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(49) 不審者情報


 エスフィール卿に付けた忍者は、情報収集に役立ててもらうためだったのだが、ラーシャ侯爵家中枢の情報がこちらに流れ込んでくることにもなった。


 当主が倒れたために跡目争いが生じたというのは、流れとしては間違いではないのだが、実際には弟二人は以前から勢力を蓄えて代替わりを迫ろうとしていたらしい。重篤な状態になったために流れが加速したわけだが、そうなるとエスフィール卿の未来は決して明るくない。


 叔父のどちらかが跡目を継げば、前領主の息子の立場は微妙なものとなり、命の危機すらありうると予測する向きもあるようだ。となれば、仕掛けて損はない状態なのだろう。


 そして領都には、神聖教会が持つ武力組織の天帝騎士団らしき、白鎧の騎士が出没しているという。派兵の構えを見せつつ、後継候補である領主の弟たちに、伯爵領への救援を半ば強要しているようだ。その動きによって内戦の危機が棚上げ状態となり、派兵の準備が進められているらしく、また話がややこしくなってきている。


 それはそれとして、出兵が行われるのであれば、軍需物資が大量に買い込まれるはずで、見逃せない商機でもあった。


 そんな状況の中で、サトミから報告が入った。宿泊客の一人が、亜人奴隷の子ども達を見つめていて、従業員が不審に感じているという。


 ちょうど時間があったので現地に赴くと、そこにいたのは奴隷商会の線の細い亜人担当者、ハーウェルだった。


「よお、獣人族の子どもを見つめる不審者がいるって連絡があったんだけどな」


「これは、先日のお客人。……不審でしたか」


「うん、すっごく。亜人の子どもを生暖かい目で見つめてるって話が来たから」


 サトミの口調に容赦はないが、奴隷商の青年は穏やかに微笑んでいる。


「で、今回はどんな用件での訪問かな?」


「買われていった奴隷がどう扱われているのか心配になりまして。元気そうで安心しました」


「売った後まで心配するのか」


「普段はそこまではしません。奴隷商をしていると、新規の取引先はめずらしいのですよ。相場から外れた高額買取に、どういった思惑があるのかと思った次第です」


 まあ確かに、いきなり訪れて買うような対象でもないのだろう。


「今のところは元気で、ベルーズ伯爵領から避難してきた同族が落ち着いたら、そちらに合流する形になると思うぞ」


「ベルーズ伯爵領は、ゴブリンが出没しているそうですな」


「ああ、おそらく魔王だ」


 初耳だったらしく、奴隷商の青年が目を見開く。


「買い付けに行こうかと思っていたのですが」


「現状は、亜人の集落や農村中心に襲っているようだが、安全とは言いづらいだろうな」


「そうですか……。ベルーズ伯爵領では奴隷の扱いがきついので、世が混乱すると処分されかねません。引き取ってこれればよかったのですが」


「地峡のこちらとあちらとで、そんなに違うのか?」


 サトミの方に目を向けると、あっさりと頷いた。


「避難民の人たちから聞き取った範囲だと、あちらでの奴隷は焼き印を押された所有物って感じで、この辺とは扱いが全然違うみたい」


「そうなのです。帝王国系の方式でして」


「だが、ラーシャ侯爵領も帝王国の一部なんだろう?」


「ラーシャ家は、元々が神皇国の一員でしたので、奴隷についてもそちらの流儀を引き継いでいます」


 その流れで、ハーウェルが神皇国と帝王国での奴隷の扱いについて説明してくれた。


 一言でまとめると、神皇国では同じ人間がなんらかの理由で奴隷に身を落としているとの認識なのに対して、帝王国では物扱いなのだという。


 帝王国では、侵略した先の住民は一段下の存在として扱われるという。奴隷はさらに下の家畜並みの扱いで、焼き印が押される風習もその文脈であるようだ。


 絶対服従を求められ、解放はまずありえないとなると、なかなかに徹底している。元世界での西洋の奴隷観に近いものがありそうだ。


 そのため、ラーシャ領の奴隷をベルーズ伯爵領に販売するのは、事実上の禁じ手だという。あちらの奴隷商からすれば、絶対服従を仕込まれていない奴隷は不良品扱いらしい。激しい話である。


 逆に、ベルーズ伯爵領からラーシャ侯爵領に奴隷が流れると、扱いの差に愕然とするらしい。そこで働く意欲を出す者もいれば、緩んで使い物にならなくなる者もいるようで、わからないものである。


 同時に、こちらでの買い手側からすれば、絶対服従で指示を待つ奴隷というのは、使いづらい場合も多いのだそうだ。場合にもよるのだろうが。


 奴隷扱いの面では、この潜龍河流域では、むしろラーシャ侯爵領が異常であるようだ。一方で、亜人なら即奴隷化される場合がある点では、むしろ悪い状態だとも言える。


 話は尽きず、サトミとソフィリアも同席して食事を摂りながら奴隷事情を聞かせてもらう形になった。


「それでは、冬の間は農業奴隷はただじっとして過ごすのでしゅか?」


「売られた者は、そうなりますね。来年の根幹となるべき面々は残る場合が多いですから、そこに入るために日頃から努める、なんて話もあるようです」


「それがやる気の一因になるのね」


「ええ。さらに上位組では、解放されるかどうかの争いもあるようです」


「それは、帝王国系でもそうなのかな?」


「さて……、少なくとも解放される可能性はだいぶ低いでしょうな。働きが悪い者は見せしめに傷つけられる場合などもあるようです。もちろん、ラーシャでそういうやり方が皆無だとは申しませんが」


「その違いは、どこから出ているんだろうか」


「帝王国系では、天民と呼ばれる勝者が、地民と呼ばれる敗者を支配する構造にあるようです。奴隷の成り手は地民であるのが基本な上に、身分差、上下関係が厳しいので、さらに過酷になるのではないでしょうか」


「身分差と言えば、この地での騎士家と農民との関係はどうなんだ?」


「ユファラ村には騎士家の影響力は及ばないけど、そこまで苛烈な差ではないように思うわ。赤鎧にしても、かつては小者から成り上がった家もあるというし」


「ほう、そうなのか」


「ええ。だいぶ固定化は進んでいますが、特にかつての魔王との戦いの際には、農民からの志願兵が根幹となったと聞きます」


「確か、魔王と戦ったのは神皇国だったんだよな」


「ええ。疲弊したところを、帝王国に席巻されたというのが実情と思われます」


「その状況で、奴隷商人と生きるのは苦労しただろうな。あんたの父親も奴隷商だったんだろう?」


「ええ。父の代には、より古いやり方で、犯罪奴隷や戦争奴隷以外は、市中で普通の暮らしをしながら成約を待つような形だったと聞きます。現状は、帝王国系の全員を檻に入れる方式との間くらいでしょうか」


「父親の代のやり方に戻す気はないか?」


「……それで立ち行かなくなって、番頭に家を譲ったのが実情です。時代の流れなのでしょう」


 変えられない流れもあるだろうが、あきらめる必要もないように思える。ただ、いきなりそう言っても通じないだろう。


「ともあれ、店主にも伝えたが、亜人であれば提示した条件で買い取ろう。どうしても増やしたいわけではないが、迫害されているわけだから、できるだけ引き取るぞ」


「そういうことでしたら、積極的に集めてきましょう。……人間の子どもについては、いかがでしょうか」


「どんな状況なんだ?」


「奴隷商としては、亜人と並ぶ不採算部門という形になります。十を過ぎていれば、徒弟や農業奴隷、家事奴隷の見習いとしての引き合いは出てきますが、それ以下となると……」


「無駄飯食らい扱いってわけか」


「容姿によっては、買い手はつくのですが、それもまた……」


「なるほどな。そもそも、十にならない子どもの売り手、買い手は何を求めているんだ」


「売り手は口減らしが主でしょう。買い手は養子としてや、実子の従者にするため、でしょうか」


「話を持ちかけるくらいだから、供給の方が多いんだろうな」


「ご明察です。聡明な子であったり、腕っぷしが強かったりすれば別なのですが」


「売れ残った者の末路はどうなる」


「専門に引き取る奴隷業者がいまして。その後どうなるかは、確認しないようにしています」


 餓死させるのか、どこかに置き去りにするのか、さらにひどい未来か。


「サトミ、ソフィリア、どう思う?」


「値段によるかしらねえ。自分の選択でもなく、魔王の色がついちゃうのは可哀想な気もするけど、死ぬよりはいいのかな」


「そこは、希望者だけにすればよいんじゃないでしゅか? ……ですけど、優秀な子は買われた後、売れ残りだけ引き取るってのは、業腹でしゅねえ」


「まあ、そう言うな。奴隷商にも、立場があるだろうしな。だが、そうなると孤児院も作らなきゃならんか」


「寄宿舎のある学校を作っちゃうのもありでしゅよ」


「ふむ……」


 さすがにそこまでは、気が早いようにも思えるが。そして、孤児院を作るとしたら、フウカとナギ、それにタチリアの孤児院の修道尼にも相談する必要があるだろう。




 数日後、叔父にあたる者達の出兵が公になる前に、エスフィール卿の挙兵が宣言された。領民を苦しめる敵の打倒が掲げた名分で、実際には南部の村に迫るゴブリン討伐が当面の目的となる。


 ただ、本来なら何があっても従うべき直属の者達からも離反する動きが続出して、最終的にタチリアの町に到着したときに付き従っていたのは、ごく少ない人数だった。


 一方で、タチリアの町の冒険者ギルドでギルマスを務めるライオスは、全面的な協力を表明した。情報通りに、ベルーズ伯爵領に当主の後継候補二人による軍勢が差し向けられるのなら、そちら方面の手当ては最低限でよくなる。本来は自らが討伐隊を率いたくてうずうずしていたようで、抑えられなかったというのが実情のようだ。


 ギルマス職は補佐役に譲って、エスフィール卿の出兵への従軍を宣言したところ、これまで防備のための待機で鬱屈としていた冒険者たちも、多くが付き従う形となるようだ。


 攻勢に出るとなれば、俺達の陣営もさらに強化する必要がある。増強していたダークエルフ、忍者のうちの見どころがある者達への名付けをさらに進めた。また、アーシアによって同意が得られたのを受けて、戦闘投入含みでゴーレムを増強し、リープタイガー、マーダーベアーについても一頭ずつを導入してみた。


 それと、ポイズンアントもまずは三匹生成した。こちらは、毒目当てのエルフ族からの要請である。薬が過ぎれば毒になり、少量の毒が場合によっては薬になるのはこの世界でも同様であるらしく、研究してみたいそうだ。


 雑食のようで、厨房から出る生ゴミを食べてくれたので、その面でも有用な存在となるかもしれない。


 状況を考えると、各種物資の増産も急ぐ必要がある。目まぐるしく活動する中で、拠点に訪客が現れたのだった。



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