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(64) 失望と安堵


 既存の宿屋に加え、新設の逗留型宿屋と食事処についてもこの機会に状況を確認した。元生贄のマチと、コボルト・バトラーとして活躍しているポチルトがまとめ役となり、忍者が数人専従状態となっている。


 さらに先日よりアユムと甲鎧人のトメルとフェリスも経営に参画し、引き続き村からの援軍も勤務してくれていて、新規加入組としては猫耳の少女が活躍しているそうだ。


 アユムは、現代日本の手法を持ち込み、宿屋と食事処を大きく変容させつつあるらしい。その方面は、俺よりもだいぶ詳しいようだった。


 その下で、トメルは料理方面に、フェリスはサービス関連の流れを整理する方向で活動しているそうだ。どちらも甲鎧人である特質は活かしてはいないが、種族で役割を決めつける必要もない。二人は適性と志望重視の象徴になりうる存在だった。


 そして、アユムによる新基軸が持ち込まれた中で、スタッフの一人だった猫人族の娘が頭角を現してきたのだという。


 その娘は、エルフ族のシューティア、キュアラ姉妹やドワーフらと一緒に、奴隷商から購入した病気だった子で、宿屋で働きたいと志願してからしばらくが経過している。小柄だったので子ども奴隷扱いされていたのだが、実際は俺や歩とほぼ同じ年頃だった。


 ポチルトは、宿屋方面をその猫人族の娘と、トメル、フェリスらに任せ、自らは拠点の内向きの仕事に専念したいそうだ。新基軸対応は、彼女らの方が向いているとの判断らしい。


 その三人を、アユム、マチが補佐する形なら回りそう、というのがサトミやソフィリアの見解だった。


 それならばと、俺はその猫人族の少女と対話する機会を設けてみた。




 場所は、相手側から森で散策しながらと要望された。やってきた猫耳の娘は、少し年上くらいの印象である。簡素なシャツ姿は、宿屋スタッフの揃いの服装となっている。


「ミーニャです。奴隷商から購入いただき、その上に病の治療までありがとうございました」


 語尾はニャ、とかではないらしい。まあ、狼人族のアキラや犬人族もワンとか言ってなかったし、無理もないが。


「ほぼ初対面だよな。魔王のタクトだ。元気になってなによりだ。宿屋方面での活躍は聞いてるぞ。購入代金はごく安かったし、解放済みと考えてくれ。今後も勤めてくれるなら、見合うだけの給金は出そう」


「行き場もないので、引き続き勤めさせてください」


「歓迎だ。ポチルトやアユムから、宿屋や食事処などの統括に推挙されている。アユムと相談しつつ、トメルとフェリスと一緒にやってくれるか?」


「はい。謹んでお受けします。誇りを胸に、励みたいと思います」


 そう応じるミーニャからは、気品めいたものが感じられる。実はいいとこの出だったりするのだろうか。


「方針はなにか想定しているのか?」


「ええ、アユムさまがお考えの方向は、あたしとしても好感を持っています。上質なおもてなしを、お手頃な料金で提供しつつ、従業員として矜持を持って務めていければと考えます」


「承知した。……セイヤがまとめている、遊郭系の施設は管轄外でいいんだよな」


「できれば、そうしていただければ。通じるところはあると思いますが、雰囲気は異なってきますし、分けた方がよいと存じます」


「確かにな。建物自体も少し離して、渡り廊下でも作るとするか」


 そもそも遊郭方面に宿泊する客はいいとして、本館側から息抜きに訪れたい客もいるだろう。明確に分ければ、給仕の女性にちょっかいが出されるような事態も減らせると思われた。


「それで……、あたしの立場なのですが、タクトさまの配下だと考えてよろしいでしょうか」


「うん? 別に雇用関係でかまわんぞ。いつ辞めても自由だし」


「いえ、それでは他の従業員に示しがつきません」


「そういうものなのか? まあ、眷属の皆にも給金は渡しているから、問題はないが」


「ただ、名前なのですが。その……」


 なんだかすごく言いにくそうだが、とんでもない名前のリクエストでもあるのだろうか。首を傾けて先を促してみる。


「自分の名前、ミーニャをそのまま使いたいのですが」


「かまわんぞ」


「かまわないのですか? 配下は名付けをされるものなのかと……」


「生成した配下で、見込みがあるものには俺が名付けをするってだけだ。外部から招く場合の名付けは、希望者だけだぞ。サトミにしても、フウカにナギ、ウィンディ、トモカにマチにしても、みんな頼まれたから付けただけだ。元の名でまったく問題ないぞ」


「そうなんですか。よかった……。父様が付けてくれた大切な名なのです」


「サトミとフウカなんかは、村で付けられた、ちょっと揶揄するような名前だったから、こだわりがなかったみたいだ。親の付けてくれた名を大事にするのは、素晴らしいと思うぞ」


 宿屋や食事処を束ねるサービス方面は、このミーニャといい、アルマジロ人族のトメルとフェリスといい、良識派が集まってくれているようだ。


 風俗街を仕切る形になりそうなセイヤとサキュミナ、サキュリナと仲良くやってくれるとよいのだが。




 その他の方面も、いろいろと進捗が見られた。


 鍛冶方面は、一つ目巨人のクラフトが中心となって、ノームであるアーシアやドワーフの鍛冶職人たちと対応範囲を広げてくれている。


 現状はミスリル素材を使った手甲や脚絆、各種鎧の追加装甲を急ピッチで量産中だった。できれば、次の戦いに間に合わせたい。


 そう言いながら、地竜やシャドウウルフ向けの装甲開発も要望したところ、陽気なサイクロプスからさすがに泣き言が漏れていた。ただ、同族の追加打診には、今回も見送りたいとの答えが返ってきた。現状でうまく回っているので、崩したくないのかもしれない。


 工芸組には、美術品の制作を一時中断してもらって、試作がうまくいった水鉄砲の量産を頼んでいる。玩具としても売れるかもしれないが、もちろんポーション鉄砲とするためである。


 革袋での携行の問題点は、単に扱いづらいだけではなく、より大きな負傷をしたときになくなってしまうとの思考が働いてしまうところにあるようだ。また、特に連携関係にある人々からすると、ポーションは高価なものだとの認識で、早めに使いづらい面もあるらしい。


 その結果、ポーションを余しての十六人の死者を出してしまったわけで、どうにかこの水鉄砲ならぬポーション鉄砲の導入で改善を図りたい。ポーションが高価なのは間違いないが、配下や協力者の命の方が比べようもなく重要なのだから。


 この話の流れで、工芸組やサービスチームでは大喜利状態っぽいモードに突入してしまい、兜の中に革袋を仕込んでおこうかとか、斬られたら滲み出てくるようにポーションを仕込んだ肌着を開発するのもいいよね、なんてアイデアも出ていた。


 今回は間に合わなさそうだが、実現性があるようなら取り入れていくとしよう。


 偵察を兼ねての狩猟も、忍者の配下と犬人族の有志らによって活発に行われている。偵察には虎と熊も参加して、活躍しているそうだ。


 出入りしている商人の一部からは、駐在要員を置きたいとの話も聞こえてきていた。今回の一時避難の話もあり、いずれは支店の設置なんて展開にも結びつくかもしれない。まあ、焦る必要はないだろうけれども。


 農業は、先日のゴブリン討伐成功を祝しての宴で供されたメロンや大豆を含めて、収穫の秋を迎えつつあった。


 この地の主力作物である小麦や大麦は、やがて種蒔きの時期となる。既存の農村は徴税作物である小麦を中心とするしかないのだろうが、こちらは必ずしも麦に特化する必要はない。


 一方で、魔王乱立する状態では物資不足が生じる可能性も高いので、できるだけ作付けしておきたいところだった。価格高騰もありうるし、物資供給を餌に連携を図る展開も考えられる。


 ……拠点の状況確認を済ませると、俺達は増援を連れて慌ただしく森林ダンジョンを出立した。






 地峡近くの小山での陣地構築は、急ピッチで進められている。建設予定地の視察から数えて五日目。ゴーレムに加えて、ドワーフを中心とした設営隊も動員しての突貫工事によって、出城と周辺の防御陣地が形になってきた。


 現場でその視察を終えたとき、軍勢が地峡のあちら側に集結しているとの報告が入った。


 青鎧の姿は見えるものの、主体はゴブリンだというので、初手からの全面的な連携攻撃という最悪の事態は回避できそうだ。そして、新規生成組の既存部隊への組み込みもある程度までは完了している。


 地峡を越えたのは翌日の昼頃で、第一波が押し寄せたのは夕暮れ時だった。その頃までには、ひとまずの防備は整っていた。


 素通りされた場合の算段もつけていたのだが、砦を目にしてまっすぐに向かってきたようだ。


「どうだ、いるか?」


 俺の質問は、偵察から戻ったブリッツとフウカとに向けられたものだった。


「いなさそうだよ」


「うん、見当たらない」


 二人の返答には、失望と安堵とが混ざっているように感じられた。


「わかった。……全隊とタチリアに連絡を。ゴブリン魔王の姿は確認できず」


 応諾の言葉とともに、忍者たちが駆けていく。タチリアに向かう伝令は、どうにか試験運用の準備が間に合った狼騎兵だった。


 タチリアの町の防衛は、エスフィール卿の一党とライオス率いる冒険者勢が担う形となっている。一方のこちらの出城では、両陣営から派遣されている者はいるものの、魔王勢が主体だった。


 エスフィール卿の側にはジードがおり、脳内通話での連絡は可能である。ただ、今後について考えると、できるだけ伝令を使っておきたいところだった。


 今回の手勢は、正面側と搦手側に分け、役割別に甲乙丙丁の四分類を設定している。


 近距離戦要員のエース組を甲としている。乙は支援職種のうちの近接戦闘にある程度対応できる者達で、丙は支援の近接苦手組となっていた。丁は非戦闘員で、設営担当らが含まれる。乙丙丁には、それぞれ近接戦闘要員の準エース以下が護衛含みで配されてもいた。


「ゴブリンの一群が、正面を上がってきます。数はざっと二百。搦手にも一部が回っているようです」


 今回の陣地は、小山の側方を急斜面と空堀、土塁で固めて、表と裏の一角ずつを開いた状態としてある。トモカに目線をやると、にこやかな表情で頷きが返された。


「搦手は敵の全容が見えたら、すぐに押し返せ。正面は、予定通りに第二線まで先陣を引き寄せてからだ」


 そう言っている間にも、ゴブリン達が緩やかな坂を進んできている。今のところ、咆哮による突撃は発動されていないようだ。


 最外殻の第三線を越えたゴブリンの先陣が、第二線に近づいたところで、弓矢による攻撃が始まった。弓の矢を降らせたところで、近接戦闘組の先陣を繰り出す予定となっている。


 第三線と第二線にはトンネル状の塹壕が配置されていて、魔法や矢による攻撃が可能な銃眼的な穴を設けてある。こちらは、本格攻勢が開始されてから発動する想定である。


 一方のゴブリン側も、先陣に上位個体はほぼ含まれていないようなので、様子見をしている状態のようだ。


 敵が小手調べのつもりのようなので、こちらも必要以上に手の内を晒す必要はないだろう。弓矢の攻撃を休止させたところで、近接戦闘組が前進する。本格的な戦闘が開始された。



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