表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/144

(67) 咆哮と咆哮


 搦め手側から攻め上ってきているのは、出城の外にいたサスケ率いる偵察遊撃隊と、脱出した丙組、つまり支援系の近接攻撃苦手な面々となっている。丁組の非戦闘員達は、脱出スロープの出口近くに設置した避難所に身を潜めていた。


 後方から攻めかかってゴブリンを混乱させることには成功したものの、前衛的な役割を果たせる者が少ないため、遠隔での削りが中心となっている。そして、丘の頂上からは、挟撃状態にある搦め手側ゴブリン勢への戦力集中を目指していた。


 正面側は、アユムとアルマジロ人族の四人に俺、それにガイヤーらゴーレム勢とで抑えている。


 搦め手側はコカゲが指揮する形で、フウカとブリッツの勇者の卵組、赤備えから参加してくれているルシミナ、ダークエルフのシェイドが前衛の中心となり、新規生成からの選抜組も参加していた。


 中央では、セルリアが支援系を指揮しており、ルージュ、キュアラ、シューティアらと、参謀的な立場のトモカとソフィリアの姿もあった。


 どのくらい時間が経っただろう。何度目かの猛襲を凌いだところで、背中合わせになったアユムが声をかけてきた。


「さすがにきついね」


「ああ。咆哮によるノーマルの突進が厄介だ。死体の山を足場にされるとな」


「ボクらが魔法を使えてたら、吹っ飛ばせてたのかな」


「さあな。ただ、アユムが防御に振ってくれてたから、ここまで持ちこたえられてるのは間違いないぞ」


 戦いながらの会話に、段々と余裕がなくなってきている。魔王二人とゴーレムはともかく、他の面々は疲労の色がきつかった。これは、おそらく裏手側で戦っている手勢も同様だろう。


「搦め手側を挟撃したのは最善手だと思うが、退きづらくなったのも確かだな」


「ここでボクらが撤退したら、裏手ゴブリンの背後から攻めてる遊撃、支援の人たちが最前線になっちゃうもんね。退くとしても、まずは彼らを退却させなくっちゃ。脳内通話で連絡が取れるのは助かるけど」


 アユムの言う通り、遠方と意識をつないで対話が可能なのは、魔王の大きなアドバンテージと言えるだろう。


「あちらのゴブリン達は、魔王の指示を仰いでいるのかな?」


「どうだろう。少なくとも前回の攻勢までは、いまいち連携が取れていなかったよね。あるとしても大まかな方針指示くらいかなあ。ゴブリンの知的レベルがどの程度なのかにもよるけど」


「ゴブリン・クィーンは普通にしゃべれていたからな。知性はあると考えておいた方が無難そうだ」


「だね。……さて、そろそろ次の波が来るかな」


「ああ、まずはゴーレムと俺らで抑えよう。しかし、また死体の山に隠れているかもと思うと、戦線を押し上げづらいな」


「地味に痛いね」


 仕切り直しごとに徐々に後退していくのは、精神的に良い状態ではない。こうしている間にも裏手側は攻勢をかけてくれているので、そちらの進展に期待したいところだった。




 さらに数次にわたる咆哮突撃を凌いだところで、死体の山に登ったロード級がノーマルゴブリンを投げつけるという新戦法を繰り出してきた。


 東方のゴブリン・クィーンの軍勢との会戦時の、プリンス級による投擲ほどではないが、厄介な攻撃であるのは間違いない。


 ノーマルゴブリンとはいえ、いきなり後方に出現されると、支援系の面々や参謀的役割のソフィリアやトモカらが危険な状態となる。乙分類の部隊に、出城の頂き付近に設置した滑り台を使った退避準備を指示したところで、騒ぎが生じた。


【セルリア、どうした?】


【アキラ殿が、前線に出たいと抵抗しておられまして】


「タクト、どうかしたの?」


「アキラが退避を拒んでいるらしい」


「どうして?」


 それは、アユムが心配だからじゃないのか。そう言おうとしたところで、ロード級が駆け込んできた。豪快な斬撃を、受け流しつつ弾き返す。サイズの合わない赤鎧を身に着けた姿は、どこかユーモラスである。


「伝言を頼むよ。ここは凌ぐから、いったん下りて裏手後方からの攻撃に参加して助けてほしいと」


【あー、セルリア、伝言を頼めるか】


【すみません、振り切られました。そちらに向かっています】


「アキラ、あぶないよ」


 体表の甲鎧を紅に染めたエリスが、狼人族の少女を認めて悲鳴めいた声を上げる。


「アユムっ」


 弓を構えた少女が、接近してきていたエリートゴブリンに向けて矢を放つ。移動する標的の眉間を射抜くあたり、凄まじい手腕なのだろう。


 脅威と見たのか、やや遠方にいたロードが並ゴブリンを投げ込んできた。ゴブリン投擲の件は伝わっていなかったのか、竦んでしまったようだ。助けに行きたいところだが、戦線を崩すわけにはいかない。


「アキラっ」


 関わりの深さからか、アユムは思わず体が動いたのだろう。身を翻したところで、ロード級の斬撃が後頭部を襲う。鉄壁の防御力が崩された瞬間だった。


 好機と見たのか、ロードが咆哮を発した。弾かれたように、周囲のゴブリンが身構える。数拍が置かれたのち、突進が始まった。


 こうなっては、個々に凌ぐしかない。アユムの穴を埋めつつ、助け起こそうとするが、どうやら意識が混濁しているようだ。


 と、後方からゴブリン・ロードとは別の叫びが聞こえてきた。視界の隅で、アキラが身を震わせているのが見える。恐怖によるものではなく、怒気を放出しているようだ。


 可憐な風情の少女の体表が、みるみる毛で覆われていく。体格も、一回り大きくなったように見えた。


 ウルフガイ、ウェアウルフ、狼男……。そんな言葉が脳裏に渦巻くが、アキラの属性からして、狼少女と呼ぶべきか。群がるゴブリンを魔剣で殴りつつの現実逃避な思考を切り裂くように、人狼と化したアキラが一段高い咆哮を発した。そして、近くにいたゴブリンを叩き潰すと走り出す。


 アユムのところに駆け寄るのかと思ったのだが、まっすぐにゴブリンの群れに突っ込んでいく。サイクロプスのクラフトとは違う意味で連携不能な戦いぶりで、道を開けるしかない。


 爪による攻撃には、なにか魔法的な効力が付与されているのか、敵を軽々と切り裂いていく。俺は、周囲をかき分けて倒れたままのアユムのところにたどり着いた。


 そのとき、視界の端に後方から突っ込んでくる者達の姿が過ぎった。シャドウウルフのシリウス達と、犬人族もいる。突進する彼らはだれもかれも尋常ではない目つきをしており、ゴブリンの群れに向かっていった。ゴブリン・ロードと同様の咆哮が、犬系の者達に作用したのか。


 どうしようもなく、ひとまず腰に装着していた水鉄砲ならぬポーション鉄砲でアユムの頭に複合ポーションをかける。やがて首を振りながら立ち上がった親しい存在は、目の前の光景に愕然としたようだ。


「どうなってるの?」


「アキラが人狼になって咆哮を発した。犬系の亜人や魔物が我を忘れて突進している。アキラを止められるか」


「やってみる。アキラ、みんなを下げて」


 駆け寄るアユムに気づかないようで、狼少女が猛襲を続けている。周囲では、必ずしも近接戦闘向きではない犬人族も含め、ゴブリンとの死闘を繰り広げていた。


 駆けつけたセルリアたちが、支援しつつのポーションによる治癒を目指すが、乱戦の中ではなかなかうまくいかない。


 弱い個体が猛襲するのも危険だが、強い個体もまた連携など考えずに深く突っ込んでしまっている。


 また、俺の力不足で大事な仲間を死なせてしまう。魔剣を振るいながら、絶望的な思いに捕らわれたとき、視界の端に危険な兆候が見られた。銀髪のダークエルフが、何事かを天に向かってつぶやいている。


【ソフィリア、無茶をするな。精霊から、次は危険だと言われているんだ】


【だいじょうぶでしゅ。フウカを呼びました】


 フウカは、裏手ゴブリンからの防衛線の主力として聖剣を振るっているはずである。しかも、ソフィリアから脳内通話はつなげないはずだ。


 真意を測りかねていると、駆け込んでくる影があった。真紅の髪の勇者候補だった。


「呼ばれた気がして」


「フウカ、聖剣に触れさせるのでしゅ」


 ソフィリアの言葉に戸惑いを見せる翠眼の少女に、俺は頷いてみせた。得物を握るフウカの手に、ダークエルフの少女の手が重なる。


 そのとき、脳内に声が聞こえた。いつかの精霊の声のようだ。


【巫女に自身を人質にして脅されては致し方ありません、水の乙女に手を貸しましょう】


 次の瞬間、フウカが持つ聖剣が青白く輝いた。そのまま、二人で振り上げて下ろす。


 ゆったりとした斬撃によって、ほんわりとした青い光が前方に飛んでいく。そして、戦っている中からアキラと犬人族、シリウスらシャドウウルフといった面々にまとわりついた。


 青白い光に包まれる彼らは、自身を取り戻したようだった。そして、傷が癒えていく。


 同時に淡い青の波のような光もやや遅れて前方に進み、ゴブリンたちが戸惑ったように棒立ちになっていた。咆哮の影響も取り去ったのだろうか。


【シリウス、アキラのところに戻るように指示を出せ】


 承知という意味合いの念が返ってくると、遠吠えのような叫びが周囲に響いた。天狼星の名を持つ狼に率いられて、犬系の者達がアキラの元に集まる。人狼の少女はゆっくりと人の姿に戻っていた。その裸身を、犬人族の者達が服を提供して覆い隠す。


【セルリア、魔法勢を集めて一斉攻撃の準備を。押し戻す】


【御意】


 ゴブリン達がやや呆けている今は、押し戻す絶好の機会である。準備が整うと、ルージュとセルリアを筆頭とした攻撃魔法部隊が魔法の斉射を行った。


 その間に、周囲の者達には作戦の伝達は済ませていた。猛襲によって総崩れになったゴブリンの群れは、後退していった。


「前方は無理しなくていい。また咆哮が来るだろうから防御に徹してくれ。セルリア、アユムと一緒に指揮を頼む」


「承知しました。主様は、裏手に回られるのですか?」


「ああ。咆哮の影響があったにしても、犬人族の戦闘向きでない者まで突っ切ってきたんだ。もうひと押しだろう。断続的につなぐから、危険だと思ったら早めに知らせてくれ」


 俺は支援組とフウカを連れて、裏手側の前線へと走った。搦め手方面のこちら側ではコカゲが、逆側ではサスケがそれぞれ指揮を取りつつ勇戦してくれている。できれば、一気に打開したいものだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



【描いていただいたイラストです(ニ)イラスト:はる先生(@Haru_choucho)】

告知用イラスト
【イラスト:はる先生(@Haru_choucho)】


【描いていただいたイラストです(一)イラスト:はる先生(@Haru_choucho)】

告知用イラスト
【イラスト:はる先生(@Haru_choucho)】

■ランキングに参加中です
小説家になろう 勝手にランキング


登場人物紹介
第一章時点
第二章時点
第三章時点
第四章時点
第五章時点




【三毛猫書房 友野ハチ作品(電子書籍@Amazon)】



【三毛猫書房 友野ハチ作品(電子書籍@Amazon)】

友野ハチ作品

友野ハチのインディーズ形式での電子書籍6冊、アマゾンにて販売中です。
「月降る世界の救いかた」「転生魔王渡世録」「街道の涯(かいどうのはて)」の各シリーズ全作品が「Kindle Unlimited」対象ですので、ご利用の方はいつでも追加費用無しでお読みになれます。

    q?_encoding=UTF8&ASIN=B09P8356QD&Format=_SL160_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=aiolia06-22&language=ja_JP月降る世界の救いかた Iq?_encoding=UTF8&ASIN=B09X266HZM&Format=_SL160_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=aiolia06-22&language=ja_JP月降る世界の救いかた Ⅱq?_encoding=UTF8&ASIN=B0B1QS4N1Y&Format=_SL160_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=aiolia06-22&language=ja_JP転生魔王渡世録 一q?_encoding=UTF8&ASIN=B0B5QMCXWV&Format=_SL160_&ID=AsinImage&MarketPlace=JP&ServiceVersion=20070822&WS=1&tag=aiolia06-22&language=ja_JP転生魔王渡世録 二
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ