(68) 三人の選択
長い夜が過ぎ、ようやく朝が近づいてきた。
アキラの咆哮を経て、搦め手から侵攻していたゴブリンの軍勢を挟撃によって撃滅できたのは夜半過ぎだった。
そのまま前方に全戦力を集中したものの、ゴブリン側もロード級以上が発する咆哮を乱発して戦線を維持し、戦闘は続いた。
相手の勢いが弱まったところで、主力を二分して組織した別動隊を脱出用すべり台から送り出し、後背からの挟撃を仕掛けた。それは、元世界での丑三つ時の頃だったろう。
退路を塞げば、相手を死にものぐるいの戦いに追い込んでしまいかねない。けれど、逃げ散られれば討伐に手がかかるため、打った勝負手だった。
どうにか壊滅させ、一息つけたのはつい先ほどだった。ただ、この襲撃の発端が死体の山からの奇襲だったために、どれだけ気配を探ってもなお、安心できずにいた。
東の空が白み始めた頃、ゴブリンの死体の最後の山が塵になったために、ようやく完全に安心できた。歩哨を残して休憩に入り、今は手勢の大半が眠りこけている。
激戦だったが、ポーションが潤沢で水鉄砲方式が機能したためか、死者は出さずに済んだ。犬人族の何人かがすぐには治癒不能な深傷を負ったが、命に別状はないようだった。
サスケを始めとする忍者部隊は、短時間の休息を取った後で斥候に出てくれている。数日寝ないくらいへっちゃらだと笑う様子からは、鍛え方の違いが感じられた。
夜が明けきらぬうちに汁物主体の食事の支度に入ると、早めに起きてきたのは統率役を除く忍者勢だった。コカゲは、勝負手となった正面の敵の後背に回る別働隊の指揮を取った関係でさすがに疲労がひどく、まだ熟睡しているようだ。
朝食の仕込みが済み、日が上がり始めようとした時刻に、ひさびさのシステム音声が脳内に流れた。
システム音声によってもたらされたのは、配下に進化先の選択が可能な個体が現れたとの通知だった。
対象となっている者達を、俺は朝食を共にしようと呼び出した。
汁物を手にする三人のうち、コカゲはまだ眠そうである。セルリアはいつも通りに謹厳な様子で、サスケは元気いっぱいだった。呼び出さなければ、偵察隊の指揮を取って遠出をするつもりだったようだ。この三人は、先ほどまでの戦闘でレベルが25を突破していた。
「集まってもらったのは、三人が強化……、進化するにあたっての方向性の希望を聞くためだ。食事を摂りながら聞いてくれ」
そう前置きして、俺はそれぞれの進化先について説明する。システム音声による告知と、その後に脳内ウィンドウで情報収集した内容も踏まえると、次のような仕組みのようだ。
進化は、XPに紐づくレベルを中心に、補助ジョブやスキルなどの要素も加味して可能になる。勢力レベル上昇と同様に、進化関連の告知は朝方に発せられるようだ。今回の通知タイミングを考えると、夜明けと同時なのだろう。
進化先が一つであれば選択の余地はなく、そのまま進化が発生するそうだ。複数の選択肢が存在する場合は、魔王が決定する形となる。そして、未選択のまま十日が経過すると、システムによって任意の進化先に決定されるとのことだった。
セルリアの進化先はエリートダークエルフで、指揮役含みの無印と、特化型であるエリートダークエルフ・アーチャー、エリートダークエルフ・メイジからの三択となる。
コカゲには、エリートニンジャの無印と、特化型の剣士であるエリートニンジャ・サムライの二つの選択肢があった。忍者と侍が共存しているのは不思議な気がするが、職業として考えるとわからなくもない。
サスケは、コカゲの選択肢に加えて、偵察特化のエリートニンジャ・スカウトが選択可能だった。能力に加えて、行動も反映されるのだろうか。
少し考え込んでいたセルリアは、無印を希望した。弓も魔法も連携勢力も含めると一番手ではないため、それらの道を極めるよりも皆のフォローに回りたい、との理由からだった。
実際には、彼女ならばどちらも今後の上達やスキル取得によって、抜群の立場にもなれそうに思える。だが、本人からすると、弓で言えばアキラや赤備えのエクシュラ、魔法では分野は違えどキュアラの天禀めいた素養とは差が歴然としているのだそうだ。
「セルリアの皆をまとめる素質は、それこそずば抜けている。いいかもしれない」
「及ばずながら、努めます」
俺の評価に納得したわけでもなさそうだが、反論はなかった。本心からの言葉だったのだが、弓や魔法よりも実感しがたい分野かもしれない。
サスケは、迷わずエリートニンジャ・サムライを選択した。
「偵察系じゃないの?」
コカゲの問いに対する少年忍者の答えに、迷いの色合いはなかった。
「うん。戦闘力は高めておいて損はないから。偵察でも気取られれば戦闘になるし、指示を出すのにも自分が強ければ自由度は高まるしね。偵察系なら、モノミやジードもいるし」
対して、コカゲの方はやや考え込んでしまったようだ。
「十日あるから、ゆっくり考えてもいいんだぞ」
「いえ、強化は早いに越したことはありませんし。……悩ましいのは、剣技ではフウカや赤鎧のルシミナ殿を凌げる気がしないのです。でも、あきらめたくない気持ちもありまして」
「コカゲの剣技は見事だし、混成軍を指揮した統率力も素晴らしいもの。どちらに進むのも、よいと思うわ」
セルリアは、他者の統率力は的確に把握しているようだ。しばらく考えたコカゲが、顔を上げた。表情は晴れやかで、どうやら自分の中で折り合いがついたらしい。
「あたしも、できるだけ上を目指してみます。サムライでお願いします」
「わかった。いいと思うぞ。……では、決定する」
三人のステータス値を確認してから、脳内ウィンドウで進化先を指定する。
「……進化、したんでしょうか?」
コカゲが自分の腕を上げ下げして、次いでサスケとセルリアを凝視する。当人達は、自分や仲間のステータス値を確認できないが、ウィンドウ上では種族名が更新され、セルリアとサスケはレベルが1に、コカゲはレベル3になっていた。レベルは引き継がれないようだが、上昇したステータス値や習得スキルはそのままである。
「すぐに強くなるわけじゃなくて、伸び代が増えるという感じかもしれない。今後も同様の進化や職種変更がありうるから、強化したい方向に行動を寄せていくのもいいかもしれん」
「他の者達も、進化するのでしょうか?」
「ああ、おそらくな。ただ、サスケが先になったように、加入時期とは関わりがないようだから、戦闘への参加度合い次第かな」
「それですと、ジードやモノミは戦場働き以外もこなしてくれていますので、少し先になりそうですね」
「フウカの他では、次はルージュと、シェイドあたりか」
あえて口には出さないが、俺はその間に名前が挙がるはずだった亡き三人の姿が思い浮かべていた。どうやら、他の三人も同様だったようだ。西方に視線を向けると、しんみりしてしまう。
「あとは、シリウスを始めとするシャドウウルフも、候補となってきそうですね。……進化による強化度合いにもよりますが、ダークエルフ、忍者、アーマニュートについては、先を考えて早めに増員するのがよいかもしれません。当初は頼りなく思えた者達が、今では欠かせない存在になってきていますので」
「ああ、時間と、積み上げていく経験は貴重だな。心するとしよう」
今後、より能力の高い個体が現れたとしても、この三人が頼りになる存在であり続けるのは間違いないだろう。そう考えながら、俺は冷めてしまった汁物をすすった。強めにした塩分が、疲れた体に心地よく染み通った。
最新話
感想欄で読者様から「(65)街道を北へ」でのベルーズ伯爵家とゴブリンの連携について、青鎧があっさりと受容し過ぎではないかとの主旨のコメントを頂きました。
そもそも不自然との話もありながらも、説明不足だったのも間違いなさそうで、記述追加による修整を試みました。
ツェルムとミリースによるゴブリンとの連携についての会話部分への挿入になります。
漏れ聞こえてくる話によれば、この侵攻で得た占領地の一部をゴブリン魔王に与え、代わりに彼らが柔風里から退去するとの合意が取り交わされたらしい。ラーシャ侯爵家を憎む者達からすれば、ゴブリンを彼らにけしかけ、同時に近くから立ち去らせる一石二鳥の計画と見られていた。
そこまで極端な立場の者でなくても、ラーシャの軍勢が侵攻してきて農村を蹂躙したとのベルーズ伯爵の説明により、それならばやむなしと考えた者も多かった。
それでもなお、弱いかもしれませんが、従来よりは、と考えております。
コメントいただいた方、ありがとうございます。