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(51) ダンジョンに響く音


 忍群魔王の話にあったダンジョンの件をエスフィール卿に問うてみたが、どうやら把握していないようだった。


 それならと、ギルマス……は退任したらしいライオスに確認したところ、俺と共闘されると危険なので、伏せるように言われていたと白状した。侯爵家の家宰からの指示だったそうだ。


 中央砦に向かった俺は、早速そちらのダンジョンを訪問すると決めた。フウカとコカゲ、セルリアら主力を引き連れて、キッチンカーも運搬しての道行きとなる。事情が事情だけに、冒険者組には砦の防衛に回ってもらおう。


 ダンジョンの入口を覗いたが、サキュバスの出迎えはなかった。お客さん応対中なのかもしれない。


 中にいるのは、本当に歩だろうか。とはいえ、ここまで来て迷っていても仕方がないし、仮に別人なら交流を図るまでだ。俺達は、洞窟に足を踏み入れた。


 少し進むと、迷宮の奥からゴブリン・ロードが突進してきた。前へ進み出たフウカが、五合ほどであっさりと打ち倒す。聖剣が振るわれると、水色の残像と同時に霧状のものが生じていた。泉から現れた剣であるのも関係しているのだろうか。


 本人のレベル15まで上昇しているにしても、聖剣によるエフェクト付き斬撃の威力は凄まじかった。


「おーい、AA。いるかー? 食事持ってきたぞ」


 声をかけると、しばらくして奥から駆けてきたのは鎧姿の美少年だった。警戒態勢のまま、俺との間に割って入ろうとするフウカ、コカゲを、だいじょうぶだからと制する。走り寄ってきた人物は、その勢いのまま俺の頬を平手で叩いた。バチンっといういい音が洞窟内に響き渡る。


「なにすんだよ!」


「もう一度そのふざけたあだ名で呼んだら、走っていって張り倒すって言ったろ! このシバタクがっ」


「その、アイドルっぽい呼び方はやめてくれ」


 頬に手をやりながら要請すると、再会を果たした親しい存在がこちらを見つめてくる。この世界でも眩しいくらいの美少年ぶりである。


「ゴブリンが……、いくら倒してもまたやってきて。逃げてきた人たちを収容したんだけど、食料の確保がままならなくて」


 そういった歩は、泣きそうな表情で俺の胸に手を置いた。心細かったのだろう。


「見つけるのが遅くなって悪かったな、この辺りも討伐地域に含めればよかった」


「南側を荒らし回ってたのはタクトの手勢だったのか。攻撃しないでよかった。……ま、そんな余力はなかったけどね。とにかく、状況を教えてよ」


「かまわんが、まずは飯にしないか。ハンバーガーとポテトとミネストローネ、用意してきたぞ。さすがにコーラはないけど、ジュースの類いならある」


 目を見張った親しい存在にとっては、自分の食欲よりも優先すべき事項があるようだった。


「生成した配下たちと、保護している人たちに食べさせてあげたい。しばらくゴブリンの猛攻が続いていて、ろくに採集にも出かけられなかったんだ」


「キッチンカー持ってきたけど、入れてもいいか?」


 そうして、炊き出しの準備が進められた。




 ダンジョン内の広間では、空腹だったらしい歩の配下や避難民らがうれしげに食事を平らげている。特に目立つのはアルマジロめいた固そうな皮膚のある獣人で、アーマニュート、甲鎧人と呼ばれる種族なのだそうだ。噂に上っていたサキュバスの姿もあり、甲羅つきのトカゲやコウモリなど、ダンジョンに向いていそうな魔物の姿もある。「魔王オンライン」内でも防衛戦が得意としていた歩らしい。


 歩は元世界で見慣れた容姿のままだが、どうしてかはっきりと魔王なのだと理解できる。【欺瞞】を発動していないときの俺は、周囲の人間にこのように感じられているのだろうか。あるいは、俺が聖剣を向けられたときのような根源的な恐怖を与えているのかも。


 と、近づいてきたフウカが、こそっと俺の耳に囁いた。


「お姫様みたいに可愛らしい人ね」


 そうか、やっぱりそう見えるのか。


「俺もそう思う。ただ、元の世界でそう呼ばれて、男の子としてつらい思いをしていた時期があったんだ。言わないでやってくれないか」


「うん、わかった」


 にこりと笑うこの少女が勇者候補だとは、やはりどうしても信じがたい。まあ、歩が魔王であるってのも、なかなかのギャップが感じられる事態だが。


 と、近づいてきた美少年魔王が、フウカに笑いかける。


「はじめまして。魔王のアユムと言います。よろしくね」


「こちらこそ。ユファラ村出身のフウカです。……タクトと、仲が良さそうね?」


「この地に来るまでには、つるんでいたんだ。一緒に仲良くできるといいね」


 くしゃっと牽制するでもなく笑う様子に、フウカも表情を緩めた。元世界での歩は、女子にこのように接触するのが難しい事情があったのだが、ここでは自由にできるわけだ。……今のところは。


 情報交換を進めた俺達は、早々に元世界での共通の知人の話題に到達した。


「そうか、タケルがね……」


 因縁のある木下武尊らしきゴブリン魔王が近くにいる可能性を告げても、歩に驚く様子はなかった。


「予測していたか?」


「まあ、タクトとボクが近くに出現したのなら、ありうる話だよね」


「関係性があるアカウントを固めて、大きな勢力を作らせようとしたって感じか?」


「登録日時順というのも考えられるし」


「あー、そっちかな。それだと、古参ガチ勢が固まってる地域があるのかもな」


「あるいは、元世界での位置の近さとかかも」


「なるほどな。……で、どうする。俺たちで同盟を結ぶか」


「選択肢は、同盟か、従属か、降伏しての臣従だっけ?」


「表向きは敵対して、出来レース的に攻防し合うってのもありかもな。ただ、ズルには厳しそうだが」


「たしかにね。降伏したら、ダンジョン合体?」


「あるいは複数ダンジョン運用か」


「でも、ゴブリンの討伐に向かうんだよね? のんきに冒険者を誘って退治するような情勢じゃなさそうだし、対タケルを考えても降伏して合流するのがよさそうかな」


「別行動した方が、各種ポイント獲得の効率はいいかもしれんぞ」


「まずは戦力を増強させようよ。それに……、ちょっときつかったんだ」


 歩が弱音を吐くからには、だいぶ精神が削られているのだろう。まずは休養させた方がよいかもしれない。


「わかった。合流しよう。……それで、タケルへの対応なんだが」


「ゴブリンになって、人間や亜人の村を蹂躙してるんだろう? 倒すしかない」


 淡々とした口調で、親しい存在が決意を表明する。元世界での関係性を考えれば、この世界で同様の事態になるのはなんとしても避けたいところだろう。それは、俺も同じ気持ちだった。ここでは、歩の母親が人質めいた状況に陥るなんて危険もない。


「アユム、だいじょうぶ?」


 とことこと寄ってきたのは、犬耳が可愛らしい少女だった。


「アキラ、平気だよ。心配してくれてありがとう」


 頭を撫でられた彼女の後を、ヘルハウンドのシュヴァルツとシャドウウルフのシリウスがついてきていた。すっかり懐いているようで、コカゲがその様子にやや複雑そうな視線を向けている。


「なあ、勢力スキルレベル4の【欺瞞】は持ってるか?」


「持ってないよ。勢力レベルは2止まりだし」


「その子は、魔王を怖がらないのか?」


「そうなんだよ。この世界の他の人達にはものすごく怯えられるのに、不思議なんだ」


 もしかして、勇者の卵なのだろうか? 後でこっそり、その可能性を歩に伝えておくとしよう。




 今日のところは歩のダンジョンに逗留させてもらうと決めた。ダンジョン内滞在によってCP、創造ポイントが魔王である歩に加算されると予測されるが、どういう収支になるのだろう。


 周囲が寝静まった頃にふと外に出てみると、近くの丘に歩の姿があった。満天に星が散らばる様は、なんとも幻想的である。


「よお、いい星空だな」


「うん。でも、星座はまるで違うね」


「まあ、月からして、色から模様から全然違うしな」


「異世界なんだねえ」


 俺は、親しい存在の隣に腰を下ろした。ゆるやかな風が、夏草の香りを運んできている。


「……心細かったんだ」


「ああ、俺もだ」


「ふっ……、合わせてくれてありがとう」


 本心からだったのだが。そして、あっさりと不安だったと言い出せる歩はすごいなとも思う。


「それにしても、元世界の俺達はどうなったんだろうな」


「どうって、消えてるんじゃいの?」


「消えてるか、実はここにいる俺らはコピーされただけでピンピンしてるか、あるいは」


「魂だけ抜けて、生ける屍が残っているとか? それは困るな。消えていてくれるとうれしい。……そうなら、母さんを解放してあげられる」


「お前の母さんは、自分を囚われの姫様だとは感じていなかったんじゃないかな」


「タケルのところで働く必要なんて、本来はなかったんだ。とっとと再婚していればよかったのに」


「……賛成だったのか?」


 再婚話は、俺にもちらほらと聞こえてきていたが、歩は反対なのかとばかり思っていた。


「気持ちの整理は付き切ってなかったけど、母親から離れたくないなんて年でもないし」


「年の問題じゃないと思うぞ」


 そう、年齢で離れるかどうかを考える必要なんてないんだ。離れたくなくても、別れを強制される場合もあるのだから。その点に思い至ったのだろう。歩が目線を落とした。


「……そうだよね。ゴメン」


「いいさ。……しかし、転生までしてタケルと縁があるとはね」


 元世界でのある時期において、囚われのお姫さま的に扱われていたのは、むしろ歩自身だった。


 母親がタケルの家業の遊戯施設で働いていたのに加えて、腕力面もあって、同級生である歩を半ば支配下に置いていた時期があったのだ。直接に暴力を振るうわけではないものの、近づく者をさまざまな手法で排除するという、陰湿なやり口だった。


 そういう関係性が築かれたのは、両親を亡くした俺が故郷を離れてすぐのことだったそうだ。つるんでいた俺の立ち位置に、無理やり押し入る感じだったという。


 俺は俺で、やや自暴自棄になった上に、折り合いの悪い叔父との間で色々とあったもので、幼馴染みの苦境に思いが至らなかった。歩と仲良くなろうとして、半殺しの憂き目にあった同級生が知らせてくれなければ、まずい事態に発展していたかもしれない。


 なにしろ歩は、男だてらにまとめ売りの女性アイドルあたりよりは格段に美少女度が高いのである。男女の差など些細なことだとの結論に落ちて、襲われないとも限らなかった。タケルが歩に向けていた視線は、実際問題としてそういった類いのものだったように思える。


 身を寄せていた叔父との関係性がいよいよ微妙なものになって、叔父の義兄……、俺から見れば亡き母親の実弟である叔父さんの、奥さんの実兄にあたるので、血縁はなく苗字も二段階にわたって違う、もはや親戚とは言い難いその人物を頼って、高校入学を契機に元の町への帰還に成功した。


 目の前に現れた俺を見つけたときの、タケルの苦虫を噛み潰したような表情が今でも思い出される。


 俺は腕力もそこそこだったし、実際はごく短期間弟子入りしただけの関係の剣術道場にこれ見よがしに出入りして、後ろ盾の存在をアピールするいけすかないガキでもあった。また、町で小さくない影響力を持つタケルの父親に睨まれると困るような係累もいなかった。


 そして、俺を本気で排除したなら、歩が捨て身の反撃に出るだろうと考えたのか。奇妙な膠着状態の中で、俺たちの高校生活は進んでいた。


 そして、あの日が訪れたのだった。


「巻き込んで悪かったな。あのボタンを押す気はなかったんだが」


「あのときは焦ったよ。……でも、会えてほんとに良かった」


「ああ。……あの町を抜け出すのは、高校を出てからのつもりだったけど、ちょっと早まったな」


「うん。東京に一緒に行こうかと漠然と考えていたけど……、ここもまた住めば都にできるかな」


「ああ。……ただ、蹂躙されないだけの力を備えなくちゃな。俺ら自身のためにも、関わりを持った人たちのためにも」


「がんばってみるよ」


 膝小僧を抱えた姿は、やはり短髪の美少女に見間違えてしまいそうである。なんにしても、合流できたのは本当によかった。そして、個人としての戦闘能力だけでなく、知恵の面でも頼りにさせてもらうとしよう。


 見上げる空を、星が二筋流れていく。泣きそうになるくらいに綺麗なこの星空にも、いつか慣れてしまうのだろうか。



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