(5) 勢力レベルが上がると
ハッチーズに外界からも蜜を集めてもらうようにしたのは正解だったらしく、ハチミツの質と量があっさりと向上した。次にメルイリファ改めサトミが村に行ったときには、はちみつの品質の良さと岩塩の量とが歓迎され、じゃがいもをわりと大量に入手できた。
そうなると、じゃがいもは種芋からの栽培ができそうで、壊れかけの鋤や鍬などの農具を売ってもらい、栽培の準備を進めると決める。自活魔王としての道が、いよいよ開かれようとしていた。
そんな中で、勢力レベルが2に上昇した。いい声のガイドメッセージが、開放されたあれこれを聞かせてくれたが、なによりも影響が大きそうなのが、生成できるモンスターの種類の増加だった。
ラットやバットなど、むしろオークやコボルトより雑魚なんじゃ的な面子に、鬼的存在だろうオーガといった強力で怖そうなモンスターもいる中で、目を引くのはダークエルフと忍者だった。
ダークエルフなら魔法や弓の支援系、忍者なら隠密攻撃能力、偵察といった方面が期待できそうというのは、元世界知識でも図書室の書物で得た情報からも共通するところだった。そして、容姿として人間風なのは、人類社会との共存を模索する我が勢力にとっては重要なポイントとなる。
どちらも必要CPが25とこれまでとは段違いなため、まずは一体ずつ生成してみよう。生成の儀式を行う謁見の間の奥にある小部屋は、窓がないのもあって物々しい雰囲気が漂っている。
境界結晶の傍らに跪く体勢で出現したダークエルフは、濃いグレーの髪に浅黒い肌という取り合わせの華奢な女性個体だった。ステータスを確認すると、敏捷性と器用さ、氷雪系の魔法に秀でていて、弓術系のスキルを備えている。理想的な支援型と言えそうだ。
容姿面では、顔立ちはほっそりしていて、やや吊り目ぎみ。そして、尖り耳はやはり目を引く。年齢は二十歳くらいに見えるが、エルフであるからには想像のしようもなかった。着ている簡素な服は、麻製だろうか。着心地が良さそうだ。
同様に膝をついて現れた忍者の方は、高めの攻撃力と敏捷性を備えたこちらも女性個体で、俺と同じく刀術スキルを持っていた。ややまとまりの悪そうな黒髪と猫っぽい目の感じが印象的で、鋭い雰囲気ながらもややあどけなさも備えている。年の頃は同い年くらいの十六、七といったところだろうか。
明白な忍者装束というわけではないが、動きやすそうな服装である。
「……言葉はわかるよな」
俺は人間語で話しかけてみた。すると、すぐに返事があった。
「はい、主のために尽くします」
「御意。なんなりとお申し付けください」
ダークエルフのステータスを覗くと、【言語(人間語)】スキルを保有していた。他にはエルフ語と魔物汎用語を修得しているようだが、多言語を話せるのは標準なのだろうか?
名前の有無について訊ねると、二人ともないそうだ。まあ、一種族一個体状態なら間違えようもないし、今後の増員状況も踏まえて考えるとしよう。
その他では、狼とコボルトを増員してみた。キラービーは、群れを構成する個体数が自然と増えている様子なので、今回は増やすのを見送った。
人語を操る二人を食卓に迎え、早速歓迎会を兼ねた食事にする。メンバーは、他にサトミとポチルトに、シリウスと名付けた狼の群れのリーダーとなる。新来のコボルトと他の狼達は別での食事としてもらった。そちらにはまた機会を見つけて接触してみよう。
ポチルトは人間語を解しないが、魔物標準語を覚えつつあるサトミと、両言語が混ざった片言でのやり取りを展開している。たどたどしい交流ぶりは、なんとも微笑ましい。
供されているのが魔王の手になる料理だと知ると、生成されたばかりの二人の配下はだいぶ恐縮したようでもある。食べっぷりは淡々としているが、気に入ってくれているだろうか。
対話を試みたところ、ざっくりとした世界認識などの一般常識はあるが、個人としての記憶はない状態だった。そして、魔王によって生成されたとの理解は持っており、命令には服従するし、役に立ちたいとの言明があった。
雑談を試みるも、互いに重なる知識が少ないため、なかなか話が展開できない。やむを得ず、ダークエルフに一般のエルフについての想いを聞いてみたところ、白エルフは疎ましい存在だと心底嫌そうに口にした。根深いものがあるようで、基本的に冷静そうな人物なのに、そこについては感情が揺らめいているようだった。
対話を続けてみたが、受け答えこそしっかりしているけれど、話が弾むわけではない。どこか、機械知性と話しているかのような感覚もあった。
二人には、これから一緒に生きていく以上は、互いを理解して常識を擦り合わせる必要があり、そうでないと命令の真意が伝わらずに危険だとも伝えた。そのために、これからも対話を続けたいと要望したところ、どちらにも否やはなかった。命令すれば早いのかもしれないが。
武具の選定としては、ダークエルフには先日の武器庫で見つけた「旋風」という銘のあるCランクの弓と小ぶりな剣に革鎧を、忍者の娘には同様のCランクの刀「風裂」と鎖帷子とを与えた。
二人の恐縮した様子を見るからに、もう名前をつけてしまっていいような気がしてくる。そして、サトミに対して、仲良くできそうなら一緒に過ごしてみてほしいと頼んだみたところ、かまわないけどどうやって交流しようと反問された。
元世界で話には聞いていたパジャマパーティーというものを提案したところ、やってみてくれるそうだ。彼女からこの世界の女性の常識を取り込んでもらうのも、これまでの積み重ねがない状態の二人には意味があるだろう。
夜が更けてきた頃、俺は夜食を載せた盆を持ってサトミの私室を訪問した。献立は、生搾りジュースとパンケーキ、ポテトフライという取り合わせである。出てきた二人に盆を渡して、名前について話してみた。
「ダークエルフの君には、俺の故郷で青を表すセルリアンをもじって、「セルリア」って名前を考えてみた。忍者の君には、樹木の影の意味で、「コカゲ」でどうだろう」
「お受けします。ありがとうございます」
「感謝します」
二人とも、どうやら受け容れてくれたようだ。頭を悩ませた甲斐があるというものだ。
翌日に模擬戦闘をしてみたところ、剣技ではやはり、忍者であるコカゲの方がダークエルフのセルリアを上回っていた。俺とコカゲとでは、武器を「黒月」ではない無銘のものにしても俺の方に分があったが、特に敏捷性を活かす形でひやりとさせられる場面もあった。
セルリアの弓と魔術は見事で、支援戦力として活躍してくれるだろう。この世界の魔法は、両手の中指と薬指の間を開いたいわゆるバルカン・サリュート状態にして、左右の中指同士、薬指同士をくっつけてひし形を作り、呪文を詠唱して発現させるそうだ。外に向けた魔法は手のひらを対象に向けて、自分へ向ける場合は内側に、というのがルールらしい。
魔法能力がFランクの俺には、今のところ無縁な作法ではある。強化の優先順位的には、最後になるだろう。
二人の表情は依然として硬いけれど、生成二日目だと考えると無理もない。これから人間らしさを備えていってくれるだろうか? 生成した配下モンスターにどこまで入れ込むかは今後の検討事項となるかもしれないが、まずは友好関係を深めてみるとしよう。
「ところでセルリア。魔法を料理に使うことに抵抗はあるか?」
「いいえ、この身の総ては主様のために。どのような用途でもお任せください」
それならばと、俺は胸に秘めていた企みを実行に移した。
「なにこれ、めっちゃおいしい! 冷たさの中にあるキンとした甘さ。そして、閉じ込められた香り。それが舌の上でとろけていって……。いくらでも食べられそう。そして、これからの暑い夏には絶対売れる!」
サトミの目の前に置かれた卵アイスと、フルーツシャーベットの試作品は、すごい勢いで量を減らしていた。
セルリアとコカゲも口にしてみて、それぞれなかなかの勢いで食べ進めている。相変わらず表情が淡々としているだけに、なんだか変な迫力を感じてしまう。
「なら、まとまった量を作って、運ぶ算段をするとしようか」
そうなると、容器も考える必要がある。鍋で作って、セルリアの魔法で冷やしておけばいいだろうか。いや、氷を入れた容器をもうひとつかますか、などと思案を巡らせていると、首を傾げたコカゲが、不思議そうな視線を向けてきた。瞳に初めて光が宿ったように思える。
「主さま、人間を相手に商売をなさるのですか? 魔王という存在は、人間を蹂躙するものかと思っておりましたが」
忍者なんだから人間であるはずなのだが、ダークエルフと同様に闇の存在なのだろうか。人を害するのに抵抗は皆無であるようだ。
それならばと、彼女の疑問に豪語で返した。
「ああ。人間共に旨いものを喰らわして胃袋を蹂躙し、対価として金銭を奪い取ってやるのだ」
「そういうことでしたか。できる限り協力させていただきます」
戯れ言を真顔であっさりと受け容れてくれるコカゲは可愛らしく感じられる。そんなくノ一の少女に、図書室の主であるサトミが、やや残念な子を見る目つきを向けていた。
一方で、味見をしたポチルトは微妙な表情を浮かべていた。そうだよな、犬系の味覚だとしたら、冷たいものはいまいちだよな。
なんにしても、人間共の胃袋を蹂躙するための武器が、また一つ手に入った。今後も商材開発に励むとしよう。