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(55) 薄桃姫との対話


 行軍中の模擬戦は、予定通りに実施された。竜車で先行した者達が一騎討ちであったり集団戦だったり、魔法戦に混合戦など多様な戦いを繰り広げる。その様子は、当初は呆れを持って受け止められたようだ。


 だが、本来は血の気と覇気を持ち合わせた者たちだけに、やがて我慢できなくなったのだろう。エスフィール卿が侍女と組んで魔王たる歩に挑んだのを契機に、冒険者はもちろん、諸侯勢に兵士らまで、参加希望が殺到した。


 前方で手練れ達が繰り広げる熱戦が従軍する者達の士気を高めているのは間違いない。一方で、寄せ集め状態となっている各参加者の実力見極めの機会ともなった。


 そんな中で展開された歩と俺との手合わせは、エフェクトの影響もあってか異様な注目を集めていた。その魔王二人が年若なエスフィール卿と談笑する様には、やはり強いメッセージ性がありそうだ。


 また、薄桃ゆるふわ髪の赤鎧ルシミナと、従卒という立場のアクシオムの剣技はかなりのもので、主力視しても良さそうだった。それも、大きな収穫だと言えるだろう。


 初日は、前線基地である小川を越えたところの物見櫓近辺を野営地とした。工兵系の者達が夜襲に備えた陣地構築を進める間にも、武道大会めいた模擬戦は続いていた。翌朝は早いのだが。


 全般的にやや余裕があるのは、斥候隊の活躍によるところが大きい。近隣にゴブリンの姿は確認されていなかった。


 俺の一党だけでも工兵隊を含めれば百人に達しているし、従来からの冒険者勢に新加入の人数を加え、従者も含めると三百人規模となっている。大軍勢とは言わないが、遠目からでも視認は可能だろう。


 けれど、まだ察知していないのか、今のところゴブリン側に目立った動きはない。


 こちら側の偵察は慎重に、相手に気取られないことを重視しており、敵の本拠はまだつかめていない。ただ、約一日行程の山中の窪地付近でゴブリンが多数目撃されているので、その辺りなのはほぼ間違いなかった。現状は、さらに後背を探っているところである。


「で、敵の様子はどうなんだ?」


 首脳陣が集まった方針検討の会合にて、ライオスが俺に話を向けてきた。長い白髪は、今日もきっちりと整えられている。


「こちらに気づいてはいなさそうなんだが、動きがあるらしい。また、これまでと同様の群れが動き出す可能性ありというのが、手の者の見解だ」


 今回の会合の参加者は、ライオスの他はエスフィール卿と、俺らの側からコカゲ、セルリア、歩が参加している。


「そいつらとの戦闘で気づかれるかな?」


「まだ距離はあるからな。ただ、逃げ延びるのがいれば、話は変わるが」


「これまでは、一匹も討ち漏らさなかったのか?」


「引き寄せて戦っていたから、逃げた場合の追撃は容易だった。けれど、現状では深追いは危険だな。アユムのところではどうだった?」


 応じる親しい魔王の口調には、やや緊張感が含まれていた。


「こちらも、一度ダンジョンに入ったゴブリンは残らず討ち取っていたよ。……それと、防衛の視点から言わせてもらうと、攻め込まれるときは、明確には察知できていなくても、なんとなく違和感を持つものなんだ。ゴブリンも罠の察知は意外と長けていたから、そういう感覚は持っているかもしれない」


「察知される可能性も考えて、動くとするか。……まあ、方針自体は変わらないが」


 俺の言葉に、ライオスが腕を組み直しながら応じる。


「偵察を密にし、戦場に向きそうな場所を見繕って進んでいく、か。軍隊よりは冒険者に近いが、規模が違うな」


 むしろ軍隊式のやり方のつもりだったのだが、感覚が違うのかもしれない。……というか、この世界の戦争は、どんなものなんだろうか。


「この世界では、魔王と人間の取り合わせ以外でも戦争があるのか?」


「ああ。この潜龍河流域では、昨今は小規模な紛争程度だが、かつては中原の南方で帝王国と神皇国とで押し合いを続けていた」


「ラーシャ侯爵とベルーズ伯爵は帝王国の臣下なんだよな。出兵はしているのか?」


「中央域への出兵は過去にはあるが……」


 ライオスの返答は、やや歯切れが悪い。なにか事情があるのだろうか? 次に、あの忍群魔王からの接触があったら聞いてみるとしよう。


「亜人排斥をしているようだが、エルフ族やドワーフ族との戦争はないのか?」


「彼らの本国は原初の森にあるので、棲み分けができている感じだな」


「原初の森ってのは、北だったか、南だったか」


 俺の問いに応じたのはコカゲだった。


「北ですね。天嶺山脈の向こう側なので、実際の距離以上に遠い土地ですが」


 ユファラ村を含む南方四村は東、南、西の三方を山で囲まれている。ベルーズ伯爵領も出口がタチリアの町に通じる地峡のみだが、それらも含めたこの星降ヶ原は、南に風折山脈、北に天嶺山脈と険しい山脈に挟まれている。そのため、交通はいずれも北部にある潜龍河と街道による東西への動きに限られるのだった。潜龍河の源は西方の中原にある湖で、東の海に流れ込んでいるそうだ。


 全般的な情報はエルフやドワーフからも得られるのだが、人間の思惑の絡むあたりは両者からは把握しづらい。そう考えると、こうして人間社会の有力者と席を同じくできるのは得難い機会となる。


 ただ、探っていると警戒されてはやりづらくなるので、さじ加減は考える必要があった。


「明日は予定通りに演習を行う感じでいいんだよな」


「ああ。ゴブリンの群れの動向によっては、そのまま実戦に突入してもかまわん」


「斥候が得てくる情報次第だな」 


 遠隔地の配下と脳内通話で情報交換ができる件は、新規参加組の中ではエスフィール卿と元ギルマスのライオスにのみ、秘匿事項扱いで伝達済みとなっている。


「それにしても、ゴーレムと一緒に戦えるとは思わなかったや」


 侯爵家の少年継嗣のつぶやきには、どこか楽しげな調子がある。


「魔物と……、魔王と一緒に戦った事実は、いずれ弱みになるかもしれんぞ」


「もうだいぶ弱ってたからだいじょうぶ。逆に強みにできるようにやってみるよ」


「前向きだな」


「ないがしろにされるのは慣れてるから、失うものより得るものを考えようと思ってね。この状況を利用しているようで、ちょっとイヤな面はあるんだけど」


「まっとうな行動を選択して、利用していく分にはいいんじゃないか? それを言うなら、俺なんかこの地の災厄を利用しまくりだぞ」


「違いないね。ボクも見習うとするよ」


 父親によって後嗣に定められていたにしても、侯爵家での立ち位置が定かでないらしいこの少年が目指す方向はどちらなのだろう。権力を求めるとしても、自らが利益を得るためではなさそうにも思えるが、結論を急ぐ必要はなかった。






 夜の間も、斥候を務める忍者や犬人族の者達は忙しく動き回っている。それもあって、俺もなかなか安眠できずにいた。


 偵察方面はサスケとモノミが中心となり、ジードは現状ではエスフィール卿との連絡役を務めてくれていた。もちろん、そちらでも情報収集はしているわけだが。


 さすがに夜も更けると、模擬戦をする者もいない。寄り合い所帯なだけに、互いの実力を測りつつ、親睦を深めようと始めた模擬戦闘だったが、ラーシャ侯爵家の良識派の面々にとっては異様な行いとして映っているようだった。


 三人一組となり、それを積み上げて戦線を構成する、戦列と呼ばれる集団戦闘方式を採用する侯爵家の中では、個人の武勇は軽視される傾向にあるようだ。もちろん、戦列の中でも技量の高さに意味はあるにせよ、それよりも周囲との連携が必要というのは、確かにそうだろう。


 だからといって、型にはまらない者を排除してしまうのは狭量なような気がするのだが……、などと考えていると、排斥されているらしい人物が歩み寄ってきた。薄桃色のふんわりとした髪が、同じ色合いの月明かりに映えている。


「少しお話させていただいてもよろしいかしら」


「ああ、かまわんよ」


 薄桃姫と呼ばれているらしいルシミナ嬢は、有力家出身の女騎士との立場から周囲に距離を置かれる場合もあるようだ。


「魔王が魔物を討伐する意味合いが、よくわからないのです。どうお考えなのでしょうか」


 隣に腰を下ろして膝を抱える様子は、幼さの残る顔立ちや口調と合わせて、お嬢様っぽく見える。だが、細腕で大剣を振り回す豪快な剣技の持ち主で、ギャップが激しい。


「魔王と言っても、総ての魔物を統べる存在なわけではないからな。領主は人間の一勢力の長だが、同族である人間の盗賊を討伐するだろうし、他の勢力との紛争もあるだろ? そんな関係性かな」


「ですけど、魔物と人間は違うものですよね?」


「共存はできないか?」


「そこまでは申しませんけれど」


「亜人が排斥される状態だと言うからな。人間も亜人も魔物も、互いが尊重できれば共存できそうに思うんだが」


「ゴブリンとは、共存できませんの?」


 蒼い瞳から、なかなかに強い視線が向けられてくる。顔立ちの幼さが、よりその印象を強くしていた。


「彼らが共存を望めば、できるかもしれん。ゴブリンやオークが人を殺し、死体を喰らうというのは、人間が動物を捕食するのとたいして変わらんとも言える。仮に彼らが知性を発揮し、共存を求めてくるのなら……、絶対に根絶やしにするとは言いづらいな」


「脅威でなくなればよい、とのお話でしょうか」


「そうなるな。……ゴブリン討伐後にあんたらが俺達を滅ぼそうとするのなら、受け容れるつもりはないぞ」


「エスフィール卿は、そんな選択はなさらないでしょう。貴方をだいぶ信頼しておられるようですもの」


「あいつはそうかもしれんが、侯爵の跡目争いで抜きん出ているわけではないんだろう? 亜人を排斥する連中が、魔王と共存するとは思えんが」


「……それだから、エスフィール卿を支援されるんですの?」


「そういう思惑もある。ただ、魔王に支援されている事実が、エスフィール卿の立場を良くするとも思えん。難しいところだな」


「そこまでわかっておいでなら、わたくしからはなにもありませんわ」


 ふっと笑うと、彼女は軽やかな動作で立ち上がった。


「お、なんだ、助言しに来てくれたのか? 戦闘にしか興味がないのかと思っていたが」


「わたくしにも思惑がありますのよ。自由に戦える場は、貴重なのです」


「なあ、この地では、騎士の家に生まれれば女性も戦うものなのか?」


「いいえ、騎士を目指す者は四半分もいないでしょう。ましてや、戦列にそぐわない者などは……」


 月を見上げた彼女が、言葉を切る。含まれているらしい苦い思いは、この地では余所者である俺には窺い知るのは難しかった。


「まあ、ラーシャ内での立場はわからんが、あんたの技量は頼りにしている。今回は存分に暴れてくれ」


「そうさせていただきますわ」


 女騎士の歩みは、来たときと変わらずなめらかな動きだった。互いの思惑が一致する間は、頼りにできそうだ。



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