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(57) 退かない二人


◆◆◇ラーシャ侯爵領東部の山中◇◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ぶつかったわね」


「そうでしゅね。大物に集中対応を図るようでしゅから、ノーマルゴブリンが押し寄せてくると思いましゅ」


「警戒を促すとしましょう」


 そう口にしたサトミが、手近の忍者を伝令に走らせる。向かう先は、エスフィールのいる本陣だった。


 二人の周囲で、戦士達による迎撃の支度が進んでいた。この辺りにいるのは選抜から漏れた面々で、四人一組での組織戦を仕込まれている。まずは三人で槍を使い、一人が弓矢を。間合いを詰められたら剣に持ち替えて集団戦を、というのが想定される戦法だった。


「なんだか、騒がしいわね」


「あー、エスフィール卿が、前線に出たがってるみたいでしゅね」


「なに考えてるのかしら。そういうタイプではなさそうだったのに」


「他の者達が戦っているのに、自分だけが後方ではと思ったんじゃないでしゅかね」


「前向きなんだか。後ろ向きなんだか。……ねえ、あれ、どういう展開だと思う?」


 サトミの瞳は、周囲で始まった戦闘には向けられていない。視線の先には、大柄なゴブリンの姿があった。


「ゴブリンを、投げているみたいでしゅね。……大きいの一体が倒されたのは見ましたが」


「雑魚ならともかく、上位個体を投げられると厄介ね」


 サトミが腕を組んで眺める間にも、ホブゴブリンがその大ゴブリンによって投げられていた。投擲によって、前線の主力のエリアを越えてきている。


 投げつけられたゴブリンのうち、ノーマルゴブリンはそのまま潰れたり、立ち上がれなかったりの者がほとんどだったが、上位個体となると話は違って、そのまま立ち上がって進み始める。そして、ロード級の個体までが宙を飛んだ。さすがに重量の関係から陣を飛び越えきれなかったようだが、それでも体勢を立て直して走り出す。


 元生け贄の娘と銀髪のハーフエルフが視線を交わし、強い危機感が共有された。


 サトミが忍者の一人に、撤退行の第二作戦の実施を触れ回るように指示する。第一作戦は、総員の全面撤退。第二作戦は、本陣であるエスフィールらを退かせつつの時間稼ぎを眼目としている。


「ソフィリア、あなたも下がりなさい」


「わたしを下げて、サトミは残るつもりでしゅか?」


「幹部級が全員下がったら、総崩れになりかねない。幹部ってガラじゃないけど、態度は大きいからその点はだいじょうぶでしょう。ここの戦力で少しでも時間を稼げれば、主力が戻るまで持ちこたえ……て欲しいな」


 サトミとしては、タクト配下以外の後方要員に過度の期待はしていない。ゴブリン・ロードや大ゴブリンが迫ってくれば、恐慌を起こして潰乱しかねないとも考えていた。


「なら、わたしも残りましゅ」


「ダメ。危険よ。……ほら、エスフィール卿が侍女に首を腕で固められながら引っ張られていく。さあ、早く。タクトが頼りにしているあなたを、こんなところで死なせるわけにはいかない」


 そう言っている間にも、ロード級のゴブリンが猛進してきており、周囲の忍者やダークエルフらが迎撃体制を取り始めた。悲壮さはあるものの、どこか余裕が感じられるのは、伯爵領で配下を死なせて悲嘆にくれる主君を目にしたためもあろうか。


「サトミは、自分がどれほどタクトに必要とされているかわかってないのでしゅ。この世界で初めて、配下でもないのにタクトを受け容れた意味は、とてつもなく大きいでしゅのに」


 そう言い置いて、ソフィリアは急に走り出す。止めようとしたサトミの手は、銀髪の少女に届かなかった。


 彼女はまっすぐにゴブリン・ロードの前へと駆けていった。祈りの言葉をつぶやいているところに、黒光りする戦斧が振り下ろされる。


 肉が弾けて、血飛沫がソフィリアの体を染めた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆




 猛襲してきた上位ゴブリンの集団と会敵してから、大ゴブリンの最初の一体を倒すまでには、そこそこの時間を要してしまった。体感では、五分程度だろうか。


 倒れた大ゴブリンに【圏内鑑定】を仕掛けると、「ゴブリン・プリンスの死体」と表示された。王子か……。それより下位に見えるロードは、この場合は爵位持ちくらいの意味なのだろうか。


 プリンスがいるのなら、さらなる上位種はキングなわけか。さらにはエンペラーやカイザーもとなると、ちょっと想像したくない。


 そうやって考えていられるのは、防衛網がうまく機能していて、ホブゴブ以上のゴブリンはほぼ押し止められているからだった。


 後方の一線級でない者達も、四人一組での戦闘方式を適用したために、エリートゴブリンまでならば対応できる見込みとなっている。振り返って見やると、討ち漏らした雑魚ゴブリンとの戦闘が始まったところだった。


 崖上からは、弓矢と魔法による攻撃が続いており、ゴブリン勢の後方からはサスケ率いる地竜や狼に猛獣組も参加した急襲部隊が迫っている。このまま倒していけば、どうやら討滅が可能そうだった。


 それが油断だったのかもしれない。


「タクト、あれ」


 防衛陣の先頭で別のプリンスの猛襲を防いでいたアユムが、俺に注意を促してきた。指差した先では、もう一体のゴブリン・プリンスが、雑魚ゴブリンを掴んで振りかぶっている。


 まさかと思ったところで、ノーマルゴブリンが宙に弧を描いた。幾人かが、やや呆けたようにその行方を見つめている。


 主力迎撃部隊の後方まで飛んでいった雑魚ゴブリンは、地面に衝突してひしゃげたようだ。ちょっと安心したのも束の間、次にはホブゴブリンが投擲された。


 空を飛んだホブゴブリンは、着地の際に足を痛めたようで、引きずりながらもエスフィール卿やサトミ達がいる後方陣地へと向かっていく。


「多少の上位個体を取り逃してもいい。あのプリンスを仕留めよう」


 俺の声に応じて、フウカとコカゲが急進していく。だが、ゴブリンの波の中で、なかなか接近できない。


 そうしている間に、プリンスがついにロードを抱え上げた。さすがに厳しいだろうと思ったのだが、フガーという声を発して、無理やりに投げつける。飛んだ距離は短かったが、それでも防衛陣を越えられてしまう。


「まずい。ロード相手じゃ後方は蹂躙される」


「タクト、ここはどうにかするから、向かってくれ」


 アユムの言葉に押されて、俺は駆け出した。視界の中で、着地したロードはそのまま走り出す。その遙か前方には、サトミとソフィリアらしい小さな人影が見える。エスフィール卿を後方に下げたのか。だが、そもそもが戦闘向きでない彼女らが前面に出るべきではない。


 また、俺は同じ失敗を繰り返すのか。絶望に近い心持ちの中で、周囲の雑魚ゴブリンを薙ぎ倒しながら駆けていく。けれど、差がどうにも詰まらない。


 ゴブリン・ロードが振り上げた戦斧が、ソフィリアに向けて振り下ろされる。自分の失敗の結果から目を背けるわけにはいかない。覚悟を決めた俺の視界の中で、肉が弾けて血飛沫が飛んだ。



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