(47) 奴隷商への要望
冒険者ギルド近くでの黒月印の屋台販売は、引き続き盛況であるようだ。移住してきた犬人族による狩猟は、南と西の山々にまで範囲を広げているそうで、他の村から送られてくる分も合わせて、ハンバーガー用の肉の調達は安定してきていた。
付け合せのポテトフライ、ミネストローネの仕込みや販売、接客は孤児院在籍中の子らや、出身者を含めた縁者が携わってくれていて、すっかり任せられるようになっていた。むしろ面識のない売り子もいたりして、覆面調査的な楽しみも味わえた。
セイヤとナギには、元世界のバーガーチェーン的な接客を提案してみたのだが、当地風にアレンジが行われており、気持ちよく買い物ができた。
メニュー表には各商品の値段と、代表的な組み合わせ例の金額が掲示されている。当初はお得なセットメニューを用意していたのだが、算法が普及していないために逆に混乱を招いたらしく、現状は単に積み上げた金額としていて、買い上げ点数に応じて小さなお菓子を多めにおまけにつける方式に転換していた。
コカゲらと仮設のテーブル席に陣取り、運ばれてきたハンバーガーにかぶりつく。香ばしく焼かれた鹿肉バーグの野趣ある味わいに、濃厚なソースととろけたチーズとが合わさっている。バンズの方にもそれを受け止める迫力があり、食べでのある一品に仕上がっていた。
強いて言うなら胡椒が欲しいが、現状では確保の目処は立っていない。
コカゲたちも進化した味に満足した様子で、雑談しながら食べ進めていく。と、近くのテーブルから毒味やら何やらという言葉が聞こえてきた。
帽子を目深にかぶった十代前半とおぼしき青い髪の女の子が、同様の格好の侍女らしき人物と毒味が必要かどうかで押し問答をしているらしい。
「目の前で調理されて、他の人が食べてるのに、ボクだけ毒味なんて意味ないって」
「ですが、しきたりというものが」
そこで、女の子の方が有無を言わさずかぶりついた。同行の女性の喉から小さな悲鳴が生じたが、幸せそうに食べている姿を見てあきらめたのだろう。彼女の方も食べ始めた。
どこかの商家の娘あたりが、お忍びでやってきたのだろうか。のどかな風景でなによりである。
「ね、毒なんてなかったでしょ?」
「いえ、わかりません。中毒性のあるなにかが入っているのかも」
そんな、ハンバーガーを麻薬みたいに言われても。ただ、まあ、この地の従来の味付けに慣れていると、刺激的でくせになりそうというのはわかる。
「なら、あの魔王バーガーってのも試してみる?」
「いえ、辛いものなどいけません。……わたくしは、ちょっと試してみたい気も致しますが」
辛味を足した新作は、マニア受け的な流行ぶりを見せつつあるらしい。セイヤはこれから、二倍、三倍と辛味を増して商品化していくつもりらしいので、いずれはこのタチリアの町に激辛ブームが到来するかもしれない。
所属パーティのメンバーと会ってくるという冒険者組のアミシュとモーリアと別れると、入れ替わりで商会の年少組、ナギとウィンディと合流する。コカゲと四人で向かうのは、奴隷商会の店だった。
この地での奴隷を取り巻く状況と奴隷商会については、忍者と商会系の双方からの調査が進められている。
奴隷については、かつて奴隷商会の長が言っていたように、職能別の取引が行われているらしい。
農業奴隷は、農繁期を過ぎた晩秋に売りに出され、翌春に買い直される形が多いという。主力扱いの者達は売られずにそのまま留まるので、二線級の面々がそういった扱いとなるようだ。晩秋と初春の値差は、その間の食費相当だそうだから、そのまま保持し続けた方が楽な気もするが、年によって開墾の規模などが異なるとの事情もあってか、慣習となっているらしい。奴隷商の方も心得たもので、安値のうちに食料を買い集めておき、最低限の衣食住を与えて春を待つのだそうだ。
家事奴隷は、身売り組から気の回りそうな者を選抜するのが基本らしい。能力が高いと、家の内情を把握していくのであまり売られることはないが、単純作業組は意外と流動性があるようだ。
戦闘奴隷はさほど需要もなく、たまに冒険者が盾役か労役向けに購入するくらいだという。
寵愛奴隷は、妓楼向けのほか、商人あたりが購入することもあるとの話だった。扱いは買い先によるが、第二夫人扱いをされたり、奴隷が生んだ子を正妻が引き取って跡継ぎに、なんて話も出たりする一方で、虐げられる場合も見られるようだ。
虐待は、奴隷の職分を問わず存在し、打ち殺されても罪とはならないようだ。血を分けた家族でも、通常の使用人相手でも起こりうることで、総ての犯罪が裁かれるわけでもないにせよ、やはり奴隷相手の方が頻度は高そうである。ひどい話だ。
ただ、ひどいと思ったところで、為政者でもないので制度を廃止するわけにはいかない。その中でどう扱うかを考えるべきだろう。
奴隷商会の内情としては、商会の現当主は元々は番頭だった人物で、先日亜人がいる別棟の案内をしてくれた線の細い青年ハーウェルが、本来は主家筋らしい。
ただ、実際には番頭が商会を大きくした面もあり、実子もいるために、ハーウェルが継ぐ可能性は低そうというのが商会筋での噂だった。
今回の訪問は、亜人奴隷の追加調達のためである。
「ようこそおいでくださいました」
「ああ。先日はいい取引をさせてもらった。亜人奴隷を追加で入手したと聞いたが」
「はい、犬人族の大人二名、子ども二名になります」
「四人の関係は?」
「家族だと聞いております。ご覧になりますか?」
今回は、ハーウェルは出てこず、そのまま主人が案内した。父親が多少の怪我はしているものの、総じて健康状態は良さそうだった。
実際の交渉は、ナギとウィンディとに任せる形とした。子どもについては、先日の提示通りで。大人については、今回から虐待されていなければ高めに、されていたら低めに買い取るよう提示した。
「ですが、うちで虐待していなくても、値差が出てしまいますな。それに、本人の申告では、真実かどうか」
「取引相手にも、虐待しないように求めていけばいいんじゃない? 仕入れ価格自体に差をつければ、損はないでしょうし」
「亜人にそこまで……」
「タクト様は、マルムス商会経由で候領都からの購入も可能でありながら、こちらに話を持ちかけている状態です。意図はおわかりいただけますか?」
「むう……」
ウィンディとナギの交渉ぶりは頼もしく、コカゲはその間に犬人族の子どもたちをあやしていた。
「どうだ。虐待の気配はあるか?」
「父親は、奴隷化の際に抵抗して殴られたものの、その後は虐待はなかったようですよ。……荘園で牧畜要員として平穏に暮らしていたところを、騎士家の者にいきなり捕縛されて、奴隷として売られたそうです」
「亜人排斥ってのは、そこまできついのか」
話している間に、交渉は成立したようだ。
「お買い上げありがとうございます。……今後も、ご要望はありそうでしょうか」
「ああ、先ほどの値段でよければ数十人程度は問題ないぞ。それ以上となると、先に打診してほしいがな。……ただ、状態が悪い場合には、その限りではないからな」
「承知しました。取引先にも徹底します」
「ところで、先日の若い商人は不在なのか?」
「買い付けに出ております。……なにかご無礼でも?」
「いや、亜人担当のようだったから、あいさつしておこうかと思ってな。また顔を出させてもらう」
「はい。戦闘奴隷の出物なども、ご連絡させていただきます」
どうやら、上得意認定されたようだ。まあ、亜人を安値で購入して、値段分だけ働いてもらう形であれば、どう転んでも損はない。避難してきた各種族は、現段階では生活の立て直しに手一杯のようだが、同族の加入は彼らにも歓迎してもらえるだろう。
奴隷商会の訪問を済ませたところで、ナギとウィンディはいったん商会に戻り、コカゲと二人で町を散策する流れとなった。商いの状況や町の防備などを見て回る。
少し収まりの悪い黒髪を、少女忍者がわしわしと整えている。そのリラックスした様子からは、短期間で歴戦の戦士となった印象は感じ取れない。そもそもが戦う前提の存在として生成されてきたために、迷いがないのかもしれない。
タチリアの町では、黒月印のハンバーガー屋台に触発されて、屋台的な商いが興隆しつつあるという。市場調査を兼ねて食べ歩きをしたのだが、わりと素朴なものが多かった。屋台を手広く展開する必要はないので、改善策をアドバイスしようかとも考えたのだが、そのあたりはナギやウィンディの差配に任せるとしよう。
屋台には軽食の品揃えが多く、食べ歩きをする姿も見られた。のどかな雰囲気は微笑ましい。この場がゴブリンに蹂躙される様は、できるならば目撃したくはなかった。
夕飯時となって年少組との食事会に突入した頃、ギルマスから嫡子エスフィール卿が到着したので、明日引き合わせたいとの知らせが入った。ナギとウィンディから商いについての愚痴を聞かされながら、町の夜は更けていった。