(54) 「さあ戦場へ」
ビズミット卿とザルーツ卿の柔風里への進軍には、両陣営とも戦力の半ば以上が投入されたようだ。偵察によれば、赤備えの者達が総計で千名程度だという。ラーシャ家の動員総力は三千にやや欠ける程度だそうだから、かなりの軍勢である。
タチリアの町には寄らずに地峡へと向かうらしい彼らは、どんな戦いをするのだろうか。いずれにしても、一気の敗走でもない限りは、ベルーズ伯爵領方面は最低限の手当てでよくなるわけだ。
ラーシャ侯爵家は「戦列」による歩騎兵混合の統一的な戦いを得意としており、「統率のラーシャ」とも称されているという。それだけに、主将の能力は大事だと思われるのだが、当主の弟たちの実力はどれほどのものなのだろうか。
その点、エスフィール卿は自身に過度の期待を抱いていないようで、戦闘に関しては俺への丸投げに近い形が取られている。まあ、現時点では正解なのだろうが。
エスフィール卿は中央砦に入り、その他の参戦者も掲げられた紅龍旗の下に続々と集まりつつあった。紅龍旗とは、赤い龍が描かれた長旗である。この地では、軍勢の識別用に長旗を使うのが一般的らしい。
集まった者達は、人数的には冒険者が中心となっている。一方で、侯爵領内の四柱石家の中には、嫡子以外の一族に連なる者を参戦させ、一応の両睨み、いや三方睨みを確保しようとの思惑を抱いた者達がいたらしい。赤鎧四人のうちの、中上位の家に所属する三人も、そんな形でエスフィール陣営に回ってきたようだ。
自発的に参加してきた「なまくら刃」と称されているシャルフィスは、後方に通じている貴重な人材だった。もちろん、俺の配下となるわけではないが、今回の合同軍の補給、武具整備といった後方絡みは任せられそうだし、陣地設営についても一家言ありそうだ。情報の伝達に抵抗はないようなので、できるだけ吸収させてもらおう。
中位の騎士家出身のエクシュラは、剣技は不得手だそうだが、弓の方は構えただけでも惚れ惚れする立ち姿で、貴重な戦力になってくれるだろう。美形で優男っぽいところは、系統こそ違えどダークエルフの魅了魔法使いのセイヤに通じるものがあり、いずれぶつけてみたいものだ。また、従者のアクシオムが凄腕らしく、そちらも期待するとしよう。
四柱石家のひとつの家系に属するゆるふわ薄桃髪の女剣士ルシミナは、剣技に加えて風属性魔法の使い手でもあるそうだ。ただ、連携戦闘が不得手で、統率された戦列を重視するラーシャ侯爵家の中では浮いた存在だったらしい。その点、今回は好きに暴れてもらえばいい状態だった。
一方で、戦列至上主義らしいダーリオという若い騎士は、他者を見下す言動が多い上に、剣技にさほど秀でているわけではなさそうで、なかなか戦力になってもらうのはむずかしそうだ。けれど、こちらも有力四家の一つの出身だそうなので、今後も考えると粗略には扱えないらしい。面倒な話ではある。
そのあたりを知ったこっちゃないと無視できれば楽なのだが、協力関係にあるエスフィール卿が力を得ていくのは好ましい流れである。実力のある者は戦力として、そうでなければ少年盟主の近衛的な位置付けで無事に過ごしてもらおう、というのが基本方針となった。
指揮系統については、ライオスが実質的な総指揮を執り、俺らは独立部隊となる想定でいた。けれど、実際には魔王勢ががっつり中心となり、新たに加わる手練れの冒険者や赤鎧勢を組み込むようにと求められた。
抵抗する者が出たら押さえ込むとまで言われては断りづらい。全体の指揮はコカゲを亜人冒険者の二人が補佐する形で担い、支援戦力はセルリアとルージュが。遊撃隊はサスケが束ねつつ自由に動いてもらう形とした。
諸々の方針を固めていると、歩が問うてきた。
「ボクは前衛としての立ち位置でいいのかな?」
「ああ、頼むよ。ゴーレムで隊列を組んで突撃の勢いを殺し、各個撃破を目論んでいるんだが、隙間を作って一部を誘い込みたい。上位種には効かない手だろうが、雑魚が大量に突っ込んでくるのも脅威だと思うんでな。アーマニュートのマモル達も、歩と一緒の方が戦いやすいだろうから、できれば一緒で」
「うん、わかった。侵攻するなら、大規模な防衛陣地を築くわけにはいかないものな。それをゴーレムで補うわけか」
「それだけじゃなく、ドワーフを主体とする、普段からゴーレムと工事をこなしている工兵隊、土木工事チームも連れていって、会敵前に塹壕や防壁をできるだけ作ろうかとも考えている」
「ボクがダンジョンでやっていた、迷わせて分散させて有利な地形で待ち受けるのと考え方は同じか」
歩の防御力は野戦でこそ映えそうにも思えるが、本人にその自覚は無さそうだ。
「タクトはどうするんだ? 本陣に詰めるのもありだろうが」
「いや、俺も出るよ。連絡は脳内通話で取れるしな。XPを稼いでおかないと、置いていかれそうだ」
「模擬戦じゃ足りなさそう?」
「実戦とはまた違うしな。そーいや、行軍中も模擬戦をやろうかと思ってるんだが、付き合うか?」
「休憩中にやるの?」
小首を傾げるさまは、昔馴染みの俺でも可愛らしく見える。この世界の住人には、どう映っているのだろう?
「いや、徒歩の行軍になるので、竜車で先行して追い付かれるまで戦うのを代わる代わる繰り返そうかと」
「イカれてるけどおもしろそうだね。士気も上がりそうだし」
ほめられたと思っておこう。
「今回、星降ヶ原で生じているゴブリン襲来に対抗するため立ち上がってくれた皆に感謝を。そして、初期より危機を察知して防衛に努めてきた四村連合の有志と、彼らに協力してきた魔王タクトとその一党にも心からの敬意を」
砦からの出立に際し、総大将となるエスフィール卿の訓示が行われている。凛とした涼やかな声が野に響いていく。元世界でならまだ中学生の年頃であるのに、臆する様子は見受けられない。領主の嫡子として育てられたためか、元々の器量の大きさなのか。
「領内を鎮撫するのが領主の務めだが、我が父であるラーシャ侯爵は病に伏せておられる。ボクは、父に代わって務めを果たそう。……上位種が発生しているゴブリンの討伐は、候領の主力を投入しても苦労する大事業となる。だが、ボクらが敗れれば南方の四村はもちろん、全土が蹂躙されかねない。共に討ち果たそう」
おうっと上がった声はまばらであった。
「命を落とす者も出よう。残された家族の将来は、責任を持ってこのエスフィール・ラーシャが手当てしよう。もちろん、ボクが命を落とす事態も考えられる。その場合は、ボクの意志を受け継ぎ、ゴブリン共を殲滅してほしい」
息を継いで、言葉が続けられる。
「ゴブリン共からすれば、ボクらは残虐な侵略者なのかもしれない。呪詛を念じながら死ぬ者もいるだろう。だが、すべての呪詛は総大将たるボクが引き受ける。上位個体はもちろん、雑魚もか弱い女子供も、赤子であっても総てを殺し尽くせ。ここで逃した一匹が、いつかまた災厄を招くかもしれない。弱い個体の惨殺が咎であるというなら、ボクが甘んじて受けよう」
息が吸われる間に、エスフィール卿がちらりとこちらに目線を向けてきた。
「今回の指示系統は、既に構築されている四村連合によるものに新参であるボクらを組み込む形とする。優先すべきは時間と効率だ。文句がある者は立ち去ってほしい。不満があるとしたら、それはゴブリンにぶつけてくれ。……ボクも陣頭に立つ。さあ戦場へ」
応じる声は、明らかに広がりを見せていた。