれない。改めて、俺は情景を想像してみた。


「……いや、皆殺しにしたいと思うだろう」


 物事を広く見ようとすると、見失ってしまうものがある。それは、肝に銘じておかなくてはならない。


「その点だけでも、一致できそうで安心したよ。そこで理屈をこねくり回されてたら、ボクもそうだけど、ルシミナを含めたみんなを抑えられていたかどうか」


「ルシミナ。ラーシャの民の被害を軽く見ていたわけではないが、そう取れる言動があったのは申し訳ない」


 頭を下げると、ゆるふわ髪の人物の表情が少しだけやわらいだ。


「いいのです。わたくしも、私情が絡んでいないと言えば嘘になりますし。ただ、私情込みで復讐する機会を奪わないでいただきたく」


「もちろんだ。今晩は存分に暴れてくれ」


 その様子を見ていたエスフィール卿が、やや安堵の表情を浮かべた。


「ただ、夜が明けたら生き残りに対してもう一度投降の機会を与えるってのは、いい考えかもしれない。さすがに夜襲で全滅は無理だよね? ベルーズ勢を弱体化させられるし、ゴブリンの残りを始末する時間も確保できるし」


 どうやら、本音では承諾するつもりだったのを、一旦押し返して配下の怒りのガス抜きを図ったようだ。なかなかに頼もしい。


「夜間に隊列から離れた者は、例外なく殺すつもりだったが、明らかな非戦闘員は戻すのもありかもしれない。例えば……、そうだな。隊列の最後方の四半分は夜間の攻撃対象から外し、そこにいれば安全だ。朝になったら再度投降するように、なんてのはどうだ」


「んー、その話が広まれば、行軍速度を落とさせる効果が出るかもしれないですね。分断できれば、さらにやりやすくなります」


 しばらくの討議の末に方針は固まり、日暮れまでにワスラム一党に降伏を呼びかけさせる提案も了承された。




 まもなく、太陽が西の山中に沈んでいく。青鎧勢への攻撃開始は、夜闇が降りきってからとする予定だった。


 ワスラム一党による投降勧告は、ツェルムが主導する形になったのは想定通りだったが、髭将軍のマザックまで参加したのは意外だった。


 赤と青の長旗が並ぶだけでも目を疑う光景だろうに、投降したはずのワスラム一党が武具防具も所持し、馬もそのまま使っている様子は青鎧勢には衝撃だったろう。通常なら裏切りだと即断そうだが、実直な武辺者として知られるというワスラムだけに、どう捉えられたか。


 ツェルムがぎりぎりまで馬を寄せて、蹂躙に加担していない従卒や小者だけでも投降させるようにと叫んだのだが、当初は耳を貸す者はなかったという。


 けれど、一人の従卒の少女が隊列を離れて歩きだし、状況は変容した。陣中の青鎧の一人が離脱者を射殺そうと放った矢は、マザック・ワスラムの強弓によって空中で叩き落された。そして、二の矢を番えた青鎧の喉に突き刺さったのは、狼人族のアキラが放った遠矢だった。


 それをきっかけに、ベルーズ陣営から従卒や小者がわらわらと駆け出し、騎士や従士からも手を上げて続く者が現れた。


 まずいと見たのか、伯爵の配下らしき華美な青鎧の一群が追おうとしたが、単騎で進み出たマザックが気迫で押し戻した。戦端は、開かれずに済んだ。その時点では。


 新たな投降者は九十余名だった。ほとんどが非戦闘員であり、戦力を削ぐという表の狙いからすると微妙な成果であった。


 ゴブリンの上位種狩りに従事した者達も、既に休養を終えて参戦準備中となっている。先行する小鬼達にも静かな夜を過ごさせるつもりはないが、主戦場は後方の青鎧の軍勢の進路となる。


 ワスラムの投降によって本陣がばたばたとしていた頃、ゴブリン攻撃部隊では新戦法が試されていた。ゴブリンの進路に石脳油を撒くのがひとつ、水を撒くのがもうひとつで、合わせて二方式となる。


 石脳油は、その成分が揮発した頃を見計らって火炎魔法と火矢を放つ展開となる。そして、風魔法で火炎の増幅を図った。


 水は、雷魔法で電撃を増幅させた上で、氷雪魔法で足を地面にくっつけ、弓矢で追加攻撃を実施する。


 どちらも有効だったが、知能が低めなゴブリンには通用しても、青騎士にはそのまま適用はできない可能性が高い。石脳油の方では壺に入れて地中に埋めようか、といった微調整は、トモカとアユム、ソフィリアあたりが中心になって検討してくれていた。


 コカゲは夜陰に乗じて敵陣に潜入し、後方の四半分は攻撃対象にならないとの噂を広める計画である。夜の脱走者のうち、投降志願者については同じ情報を伝えて追い返す予定で、混乱の増幅を期待するとしよう。


 周囲はだいぶ暗くなってきて、いよいよ対青鎧戦が開始されようとしていた。計画では、まずは矢での攻撃を重ね、石脳油と水を準備した地点に誘導して魔法攻撃を仕掛けてから、本格的な斬り込みとなる。


 薄桃姫ことルシミナには、エスフィール卿から一撃離脱が厳命されていたが、どうなるだろうか。


 そして、青鎧勢にとっての長い夜が始まった。



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【描いていただいたイラストです(ニ)イラスト:はる先生(@Haru_choucho)】

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― 新着の感想 ―
[一言] ルシミア、エスフィールの傍観者も同罪って、特大ブーメランなんですよねぇ。 亜人迫害を傍観してたんだから。
[一言] ルシミナやダーリオを例に上げるのは適切ではなかったですね。エクシュラが作戦の想定以上にピンチになったので、別チームで行動しているアクシオムが我慢出来ず駆け付けてしまったというほうが近いでしょ…
[一言] 一応外部勢力と共闘している状態なので、仲間だからとか指揮系統が違うからという理由で罰無しは違うと思います。ルシミナやダーリオが命令違反をしていたらエスフィール側が罰するはずです。周りに致命的…
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