(56) 怒涛の突進
翌日、演習の場へのゴブリン・ロード率いる一群の誘導に成功した。ゴーレムの前衛はこちらの人数を隠す効果もあったようで、急襲してきたゴブリン達はあっさりと全滅した。
一方で、まだ物音が聞こえる距離ではないはずなのだが、戦闘の気配が伝わったのだろうか。斥候部隊を束ねるモノミから、敵の動きが明らかに変わったとの報告が入った。
慌ただしくなにやら準備しているというから、攻勢に出るのか防備を固めるのか。いずれにしても、気取られたらしい以上は接近するしかない。事前に想定していた防衛陣地構築の候補地の中から、敵方の拠点と思しき地点に近い谷状の土地を選択し、行軍を開始する。
斥候らしきゴブリンは発見次第すぐに始末する方針に切り替え、より積極的に偵察を仕掛ける。本拠と目される地点付近には多くのゴブリンの姿があり、ロードも複数確認できたようだ。となると、進出してきたのは主力ではないのだろう。
これまでに山から降りてきて仕留めたロードと合わせて、かなりの数が発生しているわけだ。どこかの勢力と戦闘を重ねて、同時多発的に進化したのだろうか。あるいは、より上位種がいて、繁殖によって生み出されているのかもしれない。ユファラ村に押し寄せたオークの群れとの抗争で、両者が力をつけていった可能性もある。
山地の奥に撤収されると厄介なので、退路についても偵察を進めている。敵の気配を察したとして、いきなり逃げ出すようなしおらしい行動は選択しないだろう、というのがライオスの見解だった。もっとも、これまで対峙したゴブリンの最上位はロード止まりだそうだが。
先行隊が予定の土地に入ると、後続の受け入れ準備が始められる。同時に偵察隊の陣容を強化し、即応体制を整えていく。
工兵隊が防衛施設の構築を進め、本隊に続いてゴーレムが到着したのは、日も傾き始めた頃だった。監視していた山からゴブリンが溢れ出したとの報告が入ると、周囲が慌ただしくなる。どうやら、決戦が近いようだった。
防衛陣地として設定した谷には沼があり、見かけよりも通行可能な幅は狭い。そこに簡易的なものではあるが土塁と塹壕、防柵を設置した。ゴーレム適応サイズの大型シャベルが間に合ったことで、作業をだいぶ手早く進められた。製作を担当してくれたサイクロプスのクラフトの手柄である。
土塁と塹壕の間にはゴーレムを並べ、その隙間には歩を中心とする防御力に秀でた前衛を配する。
ゴーレムを含めた前衛の背後には、主力部隊と支援攻撃隊の半ばが身を隠し、引きつけてから戦闘を開始する手筈となっていた。
左右の崖には、忍者やシャドウウルフに熊、虎の猛獣隊を含めた機動力のある面々と、弓矢や魔法を使う支援攻撃隊の残り半分が配置された。彼らは、敵の別働隊の存否確認からの即応に加えて、ゴブリンの主力が谷地に入るのを見届けた上で、遠隔攻撃をしつつ、後方を扼する役割も担っている。干し草なども準備しており、必要に応じて火攻めも行う予定だった。
そんな中に、ゴブリンの集団はまっすぐに突っ込んできた。数は千を越えるかも、というのがサスケの見立てである。
この数が一気に山を降りてばらばらに四村、候領都、タチリアの町を攻撃していたら、倒せたとしてもごく一部だっただろう。だが、防備を整えて待ち構えた状態でならば話は変わる。
気になるのは上位種の数と、ロード以上の個体がいるかどうかだが、目視でロードが十数体、より大きなのが三体存在していると、続報によって明らかになった。同時に、左右の崖に向かう別働隊はおらず、まとまって谷地に突っ込んできたのも確認された。
そうなれば、後方を扼するのはサスケら別働隊に任せて、主力は前面の敵を相手にすればよくなる。考えることをできるだけ減らすのは、この状態では重要だった。
突進してくるゴブリンは、さすがに沼の存在は把握しているようで、まっすぐに簡易陣地の方に向かってくる。その勢いは、単純に恐怖を感じさせるものだった。
ただ、指揮役を補佐する立場では震えているわけにもいかない。そして、もはや限界まで引きつける必要もないわけだ。コカゲ、セルリアとそれぞれ脳内通話で相談し、激突まで五十歩程の目印のところで弓矢と魔法による攻撃を仕掛けると決めた。その方針は、ソフィリアを通して総指揮者たるエスフィール卿にも伝達する。
正面の土塁と左右の崖から一斉に放たれた矢に続いて、セルリアの氷とルージュの炎、ハーフエルフ冒険者のリミアーシャの雷撃、そのほか色とりどりの魔法がゴブリン達に向かっていくさまは美しい。今回から参加の冒険者にも魔法の使い手はいて、交流は進んでいるようだった。
攻撃に怯んだのか、先鋒ゴブリンの一部の動きが悪くなる。そのタイミングで、どこか聞き覚えのある咆哮が谷間に響き、また突進が勢いを増した。速度を緩めたゴブリン達は、再加速する間もなく後ろからの圧力で転ばされて踏み潰され、その死体にまた躓く者が生じる。敵方の損害としては、その一連の事態による死者数の方が、支援攻撃による直接の損害よりも多そうだ。
それでも、ゴブリン達による怒濤の突進は止まらない。支援隊撤退済みの土塁に先頭がたどり着き、また後続の勢いで潰された同族を乗り越えて、ゴーレム達のいるところにたどり着く。ただ、さすがにそこで全体の動きが緩んだようでもあった。
六体のゴーレム、ガイヤーとその仲間達には防御に徹するようにとの指示を出しており、動く障害物となってもらっている。その後ろからは、土塁から後退した弓手らが再び矢を射掛ける。中央にわざと開けた隙間から進出してきたゴブリンたちには、歩……、魔王アユムと甲鎧人達に、フウカと赤備えの二人の戦士、そして冒険者の手練れらが当たる形となる。
ゴーレムの背後に配置している支援部隊とその護衛役は、それぞれにゴブリンを削りつつ、危うくなれば撤退する方針で活動している。
やや後方に設けられた前線指揮所には、最前線の状況を確認してきたコカゲがいる。俺の役割は、そこでの遊撃だった。治癒術士でありながら防御力を兼ね備えた者達もこの周辺に配置されている。
さらに離れて設置された防柵の後方には、技量に劣る者達を四人一組として隊列が構築されていた。まさに即席の戦列であるため、戦列至上主義者らしい赤鎧のダーリオはだいぶ不満そうだった。それでも一応は仕上げてきているので、根はまじめな人物なのかもしれない。
聞けば、柱石家に数えられる家系の一員であるのに、九男という立場のために、だいぶ軽んじられる状態で生きてきた人物らしい。周囲を見下す言動やきつい表情は、そのあたりに起因する自信のなさの裏返しなのだろうか。それでも、見下される方からすれば耐えがたいものであろうが。
即席戦列の中心には本陣があり、エスフィール卿が総指揮を取っている。前衛で削り切れなければ、ここで凌いでいる間に前衛が後退し、決戦とする想定だった。ダーリオ曰く、エリートゴブリンあたりまでなら遅れは取らないが、ロードを越えるような上位種だときつい状態だそうだ。できれば敵を到達させずに済ませたいものである。
前方では、アユムが派手なエフェクトを撒き散らしながらの剣舞的な動きでゴブリンを押し戻し始めた。気圧された感じの敵を、周囲の者達が次々と仕留めていく。ゴーレム達も腕を振り回して侵攻を防いでおり、その隙間からは弓矢や魔法による攻撃が飛んでいた。
まず突っ込んできたのはノーマルゴブリンやエリート止まりで、死体の山が築かれつつある。小鬼とも呼ばれるゴブリンの突撃ぶりは、まさに鬼気迫るものとなっていた。狡猾そうな顔つきであるのだが、恐怖に駆られての行動という印象が強い。かつて戦ったオーク・ロードが発していたような、咆哮による突撃強制が行われているのか。
ホブゴブリンを引き連れたロードが一体進出してきて、ゴーレム戦線の一部が崩されそうになったが、周囲の支援隊の集中攻撃でなんとか持ちこたえた。ここまでは、順調と言えそうだ。
脳内通話は各所にいる名付け済みの配下に断続的につなぎ、特段の報告事項がなければ異状なしを示す符牒を返させるようにしている。サスケにつないだとき、でかいのが行くよ、との報告があった。ロード達が先陣を切る形で、一気に三体が走り出したという。
サスケ率いる別働隊に、敵の後方から仕掛けるようにと指示を出して、俺は各所に主力らしき上位種の接近を告げると、前線に向かった。
ゴーレムは、あくまでもホブゴブあたりまでの対抗策と考えており、ロードやそれ以上が相手では時間稼ぎにもならない想定だった。ゴーレムと左右の支援隊に防柵までの後退指示が飛ぶ。アユムを始めとする前衛は、敵主力との接触を目指して、戦いながらジリジリと前進していく。
コカゲが指揮する即応班がアユム達に合流した頃には、左右を雑魚ゴブリンが進んでいく状態となっていた。彼らの対応は後方に任せて、上位種らの迎撃に入る。
その間も、ホブゴブ以下のゴブリン達が執拗に絡んでくるが、手練れ揃いのこのメンバーの相手にはならない。
俺の配下と眷属で言えば、コカゲとサイゾウ、フウカ、エルフ姉妹のキュアラとシューティアがこの場にいる。アユムの手勢としては、アルマジロ獣人こと甲鎧人族の四人と、弓使いながら離れようとしなかった狼人族のアキラを含めた数人が従っていた。
冒険者組として当初から参加していた中からは、ドワーフのクオルツ、槍使いのアミシュ、それに勇者候補のベルリオらの姿があった。
冒険者ギルドからは、元ギルマスのライオスに加えて高ランク冒険者が数名おり、赤鎧勢からは剣技で選抜した女騎士のルシミナと、中級騎士の従士のアクシオム、それに小者からの二名が参加していた。
完全実力主義の配置に戸惑いもあったようだが、エスフィール卿に直々に頼られる形での参加となっており、士気は高い。
現状の決戦戦力を相手の一番強いところにぶつける形となるため、蹴散らされた場合の再起は難しいが、賭けてみる価値はある。それが、俺の判断だった。大ゴブリンと我が主力が衝突するや、乱戦が展開された。