(59) RPGの趣き
ダンジョン攻略部隊は、早朝に腹ごしらえを済ませての出立となった。参加者は精鋭のみとなるため、選抜外の者達は模擬戦を継続すると決まった。前日の激戦の後なので、より身が入りそうだ。
会戦を終えた段階でのフウカとコカゲのレベルは18で、サスケとセルリアは17、アユムと俺は16となっていた。また、中堅級が活躍したようで、全体的にレベルが上昇している感じがある。
到着したダンジョンの周囲に、敵の気配はなかった。実際には斥候部隊が各個撃破を進め、残りは穴の中に追い込んだ状態となっている。攻略は間を置かずに開始された。
今回のゴブリン討伐の編成はダンジョン攻略をまるで考えていないものだった。けれど、防衛力重視編成の前衛組と、忍者と冒険者の斥候による周囲の偵察をかけ合わせる形で、探索はテンポよく進められている。
そうして安全圏が確保できれば、撤退の支障にならない程度に支援組や後詰めを投入できるのだった。
迎撃は散発的なものとなっていて、今のところプリンスやそれ以上の上位個体は出現していない。マッピングをしつつの攻略は、むしろ魔王討伐に向かう勇者を操るRPGの趣きすらある。まあ、わりと物量作戦ではあるのだが。
攻略を始めてから一刻、ざっくり二時間ほどが経過した頃にアユムからの連絡を受けて急行したところ、隠し小部屋に境界結晶があった。主がいない状態なのだと、アユムと俺には体感として理解できた。
境界結晶の獲得は、最上部の尖った部分に手を当てて念じれば達成される。念を込める必要はあるものの、抵抗があるわけでもないようで、結晶の近くに魔王が到達すれば、ほぼ無条件で主が入れ替わると考えてよいのだろう。奪回するには、同様に確保すればよいわけだ。
境界結晶を掌中に収めたために、俺の脳内にこのダンジョンの情報が入り込んできた。それは、アユムの降伏を受けた際とはまた違う感覚だった。
「ダンジョン内の情報は把握できそう?」
「ああ。……侵入者として、ゴブリンらしき反応が百三十六体。上位個体は、七といったところだな」
「七体は固まっている?」
「いや、幾つかに分かれている。分断して撃破できそうだ」
「この仕様なら、防衛戦が有利だよね」
「ああ。敵がこの仕組みを使えないゴブリンでよかった。……ここの魔王はどうなったんだろうな」
「放棄したのかな。あるいは、殺されたのか」
「……ゴブリンにか。仮にそうなら、急激にレベルアップして、進化に至ったのも不思議はないな」
そして、口には出さなかったが女性だったなら……。まあ、手の届かない範囲のことを考えすぎても仕方がないのだが。
さすがに、敵性ユニットがいる間にダンジョンの作り変えはできないが、事前に敵情が判明すれば、それに合わせた構成のパーティを送り込める。
育成も考えつつの各個撃破を重ねて、俺達は敵の首領のもとへと赴いた。洞窟内の広間状のスペースに、その個体と取り巻きは陣取っていた。
未知の相手だけに、こちらはほぼベストメンバーとなっている。
前衛は防御担当としてアユムに加えて甲鎧人のマモル、フセグ、エリス、ドリスの四人と、攻撃力方面としてフウカ、ライオス、クオルツと俺に、赤備え組のルシミナとアクシオムが。次列としては、コカゲ、サスケ、サイゾウが相手の隙を突く構えを取る。
支援のうちの弓は、セルリアと犬人族のアキラ、赤鎧のエクシュラと白エルフのシューティアらが。
攻撃魔法は、ルージュとハーフエルフのリミアーシャを含めた四名が参加し、治癒魔法では白エルフのキュアラと、冒険者のモーリアを含めた五名が控えている。
この陣容で苦戦するなら、一旦戻って態勢を立て直すしかないだろう。その場合でも、できるだけ削っておきたいところだった。
大きな体躯のゴブリンの歪んだ口から漏れ出したのは、この地の人間標準語だった。
「ふん。魔王風情がのこのこと。お前を喰らえば、一気に挽回できそうね。それとも、子種を搾り取ってやろうかしら」
雑音混じりで聞き苦しいが、意味は取れる。雑魚よけに俺の【欺瞞】を解除していたため、そう察したのだろうか。
「女なのか」
「そうよ。ゴブリンの女王の力量を見せてやるわ」
そう吐き捨てて、女王を自称したゴブリンは突進してくる。猛烈な一撃を受け止めたのは、アユムが操る二刀だった。魔剣だからといって無敵なわけではないだろうが、受け止めつつ軽く流したためもあってか、刀身にダメージは見受けられない。
相手がめちゃくちゃな腕の振りで鉄槌を振り回しているため、なかなか攻撃は仕掛けられないものの、防御はやはり鉄壁である。
防戦している間に、支援組が弓と魔法で牽制攻撃を仕掛ける。同時に、前衛から分離したライオス、クオルツ、俺と、二列目から進んだ忍者の面々とで付き従うロード以下のゴブリンたちを始末していく。
やがて、相手が自称クィーンの一体のみになった。膂力こそ並外れているものの、隠し玉的な攻撃はなさそうなので、囲んでの攻撃に入る。そうなれば、削っていくのみとなる。
そんな中でも、アユムと俺の魔剣のエフェクトに加えて、フウカの聖剣が霧とともに発する水色の残像もやはり目を引く。ライオスの使う槍も、少し距離をおいての攻撃となるだけに威力を発揮していた。
忍者隊は導入して間もない手裏剣で執拗に目を狙っているし、矢と魔法も間断なく叩き込まれる。
そして、ゴブリンの群れの最強にして最後の一体の討伐は果たされた。
本人の自称に誤りはなく、【圏内鑑定】では「ゴブリン・クィーンの死体」との表示が出た。プリンスやロードは、もしかしたらこのクィーンの腹から生まれたのだろうか。そうであるなら、現時点で攻勢に出たことで、まだ楽に倒せた状態なのかもしれなかった。
ダンジョンを維持していくのも手間になりそうだが、それこそ誰かに掌握されたら面倒になる。ここも、本拠である森林ダンジョンの近くに移設、接続すると決めた。一層だけの構成であるためか、DP消費はアユムのダンジョン移転のときの千五百ポイントよりも少ない千ポイントで済むようだ。
野営地に戻ると、討伐完了の喜びが溢れた。ただ、宴をするほどの物資は持ち込まれておらず、まずは中央砦まで帰還すると決した。残敵掃討は、ダンジョン攻略に目処がついた時点で、斥候勢と残留組を動員して実施済みとなっている。
本隊は砦での夜営を経て、向かう先はタチリアの町である。領主の嫡子が手勢を連れて入域する形になるわけで、騒ぎにならないようにするべきだろう。
特に亜人や魔王勢は、町の周辺にある廃墟に陣を置こうとの話になった。俺達は、解散となれば森林ダンジョンに帰還する流れとなるだろう。その前に、宴の準備を盛大に進めるとしよう。
一方で、首脳陣は竜車や馬車で先行する形となった。俺が乗った竜車には、覚醒待ちのソフィリアと、サトミ、フウカにベルリオが同乗していた。
勇者候補として期待するベルリオは、最後のクィーン戦こそ参加しなかったものの、ダンジョン討伐組の一員として各個撃破に参加していた。レベルはいつの間にやら11まで上がり、中堅組の一員である。
同様に促成を目指した顔ぶれとしては、まずアユムの縁者として、狼人族の弓使いであるアキラに、甲鎧人、アーマニュートのマモルとフセグ、エリス、ドリスに、忍者のサイゾウがいる。
俺の配下からは、ダークエルフの魔法使いであるルージュと、コカゲの補佐役的な立ち位置にあるダークエルフの戦士シェイド、それに生け贄出身で戦闘マニアのトモカも参加していた。
彼女の主目的はダンジョンでの戦闘の実情把握だったが、戦闘に加わって武器も振るっていた。口を出す以上は、実地で経験しておきたいと考えたようだ。
加えて、白エルフのシューティア、キュアラがそれぞれ率いるエルフ族の弓使いと魔法使いも、早期育成を目指した。
治癒魔法が効かないような重傷者も出ず、経験値の底上げができたのは収穫だったと言えるだろう。
竜車はたまに揺れるが、普段は静かなものである。ソフィリアが横たえられているからには、衝撃はできるだけ少ない方がよかった。
空を流れる雲を見ながら、ふとベルーズ伯爵領出身の少年が口を開く。
「それにしても、フウカはすごいよな。追いつける気がしないよ」
ベルリオの言葉に屈託はないが、翠眼の少女の方はややくすぐったそうでもある。
「どこまでが聖剣の力かわからないけどね」
「いや、同じ剣での手合わせでも、差は歴然だって。……なあ、タクトの兄ちゃん。名前が影響するとは思えないけど、おいらにも名を付けてもらえないか?」
「ベルリオという名は、捨てるのか」
「うん。ベルーズ伯爵にあやかる意味もあったみたいなんだ。仇であるゴブリンと手を組んだ領主に絡む名なんて、な」
「だがな。俺が名を与えると、距離が近いと眷属になっちまうらしいんだ。魔王と距離が近すぎるのは、嫌だろう?」
「なにを今さら。こうして一緒に戦うんだから、そんなの気にしないって。……いずれはゴブリン魔王とも、戦うんだよな?」
「おそらく、そうなるだろう。……眷属化したとしても、放逐はできるようだが」
「なら、頼むよ」
まあ、眷属にしておいた方が、成長度合いや方向性も把握してのアドバイスもできるのは間違いのないところだった。
「仮に名を付けるとしたら、どんな名がいいんだ? フウカや、以前顔を合わせたナギやウィンディは故郷の風関連の言葉なんだが」
「それなら、雷がいいなあ」
「雷か……。『イカヅチ』、『ライメイ』、『サンダー』、『ブリッツ』……」
「ブリッツがいい!」
ベルリオがすごい勢いで食いついてきた。
「いや、待て。なんか恥ずかしい気がする。……そうだな、『エクレア』なんてどうだ? おいしそうだし」
「いや、ブリッツがいい。絶対ブリッツで」
そこまで断言されたとき、俺の脳裏にある単語が点滅した。
「ベルリオ、結局年齢はいくつなんだっけ?」
「十四だけど」
なら、まあ仕方ないか。響きは確かにちょっとかっこいいしな。
「わかった。お前は今日からブリッツと名乗るがいい」
「やった! ありがとな」
大喜びする様子に、頬が自然と緩んだのは俺だけではなかったようだ。ただ、おそるおそる脳内ウィンドウでログを覗いたところ、やはりと言うべきかごそっとCP、創造ポイントが減算されていた。フウカのときと違って、レベルが上っていたためにさらに多くのポイントが必要になったようだ。それにしても、残高六千余りのうちの二千ポイントはなかなかに痛い……。
その流れでベルリオのステータスも確認すると、名前は既にブリッツに変更されていて、フウカと同じく「勇者の卵」の表示となっていた。
「タクトしゃま……。自分を滅ぼすかもしれない剣を二振りに増やしゅというのは、さすがに行き過ぎではないでしゅか?」
「まあ、それは確かなんだがな。そう言うなよ、ソフィリア。……ソフィリアっ、目が覚めたのかっ?」
寝台を覗き込むと、力ない笑みがダークエルフの少女の口許に浮かんでいた。サトミが俺を押しのけて、すがりつく。ありったけの感謝の祈りを、俺は精霊に向けて捧げた。