(63) ソフィリアの主張
出城的な陣地の準備を急いでいるこのタイミングで、主だったメンバーがタチリアの町に集まった。今後について、相談するためだった。
「タクトさま、今回は何の件でしょう?」
俺の迷いを察したのか、コカゲが投げた問いかけにはやや心配げな調子が含まれていた。
「ああ。相談があって集まってもらった」
「なによお、深刻そうな表情しちゃって。似合わないわよ」
「もう、サトミ。茶化すんじゃないでしゅ」
「ソフィリアこそ、タクトに甘いんじゃないの。しつけはしっかりしないと、噛みつかれるわよ」
「タクトしゃまは仔猫じゃないのでしゅ」
「仔虎って感じかしらね」
ソフィリアとサトミの掛け合いは、場の空気をほぐそうと気を使ってくれたのだろうか。
この場には、コカゲとセルリア、サスケ、ジードら生成配下組の主力に、フウカとブリッツ、ソフィリア、賢女勢のサトミ、トモカと、サイクロプスのクラフトとコボルトのポチルトの姿もある。
一方で、アユムと狼人族のアキラに忍者のサイゾウ、アルマジロ獣人の面々も揃っていた。アユムの腹心として考えれば、サキュバスの二人もここにいてもいい立場のはずだが、森林ダンジョンに滞在中で不在となっている。
「タクト様。それでお話というのは?」
流れを無視して、セルリアが冷静な口調で問いかけてくる。この人物は、やはり頼りにしてよいと感じられる。
「これまでと、これからとでは大きな変化が生じそうだ。これまで相手にしてきたのは、魔物の群れだった。これから戦うのは、俺と同じ様な考え方を持ち、魔物を自由に創り出す魔王になる。さらに、封建諸侯であるベルーズ伯領の軍勢……、青鎧も相手となるかもしれない」
「それは理解しているつもりですが……」
どう説明しようかと迷っていたところで、口を開いたのは生け贄出身の一人、トモカだった。
「んー、タクト様がおっしゃりたいのは、戦力増強についてですよね」
「その通りだ」
「んー、戦力増強によって、これまでの組織の在りようが変わってしまうと懸念されてます?」
「お見通しか」
「トモカ、どういうこと?」
コカゲが身を乗り出して問いかけている。
「戦力を増強するために、これまでにない個体数の追加を検討しておられるのでしょう。けれど、そうなると、これまで築き上げてきた関係性が崩れてしまうかも、と」
あっさりと見抜かれてしまった。勢力レベルが上がって、さらに強いモンスターが生成できるようになっていたら話は変わっていたかもしれないが、今日時点でレベル5には達していない。
勢力レベル4までで生成可能な魔物のうち、トロルやサイクロプス、オーガ、あるいはホブゴブリンといった強力だと推測されるモンスターに主軸を移す選択もありうるだろう。
ただ、ここまでの人類勢力との連携維持において、主力がほぼ人間型である点は大きく影響していそうだ。そう考えれば、忍者とダークエルフ、それにアユムが生成可能な甲鎧人、アーマニュートを増強するのが現実的に思えた。
これまでは、生成した人数を育て、名付け対象を選抜してさらに強化する方向性でやってきた。ただ、戦争に近いここからの展開を考えると、大量の人数を確保して投入しつつ、主力候補を選抜する形になりそうだ。一方で、戦いに不向きな者達は、そこから排除する流れになるだろうか。
そのようなやり方は、これまでのどこか家族的な形からかけ離れてしまいかねない。俺はそう危惧しているのだった。
そのあたりを説明すると、コカゲはほっとしたような息をついた。
「なんだ、そういうことですか。その点は、単純ですよ。総てはタクト様のためなんですから。人が増えてもどうにかしますし、自分よりも有能な仲間が現れれば、フォローに回りますって」
「コカゲの言う通りです。幸い、戦闘以外にもいろいろな仕事が増えてきています。新たに戦闘向きでない者が現れても、別の道を用意できるんじゃないでしょうか」
セルリアの口調にも、やや安堵の色合いが混ざっていた。そして、配下の戦闘以外の方面への配置にも思考が向いたようだった。
少し考え込んでいたアユムも、ゆっくりと口を開いた。
「ボクも、現状なら人間型、亜人型を増強していくのがよいと思う。……マモル、エリス、みんな。甲鎧人としては、同族が増えることについてどう考える?」
顔を見合わせたアルマジロ獣人の面々の中で、声を発したのは年若い女性、エリスだった。マモルとエリスが若者風で、他の四人は二十代後半から四十代くらいの容姿となっている。もっともエルフほどではなくても、人間とは見た目年齢がずれている可能性もあるが。
「ソフィリアさまに伺ったところでは、あたしたち甲鎧人は、あまり存在を知られていない種族のようなのです。アユム様とタクト様のお役に立てるだけで満足なのですが、特に年長の者からは種族としてどうあるべきかとの話も出ています。貢献できる前提でならば、同族が増えればうれしいです」
生成直後の魔物の無感動な状態からすると、自分たちの種族の将来に思いを馳せている彼らの現状は、アユムの接し方が導いたものなのだろう。
「セルリアたちは、ダークエルフという存在をどう考えている?」
「そうですね……。寿命が長いだろうためもあってか、種族としての今後については、正直なところ実感が持てていません。タクト様のためになる範囲で、種としても繁栄できればよいとは思います」
「コカゲはどうだ? まあ、忍者は人間の一部だと考えると、話が違いそうだが」
「そうですねえ。忍びを育てる方法論なんかは、確立できていませんけど……、そこはまあ、なるようになるのではないかと」
対照的ではあるが、まあ、コカゲはこの感じだからこそ周囲から盛り立てられている面もあるのだろう。
「わかった。次の戦闘には万全な状態で臨みたいので、なにを万全と考えるか、……現状の維持を目指すのか、陣容強化をするとしてどう行うのか、そこの相談をしたかったんだ。……陣容の強化を、具体的には忍者とダークエルフと甲鎧人の追加生成を実施する。その中の初期能力が秀でた者については、ぶっつけでの投入になるかもしれないが、面倒を見てやってくれ」
「お安い御用よ」
「たぶん、サトミには言ってないでしゅよ」
ばっさりと切り捨てるソフィリアも、すっかり平常運転であるようだった。
久しぶりの森林ダンジョンは、ひどくなつかしい匂いがした。とは言っても、二十日ほど不在にしただけなのだが、いつ戻れるかわからなかったのも影響していたかもしれない。
タチリアの町の防衛準備と拠点構築を進めているため、こちらに同行しているのは少数となっている。魔王のアユムと狼人族のアキラ、甲鎧人のエリスに加え、サトミとソフィリア、セイヤも一緒だった。
サトミは単に同行しているだけでなく、留まって本拠の統率役を担ってもらおうとしている。本人に否やはなかった……が、図書室に籠もり切りになられないように対策を打っておく必要はありそうだ。
サトミとソフィリアがゴブリン討伐に同行するためこの地を離れ、その間はサイクロプスのクラフトと残留組の生け贄出身女性陣とが統べる形となっていた。
ただ、どうやら中心はトモカだったらしく、彼女が参謀的な役割を期待されて呼び出されると、動きが悪くなったのだという。
まあ、鍛冶場を率いてくれているクラフトも、魔法と料理に興味を示しつつ宿に目を配ってくれているマチも、確かに多人数の集団をまとめていくタイプではなさそうだ。
統率役を受けるにあたって、サトミが補佐役に望んだのはソフィリアだった。自身が俺と脳内通話をつなげないため、名付け組がいないとうまく回らないのは確かである。
ただ、ソフィリアを指名したのは、実質的に彼女を長にしてしまおうとの思惑が透けて見えた。それが悪いわけではないのだけれど、本人にあっさりと拒絶されていた。戦場の近くにいたいのだそうだ。
防戦の準備で戦闘向きだけでなく設営方面の人材もフル稼働中なため、ひとまずセイヤが拠点での補佐役に回ると定められた。本人も、特に抵抗はないようだ。
到着して宿屋の広間で一息ついた後、アユムと協力して二十人ずつの忍者とダークエルフ、甲鎧人を生成した。
その中から主力化できそうな者は、次の通りだった。
近接戦闘の攻勢向きが、甲鎧人から一人、忍者から一人の計二名。
防御向けが総て甲鎧人で六人。
弓矢に秀でているのが、ダークエルフ三人、甲鎧人から一人の計四名。
魔法系では、いずれもダークエルフから土魔法と風魔法の使い手一人ずつ。
合わせて十三人となる。
それ以外にも、鍛えれば頼りにできそうな者を十名ほど集めて、残りは本拠の防衛込みでいろいろな作業に参加してもらう形とした。この二十三人に名付けを行うとすると、CP消費は二千六百ほどとなる。
生成直後には、好みがまだはっきりしていない場合が多い。今回、主力や準主力として選抜した中にも、性格的に戦闘に向かない者もいるかもしれない。ただ、それは少し先の判断とするしかないだろう。
当初から戦闘に従事してくれている配下達も、どこかで区切りをつけて身の振り方の希望を聞き取りたいところである。ただ、そのタイミングは今ではないというのがコカゲとセルリアの両統率役と、サトミとソフィリア、トモカの賢女ラインの一致した見解だった。
まあ、確かに現状で戦力を削って、敗北してしまっては目も当てられない。
新規生成組とは、宴会を催してできるだけ親交を深めることにしよう。さすがにすべてを俺の手料理で賄える規模ではなくなっているが。
今回はサスケやソフィリアのような、生成してすぐに個性が際立つ個体は見当たらなかったが、交流を重ねれば様々な色合いが出てくるのは実証済みである。主力編入組については、それぞれの得意分野の先達についてもらうと決めた。
歓迎会の準備が進められる間に、滞っていたらしい案件が幾つか持ち込まれた。
白エルフの族長ティーミアと生贄出身のマチからの、森林ダンジョン内への薬草園設置要望には、開墾した農地の一部を開放して応じると決める。ダンジョン内の森からだけでなく、野山から集めた草も、栽培を試みるのだという。
上質のポーションを作るためには、条件の合う場所で自生した素材が必要になるそうだが、ある程度までであれば栽培した薬草で問題ないようだ。
そして、薬草だけでなく毒草も育てたいとの話もあった。毒草も薬の原料になるのに加え、毒矢用途も視野に入れているそうだ。そちらは管理を厳重にするためにも、シャドウウルフ達の棲みか近くで栽培する形を取った。
エルフ秘伝のポーションはまだまだあるそうで、材料については量も種類ももっと増やしたいところである。ポチルトが犬人族と一緒に採集に出ているそうなので、期待しよう。
ポーション絡みでは、質を高めつつ量も確保していくのと同時に、使用法の改善が目指されていた。先日のゴブリン・クィーン配下勢との会戦で、ポーションを余して死亡に至った場合が見られたためである。
具体的には、各自が革袋で保持していたのを、かつてサトミとソフィリアが桶から柄杓でかけていたように迅速に対応できよう改めるのが理想だった。
そのため、竹筒で作る水鉄砲のような器具を試作を進めてもらっていて、できるだけ多くの者に持たせようと計画している。みんながポーション供給者になることで、治癒術士の不足を補えればいいのだが。
ただ、ポーションの効果も届く範囲も限定的なので、治癒術士の重要性は変わらない。あくまでも応急処置として考えるべきだろう。
配下にせよ、協力関係にある勢力にしても、ポーションで戦士の命が救えるのなら、安いものである。戦略物資と考えていく必要がありそうだ。
もう一つ大きい案件としては、アキラの配下であるサキュバスのサキュリナ、サキュミアからの妓楼設置の嘆願があった。妓楼となると概念の幅が広いが、高級遊女との交流場から、娼婦と体を触れ合わせる娼館に、酒を飲みながら会話を楽しむクラブやキャバレー的なものまでを併設した総合的な施設を作りたいのだそうだ。
これにはセイヤが感心し、美形の男性がご婦人方をもてなす、ホストクラブ的な接待所も欲しいと乗ってきた。
主だった面々が集まる広間にて、セイヤが意義を熱く語る。その姿を見て、隣に座るサトミが囁いてきた。
「セイヤを補佐役にしたら、一気に実現に向かいそうだけどいいの? やっぱりソフィリアの方がいいんじゃないかな」
どうやら、まだ補佐役人事の件をあきらめきれていないようだった。俺としては、どちらでもかまわないのだが。
「本人の意向を聞いてみるか」
そう囁き返した俺は、ソフィリアに今回の件についての見解を問うた。
「売春宿が栄えるのは、治安維持のためによいことでしゅ。大々的にやるべきかと」
拳を握って彼女が力説したところによると、現状こそ他者に乱暴するなとの指示が行き届いていて、性犯罪方面の騒ぎはほとんどないけれど、避難民や外来者、移住者が増えてくればその限りではなくなり、治安が乱れる可能性が高くなるという。
「それに、配偶者や恋仲の女性がいない男性にずっと禁欲を強いるのは無理がありましゅ。現状でも、私娼の姿が見られるようになっていましゅし」
「それは確かに、対策を講じておくべきだろうな」
戦闘が断続的に続く状態では、戦士の男たちの性的欲求が高まるのはむしろ自然なのだろう。域内や近隣の女性、あるいは同僚を無理やり誘ったり襲ったりする事態は防がなくてはいけない。また、この森林ダンジョンが商売の拠点として栄えつつある以上、娼婦がやってくるなら保護すべきだろう。
この話の流れではもはや覆せないだろう。俺はサトミに、もっと過激になりそうなんだが、と囁くと、あてが外れたとのつぶやきが返ってきた。
一つため息をついて、サトミは口を開いた。
「あたしは、娼婦については表に出せない話だと考えちゃってたけど、そこまで意義を見出すのなら、陽のあたる存在にしたいわよね。書物の中には、売春を肯定的に捉えたものも見られたわ。尊敬される存在だった時代もあったみたい」
「尊敬され、大事に扱われるのはよい状態だな。そのためには、権威が必要か。神とか精霊とかか? 性を司る神はいるのか?」
「古い時代には、太陽神の神殿で神に仕える女性たちが、その役割を果たしていたそうでしゅ」
「太陽神って……、天帝ってことか? それは神聖教会に喧嘩を売る感じにはならないのか」
俺の疑問に、首を振ったのはサトミだった。
「天帝と太陽神は違うわ。天帝は、太陽も含めたこの世界全体を創った存在なんだって。だから、問題ないはず」
それならばと、高級遊女との社交場、娼館とキャバレー的な酒場に太陽神の神殿を併設した館と、ついでにセイヤが仕切る婦女向けのホストクラブ……、よりはもう少し軽い執事カフェ的な店を作ってみようと決めた。
建物自体は用意して、他の準備やらはやる気のある面々に任せるとしよう。アユムとアキラはやや呆れ顔だったが、表立っての反対は見られなかった。