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(48) 後嗣が見たもの


 護衛が四人に侍女が一人、それに執事っぽい風情の男性一名というのが、ラーシャ侯爵の嫡子たるエスフィール卿を取り巻く面々だった。護衛と少年貴族は、赤く縁取りされた革鎧を身に纏っている。ラーシャ侯爵家は装備を赤備えで揃えているのが有名らしい。


 政庁の代官執務室で引見されたのだが、ファイヌルと名乗った執事っぽい人物が話もそこそこに実情をすぐ視察したいと求めてきたため、出立して砦へと向かった。


 馬よりも地竜の方が、荒れ地の走行には適している。嫡子一行の馬車が遅れがちになる場面もあったものの、概ね順調に拠点である中央砦へと到着した。


 ちょうど近接戦闘組の訓練中だったようで、元世界の高梨流剣術伝統の素振りが行われていた。振り下ろす動きは、剣でも刀でも共通である。エスフィール卿は興味を示しているようだったが、護衛に促されてまずは砦へと入る。


 昼食を用意したところ、食事を共にしながら聞き取りをしたいそうだ。用意を整えると、今回も口を開いたのは執事っぽい人物のみだった。


「亜人を参加させているようだが、どういう意図だ?」


 食べ物を咀嚼しながらで、非常に耳障りなのだが、それを指摘する立場にはない。一応は上位者であるだろう侯爵の嫡子は、毒味待ちなのか食事をジト見していた。まあ、十代前半の身では、四十代くらいに見える相手にそのあたりの指導は難しいのだろう。


「意図と言われても……。手勢の中では、ダークエルフは元々主力だし、冒険者のドワーフやハーフエルフは、タチリアの町の冒険者ギルドからの紹介だ。後は、伯爵領からの避難民の有志で、参加してもらっている」


「伯爵領から、避難してきた者がいるのか?」


「候領都ヴォイムの冒険者ギルドから、侯爵家に伝えたと聞いてるんだが、やはり通ってないのか。あちらでは人間の住む村も、亜人の村も、ゴブリン魔王によって蹂躙されている。伯爵は、どうやらゴブリン魔王と協力関係にあるらしい」


「そんな……」


 思わず言葉を漏らした少年の周囲で、護衛の兵士たちは顔を見合わせている。ファイヌルも驚いたようで、半開きになった口を閉じて言葉を継いだ。


「なんだと……。だが、それでも亜人のような穢れた存在と共闘するなど、間違っている」


「エルフやドワーフ、犬人族の者達が穢れているなら、俺達魔王勢は穢れの大本山なんじゃないのか? その力を借りないと領内の村の防衛も出来ない領主なんて、即座に自決すべきだと思うんだがな」


「な、なんと不敬な言説だ。我が侯爵家にとって、南方の田舎村なぞはどうでもよいのだ。重ね重ね、御曹司の前で口にすべきでない言葉を出すな」


 立ち上がったおっさんは、ドスドスと足を踏み鳴らしている。


「質問しておいて何だよ。耳に入れちゃいけない事項があるなら、せめて事前に知らせてくれ」


「な、生意気な。誰に向かって口を利いておる」


「てゆーか、あんた誰なんだ。エスフィール卿の配下その一という認識だったんだが」


「私は侯爵家の家宰の代理だ。御曹司の配下ではない」


「じゃあ、なんであんたはここにいる? 誰の指示だ。エスフィール卿に命じられたのか?」


「家宰殿の命令だ」


「ラーシャ侯爵の命令じゃないんだな?」


「ああ、侯爵閣下は病に伏せられている」


「聞いたか、エスフィール卿? あんたはまだ何者でもないのかもしらんが、それでもラーシャ侯爵が指定した世継ぎなんだろう? 家庭内でどれだけ権力を握っているのか知らないが、使用人に指図される謂れはないんじゃないのか」


「ぶ、無礼な! なんと無礼で現実を理解していない言説だ。こんな者に関わってはいられません。帰りますぞ、御曹司」


「好きにしろ」


 俺はまっすぐに、青い髪の少年を見つめる。ふにゃっと笑ったその人物は、ハンバーガーを手にとってかぶりついた。


「あう。もう冷め始めてる。やっぱり、熱くなくっちゃね」


「エスフィール様、まだ毒味が……」


 呆れたように、護衛の一人が声をかけた。


「魔王が、自分の勢力圏にのこのこ入って来たボクを毒殺なんてしないって。そうだろ?」


「ああ、非効率だし、食べ物に失礼だ」


「御曹司! このような下賤な者と口を利いてはいけません」


「どうして? 下賤と言っても、魔王は一勢力の長だろう? ボクもそうだけど、ファイヌルが上位ってことはないと思うんだけどな」


「ば、バカにするな。……この件は家宰殿に報告しますぞ」


「ああ、任せるよ」


 出ていく家宰代理とやらに、護衛達が揃って付いていく。おい、いいのかそれで。


 侍女と二人残された侯爵家の嫡子だという少年は、引き続きハンバーガーにかぶりついている。わりと肝っ玉の据わった人物であるようだ。


「護衛がいなくなったようだが、いいのか?」


「必要ないよ。害するつもりなら瞬殺されてるし、そもそもボクが自分の勢力圏にいる間に死んだら、困るのはそちらだろ?」


 意外というと失礼だが、頭も回るようだ。


「そうだな。……お代わりはいるか?」


「できれば。この食べ物はホントに中毒性があるな。魔王の魔力が込められてるんじゃないかと思うくらい」


「褒め言葉と受け取っておこう」


 魔力は味に影響するのだろうか。今度、試してみるとしよう。


 


 魔王バーガーを含む三つのハンバーガーをぺろりと平らげたエスフィール卿は、家宰代理のいる間は本音で話すわけにいかなかったから、排除する手間を省いてくれて助かったと言明した。どうやら、俺が手を下さなくても、直接対話の機会は設けられる予定だったらしい。


 彼から見ると叔父に当たる二人が跡目争いをしているのは確かだが、家宰と呼ばれる執事のような人物の影響力が強いのだという。先ほどのファイヌル氏は、その家宰から派遣されたお目付け役のような役回りだったわけだ。


 叔父二人はそれぞれ武力を蓄えつつ、神聖教会の後ろ盾を得ようと亜人排斥に躍起になっているという。病に倒れた現ラーシャ侯爵は、教会と距離を置いていただけに苦労も多かったようだ。家宰としては、その状況を苦々しく感じていたのかも、というのがエスフィール卿の見立てだった。


 この地では、神聖教会の教えが隅々まで行き渡っていると言うよりは、武力を含めた権力を握る組織として取り入る対象とみなされているようだ。天帝教は西北の寒冷地を発祥とする宗教で、考え方が峻厳でありつつも結束が他とは段違いで、ある時期まで受けていた弾圧を跳ねのけて、ついには帝王国の国教にまで至ったのだそうだ。


 そのあたりを淡々と語れるからには、この少年が冷静な視点を備えているのは間違いないのだろう。


 砦を物珍しげに見て回ったエスフィール卿は、ゴブリン襲来の報に接すると、当然のように同行したいと言ってきた。戦場でも前線にこそ立たなかったが、臆せずに状況の把握を図る。


 ただ、ゴブリン・ロードの死体検分に付き合った際には、死体を見るのは初めてだそうで、さすがに腰が引けていた。


「で、見てみてどうだった?」


「こんな激戦が繰り広げられているとは思わなかった。……父が健在であれば、何をおいてもまず民を安んじようと討伐に動いていただろう。それなのに、ボクは無力だ」


「なに、親子で同じ行動を選択するとは限らない。気に病む必要はないさ。できること、やりたいことを考えればいいんじゃないか」


 ナギやウィンディと同じ年頃であるためか、どうも柄にもない世話焼きモードが俺の中で発動してしまっているようだ。だが、まあ、貴族様がやる気になるなら、それ自体はいい展開なのだろう。


 


 その後もエスフィール卿の視察は精力的に行われ、冒険者勢、亜人からの参加者からも話を聞きたがった。おそらく、魔王勢力である俺達の情報を収集したいのだろうからと、同席はしないでおいた。護衛については、冒険者勢に依頼している。


 亜人奴隷として売られていた者達の話に加えて、特にベルリオとの対話には、深い印象を受けたらしい。同年代の同族で、故郷の村は全滅し、一緒に脱出した年少の子どもたちを養うために冒険者となり、仇討ちを目指して力を蓄えている。確かに濃密な人生だと言えるだろう。


 砦での宿泊も経験した上で、森林ダンジョンも見たがったので、自ら案内すると決めた。護衛名目で勇者候補のベルリオ、冒険者の女戦士アミシュと女治癒術使いのモーリア、それにサスケを動員し、同時にタチリアの町からナギとウィンディの商人組も呼び寄せてみた。


 侯爵の後継候補と絡める機会などそうはないので、同世代で交流を図らせようというのが隠された魂胆となる。何を吸収するかは、それぞれ次第になろう。


 少年貴族はハンバーガーとは一味違う、宿での和風の食卓も堪能していた。さすがに露天風呂こそ敬遠したものの、個室風呂での温泉も楽しんだらしい。伯爵領から落ち延びてきたエルフやドワーフ、犬人族が生活を再建しつつある様子にも、感じるものがあっただろう。


 一連の視察を終えたエスフィール卿は、俺に面会を申し込んできた。


「得るものはあったか?」


「うん、とても。……ねえ、ボクが東西のゴブリン制圧を目指して旗を掲げたら、迷惑かな?」


「いや、とても助かるぞ」


「でも、そちらの手柄を横取りする形になっちゃわない?」


「別に手柄はいらん。それに、ゴブリン退治が済んだら、今度は俺達が討伐されかねない。それを踏まえれば、権力者の旗の下で戦った方が危険が少ない」


「そういうものか。……ただ、ここで得た情報だけを鵜呑みにはできない」


「ああ、それが賢明だ。情報収集をしたいなら、忍者を貸すぞ」


「諜報が得意な人たちなんだよね。助かる面はあるけど、情報が歪む危険もありそうな」


「サスケがそんなことすると思うか? それに、今回の場合は生の情報をそのまま渡すのが、俺達の利益になると思うがな」


「わかった。人手も足りないし、よろしく頼むよ」


「まあ、貴族様の家庭の事情が複雑だろうってのはわかるから、討伐の話が実現しなくても気にするな」


「信頼されてないなあ」


 ふにゃっと笑った貴種の少年は、竜車に乗ってタチリアの町へ戻っていった。忍者としては、サスケだけでなくモノミ、ジード他数名を付けて、彼の情報収集の手助けをするよう命じた。



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