(52) 拠点接続
歩が俺に降伏する形で合流するとして、その前に為すべきことを洗い出す必要があった。
生成した配下についての情報交換をしたところ、勢力レベルごとの生成可能な魔物の顔ぶれがだいぶ違うのが判明した。
勢力レベル1で言えば、ゴブリン、オーク、ワイルドドッグ、コボルト、キラービー、ポイズンアントは共通なのだが、シャドウウルフは俺の方だけで、歩はシェルリザードという甲羅トカゲが生成可能だそうだ。
レベル2では、俺の方ではオーガとダークエルフが、歩サイドではアルマジロ獣人ことアーマニュートに加えてサキュバスが、相手側にない魔物となっている。
「ボクの方では、防御力が高い魔物が多いよね。対するタクトの方では、強さと知性かなあ」
「魔王の得意分野が、生成可能モンスターに反映される感じか。そう考えると、二人とも魔法系がまるで手薄な説明がつくな」
歩も魔法は後回しにして、防御と敏捷性を重視したそうだ。
「どちらかと言うと、補完する魔物を生成できた方がいいのにね」
「ホントだよな。……そして、サキュバスがアユムの側にだけ出てるからには、容姿なり魅力なりの隠しステータスもありそうか」
「そうそう、サキュバスのサキュリアとサキュミナがゴブリンを幻惑してくれて、すごく助けられたんだ。容姿によって生成できてたんだとしたら、美形に生まれてよかったと生まれて初めて思えるよ」
元世界で容姿を原因にからかわれたり、絡まれたりしてきた歩からすると、正直な心境なのかもしれない。やや腹立たしさを覚えるが、美少女風の容姿で微笑まれると、まあいいかという気にもなってくる。
「そうなると、他にも隠しステータスはありそうだな。運なんかも設定されてそうだ」
「あー、ありそう。でも、お互いに生成配下の能力についての運には、恵まれてる感じかな?」
「それなんだが……」
生成対象ごとの最初の個体に高能力補正がかかってるんじゃないか疑惑を話してみると、歩にも思い当たる面があるそうだ。
一方で、数が多くなると振れ幅が大きくなる疑惑の方は、確率の話かもとの見解だったが、いずれにしても、どちらかの勢力で有用だった魔物で、もう一方で未生成の場合には一体目の生成を試してみようとなった。
こちらではワイルドドッグ、スライムが該当しそうだ。歩の側では、キラービー、忍者あたりが勢力レベル2まででの対象となる。
生成は境界結晶の近くでないとできないので、まずは歩の方で忍者とキラービーを生成してみた。ただ、合流前だと【圏内鑑定】は効かないようで、現時点では歩の配下のステータス詳細は確認できないのだが。
忍者として出現したのは長髪を束ねた美形の青年で、見るからに期待できそうな容姿と身のこなしをしていた。名付けるとしたら、サイゾウといったところだろうか。見掛け通りに有能ならば、一体目補正についての推測がさらに有力になってきそうだ。
また、他勢力である間ならば戦闘訓練でも身内でやるより多めに経験値が得られるかもとの発想から、模擬試合をしてみることになった。思った通りに多めの経験値が得られたので、余興がてらさまざまな取り合わせで対戦をしてみる。
歩の配下はやはり防御力が高めで、アーマニュート、甲鎧人と呼ばれるアルマジロ獣人の面々は、かなりの戦闘力を示した。お腹や脇、首などの急所に硬い皮膚が配されていて、大胆な動きが可能となるのだろう。
鉄板鎧並みの皮膚を持ちながらも、体の一部であるからには機敏さが失われていないわけで、その硬さは手強さが感じられた。
プロテクターを装着した人間のような容姿の彼らは六人で、男性が「マモル」「フセグ」「トメル」、女性が「ドリス」「エリス」「フェリス」と名付けられていた。女性の方の名付けは、防御のDEFからの連想らしい。感心したら、名付けは苦手なんだとふくれられてしまった。確かに、RPGで主人公の名前を考えるのに苦労していた記憶はあるが。
彼らを含めて、歩の陣営では模擬戦闘の経験がほとんどなかったようだ。やりづらそうではあるものの、お互いの魔王の前で実力が示せるとあって張り切る者が多かった。単独戦、複数戦といろいろと試したが、魔法戦の経験を積めたのも大きかったかもしれない。
魔王である歩と俺も参加し、中でも魔王コンビでフウカ、ベルリオ、狼少女のアキラのトリオと仕合いをした際には、フウカと俺の獲得経験値がうなぎ登り状態となっていた。ベルリオについては、眷属ではないため状況は不明となっている。
歩サイドについては、後で確認したところによると、自身とアキラもレベルアップしたそうだ。歩が得られる配下の情報は、レベルと職業、ステータス値くらいに留まるという。どうやら【圏内鑑定】を保有しているかどうかで、閲覧可能範囲が変わるようだ。えげつない威力で弓を使うアキラは、勇者の卵なのだろうか。
そして、魔王二人での一騎打ちでは、長短の二刀を振るう馴染み深い少年のさすがの防御力を見せつけられた。幼い頃にタケル対策で剣術道場に引きずり込んだ際にも、師匠にその才能を認めてられていたが、魔王としてステータス値を上昇させた今では、なかなかの鉄壁ぶりとなる。
憂いなく全力攻撃ができるのは貴重な体験だった。俺の黒月が生じさせるエフェクトが、軌跡を黒影が追いかけて少し光がこぼれるのに対して、歩の大小の二刀は蒼い光をまとっていた。魂の色でも影響しているのだろうか。
長期戦になりそうだったので、ほどほどのところで打ち切ったのだが、それでも固有武器のエフェクトの影響もあり、両陣営の面々に深い印象を残したようだった。
帰路に砦に立ち寄ると、ギルマス……ではないのか、ライオスが視察に来ていたので、北東にあった魔王ダンジョン消滅の報告をしておいた。同時に、これまではそのダンジョンがゴブリンを吸収していたので、候領都方面への防壁がなくなったとも説明する。
反応は、奴らでなんとかするだろう。連絡はしておく、との素っ気ないものだった。魔王がどうなったかを聞いてこないのは、なにかを察しているのかもしれない。
拠点に戻った俺達は降伏の処理を済ませて、歩は俺の眷属として再出発する形になった。それでも、魔王としての立場は維持されるようだ。
降伏した魔王のダンジョンは、DP、魔王ポイント千五百の消費で、支配側の拠点近くへの移動が可能だという。相談の上で、俺のダンジョンの下層に、第4、5、6階層として設置すると決めた。
アユムのダンジョンの三層は、風穴と鉱山、それに当初の第一階層で手をあまり入れていない通常洞窟の三種だったので、通常洞窟は火山に模様替えする。これにより、火と風の精霊向けダンジョンも確保できた。
境界結晶が二つとなった影響か、一日あたりのCPボーナスはざっと四倍になった。どういう計算かはわからないが、他の魔王ダンジョンの攻略は、システム的に優遇されているようだ。
DPについても、連日同じくらいの数値が入っている。こちらは増やしていく方法論が確立されていないため、貴重な獲得源だと言えた。
歩はさすがの防御力特化型ステータスで、前衛を安心して任せられそうだった。記憶喪失だという犬耳の少女アキラは、勇者の卵ではなかった。種族名は狼人族で、俺ではなく魔王アユムの眷属との表現になっている。陪臣という位置づけなのだろうか。
その他の歩の旧配下は、一括して俺の勢力に収まりつつ、大半は指揮役欄にアユムと表示される状態だった。生成によらずに眷属化した存在は、通常の配下とは異なり、魔王それぞれに帰属する形となるのだろう。
魔王を放逐する選択肢も生じていたので、降伏は一方通行のものではないようだ。独立や裏切りもありなのかしれないが、俺と歩とでは試しようがなかった。
そうそう、【欺瞞】スキルは眷属魔王にも行使できるようで、常時発動させておくことにした。アユムが恐怖から遠巻きにされるという状態は、俺の精神衛生上よろしくないからな。
アユム臣従対応以外では、避難民対応や新たな亜人奴隷購入の件など、重要だが緊急ではない案件が山となっていた。おおむねサトミとソフィリアの提案を承諾する形で進めていく。
キラービーのハッチーズには、新参の群れとの棲み分け、分担を提案した。
宿屋や温泉の管理手法やサービスについては、意外にも歩とその配下の甲鎧人、トメルとフェリスが興味を示してきたので、参加してもらう形にしてみた。
そうそう、奴隷として買い取った猫人族の少女は無事に熱病から回復し、働きたがって宿屋方面の手伝いを始めているらしい。小柄な上に、病気で寝込んでいたため子どもと誤認されていたものの、実際は十代半ばだったそうだ。猫人族は、亜人の中でもより強い排斥対象らしいが、魔王の経営する宿屋でなら、意外と違和感はないのかもしれない。
宿の得意先である商人の中には、仕入れと温泉とでどちらが目的かわかりづらい者まで出てきているらしい。歩からは、滞在型の別棟を作り、食事処についても選択肢を増やしていこうとの提案が出てきた。富裕層向けと庶民的なものを別に用意する形になるだろうか。
新たな亜人奴隷とは、タチリアの町の奴隷商経由で、候領都ヴォイムから買い集めた者達だった。状態に応じて休養を取らせた上で、希望を踏まえて働くなり、事情によっては旅立つなりしてもらおう。
亜人の子ども奴隷も幾人かいて、今回は虐待を受けた者も少数ながら混じっていた。
猫耳少女と同じタイミングで購入した子どもの奴隷達は、移住してきた各種族もだいぶ落ち着いてきたために、同族の中で育てる形を目指している。今回の子らも、それぞれの種族に任せるとの話でまとまった。
そして、懸案だった火と風の精霊の召喚を実行し、組織改編案をまとめて残留組分を先行で発表、調整していく。そのあたりは、サトミとソフィリア、マチの意見を大いに参考にさせてもらう形になった。
一方で、エスフィール卿からは、新たに傘下に加わった者達との顔合わせに同席してほしいとの要望が入った。なんでも、ゴブリン討伐への参加を申し出てきた中に、有力家の出身者がいるらしい。
対応するためにタチリアの町に向かっているところで、候領都方面から別件の知らせが届いた。ラーシャ侯爵の弟二人、ビズミット卿とザルーツ卿がそれぞれ伯爵領に進発したというのである。







