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(74) 光る魔法石


 エスフィール卿も参加して状況確認を進めていたところに、衝撃の知らせが入ってきた。


 青鎧の中でも「蒼槍のワスラム」の通り名で知られた一族が、丸ごと投降を申し出てきたというのである。


 彼らの接近を受けて、当初は攻撃を仕掛けてきたのかと、即応部隊が慌ただしく戦闘準備を進めたそうだ。本陣からも続々と増援を送りこんだところで、見事な長髭の将が単騎で接近してきて、ようやくその意図が知れた状態だった。


 主戦力の一部に離脱された青鎧勢としても呆気にとられた状態だったようで、制止が行われた気配はまったくない。


 エスフィール卿によれば、美髭が特徴的な当主、マザック・ワスラムは中央域への軍勢派遣の際に、先代のラーシャ侯爵と交流があった人物だそうだ。武辺に徹する一族の中でも、信頼できる人物と評されているという。


 彼に限って、投降を装った奇襲はありえないとの話になり、武装解除はせずに会談することになった。そのあたりの機微は、領主一族の一員たるエスフィール卿に任せるべきだろう。


 天幕を設置した会談場所に現れた髭の人物は、副将を連れてきていた。こちら側は、エスフィール卿とライオス、シャルフィスに、トモカと俺という顔ぶれだった。アユムとソフィリアには、会談中の指揮を頼んでいる。


 着座して口を開いたのは、こちら側の総帥だった。


「ボクの名はエスフィール。ラーシャ家の一員で、追撃軍の指揮を取っている。領都を蹂躙したゴブリンと青鎧の皆殺しを主張するボクを諌めて、投降を呼びかけるよう求めたのは、ここにいる魔王タクトだ。投降の受け入れについては、タクトに一任する」


 髭の降将は黙って頷く。対してマッシャ・ワスラムと名乗った細身の副将は、苛立ちの表情を浮かべていた。


「俺の名は、タクト。魔王として、エスフィール卿に協力している。あんたらによるラーシャ領への侵攻自体は、武家の習いだと考えると特に責めるつもりはない。その件は、エスフィール卿との間で勝手にやってくれ。だが、候領都の民を蹂躙したのは、話が別だ」


 じろりと見つめる俺を、マザックがしっかりと見返してくる。顎の長髭は、古代中国の武将を思わせる見事なものだった。


「条件は、布告した通りだ。領都の民を殺した者、犯したものは殺す。傷つけたり略奪したりに留めた者は奴隷に落とす。加担していない者は、制止しなかった点では罪深いが、捕虜として扱おう。……だが、お前たちも武門の者なのだろう。戦わずに捕虜になるのか?」


 副将がにらみつけてきているが、俺の視線はがっしりとした体格の髭の将軍に向けられていた。ゆっくりと口が開かれた。


「……お主の言う通り、我らは罪を犯した。……家中に蹂躙に加担した者はおらんと思う。……だが、制止しなかったからには同罪なのは間違いない。……そんな我々を、ラーシャの者達が攻撃するのは当然だ。……攻められたなら、戦わなくてはならん。……無辜の民を蹂躙した者達と一緒にな。……それは、我が本意ではない」


 訥々と語る様子からも、投降は本気のようだ。しかし、これで配下は納得してるのだろうか。いくら武辺の一族だと言っても……。現に、副将の表情からして、とても得心しているようには見えない。俺は、もう少し質問を重ねてみようと決めた。


「今回、ラーシャ侯爵領に攻め込んだのは、侯爵の弟達がゴブリン魔王討伐を理由に先に進入したからか?」


「……然り」


「ゴブリン魔王と手を組んで?」


「魔王であるゴブリンは……、理性的な考え方をすると聞いていた。……ただ、ベルーズ伯爵からして蹂躙を許容していた。……誤りだった」


「俺は、侯爵家の軍勢よりも前に、ベルーズ領内に亜人の村を救援するために侵入したぞ。まず俺を討つべきだったな」


「救援……とは?」


「ゴブリン魔王が人の村や亜人の集落を蹂躙していたので、救援に向かったんだ。ドワーフの集落から脱出した住民が、青鎧に助けを求めたら、ゴブリンと一緒に虐殺されてたぞ」


「偽りを申すな。伯爵がゴブリン魔王と手を組んだのは、ラーシャの侵攻後だ」


 副将のマッシャが、勝ち誇ったように叫ぶ。


「それ以前のスルーラ村襲撃の際も、地峡警備の者達が見て見ぬ振りをしたようだがな」


「それも嘘だな。スルーラ村を焼き討ちしたのは、ラーシャの連中だ」


 俺は合図をして、連れてきていたブリッツを招き入れた。


「この少年はスルーラ村の生き残りだ。ブリッツ、すまんが襲撃の様子を話してくれるか」


「ああ。おいらはブリッツ。元の名はベルリオ。ゴブリン魔王と手を組むような屑にちなんだ名前は捨てて、このタクトにもらった名を使っている」


 そう前置きした勇者の卵の少年は、自らの経験を……、スルーラ村の最後を語った。


 統率の取れたゴブリン達による襲撃と、逃げられなかった女達が塔に集められ、婆さまによって火をかけられた顛末を。


「おいらは、年少の子ども達を連れて村を出た。地峡を守る青備えにゴブリンの襲撃を知らせたけれど、地民は戻って殺されろと嘲笑されたよ。……みんなを連れて森を抜け、ようやくラーシャ領に逃げ延びたものの、手持ちを騙し取られた。半ば餓死を覚悟したところで、この魔王タクトに拾われたんだ。そして、東方のゴブリン討伐に参加し、ブリッツという名をもらった」


 マザック・ワスラムは、沈黙して少年の言葉に聞き入っている。副将も、さすがに偽りだと騒ぎ立てはしなかった。


「なあ、あんたたちは蒼槍のワスラムなんだろう? 青騎士は助けてくれないのかと婆さまに聞いたら、地民は見捨てるつもりだろうと言っていた。けど、蒼槍なら助けてくれるんじゃないかと重ねて問うたら、連中は間が悪いからねと悲しそうに笑っていたよ。……ひとつだけ聞かせてくれ。自領の民を虐殺するゴブリン魔王と手を組み、他領に攻め込むあんた達はなんなんだ? ゴブリンの手下か」


「ふざけるな、我らは……」


 怒声を発した副将を、髭の将軍が手で制する。


「お主が正しい。……我らワスラムは、今ではゴブリン以下の存在だ。……そうか、婆さまは我らを信じてくれていたか。……だが、我らにその価値は」


 その瞳に、光るものが浮かんだように見えた。ブリッツにはつらい思いをさせたが、これで進めやすくなった。


 ライオスに頷きで合図を送ると、魔法石が卓上に置かれた。


「これは……?」


「尋問に使う魔法石だ。ご存知か?」


「ふざけるな、騎士に使うべきものじゃない」


 いきり立ったワスラムの副将の額には青筋が浮かんでいる。まあ、普通の反応なのかもしれない。


「おいおい、魔王に騎士の常識が通じるわけがないだろ? やるのか、やらんのか」


 髭の将軍は、なんのためらいもなく魔法石を握った。そして、抵抗する副将にも無理やり握らせる。


「……何と口にすればよいのだ?」


「復唱してくれ。自分は、候領都ヴォイムの民を殺してない。犯してもいない。略奪もしていなければ、意図的に傷つけてもいない」


 マザックが朗々とした声で復唱する。魔法石は、反応を見せなかった。そして、横にいる人物をにらみつける。


「マッシャ。……復唱するんだ。……言わねば、儂が斬る」


 か細い声での復唱に、魔法石が妖しく紅く輝いた。


「……そうなのか」


「魔法石は正しく機能しているようだな。……そいつは、ヴォイム滞在中に配下と一緒に女を捕らえては犯し、幼児までいたぶった末に戯れに殺していたそうだぞ。あまりにひどいので領都に潜入していた俺の配下が首を取ろうと狙っていたが、狡猾な立ち回りで討ち果たせなかった、との報告があった」


「それは偽りだ……」


 握ったままの魔法石が、再び輝きを放つ。


「この場で……。すぐに斬り殺してよいか?」


 マザックの声は、やや震えているように聞こえた。


「かまわんが……。別に、今なら解放してもいいぞ。心当たりのある配下と一緒に、陣に戻してやったらどうだ。どうせ、生きて故郷には帰れんのだから」


 俺達に断りを入れたマザックは、震えている副将を連れて席を立った。


 やがて、天幕の向こうから、訥々としながらもよく通る声で、尋問用魔法石での宣誓を命じるのが聞こえてきた。応じない者は、副将とともにこの場から去るようにと厳命している。


 しばらくして、髭の将軍は別の若者を連れて戻ってきた。その人物は、左の側頭部の髪が綺麗に跳ねた特徴的な髪型をしていた。


「全員に証しを立てさせた後でいい。……儂は自死させてもらいたい。……後のことは、この者に引き継ごう。……今となっては寄騎筆頭となったツェルム・ロクシズだ」


「マザック様。……ですが、俺は、領都の民を傷つけました。奴隷として扱われます」


「なんだと? ……お主が、民を傷つけるはずがあるまい」


「いえ、確かに傷つけたのです」


 押し問答の末に握られた魔法石は、けれどその人物の宣誓に反応を見せなかった。


「嘘はいかんな」


「嘘じゃない。従卒が俺のために傷つけたんだ。責任がある」


「……まあ、こういうやつだ」


「なるほどな。他の連中の宣誓は、任せてよさそうだ。……あー、ただ、マザックさんよ」


「……なんだ?」


「捕虜となったからには、勝手に死なれては困る。エスフィール卿と俺、両方の了承を得てからにしてくれ」


「……承知した」


「じゃあ、とりあえず、選別を済ませるか。……一点、聞かせてくれ。ベルーズ伯が連携した魔王の名を知っているか?」


「……タケルという名だと聞いている」


「そうか」


 猛烈に独創的な名前なわけではないが、どうやら確定だと考えてよさそうだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] MMOのアクティブユーザー数を調べてみたら日本だけでもトップは2,3百万人はいてビックリした。 魔王って千人どころか、下手したら数十万人規模でいる恐れが……。
[一言] 中世時代って補給の概念が発達してないせいで戦争の度に略奪するのが実は一般的だったという……。第一回十字軍とか食料がないから人の肉を食ったという資料まで残ってるし、ギリシャの英雄とか普通に女を…
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