(6) 熱した油
森林ダンジョンには、生成したモンスターを除けば、動物も虫も確認できていない。ある意味で居心地がいいのだけれど、狩りはできない。連携を含めた戦闘訓練も兼ねて、俺達はダンジョン外の森に狩猟に出かけた。
メンバーは、セルリア、コカゲ、ポチルト率いるコボルト達と、シリウスらシャドウウルフの群れとなる。
忍者であるコカゲの気配察知は的確で、見つけた動物はセルリアの弓であっさりと仕留められる。合間に戦闘訓練を挟みつつも、イノシシやシカに野鳥など、なかなかの収穫が得られた。
動物は生け捕りにしてダンジョン内に放すことも考えたのだが、作り始めたばかりのじゃがいも畑が荒らされる可能性もあるので、ひとまず止めておこう。
肉の解体はコカゲが対応できると言うので、俺は図書室から引きずり出したサトミと一緒に料理の支度にかかった。今のところ、いわゆるマジックバッグ的になんでも異空間に収納して、アイテムとして扱ってくれるような便利グッズ、便利魔法は見当たらず、肉の解体も運搬も自力で行う必要があった。
今回は内臓についてはあきらめ、食べやすい部分だけを森林ダンジョンに持ち帰る。対応できると言うだけあって、コカゲの解体ぶりは見事なものだった。肉を冷やす工程では、セルリアの氷雪魔法が活躍した。
そして、肉祭りは夕方から居館の裏手にて勢力総出で開催された。
料理は、元世界で両親が健在だった頃に分担していた時期があったため、ある程度習熟している。一人暮らしとなってからも続けていたし、歩とその母親に手料理を振る舞うことも多かった。
歩に言わせれば、料理の才能は大筋をつかんで調整していく方向性と、レシピ通りに再現する能力とに二分されるらしい。前者はおかずや汁物などの料理に、後者は菓子やパン作りあたりに威力を発揮する傾向があるとかで、俺は前者だと断言されていた。確かに料理はある程度できるが、菓子作りはさっぱりだ。
一方の歩は、菓子はうまく作れるのに料理を苦手とする後者のタイプだそうで、本当は自分が母親のために料理を作りたいのにとだいぶ悔しがっていた。まあ、そのように分類したがる杓子定規なところが、応用が利かない原因な気もするのだが。
いずれにしても、この世界の料理をよく把握していないため、元世界風に調理するしかない。冷蔵庫にある材料でそこそこに食べられるものを作るのは、歩に指摘されるまでもなく俺の得意分野だったので、この状況でのやりくりにもどうにか対応できた。
肉は部位ごとにそのまま焼いたものと揚げ物を用意し、それとは別にシチューを作っていく。シチューはじゃがいもをとろけさせてのごろごろ肉入りで、根菜も含めて食べでのある仕上がりを目指した。
「それにしても、肉を油に入れて加熱するなんて、めずらしい調理法ね」
料理の手伝いに駆り出されたサトミは、当初こそ少しふてくされていたようだったが、今では機嫌よく参加してくれている。大量の肉に、テンションが上っているのかもしれない。
「そうなのか。……食用油は何に使ってるんだ?」
「さあ、自分ではあまり使ってなかったな。たまに手に入る肉や、湖で採れる小魚なんかを油漬けにするのが主かなあ」
そうか、ツナの缶詰なんかは油漬けか。肉の油漬けは、元世界では未挑戦だったが、柔らかくなるというのは何かで読んだ気がする。サトミ自身は、あまり料理には馴染んでいなかったらしいが、この地の調理法を聞き取ってきてもらおうか。
揚げ物は、卵と小麦粉を混ぜたバッター液につけて、さらに粉をまぶすフリッター仕立てにしてみた。粉をまぶした肉を油に投入する年上の村娘の手付きは、危険物を扱うような及び腰である。まあ、加熱した油に初めて接するなら、むしろ正しい対応だと言えそうだ。
「それにしても、読書中に悪いな」
「いいのよ。むしろ、いつも料理を作ってもらっちゃってて、申し訳ないなと思ってたから」
「そんな殊勝なことを言い出すなんて、熱でもあるんじゃないのか?」
「なによお、人が素直に感謝を表明してるってのに。……どうしても、なにかに熱中しちゃうと、他のことが疎かになっちゃうの。悪いくせだとはわかっているんだけど」
少し寂しげなのは、そのために村での立場を悪くした過去でもあるのだろうか。
「普段は人数に数えてないから気にするな。本の読み込みを進めて、こうしてたまに手伝ってくれたら充分だ。時間があれば俺自身も読みたいんだが、情報を得てくれて助かってるよ」
「そう……」
意外そうではありながらも、サトミの表情には少し安堵の色合いもあるようだった。ほにゃっとした顔立ちが笑みによって華やいだ。
やがて料理の準備が整うと、コボルトたちはもちろん、シリウスを始めとする狼達も焼いた肉や唐揚げを喜んで食べてくれた。肉の好みとしては、サトミが鹿肉のグリル、セルリアがイノシシ肉のフリッター、コカゲはシチューを気に入ったそうだ。
狩りでの反省点の洗い出しや、料理の好み、戦闘訓練のやり方などを話していくと、段々と新規生成の二人との対話がスムーズになってきたように思える。一緒に生きて、戦っていけそうだと考えると、頼もしい限りだった。
夜闇が空から降ってきた頃合いに、皆の食欲が満たされると、コカゲが狼の頭目の背中や脇腹を撫で回し始めた。シリウスの方もまんざらではなさそうなので、親交は深まっているのだろう。
微笑ましく眺めていると、恐縮した様子で声をかけてきたのはセルリアだった。星空の下に溶け込むようでもあるが、蒼い瞳には理知的な光が浮かんでいる。
「人間との商いについてなのですが、一時的なものなのか、長期的な付き合いを目指されているのか、お考えを伺ってもよろしいでしょうか」
やや気後れしている印象もあるが、視線はまっすぐに俺に向けられていた。冷静に問われているからには、真摯に答えるべきなのだろう。
「サトミの話からすると、これまで魔王は同じ時代に一人ずつ現れていたようだ。だが、今回はおそらく同時期に多数の魔王が出現していると思われる」
「そうなのですか」
俺の言葉に疑問を感じている気配はない。そこに不足を感じるのは、おそらく求め過ぎなのだろう。
「多くの魔王がいるとしたら、その中で人間に害を為さないというのは意味を持ってくると思われる。まず、討伐にあたって、後回しにされる可能性が高まる」
「はい」
「その間に力を蓄えれば、人間と敵対するにせよ、共存するにせよ、自由な選択ができるだろう。そうして、生存確率を高めたいと考えている」
灰色の髪のダークエルフは、考え込みながら聞いている。
「それと、おそらく各地に現れているだろう今回の魔王たちの魂は、俺も含めて別世界の人間のものなんだ。選抜の過程からして、暴虐な魂も多いだろうが」
「主様はそうではないようですね。……わたくし達への対応を見ても、それはわかります」
セルリアの視野の中では、狼のリーダー的存在であるシリウスが女忍者の頬をぺろぺろと舐めている。
「出過ぎた質問でありました」
「いや、質問も意見も歓迎する。必ず採り入れられるとは限らないが」
「いえ、従うまでです」
セルリアは一礼して、焚き火の方へと歩いていく。こうやって俺の考えを理解しようとしてくれるのは、正直うれしかった。