(73) 高札とスキル
分断のための投降勧告を伝達するにしても、単に近づいて伝えるのでは危険である。アユムやトモカたちと相談して、街道沿いへの高札設置を中心に、矢文や宿場の建物の壁に書くなどしての浸透を試みた。
勧告の主旨は、次のような内容である。
一、降伏するならば、殺しも犯しも傷つけてもいない者は助命し、捕虜とする。
一、傷つけるに留まった者は、奴隷として扱う。
一、降伏しても、民を殺し、または犯した者は処刑する。
一、降伏を受け容れるのは日の高い時刻の間だけで、投降の意思を明確に示した者のみとする。
一、夜間に集団から離脱したものは理由の如何に関わらず討伐対象とする。
一、初日の日没まではゴブリン以外には攻撃しない。
……まあ、どんな上から目線だよって感じの布告であり、ベルーズ伯爵領内での戦闘からこちら、ずっと負け知らずの者達が受け容れるとは正直思えない。虐殺に対する負い目を感じる者が多少はいるだろうから、彼らに心理的負担をかけつつ、ゴブリンへの攻撃時に連携をためらわせるのが主目的となる。
撤退する軍勢の隊列は、ゴブリンが前段となり青鎧勢が続く形となっている。高札作戦を展開した後、ゴブリンへの攻撃が開始された。
進軍の頭を押さえるため、また、青鎧に気取られるまでに時間を得たいため、先頭付近から攻める形となる。同時に、青鎧の軍勢も含めて地竜騎兵、狼騎兵に、通常の馬に跨がる騎兵も各所で並走させ、緊張感を強いる動きも取っていた。
狼騎兵は、伝令と斥候を中心に運用を開始してしばらく経つが、地竜騎兵は今回が初投入となる。竜車時代にも途中から装着していた鎧は、今回からミスリルも使ったものに置き換えられている。そのミスリルは、サイクロプスのクラフトが地の精霊アーシアの助力を得て精製したものだった。
地竜だけではなく、シャドウウルフと前衛の主力向けについては、新作の鎧がほぼ揃えられた状態となっている。鍛冶場のドワーフ勢も、だいぶ無理をしてくれたようだ。
ゴブリンへの攻撃は、遠隔攻撃としての弓矢と魔法を中心としている。数が多いだけに、普通にやっていると嫌がらせ的な攻撃にしかならない。
ゴブリンは魔王の指示を受けているとすれば、まっすぐに地峡を目指す可能性が高い。その前提で、まず上位種を削っていくのがトモカの立てた作戦の主眼だった。
上位種の中でも雄大な体格の個体が数体確認されており、その周辺にロードあるいはプリンス級が複数いて、下位個体を率いているのが基本的な陣立てとなっている。遠隔攻撃によって陣形をできるだけ崩し、上位種が最上位種から離れたタイミングで突貫を仕掛ける。
具体的には、地竜騎兵と狼騎兵として、赤備え勢からのルシミナとアクシオム、こちらからはサスケとフウカ、ブリッツらが速攻する形だった。
その際の支援隊としては、治癒役としてキュアラとモーリア、弓騎兵としてエクシュラとシューティアが配置され、セルリアが全体を束ねている。
赤備え勢の中でも従士という立場のアクシオムはまだ冷静なのだが、ルシミナは異様な気迫を漂わせている。単に待機させておくのは逆に危険だという判断から、ゴブリンの各個撃破に投入した状態だった。
突貫仕様で両手持ちの大剣を豪快に振り回すその戦いぶりは、薄桃姫との通称の印象からは大きくかけ離れている。奮迅する彼女に引っ張られるように、ゴブリンの軍勢への猛襲は続けられた。同時に、断続的な火矢や魔法を交えた遠隔攻撃も実施している。
その裏で、俺は移動指揮車となっている竜車での作戦会議に参加していた。コカゲ、トモカ、ソフィリア、アユムと俺の気心の知れた顔ぶれである。より高次の意思決定の際には、並走する馬車からエスフィール卿と「なまくら刃」のシャルフィス、冒険者勢の頭目的立場のライオスも参加する。
赤騎士ダーリオは、新参の者達を集めて領都方面の抑えも兼ねつつ、最後方から追尾する形となっていた。
青騎士の周辺で牽制する騎兵群は、ジード、モノミ、シェイドらが率いており、突出してきた場合向けの即応部隊はサイゾウ、ルージュとアルマジロ人族のエリスとマモルに、冒険者勢のクオルツ、リミアーシャ、アミシュらが仕切っていた。
その中で、コカゲはベルーズ勢対応の総指揮役を務め、ライオスがその補佐をしてくれていた。
エスフィール卿と俺は全体を束ね、幕僚的存在としてシャルフィスとアユムにトモカ、ソフィリアというのが主要な面々の布陣となる。
脳内通話で得られる戦況を、俺は地図上の駒の配置に反映していった。
「即時に位置把握した上でこうして整理できると、追撃戦がすごい状況になるな」
かつてのオーク・ロードとの戦闘時に、陣頭で状況が把握できないままに当てずっぽうの指示を出していたのとはえらい違いである。かなり精巧な地図が得られたのも大きかった。
「んー、そうですね。こちらが同じ事態に陥らないようにしたいものです」
「まったくだ。行動を秘匿できると、さらにいいんだけどな。……俺個人なら、スキル習得でいけるんだが」
「勢力スキルってやつ? ボクは結局、なんにも取得しなかったな。どれくらいの効果があるんだろ」
俺のつぶやきに、アユムはやや興味を持ったようだ。
「【圏内鑑定】や【欺瞞】は間違いなく有用だったな。……隠密行動ってのがあるな。確か、モノミが持ってたものだ。消費DPも少ないし、試してみるか」
俺は、脳内で【隠密行動】スキルを取得した。と、地図を覗き込んでいたコカゲがうっと声を上げた。
「どうした?」
「いえ、なんか身体の中で……」
もぞもぞしているので、状態異常でも起こったのかとステータスを確認したところ、スキル欄の【隠密行動】という表示に、Newマークが点滅していた。
「コカゲ、忍び足はできるか」
「他の皆に比べると、あまり得意ではないのですが……、あ、でも、なんかいい感じです」
狭い竜車の中でも、なにか感じるものがあるのだろうか。
周囲を警護する者達のステータスを覗いていくと、忍者の幾人かが、【隠密行動】スキルを新たに取得したようだった。
「これって、自分の能力底上げ向けかと思っていたが、配下に影響するのか」
忍者以外にも刀術スキル持ちが多いなと思っていたのだが、俺の保有スキルの影響だったのかもしれない。
「そっか。だから、勢力スキルなわけか」
「よく考えたら、得意な分野のスキルは自動取得なんだから、むしろ興味のない分野のスキルをできるだけ取得していくべきなのかもな」
低レベルスキルなら、消費DPはごく少ない。今回も、戦力的に厳しい綱渡り的な状況は続いているわけで、試してみる価値はありそうだ。
「……そう言えば、セルリアの指揮下にいる面々が弓術系を多く保有しているな。所属しているチームの長の所持スキルが影響している可能性もあるか。配置も考えないとな」
そうであるなら、得意なスキル系統ごとにまとまりを作って、任務ごとに各所属組織から任務部隊を作る形が、スキル獲得的にはいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、【剣術】スキルを取得すると、周囲で剣を主戦武器とする配下の多くが【剣術】スキルを取得した。こうなると、DP溜め込みに影響しない範囲で、本気で検討すべきと思われた。