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(66) 薄桃姫と香辛料


 戦端が開かれた日の夜、トモカの想定通りにゴブリンは断続的な攻撃を仕掛けてきた。おかげで、すっかり寝不足である。


 そんな中での朝一番の攻勢は、数百匹のゴブリンがロードの咆哮によって突撃してくるという、なかなかにハードなものだった。そうなると、こちらも余裕をかましてはいられなくなる。塹壕の銃眼からの魔法と弓矢での攻撃を含めて撃退し、ようやく一息ついた状態だった。


 天気は良いため、不意打ちされる心配はないと思われた。サスケからの報告でも、すぐに動きはなさそうなので、長めの休憩が取れている。仮眠を取る面々の安らかな寝息も聞こえてきていた。


 空では、雲が足早に流れている。そんな中で、俺は調理要員と一緒に昼食の準備をしていた。


 今回の新規生成組の中には、料理に興味を示した三十代くらいの男性忍者と、補修を黙々とこなすダークエルフがいたため、二人にはそれぞれの分野を試してもらっている。刀剣の補修を続ける無口なダークエルフの娘は、姿や性格からではなく、指向性が亡きスズカゲを思い起こさせた。


 食料としては、数日分の生鮮食料と、より多くの保存食とが用意されていた。随時補充していたために今のところは通常モードの食事の準備が可能となっている。


 とはいえ、いつゴブリンが攻め寄せてくるかわからない。手早く調理が可能なトマトベースのごった煮と、簡単なハンバーガーが今のところの精一杯だった。


「貴方の料理はおいしいですけど、不思議な味付けですのね」


 覗き込んできたのは薄桃髪の女騎士、ルシミナだった。幼さの残る顔立ちには、戦場にはそぐわない興味の色が感じられる。


 ゴブリン・クィーン討伐時には、近場の配下には手料理を振る舞う機会もあったのだが、赤備え系は別立てだったようだ。その点、エスフィール卿は平然と食べに来ていたのだが。


 そう言えば、先日の討伐後の宴会でも、このゆるふわ髪の女性騎士は欠席していた。ジードの報告によれば、一族の者と会っていたらしい。


「あんた、いいとこのお嬢さんなんだろ? この地の旨い料理を知らないか」


「……戦場で持ち出すべき話題ですの?」


「死ぬまで食べていくわけだから、重要だろう?」


 俺は、煮込み料理をよそった椀を女騎士に手渡す。湯気が彼女の柔らかそうな頬を撫でた。


「そうかもしれませんわね。戦時の糧食など、空腹が満たされれば充分と思っておりましたが。……この料理に合いそうな香辛料でしたら、心当たりがありますわ」


「マジでかっ? 聞いてみるもんだな。手に入るか? 育てられるかな」


「南方からの輸入品だと聞いたように思います。出入りの商人から入手はできそうですわね」


「さすが貴族様だな。……ダーリオもなにか知ってるかな。エスフィールは、なんか料理についてまったくわからないみたいでな」


「侯爵家ともなると、調理人との距離が遠いのかもしれませんね。……あの、魔王というのは、勢力の長なのですよね。どうして自ら料理をなさっているんですの?」


 隣に腰を下ろした彼女は、料理を口に運びながら訊ねてくる。調理を担当してくれている新顔の忍者から、ハンバーガーも受け取り済みとなっていた。


「うん? 料理は元々好きだし、生贄としてやってきたサトミや、配下の皆に振る舞ってきたしな。なにより、旨いものを食べれば元気になるだろう?」


 少なくとも、元世界での亡き両親はそうだった。まだ下手だったはずの料理をおいしいおいしいとうれしそうに食べてくれたあの光景が、俺の料理好きの原点なのだろう。家庭内で調理担当になった時期を経て、アユムと彼の母親にも料理を振る舞ってきた経験が、この世界での活動に影響をもたらしている面はありそうだ。


「そうですわね。おいしいものが嫌いな人は、ごく少ないと思います。社交の場でも、料理の味は重要だと聞きますから」


「へえ、貴族でも料理なんかするのか?」


「いいえ、良い料理人を確保する形になります」


 そう言いながら、ルシミナはハンバーガーにかぶりついている。顔立ちも相俟って、どこか幼子のようにも見えた。


 この娘も、出身家の名称こそ騎士家でも一応は貴族の範疇であるはずだ。ただ、このラーシャ侯爵家の家臣は多くが戦場に出る慣わしのようなので、深窓の令嬢概念には該当しなさそうではある。


「この世界の料理人とも交流してみたいもんだな。……ところで、いまさらだがこっちに来てよかったのか? 本来は、タチリアの町でエスフィール卿の元を固めるべきだろうに」


「それは……、本当にいまさらですわね。夜の間ずっと、便利に前線に送り込んでおきながら」


「スマンって。うちの前衛、軽量級が多くてバランスが悪いんだ」


「そうかと思えば、うら若き乙女の身で重量級呼ばわりされてしまっておりますし……」


 落ち込むふりをするあたり、なかなかにたちが悪い人物である。


「悪かったよ、ノーマルゴブリンの群れの相手をさせて、上位個体を回せずにさ。埋め合わせはどこかでするから」


「話が早くて助かりますわ。……ここで功名を立てたいわけではないのですけれど」


 穏やかな笑みを残して、薄桃色の髪の女性騎士は持ち場へと戻っていった。


 入れ替わるようにやってきたのはフウカだった。食事を受け取ると、先ほどまでルシミナが座っていた場所に腰を下ろす。


「仲良くなったみたいね。何を話してたの」


「この料理に合いそうな香辛料を教えてくれるってさ。あと、もっと大物と戦わせろって」


「そう……。私たちが仕掛ける間、甲鎧人のみんなとずっと防備を固めててくれたの。本来は打って出る方を得意としていそうなのに。それなら、守りに回ってみようかな。赤鎧の人たちみたいに、盾も使えるようになりたいし」


「いいかもな。ルシミナと一緒に戦ってみて、どうだ? 戦いやすいか?」


「うん、いい感じよ。柱石家出身の赤鎧からは、道端の小石みたいに扱われるのかと思ってたけど、普通に話せるし。……盾の使い方を、教えてもらえるか頼んでみようかな」


「いいかもな」


 ぽすっと頭に手を置くと、翠眼の少女が目を細めた。




 昼過ぎの攻勢はあっさりと撃退できたが、夕方のそれは大規模だった。サスケの偵察によれば、それでも近くにいるゴブリンの半分ほどだったようだが、ロード以上の操る咆哮による突進は対応が簡単ではなかった。


 通常の攻撃なら、奇襲などで相手を混乱させて勢いを削げるのだが、咆哮突撃は脇目もふらずに限界を超えていそうな勢いでやってくるため、防ぐだけで精一杯になるのだった。


 とことんまで追い詰められたわけではなかったものの、一気に倍のゴブリンが投入されていたら、正直きつかったかもしれない。しかし、どうして総攻撃を仕掛けてこなかったのだろうか。


「なあ、トモカ。敵の思惑はどこにあると思う?」


 軍議の席で、俺は頼りになる参謀役に問いかけてみる。


「んー、攻勢自体は本気だと思われますが、実際には陽動なのかもしれません」


「そうだとして、なにについての陽動だろうか」


「んーとお、そうですねえ。幾つか可能性はありますが……、いずれにせよまずは残りのゴブリンを撃破してから考えられてもよいかと」


 やや歯切れが悪いのは、なにか思惑でもあるのだろうか。


「確かに、優先すべきはそちらだな。退けてしまえば、行動の自由が確保できる。打って出るべきかな?」


「でも、全滅させられないで、小部隊が各地に散らばるとうまくないよ」


 そう応じたのは、アユムだった。


「なら、攻勢を待つか。前回程度の攻勢なら、咆哮突撃を連発されてもどうにか凌げるかな」


「んー、油断は禁物です。夜襲をかけてくるかもしれませんし、なにか謀略を仕掛けてくるかも」


「謀略……、そうなんだよな。ゴブリンの軍勢にしても、魔王が率いている以上は、なにか仕掛けてきてよさそうなものなのに、力押しってのはどうしてなんだ」


「んー、ここまでが仕込みだった可能性も……」


 そのとき、見張り役の忍者の叫び声が響いた。


「敵襲です。すぐ近くです」


「すぐ近く? 空からか、転移魔法か」


「死体の山の中から現れました」


「死んだふりして隠れてたってのか」


「表の第一線から連絡です。敵が突進してきます」


「搦め手からもっ」


 一気に緊張感が高まる。指揮を発する前に、俺は息を一つ吐き出した。


「丙丁は退避を。退避先でサスケと合流してくれ。甲乙は削れるだけ削る。まずくなれば、乙から先に退避を目指す。かかってくれ」


 近接戦闘要員のエース級である甲組が主力で、乙は支援職種の手練れの面々である。それ以外が丙で、非戦闘要員の集団である丁には設営担当らが含まれる。


 丙丁のメンバーは、機敏な動きで出城中央の壁に設置された穴に飛び込んでいく。その間に、サスケに回収の準備を頼んでおく。


 作っておいたスライダー的脱出路が活躍してくれていた。使わずに済めば、その方がよかったのだが。


 同時に敵の様子の報告を頼むと、残敵の七割ほどが表側から、残りが搦め手側から攻め上ろうと動き出していて、残留する兵力はほぼ皆無とのことだった。


 周囲が慌ただしくなる中で、トモカと今後の対応を相談する。彼女は、本来の組分けとしては非戦闘員の丁相当だが、参謀的役割を担うために残ってもらっていた。


 彼女の作戦案は、丙丁組とサスケら別働隊を合流させ、搦め手侵攻部隊の後方から攻めさせるとの内容だった。


 この場で正面と搦手側の二手に分けて防戦するのは人員的にはやや厳しいが、搦め手侵攻部隊を挟撃して撃滅できれば、全戦力を正面側に投入できるわけだ。


 周囲と相談の上でトモカの作戦案を採用した頃には、激戦が開始されていた。



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